休暇用レコード13:白咲羽依里編「狼男の使い魔と金色魔女のいつかの約束」

ハロウィン当日の土岐山商店街

橙色と黒、そして紫と、長い歴史を持つこの商店街ではなかなか見られない色に包まれているその日に、私たちもまた普段とは異なる格好で商店街にやってきていた


「ねえ、悠真。なんで私たち、コスプレしてるの?」

「そりゃあ簡単だ、羽依里。なんせ俺たちはこのイベントの記録係だからだ」

「だからって・・・私たちは別に」


同じ年の同じ日、同じ場所で同じ時間に生まれたお隣さんの男の子

何年もずっと寄り添いながら生きて、何年も好意を抱き続けた私と彼は半年前にやっと幼馴染から恋人へ関係性の階段を上ることができた


今日は青ざめた顔で白シーツを被り、カメラを構えてイベントに参加する五十里悠真は私の家の隣にある写真館の跡取り息子で、風景写真を専門に撮る写真家という一面も持っている

人物写真も好きで、小さい頃は私をメインに何度か撮ってくれていたし、それで賞を貰ったこともある


しかし、今は・・・人を撮ることがとても苦手

その理由は私や、私のお父さんにあるのだけれど・・・今はそんな暗い話を思い出したくはない

しかし、そんな事情があろうとも、もう一度私を撮る、人の写真を撮ると決めた悠真は少し無茶して、人の写真を撮る練習をしている

今日の土岐山商店街で行われるハロウィンイベントの記録係に立候補したのもそういう理由だ


「しかし羽依里。膝上スカートって・・・その、なんだ」

「な、何・・・」


小さい頃は当然だと思っていた悠真の隅々まで見てくるような視線

・・・大きくなってからはなんだろう。少し、下心が混ざっているような気がするのであまり好きではないけれど・・・写真家としてはやはり観察眼とか鍛えないといけない場面もあるだろうし、ここだっていう瞬間を見逃さない為にもたくさん視るのだろう

それがわかっていても、やっぱり好きな人に見られ続けるのは恥ずかしいわけで・・・


「マジエッチいな・・・」

「ふんぬ!」


手に持っていた棒を振り上げて、悠真を軽く叩く

真剣な表情で何をいうかと思いきや、この男は!

「似合ってるな」とかならともかく、第一声がそれでいいの!?


「いった!?棒で叩かなくていいだろ!カメラに当たったらどうするんだ!」

「大丈夫。カメラ君は悪くないもの。当てない。頑張って外して、悠真に熱い一撃をお見舞いする」

「あ、熱い一撃・・・?ゴクリ・・・ってゲフゲフ。そういう問題じゃないだろう!?」

「問題あるのは悠真の方でしょ?人前ですけべなこと言える子に育っていたなんて知らなかった。熱い一撃で何を想像したの?どうせロクでもないことだって聞かなくてもわかるから話さなくていいけど!」

