休暇用レコード12:シルヴィア編「見習い魔法使いの小さな火」
「ふにゃー・・・あーねむねむ。最近魔法使いまくってるのに全然睡眠時間取れないから精神的に参ってきてるのかねー・・・あー、これだから天才は困っちゃうね。ひっぱりだこだもん」
釣りをしながらのんびり街づくりの様子を眺めている
今日は俺の休息日。てか年に一度あるかどうかすら不安になるレベルの少なさを誇る休息日だ
こんにちは。俺の名前はシルヴィア・ユージュリアル。今は「しーさん」と呼ばれ、この鈴鳴島の住民から愛され崇められ頼られちゃっている系の天才魔法使いだ
もう少し先のレコードでマシュマロを焼こうとして魔力暴発。周囲を爆破してお仲間の紅葉と夜雲と三人揃って包帯ぐるぐる巻きの大怪我を負うことになる譲のおじいちゃんの、おじいちゃん。そのおじいちゃんのお父さんぐらいだったはずだ。つまりはご先祖様で生まれ変わりってやつだ
あの子は椎名の子の中でも俺譲りの天才的な魔法の才能を持っているから将来も安泰だ
ま、波乱がないとは言ってないんだけどな!
つまり観測記録で馬鹿みたいに惚気ていた愁一のご先祖様でもある。俺から始まる椎名家はこれから長い歴史を持っていくのだぞ。むっふん!
「しかし、皆は俺をハブって何して遊んでいるんだ?天才な俺が重力操作して木材を運ぶのを手伝ってもいいというのに・・・なぜ頼ろうとしないんだ。力ある者に頼りきり。その力にハイエナの如くたかるのが人間の性分だろうに」
「・・・しーさん。流石にそれはどうかと思いますよ」
そんな俺の背後に立つこの黒髪の少女こそ、椎名時子。将来の俺の奥さんだな
敬語を使い、敬う態度だけは崩さないが・・・その性格はとてつもなく図太い
どこかの双子の片割れを連想させる感じだが、好みの女は生まれ変っても変わらないということにしておこう
「む、時子か。お前こそなんでこんなところにいるんだ。お前だって彼らの手伝いで島中を走り回っていると聞いていたんだが、俺と遊んでいる暇なんてあるのか?むしろ何もできなくて暇なのか?む!もしかして俺を頼りにきたのか!?」
「マシンガントークうざいですよ、しーさん。そんなんだから島の皆に魔法以外ダメな人とか言われ、嫌厭されるんですよ」
「そこまでいうのか、時子。俺はもうお前を助けてやらないぞ。いいのか?俺の力さえあれば世界征服だって可能なんだぞ!そのチャンスを手放すなんて時子は馬鹿だな大馬鹿だ!もう口きいてやんないもんな!」
「そうですか。せっかくしーさんが好きなしらたま団子を持ってきたというのに、口をきいてくれないのならいらないんですね。仕方ないのでここで私が食べてしまいましょう」
「・・・」
時子は俺の目の前で白玉の入った容器を開けて、器の中にそれを落とし込む
まんまるつやつや。極め付けはそのしらたまを輝かせる琥珀色の砂糖水
出身地が今でいう西洋である俺は、この土地ならではの、いわゆる和食というものに夢中なのだが、その中でもこのしらたまとかいう大好物のマシュマロみたいな丸い食べ物がとっても好みだ
あれとは違って、口に含んだ瞬間フワフワというわけではないが、このしらたまは噛んだ瞬間にその真価を発揮する
弾力のある噛みごたえ、それでいて甘すぎず、味が全くないとも言えない絶妙な味
そして極め付けは、黒蜜、黄粉、みたらし、味噌、それこそ普通の砂糖と味のバリエーションを自由に変えられるところだ
「時子、スイーツ。俺にも、俺にも頂戴。俺、それ大好きなの。和義はきっと俺のために作ってくれたの。今日の休暇を最高のものにするために作ったの。だから時子はその容器を渡して俺に白玉を頂戴!頂戴!」
「すいーつ?ああ、甘味のことですか。確かにこれは兄が作ってくれたものですが・・・しーさんはもう私と口をきかないのではありませんでしたか?」
