休暇用レコード14:椎名譲編「罪悪感を抱く双子と幻覚を見た魔法使い」
あの「多次元干渉」とかいうメタネタ魔法使いめ・・・なんてことしてくれたんだ
鳥頭も鳥頭だ。なぜ休暇で逃げたはずの僕を捕獲しているんだ・・・
話で一番笑える部分をネタバレされてしまった身としてはやはりなんというか・・・
休暇を奪われてしまった身としては・・・二人に仕返ししたいところなんだけど、今はそうも行かない
なんせ、現状の僕はご先祖様がいうとおり、紅葉と夜雲の三人でマシュマロ焚き火をしようとして大爆破。三人揃って大怪我を追う醜態を晒している最中なのだから
「・・・譲さん、動かない」
『マシュマロ食べたい』
「甘いものはしばらく禁止だ。全く・・・」
黒髪の双子に動きを止められ、僕は自分の思うような行動を制限される
どうしてこうなったのか、詳細から話しておかないといけないだろう
あれは三日前。紅葉の誕生日である十月二十八日に合わせて僕らが遊んでいた時のことだ
・・
「誕生日おめでとーまた一歩、寿命に近付いたね!紅葉!」
「今年もまたおじいちゃんに一歩近付いたな紅葉!早く白髪になれよ!」
「ここぞとばかりに「もみじ」って呼ぶなしー。俺「あかば」しー」
僕と夜雲が悪ノリしつつ、彼にお祝いの言葉を掛ける
「それに俺から赤毛を奪ったら紅葉要素皆無じゃん」
「家系なアイデンティティを捨てるのも、時には必要だよ。キャラ作り的な意味で」
「椎名家特有の青髪をストレスで失った男が言うには重すぎるぞー・・・」
僕の白髪は元より青髪。うっすらと名残はあるけれどかつてストレスでその色素が抜け落ちてしまった過去がある
最近は少しずつ戻っているけれど・・・いつ戻るかは流石にわからない
「しかし、感謝祭の時も思ったけど、お前いつもトイレに行きたそうな素振り見せるよな」
「だってよ譲。ちゃんとお花摘みは始まる前に済ませとけよ」
「君のことだよ紅葉」
「今度はどんな素振りしたって言うんだよ」
「しーしーうるせーからだ」
「多分しーって鳴き声が・・・てかさ、お花摘みって」
「・・・千早がいつも言ってっから。真似しただけだ」
「「カッ!これだから彼女持ちのリア充は!次の任務で魔物に喰われちまえ!」」
「お前ら、彼女いるだけでキレ散らかすのやめろよ・・・普段はキレない譲ですら目見開いて叫ぶから怖いんだよ・・・」
紅葉の情けない悲痛な声を聞きつつ、僕と夜雲は紅葉に抱きついて、爆散しろ爆散しろと耳元で訴え続ける
高校時代からリア充な紅葉は、彼女が僕の親友である女の子ということもあり色々な情報が僕の元に流れてくる
正確には紅葉からではなく、千早の惚気経由
二人がどういうお付き合いをしているのかとか、当人並みに事細かく知っていたり
「惚気を散々聞かされる身にもなってみなよ、紅葉」
「彼女が他の男のところに通い続けている彼氏の気分もわかれや。お前が入院したら毎日お見舞いだぞ。泣けてくるだろ。相手して貰えねえんだぞ、譲」
「お前ら・・・」
呆れる夜雲を横に、僕らは小突き合う
本気ではない。戯れるように、冗談めかした攻撃をし続けた
「しっかし、譲。入院といえば・・・俺と紅葉が半年間任務で外に出てた間、また入院していたんだよな?」
「まあね」
「しかも三回な。半年じゃなくて二ヶ月に一回な」
「うるさいよ紅葉。正確には最初の一回。退院直後に倒れてもう一回。それから三ヶ月後に退院して、この前検査入院でもう一回だから倒れて入院は正確には二回だから。二回!だから!」
必死に抗議するが、二人揃って残念なものを見るような視線を浮かべてくる
「夜雲、何その目・・・」
「いや、累計入院数三桁の男は主張するところも違うなって」
「へえ・・・夜雲はよく聞いているね。そう言う夜雲は今九回目だよね。二桁への引導を渡してもいいんだよ・・・?」
「それは勘弁」
体裁的に杖を夜雲に向けて、脅し文句を一つ