「羽依里さん、お怒りで?」

「むしろなんで怒ってないと思ったの?」

「・・・すまん。失言だった」


悠真が謝ると同時に、私も棒を降ろして普通に持つ

怒る理由はもうなくなった


それにそろそろ時刻は九時。これから店も開くし、遊んでいる時間も終わり

けれどその前に、彼に一言、耳元で告げておく

こちらとしても言いたいことの一つや二つ、あるのだから


「・・・もう「太もも見えててエッチい」とか人前で言うのはやめてよね」

「ああ。気をつける」

「二人きりの時なら、いいから」

「そういうところは、少しズルイぞ。羽依里ぃ・・・!」


悶絶する悠真を背に、私はもう一度短すぎるスカートが上がらないように押さえておく


「しかし、それじゃあ仕事にならんだろ。チラシ配り、やるんだろう?」

「まあ、うん・・・それに、この衣装、丈が短いから凄く恥ずかしいし、もう帰りたいし・・・」

「仕方ない。藤乃のところで衣装ないか聞いてみよう」

「・・・これ、藤乃ちゃんが用意したものじゃなかったの?」

「それは商店街の皆さんからの贈り物だ。サキュバス衣装って書いてあったんだが、羽依里、サキュバスってなんだ?」

「・・・悠真が一生知らなくていい化け物」

「そうか」


人物写真を撮らなくなってから、使えそうなシチュエーションとか、人物イメージとかの為にあまり本を読まなくなった印象がある

そのおかげで、サキュバスのことを知らずに済んだのは大助かりだ。

それに、その・・・説明も、難しいから。私の口ではホイホイ言えるような、感じのことじゃないから


「・・・おかしいな。悠真ちゃんの側にいるにはぴったりな悪魔だって」

「何か言った!?」

「い、いや・・・羽依里。そんな興奮するなって。サキュバスぐらい、ゴーグル検索したらいいんだから」

「え、あ、ちょ」


私の制止虚しく、彼はスマホでチャチャっとサキュバスを検索してしまう

その検索結果と私とその画像を比較しているのか、彼の視線はスマホと私と交互に向かう


「羽依里は不倫相手じゃないからサキュバスじゃないな。うん、いつかはしたい。羽依里と、添い寝(意味深)ってやつ・・・」

「悠真、ワカペディアで何を学んだの・・・?新手のセクハラ?」


どこかズレている彼に手を引かれて、彼と私の家のお向かいにある家へと向かう

呉服店なのだが、旦那さんが貸衣装屋さんをやっているので、もしかしたら代わりの衣装が見つかるかもしれないと期待しつつ・・・


・・


藤乃ちゃんの家で衣装を貸してもらい、イベント開始前までにはギリギリ商店街に戻ることができた


「・・・三角帽子、大きくない?」

「十分可愛いぞ。羽依里。後で写真を撮らせてくれ」

「うん。可愛く撮ってね、悠真」

「ポーズ指定うるさくていいか?」

「・・・今日だけね」

「よっしゃ!」


嬉しそうにガッツボーズをする悠真は声もあるけれど、格好や容姿もあってかなり目を引く

少し意識が過剰だし、先ほどの衣装ではないにしても・・・仮装する姿は子供のようにはしゃいでいるように思われているのではないかと思い、少し恥ずかしくなってしまう


私は今、魔法使いの仮装をしている

膝が普通に隠れるワンピース。無地で地味なものではなく、所々にフリルとリボンの装飾がたくさんある可愛らしい衣装だった

三角帽子も、私の目の色と同じ空色のリボンが大きく巻かれ、先端には星の飾りが煌めいている

ついでに、竹箒と適当に拾った枝を杖代わり。どこから見ても普通の魔法使いだ


「しかし?」

「なんで俺まで着替えないといけないんだ。まあ、動きやすさは十分だが・・・」

「記録係とはいえ、私たちは土岐山商店街ハロウィンイベントのスタッフでもあるの。スタッフが楽しんでいなくてどうするの?」

「・・・返す言葉もございません」


悠真も白シーツを没収されて、藤乃ちゃんから衣装を一つ借りている

髪の色に合わせた獣耳に大きな尻尾。しかし銀髪という特徴的な髪色のおかげか、それとも整っている容姿のせいか・・・本来の衣装が壊滅的に似合わなかった

それに、その衣装は腹部が大きく開いているデザインでもあった

悠真にはお腹に大きな傷があるから、そんな服は着せられない

傷のことは伏せて、代わりの衣装を出してもらうとなんということでしょう・・・


「でも、狼男の執事なんて変な感じ」

「そうか?従者感あって今の俺と羽依里にはぴったりじゃないか?」


片眼鏡で雰囲気を出すだけではなく、ついでに首輪もつけて従者気取り

満足そうに相棒のカメラを構えつつ、軽く動いて自分が満足できる動きができるか確かめていく

しかし少し腕が動きにくそうだ

本人はその違和感に気がついてはいるようだが、どこの違和感なのかわからなくて、少しむすっとした感じで悩み始めてしまう


「腕、動き憎そうだから背広のボタンを開けたら?ベスト、下に着てるんだし・・・もっとそれらしく見えると思うけど」

「ああ、そうか。ありがとう、羽依里」

「・・・なんでボタン開けないの?」

「羽依里が開けてくれると思って」

「甘えたさんね」

「ここぞとばかりに甘えてみる。羽依里、外すのは上手だもんな」

「まるでつけるのは下手くそみたいな言い方ね」

「事実だろ?」

「事実だけど。はい。外し終わり」


悠真曰く、私はかなりの「ブキッチョさん」らしい

まあ、確かにボタンがある服は必ずと言っていいほど掛け違えるけれども・・・


「ありがと、羽依里」

「どういたしまして。じゃあ、記憶にいこうか」

「ああ」

「・・・どうしたの?無言で手を差し伸べて」

「いつだって手を繋いで歩いてるじゃないか。今日はなしか?」

「お仕事だから隣を歩くだけにしておこうかなって。案内のチラシ配りもあるし」

「そういうのこそ、藤乃とか吹田にやらせりゃいいのに・・・」

「二人とも今日が稼ぎ時だって張り切ってたから。だからこの仮装宣伝にも参加してないんだよ?」

「・・・確かに稼ぎ時だな。この賑わいだと」

「でしょ?」


開店時間を迎えた土岐山商店街

いつもより人が多くて、うっかりしていると人混みに飲まれてしまいそうな気さえ覚える


「・・・そうだ。せっかく首輪してんだからさ、リードもあるだろ。離れないように掴んでおけばいいんじゃないか?」

「リードって・・・狼設定でしょ。一応。まるで犬じゃない。首とか引っ張って苦しくなっちゃうんじゃないの?」

「まあまあ。言うこと聞かない子は繋いでおくから的な感じでな?それに俺の後ろで羽依里が具合悪くなる方がきついし、離れ離れになって変なことに巻き込まれるのも嫌だ。俺の首が締まるのなんてそれに比べたら可愛いもんよ。ほら、これを、こうして・・・っと」