「仕方ない。しらたまの方が重要だからな前言は撤回する!でも魔法以外ダメなところは撤回してくれよ。俺だって魔法以外にもできることがあるからな。確かにこのマシンガントークはやめた方がいいかもしれないけれど、これは経験から身についてしまった残念な癖であり、俺にとって一生離れがたいものであり・・・」
「うるさいです。ほら、しらたまあげますから」
「わーい」
時子から容器をもらい、爪楊枝でしらたまをつつきつつ、釣りに再び勤しむ
「しかし甘味で大人しくなるとは。子供みたい」
「まだ十六だから、それなりに子供心は捨て切れていないものさ。我が亡き祖国、パスカル魔法帝国は一般的な成人年齢を十二歳に設定していた。この国とほぼ同等だな。それから大人になりたての子供たちは進路を定めてそこで就労に勤しんでいた。俺の場合は、帝国軍の魔法騎士やってたって感じ」
「パスカル時代のことは色々と聞かせていただきましたが、魔法騎士って凄いんですか?」
「おうとも。選ばれし精鋭の集まりといえば、時子でもわかるだろう?俺が天才だったせい・・・じゃなくて。天才・・・だったからさ。進路、選べなくて。一人の男の将来を、歪ませちまった」
「それは、話を聞く限りしーさんは何一つ悪いことをしていないじゃないですか。決めたのは、他人で・・・二人はそれに巻き込まれてしまっただけでしょう?」
「それでも、本来ならあいつがいるべき場所に、俺が座ってしまったのは事実だから。あの戦争だって、俺さえいなければ・・・起こらなかった。パスカルだって滅びることなく今もあの場所にあったはずだから」
パスカル魔法帝国
かつて存在した俺の出身地で、戦争によって滅びた魔法使いのための国だ
俺はそこの陛下直属の魔法騎士として護衛任務についていた過去を持つ
しかし、その席には俺の同級生であり、努力という名の才能を持つ男が座るはずだった
その男は、夢見た進路に進むことができず・・・闇へと落ちた
そして、そいつが落ちた先に待っていた革命軍が動き出す
のちに「パスカル革命戦争」と呼ばれる内戦でパスカル魔法帝国は滅びてしまった
亡き国を後にし、生き残った魔法使いは各地に散り散りになって余生を過ごす
俺も、その一人だ
俺の場合、旅をする過程で特殊能力者が奴隷のような、化物のような扱いをされていることを知っていく
俺の力で、その人たちにとっての楽園・・・普通の暮らしができる場所を作り上げたいと思ったのはつい数年前のこと
ジャポネ?ジャッパン?とかいうまあ、東洋の国の端に浮かんでいた鈴鳴島という無人島を開拓し、特殊能力者たちが平和に過ごせる環境を作る事にしたのは、記憶に新しい出来事だ
それが・・・俺なりにできるパスカルや、あいつに対しての罪滅ぼしになればいいと、信じて
「シルヴィア」
「・・・なんだよ、時子。物欲しそうにしても、俺のしらたまはあげないぞ?」
「いいえ。なんだか、昔のことを思い出して寂しそうにしていたようですから。大丈夫ですか?」
「平気だ」
「全然平気そうじゃないですよ。口数が減ったシルヴィアは本当に気持ち悪いから、早くいつもの調子に戻ってください」
「・・・無茶言うなよ。てか気持ち悪いってなんだよ。まるで俺がマシンガントークしてないと落ち着かないみたいな言い方じゃん。なんだかんだ言いつつも時子は俺がたくさん喋るの好きだよな。ほら、たくさん喋ってるぞ。俺は、大丈夫だ・・・大丈夫、だから」
「・・・最後、声が萎んでいるんで本調子じゃないんでしょう?全く、元気アピールうざいんですよ。具合、悪いなら胸ぐらい貸しますよ。大人しく飛び込んで、無様に泣きついてくださいよ」
「・・・お前がどうしても来いって言うから、来てるだけだからな」
「相変わらず素直じゃないんですから・・・自称天才様は、本当に面倒くさい人」
彼女もまた、素直じゃない言葉をかけつつ、預けた頭を優しく撫でてくれる
この時期になると、いやでも思い出す
クロード、シャーロット・・・俺はまだ、無様に生きてしまっているよ
そんな俺をお前らは、地獄から笑ってくれているか?