しかし流石に彼としてもこれ以上の入院は「あの人」からブラリ入されるので勘弁したい部分らしい
「しかし譲よ、そろそろ腹減ったんだけど」
「ああ。そうだったね。本日の主役のお願いもあるし、そろそろ始めようか」
僕は
この魔導具、お察しだと思うけれどご先祖様の遺品だったりする
その中から取り出したのは鉄板と、野菜、肉、その他諸々の食材や調理具
今日は紅葉の誕生日祝いということで、椎名家所有敷地内で三人だけの誕生日会兼慰労会を行うことにした
僕の誕生日会は感謝祭の後に、夜雲の誕生日会は大社の月見会と呼ばれるお月見行事の後に執り行った
僕らが誕生日にこだわり、互いにお祝いをし続けるのは生きていることを喜ぶというのが大きいだろう
僕らの仕事は鈴海周辺にある魔獣討伐、特殊能力者関係の事件の解決が主になる
・・・いくら能力のエキスパートと言ったって、死ぬ時は普通に死ぬ。どんなに強かろうとも、歴戦の能力者でも瞬きの合間に死ぬなんてことはよくある話だ
そんな仕事を続けて、こうして十年以上も生き残り続けており・・・こうして誕生日を祝い合えるのは本当に喜ばしいことなのだ
しかし、僕らの間にはその「大きな理由」の後ろに「小さな理由」も隠れていたりする
紅葉は非能力者であり、能力者を迫害する家系に生まれた能力者。幼少期から両親から酷い扱いを受けて、家出をした過去を持つ
夜雲は研究所に勤める両親を生まれた半年後に事故で失った過去を持つ
そして僕は七歳の時に両親を殺された過去を持つ
誕生日を祝ってくれる親も兄弟もいなかった僕らは、互いが生きていることを、互いと廻り会えたことをこうして祝い続けている
「しっかし、夜雲が孤児ってわかってからやり続けているお祝い会もなんだかんだで長いよなー」
「そうだね」
「ここまで長いと、一生続きそうで安心するな」
「その場合、僕と夜雲はメニューを考え直さないと。ジャンクフードとスイーツ祭りは流石に歳を重ねていったら地獄のそれだよ?」
「確かに。そう考えると紅葉のバーベキューって完璧なのかもな。毎年やっても問題ない」
「言われてみれば・・・」
既に切ってある野菜を鉄板の上に並べていく
それから手頃な大きさの石を並べた置き台に鉄板を置いて準備は完了
それから僕は自分用の焼きマシュマロの準備をしていく
もちろん、甘いものが大好きな夜雲の分も一緒だ
「いつかは、三人だけじゃなくなるのかね」
「そうなっていいのかな。いつも、三人だけだったから増えるのは嬉しいけれど、少し複雑というか」
「わからない話じゃないな。けど、俺たちだって・・・いつまでもそのままってわけじゃないし」
「いつまでも、そのまま・・・か」
頭の中に浮かんだのは、両親を殺した男の忘れ形見
江上和夜と赤城時雨・・・赤城白露が遺した双子の兄妹
苗字が違うのは、和夜が母方の親類に養子へ行ったからだと聞いた
白露が死んだ後、赤城の家にも色々とあったらしい
二人は父親がしたことを知り、罪悪感を抱えて僕の前に現れた
そして今の二人は、罪を償う為に僕の助手として公使共に支えてくれている
しかし・・・本当にそのままでいいのだろうか
二人が罪悪感を抱え、罰を求めて僕の側にいる・・・それは、いつまでもそのままでいいはずはない事象だ
「・・・譲?」
「あ、うん。そろそろ火をつけるね。マシュマロも食べたいし」
紅葉に声をかけられて、意識は再びこちらへ。思考の海から引き上げられる
それから僕はいつも通り、火を起こそうと魔力を手の方へこめていく
気が揺れたまま、魔法を使うことは魔法使いにとってあってはならないこと
魔法を行使する時は常に冷静であれ
さもなくば・・・
「・・・あれ?」
「お、おい?譲さん?流石に・・・それは火を起こす感じではなく爆破では?早く止めろって!?危ないぞ!?」
「・・・コントロールが効かないねー」
「ねーじゃねえんだよ。何だよその他人事感はよ」
「あはは」
