休暇用レコード15:九重双馬編「あの日の続きは別世界」

灰かぶりは、病弱な兄と才能を持った弟、そして彼らを慕う弟妹たちと共に暮らしていた

学生時代、両親を失ってしまった灰かぶりの兄妹たち


平凡な灰かぶり。彼は平凡だというけれど、なんでも器用にこなす姿は非凡な才能だと心から思う

彼は病弱な兄に代わって、毎日働いて、不器用ながらに家事をこなし、保護者としての役を担い・・・家の為にと働き続けた


夢を諦めた。恋を諦めた。自分の人生を、諦めた

家族の為に消費される人生


あったであろう未来を手放した自分にはお似合いの末路だと諦めていた灰かぶり

彼の前にも、一筋の希望というものは確かに・・・存在している

ないなら、私が作って見せよう

彼の、光に。もう一度


・・


十八歳の、秋

あの事件の衝撃はいまだに忘れられず心に残り続ける


俺というか、深参と仲良くしてくれいる志貴が誘拐及び暴行を受けたこと

ピアニストとしての人生を絶たれるような大怪我を負い、心にも、精神にも傷を負った彼と、二人きりで会話する機会が一度だけあった

これは、一馬も深参も知らない話

九重清志に人生を狂わされた、二人の男の密会だ


「双馬君」

「・・・志貴。もう、話せないとは聞いていたんだが、その」

「演技ぐらい造作もないよ。先生には事情を話しているしね。でも、これは内密に。深参を九重の家に帰さない作戦でもあるから」

「ああ。助かるよ。あいつは・・・俺が監視するから」

「無理をしないでね。君だって相当やられたと聞くよ。結ちゃんのことは、その・・・」

「気にしないでくれ。まだ、被害は出ていない。卒業後は北海道に行くと言っていたし、きっと、大丈夫だ。もう、あいつの手は届かない」

「君は、大丈夫じゃないでしょう?相当やつれている」

「・・・一週間終始眠れない日々を過ごした志貴に比べたら、これぐらい」

「心の傷を比べないで。君も僕も、自分の中で一番大事なものを失ってしまったんだ」


三本しかない指先を俺に差し伸べて、ゆっくりと頬をなぞる

志貴は、優しい手を持つ人物だった

奏でる音色は、川の流れのように穏やかな優しい音色

それでいてどこか寂しさを感じさせる音色だった

それをもう一度聞くことは、叶わない


「志貴、お前は、憎くないのか?九重家が」

「どうして、九重の家を憎まなければならないの?」

「だって、志貴がこうなったのは俺たちの弟が、家族がしたことだから」

「双馬君。僕は、深参に手を差し伸べてもらって、一馬君、双馬君、三人のおかげで家族の暖かさを知ったんだ」


窓の外を遠い目で見る志貴の背を、俺は無言で見つめる

その視線は、背中はなんというか・・・舞台に上がる前の空気を感じさせた


「僕は九重家が、君たち三つ子が大好きだよ。これは、ちゃんと伝えておく」

「・・・ありがとう」


「けれどね、双馬君。僕はやっぱり許せないんだよ」

「・・・わかってる」

「・・・あれは相討ちになろうとも、僕が必ず地獄へ送る。君はそれを黙って見ていてほしい」

「傍観者に徹しろって?」

「うん。僕の演技を、黙って見ていてほしい。これから君は九重家の大黒柱になる道を選んだ。僕は、そんな君の手を黒く染める行為をしたくない」

「・・・志貴」

「悪いことは全部僕が受け持つよ。だから双馬君は家族を守ってあげて」


包帯で覆われた顔から覗かせる、いつも通りの優しい笑顔

今日はいつも以上に、残酷に思えるその笑顔に俺は無言で頷くことしかできなかった


「でも、どうしてここまで・・・」

「・・・君には伝えておくね。僕は、どうやら女の子だけじゃなくて、男の子も好きになるようなタイプみたいでさ」

「それが、どういう・・・あ」


彼が言おうとしていることは理解した

この時代には珍しくない。けれど、身近な人物がそうであるのは初めてで、どう反応していいかは悩むところだ


「・・・今、僕は男の子と女の子に恋をしているんだと思うよ。そのどちらが恋なのか、依存なのか、わからないけれど・・・それでも、二人を愛していることには変わりない。守りたいんだ。失ってばかりの僕に手を差し伸べてくれた二人に、この命をかけてでも」

