休暇用レコード10:田中優秋編「嶺宮樹海討伐作戦に関する報告書」

憧れの人と同じ職場で働ける

その事実が嬉しくて、僕は子供のようにはしゃいだと思う


「しかし、これはどうなんでしょう・・・」

「まあ、つい、な?」

「僕はこういうの好きだな〜」

「好きで済まされる問題じゃないと思いますけどね・・・」


あたり一面に広がるそれに遠い目を向けつつ、どうしてこうなってしまったか振り返ることにする

事の始まりは小暮さんが第四課に配属されてからしばらくした頃

ある依頼から始まってしまったのだ


・・


「なー正宗ー遊ぼー!ひまー!」

「うるさいよ、夜人」


第四課の昼下がり

今日は、霧乃お姉ちゃんと、歌子ちゃんがコンビでお仕事

八千代さんと蓮さんが組んで他の課と合同のお仕事。それから文哉さんがお休み。本業の方に集中しているそうだ

そして控えの僕

これまでの遠征の記録を作成している小暮さんと、同じく書類作成に追われている霜村課長の三人でのんびり時間を過ごしていたのだが・・・書類仕事に飽きたらしい小暮さんは霜村課長にちょっかいを出し始める


「なんか面白い仕事ねえのー?」

「ここ周辺は平和だからね・・・夜人を楽しませる仕事はないと思うけど」

「・・・正宗連れてまた遠征でもいこうかね」

「僕は第四課の仕事があるからね。滅多なことがない限りここを動かないよ」

「・・・つまんねえの」

「つまらなくて結構。ほら、提出書類あるんだから早くやる!」

「ヤダー!」


眉一つ動かさず、ひたすらに手を動かして書類を作成していた霜村課長の手が止まり、同時にボールペンも折れる


「我儘言わない!」

「ヤダヤダー!正宗がやって!俺、字が書けないの知ってんだろ!」

「下手くそなだけだろう!?真面目にやれば問題ない!ほら、鉛筆握れ馬鹿者!」

「ヤダヤダ!」


駄々をこねつつ、小暮さんは縦横無尽に事務所内を駆け回る

それを霜村課長は追いかけるが、なかなか捕まらない

その様子を見守っていると、ふと、足元に熱が纏わりつく


「え、小暮さん・・・なんで?」

「優秋ぃー遠征で空けてた六年。正宗が冷たい子になったー!慰めてー!」

「え、ええ・・・?」

「やぁーーーーーひぃーーーーーとぉーーーーー?僕というものがありながら何をしているのかな?」


いつの間に大鎌のリアトを出現させた霜村課長はいつもの優しい目つきから、猛獣すら射殺すような視線と共に刃先を小暮さんに向けていた

もちろん、それは同時に僕にも向けられているわけで・・・


「・・・ちょ、ちょ、ちょ」

「すまん正宗。構って欲しかったんだ。最近家に帰っても全然遊んでくれないだろ?」

「まあ、仕事が忙しかった自覚はあるけれど、寂しかったのかい?」

「ん!」


小暮さん自身も満足したのか、霜村課長に謝って事を収束させる

・・・これ、完全に巻き込まれ損じゃない?