「「あははじゃねーんだよ。クソ野郎。もうお前には火付け役頼まーーーーーーーー」」
「頼まない」と言い終える前に・・・周囲に熱風が渡り、爆発音が響き渡る
後日、この一件は誰が引き起こしたか伏せられた状態で報道されることになる
原因不明の、大爆発。軽傷一名。両腕骨折の重傷者一名。全身火傷の重傷者一名と
・・
「まさか大社の三鳥が大爆発を起こすなんて・・・伏せてもらえて本当によかったわね」
「皮肉にもあのバカが起こした事件のおかげで助けられたんだ。今はその復興途中だし、その危機を救った三鳥の不祥事なんて揉み消したいんだろうさ。ところで千早さん。何で俺のお世話じゃなくて譲のお世話してるの?何で?」
「膝のかすり傷程度でピーピー言わないでくれる?夜雲みたいに腕を折るか、譲みたいに全身火傷か・・・そのどちらかなら甲斐甲斐しくお世話したくもなるけれど」
お世話したくなるとかいう母性溢れるワードを出す彼女は熱海千早
紅葉の相方ポジションである彼女は五年以上彼を尻に敷き続けている
扱いは結構雑だが・・・千早は紅葉にかなり惚れ込んでいることを僕は知っている
『千早』
「何かしら」
『いくらお世話されようが・・・僕は紅葉に攻撃して彼に重傷を与えるなんて真似はしないからね?』
「・・・」
僕に声をかけられたが「こいつ何を言っているのだろう」と言わんばかりに目を丸くした千早
しかししばらくして彼女の中でも答えが出る
そして彼女は欲望の通りにことが進まないことを理解して大きくため息を吐いた
「・・・・チッ」
『千早、舌打ちしないの』
「全く・・・何で逃げるのよ、バカ紅葉」
「え、何で俺軽傷で怒られてるの?千早もしかして俺にし」
「私だってお世話したい!あーんしたい!毎日してるけど!」
「千早・・・!」
「おい、今どこにジーンってする要素があったんだよ。紅葉、お前頭がお花畑になっていないか?少し摘んでこいよ。その馬鹿さ具合も多少はマシになるだろうよ」
膝のかすり傷だけだが、頭とかぶつけていない可能性はないとは言い切れないので検査の為に紅葉は入院している
・・・後で再検査を代理で申し出ておくか。あれは絶対に頭打ち付けているだろうし
それから夜雲
彼は爆破の際に両腕を打ちつけており、両腕を骨折。今は固定をしているし一人暮らしの為入院中だが、僕が意識を取り戻したら治癒魔法で治療すると言う手筈だった
そして問題の僕だが、咄嗟に範囲を抑えて衝撃等全て自分一人で受け持った
その結果、これである
意識不明の重体。全身大火傷である
喉も焼けているので会話すらままならない。現在は念話で他者と会話を行っている
自分で回復魔法をかけられないという仕様上、僕だけは自然治癒になるのだが・・・まあ完全に治りきってしまえば、時間操作の魔法で自分自身を過去の仕様にしてしまえばいいので完治はできる
それまでは、このままだが・・・
「・・・譲さん、ミイラみたいです」
『残念ながら僕はまだ生きてるよ』
「生きていないと困ります・・・」
こんな状態な僕にも、一応お世話してくれる人がいる
魔法を使う前に頭の中に思い浮かんだ二人の人物だ
「何でこんなことに・・・一度も魔法行使に失敗したことないと豪語していたではないですか」
『さあね』
「お前の感情をかき乱した存在がいたんだろう・・・何があった?」
『・・・念話も疲れるんだ。そろそろ』
「逃げるの下手すぎるだろ。俺たちか?」
『・・・』
「・・・時雨、今日は手続きして帰ろう。明日からは個室だろ」
『・・・』
「夜雲さんと紅葉さんの前では話したくないだろう。だから、明日でいい。いくぞ、時雨」
「・・・あ、ちょ、和夜君」
僕の側にいた時雨ちゃんは、少しキツそうに病室を出て行った和夜の行動に困惑しつつ、彼について行く前に僕の手を彼女は優しく握ってくれた
「また、明日。手続きは済ませておくので、今は怪我を癒すことだけ」