「そうか」


きっと、彼の側にいた俺の片割れと、高校時代から行動を共にするようになった少女のことだろう

家にも来てくれたことがある。とても仲が良さそうだった


「志貴。俺にできることは、なんでもするから」

「頼めることがありそうなら、頼むね。これは、深参と一馬君には内密に」

「ああ。約束だ」


指切りができないので、額を合わせて約束を交わす

これは深参と志貴の間でよくしている約束の交わし方なのだが、とても特徴的で・・・彼の青い瞳と薄い金が視界いっぱいに広がる

志貴の顔が大好きだと公言する深参の気持ちが、少しだけわかった気がした


同時に、その顔に恐怖すら覚えた

目的のためなら殺しすら厭わないという志貴の深淵を

同時に、ふとした瞬間にいなくなってしまうんじゃないかという恐怖を、俺はあの日、味わった

そのことを、ゲーム内に閉じ込められる事件から数年経過した今も、忘れてはいない


・・


この話は、それから数年後の話になる


「志貴さん!こちらのかぼちゃタルトの方が美味しいですよ!」

「何おう!志貴、こっちのサツマイモケーキの方が美味しいからな!」

「両方、美味しいよ?」


困惑気味の志貴の対象位置にいる響子さんと深参

二人はデザートが乗った皿を志貴のほうに差し出して、彼を全力で困らせていた

しかしそんな二人に志貴だって慣れっこ。きちんと対応をするのだが・・・それだけでは終わらせてくれない


「「どちらか優劣を決めてほしい!」」

「またいつもの?」


いつもの・・・志貴番付けとかいう、お題にそって志貴のお気に入りを用意した方が勝ちという代物らしい

・・・正直、志貴に勝敗コントロールされているような気がするのだが、二人は気がついていないようだからノーコメントとしておこう


「・・・個人的にはかぼちゃの方が好きだなぁ」

「ふっ、これで3512戦1756勝1756敗ね。追いついたわよ」

「くっ・・・また引き分けか」

「今度こそ勝ち越してやるんだから。覚悟しなさいよ!」

「望むところだ!」


どれだけ勝負しているんだあいつらは・・・

我が弟ながらにとんでもないなと感じつつ、小さくため息を吐く

このセカイにも、心労というものはあるらしい


どこから話せばいいのかわからないので、初めから話しておくと、今、俺たちがいるセカイはゲームの中

一年半前にプレイヤーがゲーム内に閉じ込められるという事件が起こった

そしてゲーム内で特別なアイテムを持つ人物たちが誘拐される事件も同時に起こってしまっていた


俺と深参は後者の方の被害者であり、ゲーム内にいる面々からクリア条件を満たしてもらったこともあり、こうしてゲーム内の中に入り込めている

最も、俺の方は少し条件が異なるのだが・・・それはまた別の話にしておこう


「双馬」

「ああ、一馬か。どうしたんだ?」

「久々に一杯どうかなって」

「どうかって・・・このセカイ、酒ないだろ。俺にもカルペス要求するのか?」

「ご明察」


普段の俺ならば、もちろんと誘いを受けていただろう

しかし今日はそうもいかない。この後の時間を過ごす相手は、別にいる


「今日は勘弁してくれ。先約があるんだ」

「・・・デートかぁ。もう兄を優先してはくれないんだね」

「・・・まあ、間違ってはいないが、ちゃんと後で一馬とも、な?」

「いいよ。もう、でもちょっと安心した」

「安心したって、何がだよ」

「お婿に行っても、兄のことを大事にしてくれる双馬はやっぱり変わってないなってことかな。それじゃあ、僕は志夏とカルペス飲んでくるから、また後でね。ごゆっくりー」


一馬はなぜか物知り顔で、俺の肩を叩いて颯爽とその場を後にする

彼の言葉の意味を知るのは、この後すぐのことになる


・・


収穫祭というのは、ハロウィンイベントの通称だ

去年は妹の奏が、深参と志貴とも仲がいい響子さんを連れてきた日でもあったりする


ここに来たばかりの時、これまでの事情を軽く聞いているのだが・・・なんというか「らしい」のが一人いた

志貴が現在進行形で記憶喪失というが、どこまで本当なのやら・・・

あの「信念の塊」の志貴なら深参と響子さんを欺くぐらい平気でやってくるだろう


しかし俺は彼から傍観役としての役割を与えられた

これ以上の干渉は、できないだろう

俺にできるのは、家族の無事を・・・そして彼が守りたい二人に同じ道を辿らせない事。たった、二つだけだ

改めて見ると、自分の無力具合を痛感させられる


「はあ・・・」

「相変わらず深いため息だね、そうちゃん」

「ため息をつきたいぐらい、自分が何もできない人間だということを噛み締めているところだよ・・・はあ」

「たくさんため息吐いたら、幸せ、逃げちゃうよ?」

「結が側にいるからなぁ。これ以上の幸せはないと思うんだが」

「じゃあ、こうしよう。今からもう一生ため息吐いたらダメ。私、そうちゃんの幸せポジションに座れているらしいから、そうちゃんがため息吐いたら距離をとるんだから。幸せとして、逃げちゃうから」

「じゃあ一生吐かない」

「うん。それがいいよ」


バカップルみたいな会話を繰り広げるが、まあこの時間も悪くはないものだ

結は元々うちの隣に住んでいた

小さい頃は特に俺と一緒の時間が多かった

才能溢れる一馬と深参に付き添って、俺には放任主義を決め込んでいた両親に変わり、立華のご両親が俺の親のように接してくれたのを今でも覚えている

そんな事情もあり、俺と結はほとんど一緒に育って、高校までは同じ道を歩き続けていた

志貴が拉致される事件があるまでは、これからも一緒だと信じていた


「ところで、そうちゃん。この服の感想は?」

「もうすぐ三十歳なのにミニスカ魔女っ子は痛い」

「まだ二十八だし・・・ギリ二十代だし」

「しかしそんな衣装、どこから調達したんだ」


ドロップアイテムでは見たことのないような、ステータス効果に豪華な布

もしかしなくても、もしかしなくても?


「か、課金・・・」

「やっぱりか。デジタルコンテンツに課金して何を得られた?」

「優越感」


間髪入れずに答えられたので少し頭痛が走る

このセカイにも、風邪とかストレスとかやっぱり存在する。確信した。そういう細かい部分は作り込まなくていいのに、脳とリンクしている仕様もあり、こういうのは如実に反映されてしまうものなのだろう