「・・・それならそうとはっきり言えばいいのに。君は面倒くさいねぇ」

「生まれつきお世話がたくさん必要なもので」

「・・・家に帰ってからいちゃついてくださいバカップル」

「「そうする」」


少し嫌味を込めて言ったはずなのに、彼らは肯定的に受け取り家に帰る前からいちゃつき始める

目のやり場に困るなあ・・・


「小暮、正宗、少しいいだろうか」

「・・・チッ!」

「小暮、露骨に舌打ちしなくてもいいだろう」

「・・・何しに来たの?」

「正宗は露骨に嫌そうな顔をするな。お前ら本当に俺のこと嫌いだよな」


第三課の東雲詠一さんは依頼書と共にやってくる

そんな彼を二人揃って嫌っているようで、模擬戦をやれば一瞬で叩きのめし、こうして依頼を持ってきたら全力で塩対応をしていく

大人気ないけれど、そこまでする理由がきっとあるんだろうな・・・

僕は、何も知らないけれど


さて、そんな東雲さんだが今回はどんな案件を持ってきたのだろうか

今、三人だけだしもしかしたら小暮さんと一緒になんてこともあるかもしれない

少しだけ、期待しながら二人の様子を伺い続ける


「だって東雲が来る時って大抵変な案件じゃん。しかも俺たち指名ってことは相当厄介なんだろう?自分たちで対処しろよー」

「勘弁してよ。まだ書類残ってるから実地なんて行きたくないんだけど」

「めちゃくちゃ我儘だな・・・まあ、今回は俺たちと合同だから楽は」

「「お前と合同なら二人で行ってくる。ついてくるな」」

「・・・じゃあ、任せたぞ」


少し寂しそうに依頼書を霜村課長に渡した東雲さんは、とぼとぼと来た道を戻っていく

それを見送った後、小暮さんと霜村課長は給湯室に向かっていった


「正宗、塩撒いとけ。俺は盛り塩作っとくから」

「了解」

「・・・二人ともどれだけ東雲さんのこと嫌いなんですか」

「「死ぬほど嫌い」」

「左様ですか・・・」


未開封の塩を片手に給湯室から戻った霜村課長は第四課を出たと思いきや、しばらくしてから空袋と共に戻ってくる

それから白い大皿に二袋分の塩を盛ったらしい盛り塩を第四課の入り口前に設置する


「これで完璧だな」

「どこが完璧なんですかー・・・塩、三袋消費して霧乃お姉ちゃんが絶叫する姿しか見えないんですけど!」

「安心しろ。優秋。塩は俺の持ち物だ。貰い物でな」

「どこで、誰から・・・?」

「ここから遥か遠方の、秘境とか言われている第六十六区。神域に一番近いとかで、お祓いとかまあ、そういう神様関係の話が凄く多い区画でな。一時期そこに派遣されてたことがあって、お土産に沢山もらったんだよ。それがあの塩」

「・・・でも、そういうところで用意されたいわゆる「清めの塩」だから料理に使うのもなんだから・・・」

「なるほどなるほど」


で、今回ふんだんに使ったと

・・・いい感じに処分に使われたんだろうな、東雲さん


「で、正宗。東雲が持ってきたのはどんな仕事なんだ?」

「ええっと・・・どうやらここから少し離れた場所にある嶺宮樹海の植物が自我持ち植物になっちゃったみたいだね。自殺スポットだったってこともあって、自我持ちも悪魔的な見た目になってるらしいよ」

「ふーん。なんだか面白そうだな。俺が行ってくるよ。正宗は?」

「・・・わざわざ持ってくる案件だからね。夜人一人でも大丈夫かと思うけれど心配だし、僕も付いていくよ」

「・・・じゃあ、僕は」

「お前は荷物持ち。そんな樹海だし、まだまだ塩は使えるぜ?」

「後、九十七袋もあるからね。この際だ。たくさん持っていってついでにお清め、しちゃおっか!」


自然の中に塩をばら撒きにかかるなんて完全に環境破壊では?・・・と、かつての時代なら言える話だろう

しかしこの植物に覆われて、近代文明なんてものがほぼ崩壊してしまった世界となれば話は変わってくる


とある科学者が落とした薬の影響で、植物が自我をもち、人の姿をとるようになった世界

そんな中、植物と人間の共存関係を守り、そして再び戦争が怒らないように互いが引き起こす問題を解決する組織こそ、僕が所属している「環境保全教会特殊事案対策第四課」


僕が所属するこの職場の仕事はただ一つ。自我を持って悪さをする植物や人間を攻撃手段を用いて退治すること

共存をするようになってもまだまだ起こり続ける事案に僕らは介入し、事態を収束させる

それがお仕事だ


今日もまた、変なお仕事が始まっていく

しかしそのお仕事はいつもより特別だ

荷物持ち参加でも・・・憧れで恩人である小暮さんと一緒に仕事ができるのだから!