『・・・うん』
「気にしないでください。和夜君、また、お父さんのことで迷惑をかけたんじゃないかって思っているだけだと思うので・・・だから」
『わかってる。だから時雨ちゃんも和夜も、もう気にしないで』
「はい。必ず伝えておきますね。それでは、また明日」
そして彼女も複雑そうな笑みを浮かべて、僕に手を振りながら病室を後にする
そんな二人の姿を眺めて、しばらく・・・僕の代わりに紅葉が口を開いてくれた
「・・・気にしてたんだな、あの二人。白露が、譲の両親を殺したこと」
『そうだね。気にしすぎて・・・困っているよ。あの二人は何も悪くないのにね』
「そういう譲こそ、気にしてるんじゃないの?親を殺した男の子供、その関係性の複雑さを・・・そういうしがらみさえなければ、とか」
『千早はよく見てくれているね。ああ。そうだよ。ここから先は、あの二人にしか話さないけれど』
二人とは、罪悪感とか、そういうものが存在しない関係になりたい
それは本人にしか伝えないけれど・・・明日、ちゃんと伝えないといけない
あの事故の時に思い浮かんだことと、僕が欲しい未来の話を
・・
全ての処理を済ませた後、俺と時雨は病院を後にして自宅に戻ろうとしていた
私と和夜君で暮らしている、小さな我が家だ
親戚からの援助は一切ない。和夜君が大社で働いて、私が家事とアルバイトで家計を作り上げて行く
大学は奨学金で。細々と二人で生活を続けている
・・・この生活を始めたのは、確か高校に進学したあたり
和夜君が譲さんと出会い、彼に贖罪をしようと私に持ちかけてきてくれてから、私と和夜君はもう一度、家族として暮らしている
「和夜君」
「何だよ時雨」
「譲さん、もう気にしなくていいって」
「気にするよ、普通は」
「それでも気にしなくていいんだよ。譲さんも私たちも、そろそろ進まなきゃ」
「進むって、どこに?どうやって?」
「それは・・・」
どうしたら、いいのだろう
お父さんが死んだ後、お母さんがお父さんが椎名夫妻を殺した事実を知ってから、赤城の家は前とは異なるものになった
和夜君は、お母さんのお兄さんの家族・・・江上の養子に
私は、父の祖父母に預けられてお母さんはどこかへ行ってしまった
贖罪の日々は当然だと、思っていた
私が十七歳の時、彼と対面するまでは、確かにそう思っていたのだ
「父さんは、譲の親を殺してるんだぞ・・・?俺たちが加害者の子供であることは変わらないし、それ以上なんて望んでいいはずなんてないんだ」
「親の罪は、子供が償わないと、なのかな」
「当然じゃないか。父さんが何もしなければ、譲はちゃんと両親と過ごせたんだぞ?それを奪って、俺たちだけのうのうと普通の暮らしをしていいわけがない」
「・・・私は、もういいと思うけどな。お互い、疲れるだけだよこんなの」
「時雨は・・・譲から親殺しの罰を受ける必要がないと言いたいのか?」
「そうは言ってないよ。けれど、和夜君は譲さんに言われたの?お前の父親が僕の両親を殺した。親の罪は子供の罪。その身で、償えって」
「それは・・・」
「言わないでしょう?いうはず無い。譲さんは、そういう人だよ。過去のこと、持ち出したことある?」
「・・・ない、けど」
「そうでしょう?あっても仕事に関係することだけだって思うの」
誰もいない閑静な街中で、片割れの手を握りしめる
一人だけ大きくなっていくけれど、やっぱり私の片割れだと思うぐらい何をしてもしっくりくるその安心感に、少しだけ硬かった彼の表情もゆっくり弛んでいった
「和夜君。私は思うんだ。本当に贖罪だけが、私たちの救いなのかなって」
「・・・わからない」
「わからないからこそ、譲さん当人の意見も聞かないと。それが正しいのか、譲さんの救いになれているのか」
「譲自身の救い、か」
「お父さんの罪は確かに消えないよ。幸せな夫婦を殺して、一人の子供の運命を狂わせた。同じ立場にいたのにも関わらず。絶対に許されることじゃない」