何度問いかけても返ってこない問いを、何度も繰り返す
そして同時に思い出すのだ
学生時代を共に駆け抜けた親友と、その妻と
・・・そんな大事な二人の子を無慈悲に殺めたあの日の光景が、今でも忘れられないのだ
・・
「おかえり、時子。しーさん、どうだった?」
「今年もダメ。また、戦争時代のこと思い出して落ち込んでる。しばらく悪夢を見たりしちゃうだろうから側にいることにするよ。しらたま、追加しておいてくれる?」
「了解」
兄の和義に、新たな容器の中にシルヴィアの大好物であるしらたまをたくさんつめこんでもらう
それを受け取った後、時子はシルヴィアが寝床にしている丘の上の家へと向かい、彼と一晩を過ごす
やましい行動はそこには一切ない。布団を並べることすらしない
ただ、一晩中シルヴィアの話し相手になるだけなのだ
大変だけれども、この鈴鳴はシルヴィアがいないと成り立たないのも事実
彼に、倒れられると困るのだ
「時子、しーさんの故郷の文化・・・・西洋文化に通じる者から聞いた話をそろそろ実行できそうだ。明日の夜、丘の上の家で、しーさんと共に過ごせるか?」
「うん。できるよ」
「・・・島の皆は、おしゃべりしーさんのペースに慣れなくて、滅多に話せないけれどしーさんのことが皆大好きであると同時に、しーさんのことが心配なんだ。彼とちゃんと話せるのは、お前しかいない。お前にしか、頼めない」
「うん」
和義が一度、咳払いをする
これは、兄としてではなく椎名和義としての言葉だ
時子自身も兄の言葉にしっかりと耳を傾ける。これから告げられるのは重要なことだから
「長から、時子ならシルヴィア殿の伴侶でも構わないと言われたよ。その気があるのなら、お兄ちゃんとしては寂しいけれど、それ以上に凄惨な経験をした彼を支えてあげなさい。お兄ちゃんも影から支えるから」
「はい」
「時子は、その・・・どうなんだ。シルヴィア殿のこと」
「お兄様にはお答えしませんよ?」
「それはそうか。複雑だが、正面から言われても困惑するからな。それが一番助かるよ。では、後はいつも通りに。それと、西洋の業者からいいものを仕入れたんだ。それも持っていってくれるか?」
「うん。もちろん・・・これ、何?」
「しらたまよりは、フワフワみたいだが・・・なんだと思う?」
「しらたまみたいな・・・か。もしかして」
張り詰めた空気を解き、兄妹達は進むべき道へ向かっていく
兄は背を向けて、家を守り
妹は・・・今も一人きりで罪悪感に呑まれそうになっている魔法使いの元へ
・・
次の日
「連絡は貰ったし、後はしーさんを連れ出すだけ」
「・・・どうした。時子。お腹が空いたのか?まあ、この時間帯に何も食べていないのは珍しいからな。何が食べたい?お前が好きだと言ったフワフワのパンがいいのなら、俺は魔法で出して構わないぞ」
「いえ、お腹が空いたわけでは・・・それよりしーさん。今日は島をあげて、しーさんへの感謝を示す日を作ったんです」
「感謝?俺に?そんなことする必要あるのか?」
「そんなことって、島の皆が企画したことなのに、しーさんはそれを拒絶するんですか?」
「・・・」
「ほら、行きますよ。あの丘が、一番綺麗に見えますから」
そう言う時子に俺は手を引かれて、大体いつも、時子と話している丘の上に案内される
そこは相変わらず誰もいないけれど・・・今日は少し、燃えた焦げ臭い匂いがする