・・・と、いうように当時の僕はかなり浮かれていた

そう、小暮さんがいるからである


保全戦争時に逃げ遅れた僕は、彼に助けてもらわなければ今、ここに立ててはいないだろう

そんな恩人である彼と肩を並べて戦う日を、夢見ていた

そんなタイミングでこれである


過去の自分に忠告できる機会があるのなら、この時の僕に一つ忠告をしておきたい

霜村課長の動きに気を付けろ・・・と


・・


大量の塩を試作リアト「着ぐるみ「田中さん」」で運びつつ、僕と小暮さん、霜村課長の三人で嶺宮樹海へと足を踏み入れた

もちろん、二人もリアトを保持し、警戒を怠らないように歩いていく

霜村課長は反対の手で松明を握りしめている


「大丈夫か、優秋」

「平気です。しかし、なんというか、木が紫色に変色しているなんて・・・本当に悪魔の森に来たみたいですね・・・」

「しかも陽刻というのに、木々の隙間から日の光すら差し込まない・・・自殺スポットだけあるね。雰囲気とか」


霜村課長は太陽の意匠が施された懐中時計の蓋を閉めつつ、空を眺めていく


「でも正宗。陽刻って言ったって、もう陽刻六時だ。そろそろ月刻になる頃。日が昇る時間も少なくなるし、明るさと言えば妥当な範囲だぞ?」

「・・・そうだっけ?」

「もう秋だからな。陽刻五時ぐらいには日が落ち始める」


僕自身、家で使用しているのが旧式の時間表記の時計だから分からなくなりそう

陽刻・・・というのが旧式でいう午前七時から午後六時五十九分のこと

月刻・・・というのが旧式でいう午後七時から午前六時五十九分のことだったはず

現在時刻は陽刻六時三十七分なので・・・小暮さんがいうようにそろそろ月刻だ


「・・・そんなものなのかな」

「・・・小暮さん、霜村課長ピンと来てないみたいですけど」

「・・・正宗は月影時代から座学ボロボロなんだよ。書類を読む、判子、サインぐらいは出来るがそれ以外は求めるな?」

「・・・アホの子なんですか?」

「ちょっと、いや・・・そのな、正宗は・・・脳筋気味なだけだ」


必死にカバーしようとしているが、それは意味を成していない気がする


「・・・まあ、小暮さんがそんな霜村課長を引っ張っているんですよね」

「まあな」

「正直なところ、恩人補正がなかったら脳筋っぽいのは戦歴とか含めて小暮さんの方になりそうなんですけど、小暮さん、とても頭がいいんですよね?月影時代も東雲さんと座学は首席を争ってたとか」

「昔の話な。まあ、俺、両親が行方不明になった後は図書館で暮らしていて、そこで知識をつけた感じだから・・・まあ、色々とタメになってよかったなとは思う。別に一位とかどうでもよかったんだ。ただ、その知識を存分に活用したかった。それだけだ」


彼はその「両親」にも語りかけるように、指でそっとリアトを撫でた

リアト、というのは自我持ち植物または擬態植物が作る特別な種子で出来る対植物用の武器だ

僕が持つ着ぐるみ型の人工量産種子で作成した試作リアト、本物の種子で作成した触手もどき型のリアトと今は種類も少し分かれているのだが・・・小暮さんと霜村課長がリアトを手に入れたのは、後者の・・・本物の種子で作成したものだ


そこまで珍しくない植物で作られた低級の種子で作られたリアトを使用しているのが霜村課長

確か元の花は「向日葵」で、大鎌と太刀と形を変えることができるリアト


そして小暮さんが使用しているのが、なかなか手に入らない上級種子の「月下美人」で作られた大鋏のリアト

二つの種子で作られたリアトは彼の育てのご両親の種子だそうだ

どんな気持ちでそれを手にしたのか、僕には分からないし、霜村課長も蓮さんも話してはくれない

けれどあのリアトを使用する時の小暮さんはいつもどこか寂しそうで、使用後はいつだってお礼と手入れを欠かさない


「よっし、そろそろこのあたりで野宿するかー・・・」

「正気?」

「周囲に塩撒いときゃどうにかなるだろ」

「塩万能説提唱しないでください・・・」

「それに、月刻から陽刻の夜の時間に、動きが活発化する可能性もある。様子を見よう」

「了解です。田中さん。周囲に塩を撒いてきてください。その後、焚き火に使用する枝や枯れ葉の回収を。一晩持たせるぐらいを集めてきてください」


試作リアトのきぐるみ田中さんに指示を出し、その背中を見送っていく


「優秋君。一応今回は任務中。上官が指示を出す前に動くのは良くないよ」

「す、すみません・・・」

「けど、今回の優秋の自己判断は正しいものだ。今回みたいに上手くいけばいいし、俺や正宗相手だから注意程度で済んでるけど、東雲とか堅物の前でやると処罰食らうこともあるから、気を付けろ?」