・・・悲しき、仕様だ


「こんなことで優越感を得てどうする」

「ごもっともで」

「今はしてないよな?」

「してません。してる暇があるなら貯金します!目指せ!新婚旅行!」

「よし」


彼女の三角帽子を持ち上げて、その頭を優しく撫でてみる


「なんで帽子をあげてまで頭を撫でるのかな」

「俺がそうしたいから」

「左様ですか」

「・・・そろそろいくか」

「うん」


幼馴染な親しい間柄が出す空気から、夫婦間の少し甘い空気に変えていく

現実でも色々なことが起きすぎて、こうして落ち着いた時間が取れなかったので・・・今日はせっかくだしということで計画を立てた

二十歳を過ぎてから、夫婦になってから初めてするデートは、ゲームの中で

いつか消えてしまうデジタルで、現実ではないにせよ・・・

その思い出だけは、俺たちの中に残り続けるものになる


「しかし、そうちゃん」

「なんだ」

「せっかくのデートでいつもの普段着なのはどうなの?いや、別にね?あの気合の入ったシンフォニア用の衣装にしてほしいというわけではないけれどさ、その・・・」

「・・・その?」

「・・・ハロウィンだし、仮装デート、したいなぁって」


少し上目遣いでおねだりされたら、叶えなければいけない気さえ覚えてしまう

しかしこれまで寂しい思いをさせてきたのは事実だし、ここまでついてきてくれた彼女に何か返せればと思うのも事実なわけで・・・


「・・・確かに、せっかくのハロウィンだし、久々のデートだしいいかもな。しかし結。俺は特に仮装に使えそうなものはないぞ?」

「そういうと思って準備しておいたよ」

「・・・は?」


結がニッコリ笑顔で差し出してきたのは、男性服ではない代物

前言撤回。こいつには何も返したくない

フリフリのフワフワに溺れさせられた俺はその後、地獄を見ることになる


・・


「ふへへー・・・」

「自分の夫を女装させて楽しいか!?」

「似合ってるよ、サンドリヨンの花嫁衣装」

「もう花嫁化してるじゃないか!なんてものを着させるんだ!こんなの、司や奏に見られたら・・・」

「どうする?頼れるお兄ちゃんがまさかの女装趣味!なんてバレちゃったら、そうちゃんもう司くんたちに威厳のあること言えなくなっちゃうかもね」

「・・・」


真っ白なシフォン生地のスカートを握りしめて、彼女を睨み付けると逆に彼女から笑われてしまう


「そうちゃんさ、嫌々言いつつもちゃんと着てくれるあたり・・・こういうの、実は好きだったりする?」

「違う」

「まあ。アバター変化材料でもりもり別人並みにしてるから、兄妹バレはないと思うよ。だから安心して楽しもう!」

「楽しめるか!そういう結はなんで俺の服を着てるんだ!」

「私が着て見たかったの!そうちゃんのシンフォニア用の衣装ってさ、王子様衣装みたいで初めて見た時からいいなぁって思っててさ」


一方、現在の結は俺を釣るための魔女っ子スタイルからゲーム内の俺がフィールドに行くときに身につけているバフもりもりの背広を着ている

背広と言ったって、現実の仕事で身に付けるようなものではない

それこそ、結がいうように御伽噺に出てくるような王子様感があるとは思う

・・・趣味ではないが、あれでないと「特殊スキル」が発動できないから仕方なく身につけている。仕方なくだ

決して、俺に王子様願望があるわけではない


「しかし、着用者に合わせてサイズ変更できるとは、ロマンがないよね、このゲーム。でもそのおかげでそうちゃんの勝負服を着れてるわけなんだけど」

「・・・サイズ変更なしだったらどうする気だったんだ」

「そうちゃん大好きな「彼シャツ」をします。存分に萌えてください」

「なぜバレている・・・」

「だっていつも終わった後、私の服じゃなくて真っ先に自分のワイシャツ回収し・・・」

「あーあー・・・聞こえない、聞こえない」


公衆の面前でいうことではないだろう

あえて適当な返事を返すと、今度は結が背伸びをして俺の耳元でそっと耳打ちする


「知っている。結さんは知っているんだよ。旦那様そうちゃんの性癖どころか義兄かずちゃん義弟かみちゃんまで網羅してるんだよ。流石に三波君は知らないけどね」

「・・・なぜ三つ子の裏話を知っているんだ」

「高校時代に九重家にお邪魔したときに見つけたんだけど、かみちゃんがエッチな本ベッド下に隠してたから。しかもかずちゃんのベッド下に」


・・・高校時代の深参は寮暮らしだったはずだ

なぜ実家に隠していくんだよ・・・しかも自分じゃなくて一馬の・・・あの馬鹿・・・


「別に年頃の男の子なんだから持った読んだは怒らないよ?興味があるのは普通かなって思ったし。むしろ安心したし・・・それになんか綺麗だったから拾ってきたものじゃなくておじさんに支給されたものなんだろうなとか・・・」

「なぜそこまで知っている・・・」

「あたりなんだ・・・それはちょっと衝撃的かも」

「まあ、父さんなりの気遣い?だよ。俺は父親になってもしないと思うけど。持っていても黙っておくのが、普通じゃないか?そこのところはどう思う」

「そうちゃんの意見に同意かな・・・流石に支給はちょっと引いた。おじさん、いい人なんだけどね・・・」

「・・・で、具体的に一馬と深参のお気に入りのページを教えていただきたいのだが」

「教えないよ?流石に二人に悪いでしょ」


話の流れで聞けると思ったのだが、流石に黙秘権を行使してくるか

・・・後で二人に尋問するか


「そうちゃん。ついたよ」

「ついたって、どこに・・・」

「私のシンデレラが大衆の視線を美しさで奪う、素敵な舞踏会の会場、かな?」

「・・・おい。ちょっと待て。ここ奏が演奏するって言ってた中央広場だろ!?」

「お兄ちゃんとして妹の活躍を観ないとでしょ」

「だからって女装で観に行かせるのはどうかと思うが!?」

「まあまあ。黙ってればバレないからさ」

「頼む。頼むからせめて着替えさせてくれーーーーー!」


俺の叫びとは裏腹に、どこから出しているんだと思うような腕力で中央広場の方へ向かわされていく

・・・どうか、バレませんように


・・


中央広場の特設舞台

ここで小さな演奏会を行う私と、響子さんと志貴さん、深参兄さんは揃って準備を進めていた


「三人とも、準備できたよ」

「志貴さん、今日はよろしくお願いしますね!演奏、楽しみにしています!」

「うん。頑張るね」

「奏―。俺と響子には何かいうことねえのかよ」

「妹相手に感謝の言葉をせびるとは大人気ないわね、深参君」

「あ?今なんて・・・」

「深参さん、響子さん。二人とも喧嘩しないで・・・って、あれ、何?」


喧嘩を始めそうな二人を宥める志貴さんが視界に何かを映す

私たちもその声につられて、中央広場の正面入口からやってくる二人組に注目した


「とても素敵なドレスね。深参君、あれ、何のアイテム?」

「確かイベント限定アイテムのサンドリヨンの花嫁衣装。初期イベだから今以上にドロップアイテムの回収が難しくて廃人でも持ってる奴少ないとんでもアイテムだぞ。集めても女しか着られない。しかしその分バフ値がおかしいんだ。真価を発揮するのは術師系統の職だけどな・・・」