若干不愉快な匂いに顔をしかめてしまうが、その光景を見て納得し・・・表情が瞬時に緩んでしまう
「これは・・・」
島の周囲に浮かぶ橙色の揺らめき
全体に浮かぶそれは、幻想的な光景だ
「炎、か」
「うん。皆は松明で周囲を照らしています。ほら、しーさんも、ここにいるよと合図を出すために炎を灯してください」
「あ、ああ・・・」
俺は腰につけていたホルダーから杖を取り出す
別に杖なしでも魔法を行使することはできるのだが・・・今回は松明を持つ皆に合わせて
杖の先端に、小さな炎を灯し、小さく揺らしてみる
「ほら、皆。しーさんの炎に合わせて揺れているでしょう?」
「ああ。でも、なんで・・・」
「しーさんの会話についていけないだけで、皆しーさんのこと、大好きなんですよ。この時期になると落ち込んでいるしーさんをどうにか励ましたいって毎年考えて、今年、やっと実現した「感謝祭」です」
「俺の為の、感謝祭?」
「はい」
時子の言葉をすんなり信じることができないけれど、それでも目の前に浮かぶ光景は全て真実であり、現実だ
「本当、なのか?夢じゃ、ないのか?」
「ええ。夢ではないですよ」
「俺、感謝されるようなことしてないぞ。ましてや俺は人殺しなんだ」
「戦争なんですから、仕方ないです」
「この鈴鳴を作り上げたのだって、罪悪感で」
「私たちにとってこの鈴鳴は迫害されていた時代に比べれば最高の楽園です。全部、シルヴィアが作り上げてくれたものです」
彼女の手が、そっと俺の手の甲に触れる
「ねえ、シルヴィア」
「なんだ?」
「鈴鳴は、貴方の故郷になれませんか?パスカル以上の思い出を作っていけませんか?・・・その罪を、罪悪感を、私が共に背負うことはできませんか?」
光に照らされた彼女の笑顔はこれからもずっと、俺の記憶に残り続けることになる
彼女が浮かべる優しさしか存在しない笑顔は、俺を前に進めた大事な記憶の一欠片になるのだから
「・・・その意識は大事だと思いますが、いつまでも引っ張るものではありませんよ。貴方は鈴鳴の創始者なのですから、それにふさわしい振る舞いをしてください。堂々と、私たちに明日を示してくださいよ」
「時子・・・」
「貴方がそれでも殺した罪の意識に呑まれるのなら、殺した人間以上の能力者を鈴鳴に招き、救ってください。私たちに手を差し伸べたように。できないとは、言わせませんからね。天才、なんでしょう?」
「言うようになったな、時子」
「貴方に付き合えば、これぐらいは」
彼女の手がそっと、俺の手に結ばれる
「・・・クロードとシャーロット、それからレリウス」
「誰かのお名前ですか?」
「俺が殺した親友と、学友であり親友の妻、そして・・・二人の子供さ。背負ってくれるんだろう。一緒にさ」
「ええ。覚えておきます。かつてのシルヴィアと共に歩んだ、大事な友人のお名前を」
手に力が籠ったことを確認してから、俺は先ほどよりも大きな炎を杖から放つ
もう松明の炎と言うよりは、花火に近いけれど・・・それでもいいかなんて思うのだ
「これから忙しくなるな、時子。今まで腐っていた分、たくさんやることあるぞ!」
「あれで腐ってたんですか?」
「ああ。今はやる気しかない!手始めに感謝を込めて花火をたくさん打ち上げよう!魔法花火!無尽蔵だ!」
「・・・もう、張り切るのはいいけれど、無茶したらダメですよ」
杖を振り回し、空へ色とりどりの光を飛ばす
この鈴鳴に住まう人々に、俺の背中を押してくれる人々に、感謝を込めてーーーー!