「ああ」
「過去を償う・・・彼が望めばそれを続けていこう。そうじゃなければ・・・」
「・・・考えないと、いけないかもな」
明日はきっと、色々なことが変わる
悪い方向にではない。必ずいい方向に
彼が望む未来のことはまだわからないけれど、それでも私たちはきっとーーーーー
「さ、明日の為に今日は早く寝よう!」
「子供か」
「いいじゃん。たまにはさ」
双子でのんびり歩きつつ、家へと戻る道のりを歩いていく
子供の時のように、遊んだ帰り道
晩ご飯を楽しみに、少しだけ浮き足立つ感じで歩いていく姿は本当に子供
けれど、たまにはこんなのもいいと思ったりするのだ
・・
翌日
「・・・譲、お前全身火傷な重傷なんだよな?」
「そうだね。昨日までは」
「めちゃくちゃ動きまわってんじゃん・・・」
「何となくね!そわそわしちゃって!」
「「子供か」」
退院の為に荷物をまとめる二人にツッこまれつつ、僕はある程度楽になった身体を起こして秋晴れの空が映る窓へ視線を向ける
「で、何でそんなに元気なんだよ・・・昨日は会話すら出来てなかったのに」
「それはね・・・」
「それは私から。魔法使いだから出来た回復方法っていうのがあるのよ」
「・・・つまり、どういうことで?」
「譲は一晩中、魔力を身体中へ急速循環させたの。同時に、回復魔法を発動させていたでしょう?」
「千早の言う通り。その方法で僕は魔法使いに不可能とされていた自身の回復方法を編み出した」
「でも、魔法使いは自分の回復を回復魔法で行えないんじゃ・・・」
「わかってないな、紅葉。だから回復魔法を発動させた状態なんだよ。発動させている状態なら魔力の全てが回復作用のある魔力になる。その魔力を外に出さず身体中に循環させたら・・・自分の回復もできるってことだ」
夜雲の補足のお陰で紅葉にも僕がどんな方法でここまで回復できたか理解してもらえたようだ
魔法は無限大だから、その気になればなんでもできたりするのだ
不可能だって、可能にできる。それが魔法と呼ばれる能力だ
「意外と簡単、なのか?」
「・・・身体の力を操作するのよ?出力でも私と夜雲君みたいに相当苦労させられる人がいる中で、自分の身体の中の力を隅々まで循環させるなんておかしいから」
「右に同じ」
「・・・相当難しいんだな」
紅葉たちの少し引き気味な声を横に、僕は千早が持ってきてくれたマシュマロを口に放り込みながら読書を続ける
うん、やっぱり美味し・・・あれ?
もう一つ、と手を伸ばした先にはマシュマロの袋がない
その代わり、真っ白な服に身を包んだ彼女が立っている
白衣の閻魔・・・じゃない、天使、神様・・・
「痛い・・・痛いよ夏乃さん・・・頭!頭メリッって音がしたんだけど・・・」
「あらやだ。摂食制限まだついているのにマシュマロ放り込んでいる馬鹿がいたからお仕置きをしようかな、と」
「ここ病院だろ。怪我人増やしてどうする!?僕の頭はリンゴじゃない!」
「大社の青鳥と紅鳥はうちの病院の常連だから怪我が入院時から一つ二つ増えていても多少はね?」
「いや、その理屈はおかしいですよ、戸村様」
「何か言った?」
「あああああああああああ・・・・!」
「・・・譲が物理的ダメージ受けてる瞬間とかクッソレアだな」
「頭が!頭が割れるぅぅぅぅぅ!」
「ほら、見せ物じゃないのよ。二ノ宮と地井さんはさっさと手続きに行く!この馬鹿部屋移動させるんだから!」
「はい!戸村様!」
「もう来んな。それと地井さん」
「ひゃい!」
「二桁目、災難だったわね・・・もうきちゃダメよ」
「黒い手帳をチラつかせておっしゃられるあたり、俺も次はなしか・・・病気での入院は」
「生活習慣病とストレス誘発型以外なら認めます。それ以外はこっち行きね」
「はい!肝に命じておきます!」
「お世話になりました。夏乃さん」
「ああ、千早ちゃん。ごめんね、お騒がせして。今度仕事がない時に食事行こうね」