「なんで深参兄さん詳細知ってるの?」

「うちにも名誉廃人いるからなぁ・・・」

「名誉廃人?」


深参兄さんが指で示した人物は、アイテムボックスを展開させて何かを探していた


「・・・あ、ボックスの中にあった。サンドリヨンの花嫁衣装、だっけ?」

「ほらな」

「・・・流石志貴さんっていうところ?」

「今はそれでいい。記憶が戻ったらあまりやりすぎないようにねって嗜めてくれ」

「了解・・・しかし、深参兄さん」

「なんだ?」

「・・・あれ、結さんだよね。よく見たら着てる服って双馬兄さんの勝負服だし」

「・・・あー。もしかして結、王子様願望発動させてるのかも」

「何それ」


私が小さな頃に引っ越したけれど、お世話になった結さん

まだまだ彼女には知らない部分の方が多いけれど、深参兄さんたちは彼女のことをよく知っている


「俺たち三つ子の中で、双馬は平凡でな」

「超進学校に特待生入学した人のどこが平凡だって?」

「・・・まあ、俺と一馬と比較したらって話だよ。なんでも器用にこなせるけど、突出したものはないだろう?」

「頭がとんでもなくいい一馬兄さんと音楽才能で食べてる深参兄さんに比べたらそりゃあ・・・そうだけどさ。それと結さんのその願望がどういう関係で?」


特に才能なんてものは話の流れから関係ないと思うのだが、深参兄さんは私たちの前では嘘をつかない

隠し事は、容赦なくするけれど・・・話すべきことではないと思ったことだけ隠すから、家族の中でも信用できる兄だと思っている

一番は、あの人だけど


「小さい頃の双馬は親父とお袋から放任されててな。二人とも俺と一馬についてたから」

「・・・それって」

「あんまり言いふらすなよ。記憶にない司はともかく、桜より下はみんな親父たちを「いい両親」だと思ってるから。お前もそうだろう?」

「そう、だけど・・・」


三つ子だけだった時代の、一馬兄さんと双馬兄さん、深参兄さんだけの思い出

私たち、妹と弟たちが知らない三人だけの影


「双馬のことを家族の中で一番に思っているお前だけには教えておく。あいつは俺たちの、九重の両親にまともに育てられてない。立華のご両親に結と二人、育てられたようなもんだ」

「だから、一馬兄さんも深参兄さんも、お父さんとお母さんのこと、あまり好きじゃないの?」

「そうだな。双馬はあんな対応されても両親のことを凄く慕ってる。でも、俺も一馬も大嫌いだよ。両親のことも、自分自身も。大事な片割れを一人だけ置いて・・・手を差し伸べることも難しくて、その罪悪感で一馬は教師になって、いろんな人に別の道を指し示し続けている。俺は残念ながら売り上げの一部を養護施設に寄付ぐらいしかできてないけどな」

「それでも十分すごいと思うけどな」

「そう言ってくれると、少し救われた気がするよ。でも俺は、未だに一番救いたい人を救えないまま、だけどな」


深参兄さんの視線は志貴さんの方に向けられる


「で、話は思い切り逸れてるんだけど!」

「ああ。でな、放置されてた双馬を結はお姫様みたいだなぁとかとんでもない思考を発揮させて、気がつけば双馬を守りたい・・・お姫様を守る王子様になりたい!と思うようになったらしい。大人になって落ち着いたらしいが、たまに発作が出るらしい」

「発作・・・じゃあ、隣にいるサンドリヨン・・・シンデレラって」

「まさか。衣装は双馬から借りただけだろ。隣は友達・・・だと思う。そう、だよな?」

「「・・・本当に、借りただけ?」」


隣にいるサンドリヨンは見れば見るほど双馬兄さん

まさかとは思うが、そんなまさかがあるわけないと、私と深参兄さんの困惑を他所に、響子さんは志貴さんと二人きり

また少し、彼女がリードを決めていく


「へえ、このドレス、術師系の役だったらたくさん強化されるみたいだよ。付与術師の響子さんにはぴったりだね」

「そうかしら・・・」

「僕じゃ着られないしせっかくだからもらってくれないかな?」

「・・・いいの?」

「うん。喜んでくれる人の方が、この子も喜んでくれるだろうし。それに、響子さんなら絶対に似合うと思うから」


志貴さんは今、結さんの隣を歩いている彼女が身に着けるものと同じドレスをアイテムボックスから取り出して、彼女に差し出す


「気持ちは嬉しいけれど・・・その、中は花嫁衣装だし、その私まだ・・・」

「?」

「志貴さん、花嫁衣装の意味がわかっているのよね?」

「まあ、わかるけれど。これ、花嫁衣装に見える?ほら、あれを見てみてよ。丈が膝あたり。生地の関係か光の反射で少しだけ水色が差すんだ。この衣装でピアノを弾いた響子さんはきっと、綺麗だろうなって」

「・・・志貴さん」

「もらってくれる?」

「はい。是非。ありがとう、志貴さん」


大事そうに衣装を抱きしめて、笑う響子さん

・・・二人とも、ここ一応舞台の上なんだけどな


周囲から歓声が飛んでいる

そりゃあ花嫁衣装を贈ればね!ある意味プロポーズだよね!