・・
「しかし時子。感謝祭は終わっただろう。お前は何をしているんだ」
「焚き火」
「おまけ感覚で焚火をするな」
「ふーん。いいんですか?シルヴィアの大好物であろう、西洋のしらたま、私だけで食べちゃっても!」
水で綺麗に洗った枝にそれを刺して、シルヴィアに見せびらかしてみる。その瞬間、彼の目がキラキラと輝き始める
予想通り、どうやらこれがシルヴィアの大好物らしい
火であぶるとフワフワからトロトロになるらしいので、焚火をしてから食べてみなさいと言われたが・・・いったい、どうなるのやら
「そ、それはマシュマロ!マシュマロじゃないか!」
「やっぱり大好物なんですね。ましゅまろって言うんですか?」
「ああ。凄く甘くて美味しいんだ。しかし火であぶってトロトロにするとは、通だな!」
「つう・・・」
よくわからない単語が出てくるけれど、とりあえず、この食べ方は正当な食べ方みたいだ
「時子、いつの間に火を出していたがお前、どうやって火を起こしたんだ?道具を使った形跡はないし・・・」
「シルヴィア、忘れては困るのですが・・・私も鈴鳴にこないとまともな生活ができない能力者ですよ」
そう言いつつ私は指先に「それ」を灯して見せる
「・・・シルヴィアの真似っこです。どうですか?すごいでしょ!」
「ああ。無影唱とは恐れ入ったよ。魔法、いつ習得したんだ?」
「・・・影でこそこそ」
彼に比べたらまだまだ小さな炎だけど、焚き火ぐらいはできる
少しずつ練習して、やっとこの程度だけど・・・彼の前で成果を見せられることが嬉しかった
「ここには能力者しかいないんだ。堂々と練習したらいいのに」
「そ、それは昔の癖ですよ。昔は能力者だってバレたら村八分だったんですから」
「それもそうだなぁ・・・だからここに招いたんだ。ちゃんと、能力者が生きられる場所を作るためにな」
「そう。招いたのは、貴方。だから、責任を持って能力者が正しく生きられるように、能力の使い方をシルヴィアが教えてください。もっともっと、上手くなりたいんです」
「俺、教えるの下手くそだぞ」
「天才なんでしょ?誰かに教えるぐらい造作もないはずですよ」
「揚げ足の如く天才発言を拾っていくな、時子」
彼女の頭を小突いた後、マシュマロがついた枝を手に取る
まさか俺に見習い魔女の弟子ができるなんてな。人生、何があるかわからないものだ
そんな弟子が最初に見せてくれたのは大好物を美味しくいただく為の、素敵な炎
彼女の信念のように、その焚火の炎はゆらゆらと揺れてその存在を主張した
「消さないといけないのがもったいないな」
「記憶の中で燃やしてください」
「そんな無茶な。あ、そうだ」
パスカル魔法帝国にいた時から使用している収納ポケットからそれを取り出してみる
「それ、なんですか?」
「鳥籠の篝。まあなんだ。使用者の魔力供給が途絶えない限り、中に入った炎が永遠に燃え続けるというマジックアイテムだ」
「へえ・・・そんなご都合アイテムが存在したんですね」
「まあ、炎はどこかから供給しないといけないと言うのが難点なんだが・・・時子の炎を篝の中に入れ込んで・・・ほら」
篝の中に、彼女の炎が小さく灯る
「これで、俺が魔力を与え続ければ一生燃える。思い出はずっと、籠の中に」
「・・・ロマンチックなことを言った感を出さないでください」
「いいじゃないか。たまには」
「本当に、たまにですけどね」
「ほら、時子。そろそろ食べ頃だ。甘くてふわとろで美味しいのだぞ。ほら、早く食べろ!熱いからふうふうするんだぞ!」
「はいはい。全く。しょんぼりしていたと思いきや、もういつもの調子で子供みたいにはしゃぐんですから」