「はい。連絡、お待ちしています」
慌てて出て行った二人を追うように、千早も小さく手を振り病室を後にする
僕の目の前に現れたこの白衣の獄卒は
僕が現在進行形で入院している大社付属病院に属する医師で、幼少期から僕の主治医を勤めてくれている人物だ
僕の主治医というせいか、他の大社からの患者も押し付けられているらしく、大社の面々には特に厳しい
しかし千早は純粋な患者だった時期と、僕や紅葉の見舞いで彼女と面識があり、普通に優しい対応をしている
「・・・ほら、早く行くわよ」
「はーい」
「後で包帯、取り替えてあげるからね」
「何で二人の時は優しくなるのさ」
「気分よ」
「気分ですか」
車椅子に乗せられて、別室に用意されている新たな病室へ向かっていく
「最近、具合は?」
「よくなってる。走り回れるようにもなったから」
「・・・病弱な時代を知っているからこそ、こう元気になってくれたのは嬉しいのよ」
夏乃さんは、父さんと母さんの同級生
母さんとは仲が良かったけれど、互いに就職してからはなかなか連絡を取り合えていなかったそうだ
僕の主治医と知った時は、かなり驚いたとか・・・
「でも大社に勤めるのは想定外ね」
「そう?」
「ええ。貴方はてっきり、愁一の後を継ぐと思っていたから。なかなか聞く機会がなかったけど、どうして大社に?」
「・・・復讐を、しに」
「久遠と、愁一の?」
「うん。大社に、いたからさ。あの事件を引き起こした張本人が。でもね、片方は病気で死んじゃった。もう一人も、僕が手を下すのを諦めたら、因果応報で・・・ね」
「復讐、成し遂げられなかったのね。安心したわ」
少しだけ、夏乃さんは安心したように笑ってくれる
夏乃さんも二人が殺された事は知っている。入院中、夜泣きが酷かった僕を何度も目撃して、カウンセリングも何度も行ってくれていたから
「彼女もそう言ったよ。僕が復讐を達成できなくて、良かったって」
「時雨ちゃん?」
「うん。驚いた。千早で来るかなって思ったんだけど」
「意外と見ているものなのよ。入院している時だけだけど・・・長い時間、一緒にいるんだから。もう息子みたいなもんよ」
「両親と同い年の、もう一人の母親か。もっと早くに欲しかったよ。扱いが雑な親戚のお姉様よりは、マシだっただろうから」
「さっさと貴方を養子にしたら良かったわね。私、家族いないし。二人でのんびり暮らすのもアリだったと思うのよ」
「そうだね。のんびり、療養しつつ暮らすのも悪くなかったと思う」
「でも、そうなると貴方の交友関係を狭めてしまっていたと思うの。二ノ宮も、あんなチャランポランだけど・・・貴方にはいい影響を与えているみたいだし。地井君はともかく、あいつとは大社に属していないと巡り会えていなかったんじゃないかって思う」
確かに・・・学部は違えど、夜雲とは大学が一緒
けれど紅葉とは一度も学校が一緒になったことがない。そうなると、大社にいなければ巡り会えていなかったと思う
「うん。だからこの道に進んだ事は、悪い選択ではないと思えるんだ」
「内容が最もだったらもっと良かったんだけどね。でも、復讐を糧にして、鈴海最強の魔法使いが出来上がるんだから・・・恨むことも完全に否定はできないのよね」
「復讐を肯定はできないけれど、否定もできない、か」
「そうね。難しいわね、色々」
新しい病室に入り、車椅子からベッドの上に移動させてもらう
それから包帯を取り替えて、布団を被せてもらっておしまいだ
「・・・怪我も随分良くなっているのね。また非公式の治療法?」
「そうだね。魔法使いならではの自分回復術。少し難しいけどね。公開してもいいよ」
「どうせ体内の魔力を回復魔法発動させつつ循環させる・・・とかでしょう?あんた以外にできないんだから公開しようが非公開のままだろうが状態は変わらない。椎名譲だけが行える術よ」
それから少しだけ、世間話を兼ねて診察もしていく