結さんと志貴さん、二人が同時に視線を集めて・・・そのおかげか中央広場にはたくさんの野次馬という名の観客が集う


「この衣装を着て、いつか連弾を」

「うん。約束ね」

「はい!」

「志貴さん、響子さん!ちょうどいいので始めちゃいましょ!」

「そうね。じゃあ、頑張りましょうね、志貴さん」


それぞれ所定の位置について、演奏準備を整える


「・・・全く、女装なんて何をやっているのやら。今回だけだからね、双馬君」


志貴さんの独り言は、誰にも聞こえることなく、演奏会は幕を開ける

二人のピアニストによる、秋の実りを祝うメロディが中央広場に響き渡った


・・


奏たちの演奏も同時に始まり、周囲の注目は演奏組の方へ向かっていく

トランペットを担当する奏、ヴァイオリンを担当する深参

そしてピアノを担当する響子さんと志貴

ふと、志貴の視線がこちらに向けられた気がした


「しーちゃんの演奏、久しぶりに聞いたな・・・」

「やっぱり、志貴は凄いな」


深参が連れてきた、不思議な雰囲気の男の子

気がつけば、学生時代から天才だと謳われて、誰もがその才能の喪失を悲しみ、そして時の流れと共に存在を忘れられた奏者

現在進行形で灰を被る青年は、今ここで、灰を自らの力で吹き飛ばすかのように力強く鍵盤を叩く

繊細な音色を奏でる志貴らしからぬ奏法だが、この曲の雰囲気・・・特にメインは結構勢いのある曲らしい

プログラムを確認してみる。どうやら今演奏しているのは秋の、遠雷をイメージした曲らしい。激しいもの、納得だ

一生聞けないと世間から告げられた宣告を、自らの手で覆していく姿。道行く人の視線を集め、その耳へ、脳を通して直接刻み込む


「しーちゃん、怪我しなかったら、今もピアノ弾いていたと思う?」

「弾いていたさ。絶対に。大好きな二人の側で」

「・・・やっぱり、締まらないね。格好いいこと言っても女装でか・・・って先入観がきちゃう。女装させたの私だけどさ」

「少し外れたところに行って着替えさせてくれ。遠くに行っても、この音楽は聞こえるだろうから」

「そうだね」


彼女に手を引かれて、路地裏へ。そこで衣装を交換して元通り

いつもの衣装と・・・


「今度は結がシンデレラか?」

「まあ、たまにはね。スカート、好きじゃないんだけど。頑張って女装したそうちゃんへのご褒美、かな」


先ほどまで、俺が身につけていたドレスを見に纏い、小さくターンをしてその姿を見せてくれる

やっぱり、俺より結の方が似合っている


「似合っているよ」

「そうちゃんが着てた方が可愛いよ」

「寝言は寝てからな」

「はいはい」

「・・・」


ふと、足元に視線を向ける

別に足が好きだから、とかそういう理由はない

王子様気質の彼女がドレスを見に纏う・・・滅多に遭遇できない出来事だろう

両足にぴったりとはまったガラスの靴

・・・御伽噺の通りなら、かぼちゃの馬車で舞踏会、だろうか

それなら、俺にも再現ができそうだ


「シンデレラ」

「私のこと?いつも通り名前で・・・」

「舞踏会、いくんじゃないのか?」


手を差し伸べて、さも当然というように彼女を誘うように語りかける


「・・・舞踏会って、そうちゃん。中央広場は舞踏会雰囲気じゃないし、それにここは御伽噺の世界じゃ」

「今更恥ずかしがらないでくれ。御伽噺の世界じゃなくても、現実とは異なる、電子の世界だ。今なら、現実でできないようなことも叶えられる。行こう」


いつもは結が俺の手を取ってくれていた。子供の時も変わらず、最初は彼女。手を引くのも彼女だった

けれど、今日は


「こっち。しっかり掴まるんだぞ。落ちても、ある程度は平気だろうけど。怪我はして欲しくない」

「ん」


彼女の体をしっかり抱きかかえ、準備を整えていく

奏たちの演奏は、荒々しい音色から蛍が舞うような、安らかな音色に

志貴らしい、優しい伴奏に合わせて「協奏曲」も動き出す

靴に半透明の羽が現れたことを確認して、俺はゆっくりと宙へ足を進めていった


「高いところ、平気だよな」

「そうちゃんは平気じゃないでしょ・・・高いところ、苦手なのに」


俺が身につけているバフもりもりな衣装

これは正確に言えば「セット衣装の一部」なのである

実際は腰につけている細剣「シンフォニア」こそ、この衣装の核みたいなものだ

特殊なクエストをクリアし、この剣と一緒にドロップする衣装を身につけた上で剣を装備すると、特殊スキル「飛行」が解放される・・・という仕様だ


「小さい頃は、苦手だったな」

「昔は、降りられなくなった猫を助けようとして、自分が降りれなくなったよね。最終的に、落ちちゃったけど」

「・・・忘れてくれよ」

「忘れないよ。大事な思い出なんだから」


屋根を越えて、さらにさらに、天高く駆けていく

夜空の星に混ざることは難しいけれど、それに手が届きそうなほど高く登った先

もう、誰の手も届かない場所にたどり着くと、ガラスの乙女は口を小さく開いて笑う


「ねえ、そうちゃん。なんで忘れないのか教えようか?」

「さっきの、俺が落ちたことか?」

「そう。なんでだと思う?」

「・・・落ちた時が面白かったから?」

「なんでそんなそうちゃんを覚えておかないといけないの・・・?」

「違うのか!?」

「むしろなんでそれで覚えてると思ったの?そんなの覚えていたらそうちゃんのお嫁さんなんて存在はいないよ・・・?」

「・・・つまり?」

「つまり、こういうこと!」


少しだけ異なる熱を纏う彼女の手が頬に添えられる

それから口の中に、甘い味が広がっていくのを静かに覚える

しばらくすると、名残惜しそうにそれは離される


「・・・結果はさ、散々だったかもしれないけれど。高いところが苦手なそうちゃんは猫を助けるために、自分が怖いことにもちゃんと立ち向かった。凄く格好良かったんだから」