呆れた時子を隣に、俺は焼き立てのマシュマロを久々に頬張る
いつもより甘くて、しょっぱい気がしたのはきっと、気のせいではない
・・
それから数千年後のこと
「・・・確か、このあたりじゃなかったかな」
「譲さん、何をお探しですか?」
彼の子孫である白髪にうっすらと青が入った青年と、彼の弟子であり生涯を隣で歩むことになる少女に瓜二つの少女は、かつて先祖が暮らしたと言われる土地の上にある、大きな屋敷。その隣に存在する蔵の中で「あるもの」を探していた
「ああ。うん。ご先祖様の宝物を探しにね」
「シルヴィア・ユージュリアルのお宝、ですか?」
「うん。ご先祖が残したマジックアイテムは椎名の地下迷宮に散らばっているんだよ」
「そんなものあるんですか椎名家・・・」
「・・・シルヴィアはそういうものを平気で作るアホだからね。地下迷宮、ご先祖使役の魔獣もたくさんいて、特訓には最適だし、マジックアイテムは変なものが多いけど、たまに使い勝手がいいものがあるから・・・何度か探しに潜ったことがある」
現代では鈴鳴は鈴海と名前を変えて存在している
そして椎名家は鈴鳴を開拓した一族として・・・今もこの鈴海で血を繋ぎ続けていた
「・・・あまり無茶しないでくださいよ」
「もうしないよ」
今代の当主は、かつて悩まされた膨大な能力云々以前に、生まれつき体がそこまで丈夫ではなかった
自分の生まれ変わりということもあり、彼が正しい道に進むまで側で見守り続けたシルヴィアはもうどこにもいない
彼は消える前に、自分の生まれ変わりにあたる青年にあるお願いをして消えた
自分の、唯一の心残りであるそれを、継いで欲しいから
「それでね、今回の本題は・・・その中の一つを取り出して欲しいとお願いされたんだ。ここに仕舞ったはずだから見つかると思うけど・・・」
「どんなお宝なのでしょう」
「籠、としか教えてくれなくてね。炎を消したくないから早く見つけろって言われたあたり、多分燃えているんだろうけど・・・」
「これではないですか?ほら、小さな炎が揺れています。息を吹きかけたら、消えてしまいそうな・・・」
「ああ。これか・・・ありがとう、時雨ちゃん。ふむ、火種さえ用意して、あとはこの籠全体に魔力を注ぐことで永遠に消えない炎を宿すことができる篝火ね・・・確かに、条件は当てはまる」
彼らは答えを手にした
しかし、それが正しいと告げてくれるシルヴィアも時子もどこにもいない
だから彼らはそれが正しいと信じる以外、ないのである
「とりあえず、魔力を込めてみよう。炎の解析は・・・・そうだな。千早にでも頼んでみようか」
「そうですね。炎に残された記憶を千早さんなら視ることができるでしょうから」
「これが正解であればいいんだけど」
「きっと正解ですよ。ほら、見てください」
少女は青年の視線を炎に向けさせる
ゆらゆらと煌くそれは、穏やかに、かつてのように燃えていく
「優しい揺らめきです。なんとなく、安心するような」
「・・・そう。僕にはわからないな」
「もう。譲さん。そこはどうでも良くても「そうだね」と答えるところでは!?」
青年に抗議をしつつ、少女は彼の隣を歩いていく
魔法使いの青年と、彼を支える特殊能力者の少女
その背中は、始まりの歴史と同じような穏やかな空気を今は背負っていく
「時雨ちゃん、知っている?」
「何がです?」
「せっかくだし、シルヴィアに纏わる話を一つ。先日行われた「鈴海の感謝祭」。あれは元々シルヴィアヘ感謝を伝える祭りだったんだ。それがどんどん形を変えて、今の一週間続く祭りへと変化を遂げたって感じだね」