「今日から食事、出そうかしら。病院食以外禁止ね」
「えー・・・じゃあもうちょっと味を」
「我儘言わない。そういえば、時雨ちゃんで思い出したんだけどね」
「何か言っていたのかい?」
「あんた、椎名家関係者がそろそろ嫁って騒ぎ出す前に奥さん見つけなさいよ。愁一もスピード派だったけど、二代前はかなり遅かったみたいよ。その影響か、親戚中がうるさかったとか」
「それからお爺様の結婚相手を決めるために、自分の派閥から女の子を持ってきてはお爺様と見合いさせる派閥戦争が起きていたんだよね」
「そうそう。今の時代、椎名の能力遺伝の都合もあるけれど・・・政略結婚はあり得ないと思う。けど、あんたはうるさいの嫌いでしょう?早くいい子を見つけて結婚して落ち着きなさい。椎名のジジイ共は小言多いわよ」
「げぇ・・・考えておくよ」
「じゃあ私は仕事に戻るから。何かあったらすぐに連絡よこしなさいよ」
「はーい」
夏乃さんから余計なお世話もされつつ彼女を見送った
それから一人きりの病室で彼女の言葉を頭の中で繰り返しておく
彼女の心配はまあ・・・そういう事情が後ろにあるので最もだろう
しかし、うん。そう簡単には・・・
『譲さん?』
「・・・いや、四歳差はアリな方だけど、納得してくれるかどうかと言われたら・・・」
頭の中に最初に浮かんだ人は、なかなかに難しい話ではないかい?
だからこそこの関係をどうにかしたい部分でもある
・・・下心しかない?気のせいでは?
「譲さん?」
「・・・い、いや。僕はだね。ただ純粋に、お嫁さんにするならという話でね・・・」
「お嫁さん」
遂に現実と妄想の区別がつかなくなってしまったのだろうか
目の前に、時雨ちゃんがいる
昨晩、回復の為にと無茶をしたのは理解しているけれど、ここまでになるとは・・・今度は控えておこう
まあ、いいや。まだ朝も早いし目の前にいる彼女は妄想のあれだろう
早く来て欲しいんだろうな。うん
「そうなんだよ。でも和夜も君も親の罪の罪悪感が大きいだろう?僕としてはそんなの関係なしな関係というか、それ以上になりたいわけでして」
「具体的には?」
「和夜とはいい友達に、君とは、その・・・まあ、あれだよ」
「そこははぐらかさないでください。お嫁さん、ですよね。いつから、そう、考えていたんですか?」
「君と出会ったあの日から、ずっと」
「はう・・・」
・・・目の前の時雨ちゃんから蒸気が見える
その後ろには遂に和夜まで現れた。妄想凄いな。名前を出しただけでも普通に現れるーーーーーーーわけないだろう!?これ、現実じゃないか!?
「・・・譲、俺と友達に」
「お嫁さん・・・」
「これ、現実?」
目の前の双子はうんうんと首を縦に振る。とても、嬉しそうに、全力で
「そ、そういうことか。友達に、罪悪感はともかく贖罪とか必要ないもんな。譲がまさかそう言ってくれるなんて・・・俺は嬉しいよ。紅葉を超えるレベルの友人になる為に頑張らないとだな」
「嬉しそうにしてくれるのは僕としても嬉しいけれど、友情に頑張りも何も必要ないから今まで通りの和夜でいて欲しいな・・・」
「そんな訳にはいくもんか!手始めに友達だから何をしようか。譲が暇をしないように読み聞かせとか?下の絵本コーナーでそれらしいもの借りてこようか」
「友達は作っても、親代わりを作った記憶はないよ。でもこの病院、絵本コーナーなんて」
なかったはずだ、という前に和夜は背中から本を取り出す
「友達だから譲の好みは理解している。ほら、写真がいっぱいついてるぞ」
「和夜、それ絵本じゃない。学術書。下って事は夏乃さんに借りてきたのかな?確かに図説いっぱいで僕にも楽しめそうだけど読み聞かせるものじゃないでしょう?」
「俺、フランス語は譲より得意だぞ。だから安心して読み聞かせができる!譲の友達だからな!」
「こいつー」