「・・・悠真、本当にそれでいいの?」

「ああ。俺がやったんだ。俺の意思でこうしている。羽依里はお散歩気分で歩くだけでいいんだ」


私の腕に優しく結ばれた鎖状のリード

その先にあるのは悠真が身につけている首輪で・・・なんと言うか、その・・・


「・・・なんだ。プレイの一環だって?」

「遊びの一環にしては、なんかこう、倫理に逆らっているような気がする」

「・・・S Mプレイも知らないのか。まあ知っていても困るけど」

「?」

「なんでもない。まあ、適度な主従関係は表現できているような気がする。離すなよ。羽依里。何かあったらそれを引っ張ればいいから」

「・・・わかった。首が締まらない程度に引っ張るね」

「ああ。それでいい」


今日は手を繋がない。私たちは鎖一本で繋がりながら歩いていく

側から見たらそれは凄く異常な光景だろう。ハロウィンだから許されるような風景だ

そんなおかしな繋がりでも、いつものような空気を生み出してくれる


「苦しくない?」

「平気だ。羽依里も具合は平気か?心臓、痛くないか?」

「平気。これでも少し体力ついたんだから」

「それでも・・・人多いから、休憩挟みながら歩いて行こうな」

「うん」


私は、小さい頃に心臓に病が見つかった

ドナーを探しながら入院する日々を送っているうちに、最初こそお見舞いに来てくれていた「友達」と呼べる存在はいつの間にか足を運ぶのをやめてしまった

彼だけだった。病室で一人きりになっている私の世界に毎日足を運んでくれる人は

・・・いつだって、ただ一人。友達がどんどんいなくなって泣いていた私の側を最後まで離れずに、ずっと友達でいてくれた優しい男の子

だからきっと、私は・・・彼を、好きになったのだと思う


「悠真」

「なんだ」

「チラシがあるからって言ったけど、やっぱり手を繋いでいたい。ダメ?」

「ダメじゃない。羽依里がそうしたいならそうしよう」


箒を近くのお店に預けて、少しだけ事情を話すとチラシ配りも免除されて・・・私と悠真の仕事は二人で記録をしていくだけになった

小さい頃から馴染みのある商店街。私と悠真だけではなく、彼の両親の成長も見守っている地域の結びつきが大きい場所

ここに店を構える人たちは、私たちの成長を、そして関係性の変化を親のように喜んでくれた

ある意味、この土岐山商店街は私と悠真のもう一人の親のような場所だと言えるだろう

孝行したいという気持ちが強いのでこうして積極的にイベントに参加して、お手伝いをしている

・・・私は、今年の春からだけれども


「羽依里。写真、俺たちと一緒に撮りたいって人がいるから・・・こっちに集中してくれるか?」

「うん」


道行く人に声をかけられて、写真を撮ってもらう

写真を撮られるのは好きだ。その人が生きた時間を切り取り、その時間の思い出を記録に残す素敵なことだと私は思うから

悠真や、五十里のおじさん・・・そして五十里家の写真家の皆さんは本当に素敵なお仕事をしていると心から思う

けれど、それで心に傷ができた人だっているのを私は忘れてはならない


悠真と私は声をかけてくれた通行人の女の子と、彼女と一緒にいたお母さんと思わしき人に写真を撮ってもらう


「ポーズの指定とかありますか?」

「え、そういうのも?普通にピースで」

「わかりました。じゃあ、三人で」


悠真の予想外な問いに女性は困惑するが、それでもちゃんと指示をくれる

彼女の指示通りに三人揃ってピースした後、今度はお母さんから依頼があり、私と女の子、お母さんの三人の写真を悠真が撮ることになった


「ありがとうございます、カメラマンさん。現像は・・・」

「この先をまっすぐ歩いていると、五十里写真館という店がありますので、そこで店主にこの番号を提示してください。サイズによって金額は若干変わりますが、普通の写真サイズだと五円で現像をさせて頂いています。移動という手間をおかけいたしますが、ご一考の程よろしくお願いいたします」