「・・・色々と見てくれているんだな」

「見てるよ。子供の時から高校卒業まで、間は空いちゃったけど、これからもちゃんと見てるから」

「・・・ああ」


それからしばらく二人で夜空を散歩しつつ、のんびり過ごす

抱きかかえたままの腕は自然と疲れない


「なあ、結」

「何?」

「空の上では踊れないけれど、帰る時、靴には気をつけてくれよ」

「どうして?」

「落としたら、誰かが拾う前に俺が探しに行かないといけなくなる。結を降ろした後に探すとなると大幅なロスが出るからな。落とさずに、持ち帰ってくれ」

「シンデレラと言えば、ガラスの靴を落とすのも大事な部分じゃない?」

「・・・わかってないな。ガラスの靴を落としたら、拾い主が結を迎えにきちゃうじゃないか」

「あ、そういうこと」


嬉しそうに勢いよく腕を首に回されて、少しバランスを崩しそうになったけれども必死に体勢を整えて、彼女をしっかり抱え続ける


「じゃあ、次降りたらガラスの靴、そうちゃんの目の前で落とすから。絶対に拾ってね」

「わかった」

「絶対の!絶対だから」

「ああ。拾ったら、その・・・」

「その?」

「ちゃんと、拾った時に言う」

「はいはい」


それから、ゲーム内に作った九重家のベランダに降り立ち、羽を収納する

結はその間にガラスの靴を落として、不敵な笑みを浮かべていた

それをそっと拾い上げ、考えていた言葉を告げよう

ありがとう、これからも俺の運命でいてほしい。愛していると・・・なかなか告げられない言葉も一緒に

息を飲んで、意を決して告げようとすると・・・


「おやおや、一馬兄さんやい。この前嫁を家につれてきた我が家の鬼次男様が我らにイチャイチャショーを見せてくれるらしいですぜ」

「流石双馬。退屈していた僕らの心を読んだ如く、いいタイミングで現れる。兄弟の伝心って凄いんだね?」

「・・・・」

「・・・・」


結と顔を見合わせてから、ベランダに繋がる部屋の方へ視線を向ける

そこには、カルペス盛りをしている一馬と志夏、三波と司の姿が・・・

確かに二人でカルペス飲んで過ごすとは言ってたけど・・・三波と司も加えてここで!?