「奇しくも、生まれ変わりである譲さんの誕生日に最終日が重なったのは?」
「偶然だね。奇跡だと言っても過言ではないかな。それに、最初の感謝祭だって、シルヴィアの誕生日である十月三十一日に行われていたんだよ」
「へえ・・・なんか、まだまだこの鈴海には私たちの知らない歴史があるんですね」
「うん」
「これからもたくさん知っていきましょうね」
「もちろん」
これからも、彼らが作り上げた鈴海という特殊能力者たちが住まう世界は続いていく
そして、何年も、何百年も先でも御伽噺は語り継がれるのだ
昔々、あるところに魔法使いと、不思議な力を持った女の子がいました・・・というお決まりの出だしから、彼らの物語は語られることになるだろう
鈴海を舞台にした御伽噺はまだまだ、始まったばかりなのだから
・・
「時子―」
「なんですか、シルヴィア」
「俺たちの子供がお前の篝火見つけてくれた。これからも、まだまだ火は煌めいてくれるらしいぞ!時子の火はこれからもあの世界に存在し続けるんだ。凄いよなぁ・・・」
「そうですか」
「あまり嬉しくなさそうだな」
「だって、あれから魔法の訓練をして、あれよりも凄い炎を出せるようになったのに、いつまでも最初の火が残されるのはちょっと、恥ずかしいというか」
死んだ世界で会えるとは思っていなかった時子の、久しぶりに見た照れた表情
いつもならそこで頬を突いたり、からかったりするのだが今はそういう雰囲気ではない
あの火に関しては、まだ伝えたいことがあるのだから
「全く、時子はわかってないな」
「なんでですか」
「俺のためにつけてくれた最初の火だ。俺の宝物なんだぞ。これからも誇れ。この天才魔法使いを喜ばせた最初の火を灯したのは、お前だという事実を」
「・・・これからって、もう死んでるんですけど」
「まあまあ。よいではないかー。ちなみに俺が最初の火魔法で灯したのは学校だぞ。一晩で全焼させた。それに比べたら時子の火は優しすぎて、可愛すぎて食べちゃいそうだ」
「最低ですね!?というか、食べられるんですか?!」
「その気になれば火ぐらい食べられるぞ?一応あれだって魔力でできた「魔法」の結果だからな。魔力を吸う要領で食べられる」
「・・・全く、貴方は相変わらず規格外なんですから」
「なあ、時子」
「なんですか?」
「マシュマロ食べたいから焚き火作って」
子供たちもいないし、久々で二人きりの時間を過ごせるのだ
いつ消えるかわからない。そんな時間の中で、最初で最後のおねだりをしておく
「はいはい。全く、自分でも出せるでしょうに・・・甘えん坊なんですから」
「時子の火じゃないとヤダー。ヤダヤダヤダ!」
「あーうるさい。でも、なんだか初心に戻った気分。初めても、マシュマロ食べるためでしたからね」
「生前「大魔女様」と呼ばれるようになっても、この瞬間だけは譲らなかったよな。俺を喜ばせる焚き火の火付け役!」
「当然です」
「どうして?」
「喜ぶ貴方が、私は好きですから」
あの日の笑顔が忘れられないから、私はずっと、マシュマロ用の焚き火の火付け役をしていたんですからね・・・と時子は付け加える
相変わらず素直ではない彼女に、俺の表情筋が緩む感覚を覚えた
「もー素直じゃないんだからー」
「うるさい!ほら、早く枝にマシュマロ刺しちゃってください!」
「はいはい」
狭間の時間の中で、二人きりでもう一度あの時間を過ごしていく
終わりがくるその瞬間まで、今度こそ、二人寄り添って過ごし続けるのだ
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