「ひゃ、ひゃい・・・あ、あの・・・か、顔が近い・・・」

「どうか、されました?」

「カメラマンさん単体の写真は購入できますでしょうか・・・」

「流石に、それは取り扱っていないですね・・・。申し訳ありません」

「で、ですよねー・・・」


無意識に顔を近くしてしまう商売魂全面な悠真と、その攻撃を正面から受ける奥さん

その横で、私と女の子は他愛ない話をしつつ変な時間が終わるのを密かに待った


「お姉ちゃん、魔女さん?」

「うん。そうだよ」

「金色と銀色、素敵だね」

「銀色・・・?うん。ありがとう。お母さん、そろそろ」

「あ、ああ。そうですね。そろそろ行こうか」

「うん。またね!魔女のお姉ちゃん!狼のお兄ちゃん!」


女の子はお母さんに手を引かれて、写真館の方へ向かっていく

「毎度ありー・・・・」と小さく呟く悠真の足へ軽い蹴りを入れてつつ、二人を手を振りながら見送っていく


「商売根性は今は見せない」

「・・・すまない」

「しかし、随分、モテモテで」

「流石に一つの家庭を狂わせるようなことはしない・・・それに、俺は羽依里一筋だから。大丈夫、だ」

「・・・そう。まあ、今日の悠真は髪をちゃんと整えているから少し格好いいけど」

「?」


毎日それでいてほしい反面、その魅力を表に出さないで欲しい

・・・複雑すぎる感情を必死で押さえ込みつつ、少しだけ疲れた表情を浮かべている彼に本来かけたかった言葉をかける


「かなり疲れているみたいだけど、撮られるのは平気?」

「ああ。慣れないし緊張もする。まあ、勉強も兼ねてな」

「本当に、写真のことになると熱意が凄いんだから」

「ああ。人物写真を撮る気持ちってさ、今の俺にはわからないから」

「・・・風景の中に写り込んでるよね?気持ち悪くなってない?」

「ここまで大多数だと平気。けれど、そうだな。でもここにきた人たちに「自分たちを撮ってください」って言われたら、きついかも」


首からかけているカメラをもう片方の手で撫でて、彼は小さく呟く

彼は、人物写真が撮ることができない

正確には撮れるけれども、気分を悪くして最悪嘔吐か気絶までしてしまう

以前は撮れていた。撮れなくなったのは私とお父さんのせいだ


小学生の頃、私が一度生死の境を彷徨ったことがある

死んでしまうかもしれないという状況の中、お父さんは不安な悠真に、悠真がかつて撮った私の写真を遺影として使わせて欲しいと頼んでしまったのだ


お父さんも随分反省して、悠真も謝ってもらったから大丈夫とはいうが・・・

お父さんは未だに「一人の写真家の、人物写真専門を目指す道を閉ざしたこと」

悠真自身は「自分の人物写真は誰かが死んだ時に有効活用されるのではないか」という不安を持ち続けて、結果的に悠真には人物写真を撮る恐怖だけが残された

今は前向きに、少しずつ人物写真を撮る道を進んでいるけれど・・・やはりかなりの頻度で具合が悪くなって、倒れることも数回・・・

私はそれを、隣で見ることしかできなかった


「・・・ねえ、悠真」

「なんだ?」

「ごめんね、辛い思いをさせて」

「気にするな」


素っ気ない返事をくれる彼の手を握りしめる

この商店街には今、たくさんの人々がいる

けれど、彼の手が小さく震えていることに気がつくのは・・・私だけだ


「ねえ、悠真」

「今度はどうした?」

「終わったら、私がこの格好の写真を撮っていい?もちろん、二人で」

「・・・ああ。頼んだよ」


夜の約束をしつつ、イベントの記録を撮影していく

その間、私たちは終始無言のまま過ごしてしまう

仕事の時は表面に笑顔を浮かばせて・・・でもその心は、あまり動いてはくれない

今日を二人で楽しむことができなかったな・・・という未練だけを、私の心に残していく


・・


その日の晩

五十里写真館の自宅スペース二階の奥の部屋


悠真の部屋で、私たちはあの衣装のまま無言で対面していた