「ささ、兄さんや・・・私たちのことはいないものとして、ごゆっくりイチャコラしやがってください」

「そうそう。十年分を埋めるように・・・僕らは静かにカルペス飲んどくから、ね?」

「流石にできないからな・・・」


誰もいないと思って着地したのに、なんか蜘蛛の巣に引っかかってしまった感覚すら覚えてしまう

後ろの結も少し照れているのか、俯いて俺の背後に身を隠す

・・・申し訳ないことをしてしまった


「・・・一馬兄さんも、志夏姉さんも鬼すぎる。双馬兄さん、隣の部屋は空いてるからそっちで続きやったらいいよ」

「気遣いと書いて追撃か。これが小学生のやることかよ。あーカルペスうめー」

「へ?三波兄さん、別に僕は追撃なんて・・・」

「・・・そうちゃん、お言葉に甘えちゃおっか」

「え、ちょ・・・」


指先で俺の服を掴んでそれを引く

顔はあげないまま、俺は少し歩きにくさを覚える体勢のまま一馬の横を通り過ぎる

「頑張るんだよ、お兄ちゃん」と、どこまで予想がついているのかわからない、我が家の長男からそっと小声で呟かれる

それに返答する間も無く、俺は部屋を出て、隣の部屋に連れて行かれた


・・


「予想外だった」

「だね」


隣の部屋とは繋がっていないベランダに出て、今度は二人で遠くから聞こえる演奏に耳を傾ける


「そうちゃん、奏ちゃんとは仲直りできたの?」

「できた、とは言い切れないけれど・・・前よりは、マシ。少しずつ、進んでる」

「いつか、また仲のいいそうちゃんと奏ちゃんが見たいな」

「結はいいのか?自分より妹を優先する旦那なんて」


あまり、快く思わない人が多いと聞くが・・・彼女はどうやら違ってくれるらしい

事情を知っているからというのも大きいだろうけど、何より彼女は幼少期の奏と俺のことをよく知ってくれているのだから


「いいの。未成年の奏ちゃんや司くんにとって、お兄ちゃんとお姉ちゃんはまだ親代わりだからね。特にそうちゃんは一番頼れるお兄ちゃんでしょう?まだ、側にいてあげて」

「ありがとう」

「わかってるからいいって」


そうは言ってくれるけれど、それまでは・・・と、ある意味制限を結の中で作っている感覚を覚えてしまう

・・・別に、俺は「お兄ちゃん」に拘っているわけじゃないんだけどな

血を分けた家族の親代わりも大事だけど、それ以上に大事な家族がいる

片割れの一馬と深参以上に、大事な存在が


「結」

「どうしたの、そうちゃん」

「そろそろ、靴を履かせても?」

「あ、そうだったね。落としたんだった」

「歩き難かっただろう?」

「それでも、照れが勝ってたから・・・」


そっと足を差し出す彼女に、御伽噺と同じように口を履かせるために膝を立てて、彼女の足だけにぴったりなガラスの靴をそっと履かせて手を離す


「ぴったりだ」

「ぴったりだったら、どうするの?」

「どうもしない。もう、物語のその先には辿り着いているんだから」

「そっか」


遠くから、奏のトランペットが聞こえてくる


「あんなに小さかったのにね。昔はにーにってそうちゃんの足にひっついて、いつもそうちゃん朝は大変そうだったなぁ」

「奏は本当にべったりだったからな。でも、まさかここまで上手になっているなんて思わなかったよ」

「トランペット、贈った身としては鼻が高い?」

「いや、これは全部奏の努力だからな。俺はあの子が通う音楽団の練習日じゃない日でも練習ができるようきっかけを与えただけさ。本当に、頑張ったんだな」

「成績を落とさず、アルバイトに勤しんで妹の為にトランペットを買うのも、なかなかできることじゃないと思うけどな」

「そういう後ろ側は、結だけが知っていればいい」

「そうだね。そうちゃんの隠されざる努力は私だけが知っていればいい話だよね」


彼女の隣に立って、かつてべったりだった妹が奏でる演奏に耳を傾ける

ここまで来るのに、たくさん努力したことを知っている

深参が使っていたピアノが置かれた部屋。うちで唯一、扉を閉めたら音が漏れないとんでもない防音室に篭って毎日毎晩練習していたことを知っている

その情熱を勉強にも少し分けて欲しかったんだけどな・・・なんだあの成績は・・・!

全教科五十点満たないテストなんて初めて見たぞ・・・!?


「・・・そうちゃん、どうしたの?お腹痛い?」

「ある意味お腹痛いかもしれない。奏の成績じゃ、高校進学も危うい・・・」

「でも、聖清川のスカウト貰えているんでしょう?かみちゃんしーちゃん響子ちゃんの三人が通ってた音楽学校」

「ああ。でも深参や志貴の宿題を見せてもらった限り、大学は海外留学が当たり前みたいな部分もあってかなり難しいんだよ。英語はもちろん、多国語が扱えないとやっていけないみたいだし・・・奏じゃ」

「しーちゃんに教えて貰えばいいでしょう?バイリンガルだよ、しーちゃん。なんでも話せるの忘れたの?しっかり教えてくれるだろうし、大丈夫」

「・・・ああ、そうだな。帰ったら、頼んでみようか」


「今日の続きは、帰ったらだね」

「そうか。帰らないと続きはできないのか」


忘れてしまいそうになるが、目の前に広がる光景は現実のものではない

作られた電子の世界。けっして生きるべき現実ではないのだ


「結」

「なあに、そうちゃん」

「現実に戻ったら、したいことがある」

「他にもあるの?」

「ああ。凄く大事なこと。兄妹以上に大事な君としかできないことがあるから、伝えたい」

「それって、もしかしなくても、もしかして、かな?」

「ああ。同じ考えだと思っているよ」


彼女の手を両手で包む

目を閉じて、靴を履かせた後に言おうと考えていた言葉をやっと、声に出した


「お兄ちゃんなのは、もう仕方ないことだ。これからも俺は、一馬の弟で、深参以下の弟妹からはお兄ちゃんだ」

「うん」

「けれど、俺は自分の家族を得ている。兄妹だけが、家族じゃない」

「うん」

「現実に戻ったら、結と二人で家庭を作っていけたらと思うよ。愛する結と一緒に、手探りでもちゃんと話し合いながら、二人らしい家庭を作っていきたいんだ」

「うん。約束ね。今日の続き、絶対に向こうでもね!」


子供のように指切りをかわして、今日の続きを、別世界でする約束を取り付ける

早くこの事件を終わらせて現実に戻りたいと焦る心と、きちんと彼女に考えを言えた安心感。そして、未来への期待が混ざり合う感情を抱えながら、飛び込んできた彼女を支えるように抱きしめる


こうして、シンデレラと王子様は再会し、二人は幸せに暮らしました

御伽噺ならここでおしまいだ

けれど、これは生きている人の現実。もちろんだが、続きも存在しているのだ


・・


あれから四年が経過した頃

ゲーム内に閉じ込められる事件も収束し、人々は普通の生活に戻って行った

もちろん、俺と結も同じように


「・・・ごべんね、二人とも。お邪魔しちゃって」

「気にするな、一馬。司も忙しいんだし、一人で身の回りのことできないだろう?身体、弱いんだからこういう時はきちんと頼ってくれ」

「そうだよかずちゃん。九重のおうちで一人、倒れているなんて考えた方がゾッとするよ。だから気にしないで。今はちゃんと風邪を治すことに集中するんだよ」

「んー・・・」


現実に戻っても、俺の生活というものはほとんど変わらなかった

しかし、他の兄妹たちの生活は大きく変わって、九人一緒に暮らしていた九重家も今は一馬と奏、司の三人で暮らしている状態だ

まあ、奏はうちによく入り浸るので実質、一馬と司の二人暮らし状態だ

今、かつて暮らした家に兄妹全員が集まるのは年末年始、お盆に集まるぐらいだろう

音羽以上は皆一人暮らしか、海外か、他に家庭を持ったか・・・様々だが、別の場所に家を持っているのだから・・・なかなか、帰ることはない


「結、すまないが、後で一馬をいつもの病院に。これ、診察券と保険証」

「了解。二人のお迎えはお願いね。あ、電話だ。かずちゃん、代わりに出るね」

「お願い・・・」


一馬の端末を操作して、結が代わりに一馬の電話に応対する

こんな朝早くから珍しいななんて思いつつ、部屋を出ようとするが結の様子が気になる


「もしもし〜九重です〜。はい。そうですよ。間違いありません。今日、かずちゃん風邪引いて寝込んでて、代わりに電話対応しています」


仕事関係ではなさそうだな・・・相手は誰だろうか

一馬の、後輩だろうか?