嬉しそうに友達友達と連呼して、僕に学術書を見せてくれるがその前にもう一人相手をしないといけない人物がいる
その人物は和夜以上に浮かれている状態だ
頭の上のアホ毛だって、いつもはヒョコヒョコ揺れているのに器用にハートを作って、彼女自身も頬を赤くしてクネクネ動いている
「お嫁さんですか・・・いや、私としてはとても嬉しいというか。もう嬉しすぎて死んでもいいぐらいです。不束者ですがよろしくお願いいたします。早速、下のコンビニプリンターから婚姻届コピーしてきてもいいでしょうか・・・?あ、挨拶が先でしょうか!」
「プリントできるんだ・・・じゃなくてね、いや、伝えたかった事は色々あるけれど、全部吹っ飛ばしてここに行き着いた訳だから、その過程から!過程から始めよう!ね!?」
「手始めにお突き合いですか?そういう激しいのは退院してから・・・」
「譲、そういう相談は友達がいないところでしてくれ。流石に居た堪れない。妹が幸せそうなのは嬉しいんだがな」
「照れるところじゃないよ和夜。止めるの手伝って」
「ああ、そうだよな。友達だから、妹の奇行もきちんと止める。時雨、まずはきちんと清いお付き合いからだ。それから挨拶済ませてさっさと既成事実作っちまえ。俺は友達から義兄になるんだ」
「うん!」
「違う、そうじゃない」
きちんと話し合おうと決めたのに、些細な勘違いから事態は急速に転がり、変なところに落ち着いてしまう
ここでも一応、和夜たちが贖罪の日々から解放されて・・・僕としても望んだ関係に落ち着いてしまった訳だからこのままでもいい気がするけれど・・・
少し、暴走気味な二人が気になるというか、いやむしろ命の危機を覚えるというか
このままでいい気がしない
「二人とも気が早い・・・」
「「人生に気が早いなんてある訳がない。思い至ったら吉日!一生ついていく!」」
「・・・はい」
それから二人はベッドの上に上がり込んで僕の両腕にしがみつく
「譲、俺はずっと友達で義兄だからな。困ったことがあれば、お兄ちゃんに、いうんだぞ?」
「譲さん、不束者ですが生涯幸せだったと言える家庭を一緒に作りましょうね・・・!」
それぞれ思い描いた言葉を告げて、抱きついている姿を見ていたら「ま、これでもいいか」なんて思い始めてしまう
まだ踏みとどまっていた方がいい気がするんのだが・・・もういいや
「時雨ちゃん、和夜」
「なんですか?」
「なんだ?」
「・・・ありがとう。必ず、君たちは僕が幸せにする」
「譲もな」
「ちゃんと、自分を含んでくださいね」
「はいはい。三人揃ってね。ちゃんと」
こうして、怪我の巧妙で友達とお嫁さんを手に入れてしまった僕と、そんな僕に一生ついてきてくれるらしい双子の和夜と時雨ちゃん
三人で過ごす、奇妙な生活の幕開け
普通に時雨ちゃんと過ごすだけの未来もあるけれど、それはいつか語られる本筋の先で
でもここでは、三人。和夜も時雨ちゃんもデレデレな可愛い双子と一緒に過ごす、少し斜め上なハートフルでワンダフルなドタバタマジカルライフが幕を開ける
・・・あの子ならスピンオフの体で続き、やるだろうね
このデレデレ和夜はここでしか見られないから
「譲。今日の予定は?」
「もう終わった・・・二人とも、お金あげるから好きなものを買っておいで。僕は今日から食事開始でまだ制限があるから他のものは食べられないんだけどね、二人が食べている姿だけでも満足だから」
「いいんですか?じゃあ、遠慮なく」
「昼食と夕食買ってくる。今日は一人で退屈な食事だろう?一緒に食べよう。そしたら、寂しくない」
「・・・そうだね。お願いするよ」
「「頼まれなくても、それぐらい当然」」
双子はそう言いながら一時的に病室を後にする
僕はその間、少しだけ力を抜いて、これから始まる楽しい生活に心を珍しく弾ませて、彼らの帰りを静かに待ち続けた
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