衣装の返却は明日でいいらしい。明日、返しに行こうと終わった時に話をした

しかし、そんな話はどうだっていい

私たちがやらないといけないのは・・・


「ねえ、悠真。自撮り棒ないの?」

「そんな都合のいいスマホ専用の棒はありません。三脚ならあるけど・・・」

「三脚でどうにかなるもの?」

「・・・タイマーつけてどうにか撮影してみるか?」

「そうしてみようか・・・」


私のスマホを三脚に取り付けて、悠真は設定をタイマーにしてくれる


「一応、一分の余裕を」

「ありがとう。もう始まってる?」

「ああ。どんな感じで撮る?」

「このままだとどうなる?」

「コスプレ証明写真」

「それは流石に・・・定番だし、ピースでいいかな?」

「羽依里はそれでいいにしても、俺はこの格好で?」

「悠真はがおーってしたらいいんじゃない?」

「あー・・・」


あっという間に一分が経過するので、私たちは瞬時に決めたポーズを撮りそれを写真に納めてみる

画像を確認してみると、ブレもないし、表情だってバッチリだ


しかし、背景が少し残念。特にあれがとても酷い

赤ペンで大量に書き込まれた予定。それが書かれたカレンダー

この写真の見栄えを思いっきり損なっているものの主張は異様に激しい


「・・・悠真の予定たっぷりカレンダーが映り込んでいる。これさえなければ完璧なのに」

「フォト店で消したらいい」

「何それ」


聴き慣れない単語を出しつつ、悠真はケーブルと梨のアイコンが描かれているノートパソコンを取り出し、さらにはなんか大きい置き型テレビ見たいなものを取り出す


「写真加工ソフトだよ」

「そんなのありなの?」

「たまに使うからな。こういうのは父さんの方が得意だけど・・・俺も練習用で父さんが昔使っていた旧機材を一式で貰った。ノーパソに液タブ。全然使わないからほこり被ってるけど」

「・・・おじさんの厚意がつまってるんだからちゃんと練習して」

「俺はありのままの写真が好きだからな。加工はあんまりしたくないんだ」

「そっか・・・ん?」


格好いい台詞を言うけれど、スリープを解除したそのパソコンはネット通販サイト

しかも生活用品とか、この周辺で手に入れにくいものならともかく、カートに入れているのは悠真の好みに合わない黒髪女性の肌色写真集


「・・・なんだよ」

「おじさんが練習用でくれたパソコンでヌード写真集を買おうとしている悠真は最低な不孝息子だよ」

「羽依里。今回はちゃんと弁解させてくれ。これ、ヌード専門カメラマンのおばさんが撮った写真集だ。自分の作品集くれないからお布施しないといけないんだよ・・・参考書だ。許してくれ」


「でも、朝ちゃんとお母さんには言うなって言うんでしょ」

「わかってるじゃないか。二人とも理解がないからな」

「勉強とはいえ堂々とヌード写真集買ってたら私でも困惑するよ。しかもこれ、十八禁だし」

「三月で十八歳だ。問題ない」

「今十七歳じゃん」


正論を告げるけれど、悠真は購入ボタンを押してしまう

止められないのか・・・残念だ

しかし彼は購入確定ボタンを押す前に、あるものを指で示してくれる

どうやら送り先の住所らしい。ええっと・・・


「購入者はおじさんの名前になってるね」

「購入者は父さんだからセーフ理論。俺は代行」

「こう言う時だけ頭が回る」

「好きに言え」

「・・・おばさんと朝ちゃんにも?」

「・・・申し訳ございませんでした」


それでも彼の手は購入確定ボタンを押すマウスに伸びて、結局購入してしまうのだ

反省しているのは口先だけ。彼は全く自分のやらかしたことに反省なんてしていない


「・・・むすー」

「すまない、羽依里。これも勉強だ」

「いつか、撮る時に実践できるように?」

「まあ、そうなるだろうけど・・・俺は風景写真専門だぞ。そういうのはやろうとか考えてない。ただ、色々なシーンの写真を撮って、視野を広げるという意味では一度挑戦してみようとは思うが・・・」