「は、はい!」


二人とも厳しくではなく言い聞かせるように僕の行動を窘める


「やっぱ東雲連れてこなくてよかったな。今回の優秋見たらキレてるぞあの堅物」

「そうだねー・・・まあ、そういう可能性もあるから、自己判断は要相談ね」

「はい」


小暮さんに背後から抱き付かれ、そのままの体勢で座らされる

なんというか、後ろから小暮さんが抱きついている座り方

子供の頃、よくお父さんがしてくれた感じの・・・懐かしさを覚える体勢だ


「まあそんないい子ちゃんの優秋には小暮スペシャルをお見舞いしよう」

「こ、小暮スペシャル・・・?」

「・・・妙に荷物多いなって思ったら、また食材と調理器具を持ってきて、ご飯作る気だったんだね」


小暮スペシャルというのはご飯のことらしい

・・・確かに、蓮さんも夜人が作った飯はうまい!って言ってたし、小暮さんと一緒に暮らしている霜村課長も毎日毎食用意してもらっているし、お弁当も作ってもらっていると言っていた

そんな彼の料理をまさかこんなところで味わえるとは・・・ついてきてよかった


「野宿の醍醐味だろ。優秋もいるし、せっかくだしなー。正宗、追加、頼めるか?」

「はいはい。しょうがないなぁ・・・」


小暮さんから指示を受けた霜村課長は周辺の木を大鎌で切り倒し、それを太刀で切り刻んでから焚き火の中に入れる

火力を追加してくれってことだったのだろうか。あれだけでよくわかるなあ・・・と二人の息の良さを感じている中で、目の前で衝撃的なことが起こり始める


「・・・うわ」

「自我持ち化の薬の影響だろうな・・・しかしこんなことになるとは」


紫色の木を火に入れると、火も紫になった

どういう原理かわからないが、薬の影響か何かだということだろう

それはつまり、この樹海の一部だけではなく全体が自我持ち植物になっているというわけではないだろうか


「・・・小暮さん、霜村課長」

「すげーよなー・・・なんか料理じゃなくて魔法使いの実験みたいだ!」

「黒魔術ってやつ?」

「そうそう!」


・・・二人とも危機感なく普通に焚き火を見つめてキャッキャとはしゃいでいる


「なんかそのテンションで料理されると、出来上がるのが不気味に思えてくるな。火、どうやったら元に戻るかな」

「田中さんが集めてきてくれた枯葉は同じ紫色なのに普通の火だったよなー・・・切り刻んだ木の中に種子があったんじゃね?その影響で紫とか」

「なるほど?」

「まあとりあえず、こんな悪魔召喚とかしそうな火は不気味だから普通の火をもう一度」

「そう、ですね。材料、集めてきますか?」

「大丈夫。今度は上の葉っぱを頂いてくるからさ」


そう言って小暮さんは、大鋏片手に木を蹴り上げて上空へと駆けていった

そして、空を覆っていた木々の先端を葉と共に切り落とし、僕らの元へ落としていく

材料はあっという間に集まっていく・・・多い、ぐらいに


「あ、すまんな、優秋・・・正宗も」

「ぷきゅー・・・」

「埋もれさせてどうするのさ・・・」


落ちてきた葉っぱに僕と霜村課長は埋もれ、小暮さんは上から申し訳なさそうに謝ってくる

埋もれた葉の隙間から見えた月は、とても綺麗だった


・・


あれから再びきちんとしたオレンジな焚き火を改めて作り、小暮さんは調理に取り掛かってしばらく

小暮さんは頭の上にできた団子のようなタンコブを主張しつつ、野営とは思えないほどたくさんの、そして豪勢な料理を僕らの前に用意してくれた


「ほら、たくさん食べろ」

「今日はいつもより豪勢だね・・・」

「食べ盛りの優秋がいるからなー。それに、優秋と俺のお仕事初記念ということで」

「あ・・・そっか。優秋君は、夜人と一緒に仕事するの、夢だったもんね」

「まさか、その為にですか?」

「ああ。俺の背中を追いかけて保全教会入って、一緒に働きたいって思って、その夢を叶えることができた・・・なんかさ、俺がしてきた事にも意味があるんだなって、誰かに影響を与えられたんだなって思えて嬉しくてさ」