「大丈夫ですよ。昨日の晩からそうちゃん・・・あ、夫が我が家に運んで付きっきりで看病しているので。ご心配、ありがとうございます。今、かずちゃんに代わりますね。え、そうちゃん?なんで電話取るの?」

「代わりに聞いた方が一馬の体力も消費せずに済むだろう。どうせこの後寝るけど」

「寝るけどね・・・」

「ふたっ・・・ゲホゲホゲェッッッッボ!ごうい・・・ゲホォ!?」


一馬の咳には耳を傾けず、代わりに電話応対をこなしていく

こんな朝からかけてきたんだ。かなり急ぎだろう。できることなら、対処できたらと思うが・・・


「お電話かわりました。用件をお伺いします」


この電話をかけてきた人物のお願いで、俺もまた小さくなった山吹色の青年の物語に少しだけ巻き込まれることになるのは別の話

一馬曰く、俺にとても似ている人らしい

・・・どんな人か気になるのだが、今は小さくなっている?そうだ。訳がわからない


「一馬、夏彦さんだったかな?彼が今子供になっているらしい。高校時代の資料を借りたいらしいから持って行ってもいいか?住所は聞いた」

「双馬。寝ぼけてる?夏彦は三十一歳だよ。そんないきなり幼少期なんて」

「なってるらしいぞ」


聞いた話だから真偽はわからない。電話をかけてきた巳芳さんという人物と話したのも初めてだ。しかし彼が嘘をついているようには思えない


「・・・まあいいや。そういうことにしておこう。自室に夏彦って書いた段ボールがあるからそれを持って行ってあげて。それから、机の引き出しに入っている黒いファイル。できれば、双馬が持っている両親の手記が入った缶も」

「俺の?ああ、構わないが・・・なぜその後輩に?関係ないだろう?」

「・・・うちの両親と夏彦の父親、同じ施設の出身なんだよ。古い写真だけど、髪が山吹色の人がいただろう?あの子が夏彦のお父さん」

「・・・世間は狭いな」


「狭いんだよ。双馬。それにその山吹尊さんは、双馬と一緒で栖鳳西の特待生。歴代初の方だけどね。まさかこんな身近にいるとは僕も思わなかったよ」

「なんか本当に身近な人だな。でも、ご両親は存命だろう?あんな些細な資料で」

「・・・生き別れの親子だから。幼少期になっているのが本当なら、ご両親の事、全く知らないだろうから教えてあげたいなって」

「・・・そうか。わかった。明日の朝にでも持っていくよ」

「お願い。元気になったら僕が持っていくから」

「無理だろ」

「・・・ですよね」


申し訳なさそうにお願いした一馬の後輩は明日どうにかするとして、今はこちらを

部屋を出た瞬間、足に纏わり付く小さな二人をどうするかだ


「かずおじちゃんだいじょーぶ?」

「じょぶ?」

「大丈夫だよ、少し寝ていたら治るから」

「よきよき。うぬぅ」

「よかよか・・・。にゅー」

「・・・伊織、紡、お父さん歩けないな。離れてほしいな」

「歩かないと、お仕事行けない」

「つむといおと一緒!」

「困ったな・・・二人と一緒は嬉しいんだけど」


どうしたものかと考えていると、結が後ろから現れ、伊織と紡の視線に合わせて話をしてくれる


「お父さんの足を離さないと、二人も幼稚園行けないよ?お友達と遊ぶ約束しているんだよね?遊べなくなっちゃうよ?」

「それはだめ」

「それもだめ」


「お父さんとは夕方に遊べるよ。でもお友達とはお昼にしか遊べません!伊織と紡はどっちを選ぶかな?」

「お約束したから遊ぶ」

「大事、お約束。守らないと」

「よし。お父さん、そろそろ時間だよ」

「ああ。ありがとう、お母さん」


あの日の続きは、きちんと果たされた

かつて暮らしていた九重家の隣。立華のご両親から譲り受けたかつて結が暮らした家で、俺たちは四人家族で暮らしていた

解放された一年後に伊織と紡、双子の女の子が生まれて、穏やかで賑やか、そして幸せな生活を送っている


「お父さん」

「どうした、お母さん」


名前で呼ぶ機会は減ったけれど、彼女とは今も御近所さんからおしどり夫婦と言われるほど仲良く過ごしている


「ネクタイ歪んでるよ。珍しい」

「あー・・・。少し緩めたからな。その影響かも」

「少し待ってて、ちゃんとするから」

「ありがとう」

「あーママずるい!いおも!いおも!」

「つむもやる!」


なんでもやりたがりなお年頃の二人はこうしてネクタイを締め直す結に自分もとアピールするが、その前にささっと済ませてしまう


「むー!」

「にゅー!」

「朝は忙しいから、今は得意なお母さんにおまかせ。また今度、二人にはお願いしようかな」

「わかった」

「うん」


少しふてくされた二人を宥めつつ、先にドアを開ける

二人を外に出して、勝手に門の外に行かないように声をかけつつ、最後に俺が外に出る


「行ってらっしゃい。お父さん、伊織、紡」

「行ってくるよ。それじゃあ、二人とも、行こうか」

「うん。行ってきます!ママ!」

「いってきます、ママ」


小さな手を握りしめて、家を出ていつもの道を歩き出す

馴染みのある道のりだが、子供の頃とも、公務員になりたての頃よりも・・・その道のりを歩く足取りは軽いが、小さい


「パパ、どうしたの?お腹いたい?」

「頭痛い?かずおじちゃんのお風邪、うつった?」

「大丈夫だよ。さあ、行こうか」


これからはきっと、騒ぎなんてものと無縁の生活になるだろう

一馬はどうかわからないけれど、少なくとも俺より下の弟妹たちは御伽噺が終わった時の常套句のように、幸せに暮らしていくと思う

いいや、そうなるようにしたいなと考えながら、二人の手を引いて歩く

あの日の続きは別世界。幸せに終えた御伽噺の続きは、ここで穏やかに緩やかに繰り広げられていくーーーーー

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