「一度で、いいの?」

「ああ。一度だけ・・・いつか、具合が悪くならなくなったらと」

「じゃあ、その一度。私が予約していい?」


我ながら大胆な宣言だと心から思う

目の前の悠真だってびっくりして目を丸くしていた

その反応に、自分の行動の大胆さを改めて自覚し、顔へ一気に熱が上がる感覚を覚える


「・・・ああ。そうだな。その時は、改めてお願いするよ」

「・・・ん」

「・・・ありがとう、羽依里」

「他の女の子を撮るよりは私がマシだって思っただけだもの・・・恥ずかしいけど」

「嫉妬?」

「そうじゃない?」

「・・・やっぱり羽依里はいつでも可愛いな」

「あ、わかる。また「いつもの」の前振りでしょ。もうわかってるんだから」

「え?じゃあ、期待にお答えしましょうかね」


気を取り直して、いつも通りのお決まりのあの台詞を告げてくれる

恋人になっても、毎日告げてくれるその言葉はいつ、どんな瞬間に告げられるかわからない

それでも彼は欠かさずにこう告げてくれるのだ


「今日の羽依里も、大好きだ」

「知ってる」


この返しをできるようになったのはつい最近のこと

好意を無視していた時期も懐かしいな、なんて思いつつその言葉を真正面から受け止めるのだ


「さ、そろそろ着替えようか」

「・・・二人で?」

「・・・羽依里、後ろのチャック一人で下げられるのか?」

「うぐ・・・じゃあそこまでお願いする。着替えは見ないでね?」

「ああ。今は見ない」


彼の手が私の髪をかき分けて、背中に優しく触れた

服とチャックの間を浮かせながら慎重に。残りの髪を巻き込まないように優しく下ろしていく


「・・・ここから先は見ないから。ほら、朝に部屋借りて着替えてこいよ」

「うん。ありがとう、悠真。また後で部屋にくるから。今日撮った写真、見せて欲しいし」

「はいはい。ゆっくり来いよー・・・逃げないからさ」

「わかってる」


次の約束をしてから、彼の部屋を後にする

次にこの部屋に来る時は「金色の魔女」ではなくただの「白咲羽依里」として

彼の側で写真を見て、秋の夜を過ごしていくのだ


・・


そんな彼女の背を見送り、俺はいつも通り得意技の早着替えを行使し、普段着へと戻る

それからずっと触っていたいほどのモフモフ具合を放つケモミミと尻尾を外して一息ついた


あー・・・羽依里の背中、すべすべでもちもち。最高だった

普段はブロンドの長髪に隠された肌を暴く感覚はなんというか、凄く背徳感がある行為だった。控えめに言って最高というやつである


「・・・しかし、羽依里。背中に何もなかったな」


流石に、無知ではない。洗濯物を干す手伝いだってしないわけでもなかったし、おばさんについて肌着の販促写真を撮影する現場にアルバイトに行ったりとしている


「・・・全身タイツとは思えない。つまりさっきまでの羽依里はノーブ」

「何をいうかと思いきや!このすけべ!エッチ!」


いつの間にか戻ってきていた羽依里に入り口近くに置いていた雑誌を投げられて、それが頭にクリーンヒットする


「・・・おかえりなさいませ、羽依里」

「ただいま。で、何。さっき人がノーブラとか言おうとしてたよね。何考えてたの」

「・・・未遂だろ」

「でも言おうとしてた。でも残念。ちゃんと下着は着てたから。ノーブラじゃありませんから。すけべな悠真にはその詳細は伝えないけど!」

「コスプレ用の下着でも使ってたんだろ。それぐらい知っている」

「そんなの、使ってないけれど」

「教えてくれるんかい。じゃあ、何を使ったんだよ」

「貼る下着だけど。藤乃ちゃんが、これが正統だよって教えてくれて・・・もしかして」

「・・・明日、あいつにお菓子買って行かないとな」

「違うんだ!?普通じゃないんだ!私、藤乃ちゃんに騙されたんだ!?」


藤乃から盛大に騙されていた羽依里は膝から崩れ落ち、ショックのあまり俺の布団を占領して大きなおまんじゅうのように丸くなってしまう

そんな彼女を、全開の下心を抑えつつ慰めていく

彼女の機嫌が良くなり、一緒に写真を見るのは明日のことになるのだが・・・それはまた、別のお話

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