「小暮さん・・・」


彼から串焼きを手渡される

どうやら彼と霜村課長が家庭菜園で育てたものらしい

醤油で軽く味付けしたカボチャと椎茸、それから人参が刺さった串焼きは香ばしい香りをさせつつ、僕の前に現れた


「それから、俺のことは名前でいい。あまり小暮って苗字、使ってなかったから慣れなくてな。名前で呼ばれた方が嬉しいんだ」

「そうですか?では、夜人さんで」

「うんうん。優秋はいい子だな!」


再び背後から抱き付かれて座っているので、彼から全力で頭を撫でられる

髪の毛がボサボサになる感覚を覚えるけれど、嫌ではない

その様子を見つつ、霜村課長は焚き火で沸かしたお湯で入れた白湯を飲みつつ、ジトーとした視線で僕に一言告げる


「・・・公的な場面では絶対苗字だからね。優秋君。僕も名前でいいよ。君、皆の事名前で呼んでいるじゃないか。仲間外れみたいで少し気にしていたんだ。夜人もなら、僕もね」

「霜村課長も・・・?ええっと確か、正宗さん、でしたよね?」

「うん。その調子でね」

「ひゃ、ひゃい!」


まさか彼からそんな声をかけてもらえるとは思わなかったので、少しだけ恐縮してしまう


「ほら、たくさん食べて大きくなりなさい」

「あ、ありがとうございます、正宗さん」


今度は彼からお肉の串焼きを手渡される

こちらは胡椒でしっかり火を通して。匂いだけでよだれが垂れてきそうだった


「えー肉ぅ?野菜がいいよな、優秋」

「いや、お肉だね。育ち盛りと言ったのは君だろう。お肉は体の資本だよ。優秋君は君のように少食ではないんだからね。ほら、たくさんお食べ?」

「あ、あの・・・両方、バランスよく食べさせてください」

「「わかった」」


二人とも物わかりが良すぎて、大人というより、大きくて素直な子供の相手をしている気分になってくる

・・・そう言ったら、二人の機嫌を悪くさせそうだけど


「皿に盛り付けて、お箸で食べるか?」

「危ないもんね。串。貸してごらん?」


夜人さんが用意してくれたお皿に正宗さんが野菜とお肉を串から外して盛り付けてくれる


「あ、ありがとうございます・・・」

「いいんだよ。こんなものだけど・・・」


正宗さんは串を持ったまま勢いよく背後へ手を回す


「ひっ!?」

「こんなものでも、一応、不意打ちは防げるからね」


正宗さんの背後にいたのは自我持ち植物

しかしそれは普通の植物らしい色ではなく、紫色と見るからに毒を持っているかのような恐ろしい風貌をしていた


「折角の食事なのに、邪魔されたら困るってー」

「・・・はやい」


そんな正宗さんの動きに合わせるように、夜人さんが大鋏を襲撃してきた植物に突き刺す


自我持ち植物及び擬態植物は普通の武器では殺せない

火だって苦しめるだけで・・・命を断つことは不可能だそうだ

自我持ちを殺せるのは、同じ植物であったリアトだけ


「・・・邪魔するなよ。折角のお祝いなんだから」

「襲撃したの、僕が適当に刺しとくからさ、夜人ソファと一緒にキャンプもどき楽しんでおきなよ」

「背後は俺が対処するから安心して食え!」

「そんな雰囲気じゃないですよね!?もごぉ!?」


仕事の時間だというのに、正宗さんは笑顔で周辺の植物狩りに出かけ、僕らは呑気に食事を続けることになる


「うへー・・・すげーの。見ろよこれ。すげー「がまがましい」顔だ」

「禍々しい・・・ですよね。そんなもの見せないでくださいよ」

「なんか、この種子めちゃくちゃ絡み付いてて鋏じゃ抉れないからさ、正宗が戻るまで焚き火の火種にしておくか」

「鬼ですか」


襲撃してきた植物を焚き火の中に放り込んだ夜人さん

あらまあ不思議。火は先ほどの焚き火と同じく紫色。しかも絶叫付き


「・・・何入れたんです?」

「自我持ち植物。ナスっぽい葉っぱがたくさんついてて、根っこが大根みたいになってた。なんか顔ついてたな」

ぎゃああああああああああああああああああああと響く声、顔がついていたナス科

「もしかしなくても、マンドラゴラ?」

「かもなー」


気楽にいうけれど、この地域、そんな西洋な薬草まで生えてくるの・・・ここ東洋だよ?


「意外と、鳴き声優しいんですね」

「相当切り刻んだから弱っているんだろう。種子の部分だけ固くてなかなか・・・優秋摘出できる?」

「無理かと・・・正宗さんにお任せしましょう。夜人さん、次あれ食べたいです。山菜サラダ」

「・・・お前もああだこうだ言いつつも、適応力高めだよなぁ。ドレッシング、いるか?」

「マヨは?マヨはないんです?」

「あるぞー」

「流石夜人さん!」


夜人さんからマヨネーズを受け取り、それを少し山菜サラダを食べていく

流石新鮮さにこだわり朝摘みしたらしい山菜。それをしっかり保存して鮮度を落とさず用意された山菜たちは瑞々しさを舌の上で走らせていく


「ん〜!」

「そうかそうか。美味しいかー。おかわりあるぞ?」


凄まじい効果音がバックについていなければもっと美味しかっただろう

種子を潰されて絶命した悪魔が取り憑いているような植物の顔がこちらに見えなければもっと美味しかっただろう!

怖い、怖すぎる・・・!

前を見てもマンドラゴラ。後ろを見ても、笑顔な夜人さんと植物の亡骸

僕は魔界に連れてこられたんだろうか・・・食事でもしていないと現実逃避できないじゃないか・・・はむ。あ、この山菜美味しー


「事前資料の通り、悪魔が取り憑いたみたいな顔してるよな、こいつら」


ホイホイ、とや人さんは焚き火の中に植物を投げ込んで処理していく

先ほどよりも炎は激しくなるが「うわぁい、明るいなぁ!紫だけど」な精神で放置しておこう

そうでもしないと、訳がわからなすぎて胃がはち切れそうだ・・・


「ただいま」

「労働ご苦労!ってなんだその山・・・」

「この周辺の植物、粗方狩り終えたよ」

「おー。凄いな、正宗。よしよし・・・」

「ぬふー」


大量の植物の遺骸と共に戻った正宗さんは夜人さんに頭を撫でられてご満悦

それから焚き火と遺骸を交互に見て、無言で首を傾げた


「正宗。戻ってきて早々で悪いんだが・・・この焚き火に」

「遺骸、この焚き火で処理してるみたいだね。じゃあ僕も」

「待て正宗これ以上はーーーーーーーーーーー」

「えいっ!」


夜人さんはマンドラゴラの処理を依頼するつもりだったのだろう

しかしその前に、正宗さんが動いた


そう。僕は食事に夢中で彼の考えを読みきれていなかったのだ

勢いよく放り込まれ続けていく植物の遺骸を蓄えた焚き火は当然だがさらに勢いを増していく


・・・後はお察しだろう

勢いがついた焚き火の炎は、とんでもない大きさへと育った


「・・・しっかり掴まってろ」

「はい」


僕と正宗さんは夜人さんに抱きついて、持ってきた荷物を空いていた手で抱える

僕は卑しいながらに抱きついたまま、お皿を手放さずご飯をもっちゃもっちゃと食べ続ける。我ながら卑しい・・・


「あちゃー」

「あちゃーじゃねえよ。正宗。お前流石に火が燃える理由、わからないわけじゃないよな?」

「え、焚き火は月刻の間、水をかけない限りずっと燃え続けているんじゃないの?」

「なんですかそのファンタジー思考は!」

「まさかここまでとは・・・正宗。俺が悪かった」

「何が?」

「お前に、初等教育並みの勉強、させるべきだったなっ・・・!」


そう言って小暮さんは足を踏み込み、全速力で樹海の中を駆けていく

自分では出せない速度の世界

風を切り、それでいて抱えている僕らに負担がないように慎重にルートを選んでいる気がする


「・・・夜人さん、今、喋っても?」

「ああ。できれば火が燃える原理・・・燃焼についてこの馬鹿に説明してやってくれ」

「はい!帰ったら初等教育の教本、取り寄せますね」

「助かる!」

「・・・僕勉強したくない」

「しろ。将来恥晒すぞ」

「してください。流石にこれは不味いですよ!」


文句を溢す正宗さんに、言い返しつつ夜人さんは僕らを連れて嶺宮樹海を正規ルートから少し外れて出ていく


「山火事だ!」

「消火!消火!」

「・・・何食わぬ顔で本部に帰るぞ」

「サー・・・」

「・・・勉強したくない」


憧れの人と同じ職場で働ける

その事実が嬉しくて、僕は子供のようにはしゃいでいたし、ご飯をたんまり食べて満足していたと思う


「しかし、これはどうなんでしょう・・・放置して逃げるの、とか」

「まあ、ついってことで・・・とりあえず責任追及は後で、だ」

「僕はこういうの好きだな〜」

「好きで済まされる問題じゃないと思いますけどね・・・森林火災って」


あたり一面に広がる炎に遠い目を向けつつ、最後まで夜人さんに抱えられて、僕らは保全教会に戻っていく

憧れの人との初仕事は歓迎会と、魔物のような植物と、とんでもない森林火災と共に、過ぎ去っていった


・・


後日

東雲さんにこってりしぼられた僕たち

綺麗にされた廊下を歩きつつ、僕と夜人さんは紙を眺めつつ、ため息と共に肩を落とした


「俺と優秋は始末書で済んだな。あんまり書きたくないけど、この機会だ。書き方教えるけど、覚えるなよ?始末書は第四課名物とか言われてるらしいから・・・」

「はい・・・」


一方、僕らの後ろにいる正宗さんは・・・山のような教材と必要な道具が入った段ボールを抱えてとぼとぼと歩いていく


「・・・僕は初等教育認可まで停職」

「だろうなー」

「ですよね」


燃焼を知らず、森林火災の原因を作った正宗さんは上層部にも説教された後、月影時代の上官からも怒られたらしい

やらかしたことがとんでもないので彼は特段重い罰を・・・しばらくはこの区画の初等学校に通って初等教育認可を受けるまで停職らしい

飛び級は可能にしても・・・最高六年は子供と一緒にお勉強だそうだ


「まさか初等学校に恥晒しに行くとはな」

「制服まで用意されてるんだけど」

「短パンですか?」

「そこは譲歩してもらって普通に長ズボンだよ」

「チッ、正宗の短パン制服姿見たかったんだけどな」

「二十四の大人にそんなとんでもないこと要求しないでもらえる?」


睨み付ける正宗さんの視線なんて気にせずに、夜人さんは僕にそっと耳打ちする


「正宗なら・・・ギリ似合うよな?」

「ギリどころかかなり似合うと思いますけどね・・・」

「二人とも?」

「まあまあ、とりあえず昇級試験頑張れば六年以下で卒業できるんだろ?俺たちが勉強見てやっから。さっさと現場に戻ってこい」

「僕もですか?」

「乗り掛かった船だ。最後まで一緒にこいよ、優秋。俺一人じゃ無理かもしれん」

「あ、そういう・・・」

「改めて、今回の仕事を一緒に。今度は成功させよう」

「はい!よろしくお願いします!」


次の仕事は、普通に勉強を教えることだけど・・・彼が言う様に今度こそ成功させることができればと思う


「おかえり、優秋。小暮さんも」

「ただいま、霧乃お姉ちゃん」


「・・・それ、始末書ですよね」

「うん。遂に貰っちゃったよ。歌子ちゃんは貰わない様にね?」


「お前も遂にこっち側か。ようこそ。問題児組へ!」

「ふみ君!始末書の数で争う気ですね!そんなワルなところも素晴らしいです!」

「文哉さんと八千代さんは始末書貰いすぎなんですよ・・・」


第四課の面々に出迎えられて、やっと戻ってきたんだなと感覚を覚える

そして最後はこの人


「おかえり、優秋。夜人」

「ただいま、蓮さん」

「優秋、遂に始末書デビューかよ・・・こっちに来たら出世は見込めねえぞ?」

「いいんです。僕、夜人さんと一緒に働きたくてここまで来たんですから。それ以上は、何か見つけるその日まで望みません」

「優秋、意外と野望に溢れてるな・・・」

「夜人は優秋がなんで始末書なのかきちんと説明してもらうからな、同伴者」

「それはうちの課長に聞いてくれ」


そして最後に、第四課の執務室に彼が入ってくる

存在感が空気だと言われて、なかなかその存在を気づいてもらえない彼も今日ばかりは注目を集めてしまう


「・・・正宗、お前、何持ってんの?」

「初等学校の教科書・・・」

「なんで。武器用?」

「勉強用ですー・・・」

「正宗が勉強?明日、槍でも降るのか?」


蓮さんだけではなくて霧乃お姉ちゃんと文哉さんも口をあんぐり開けて絶句している

歌子ちゃんは事情を把握していないので困惑するだけだ


「・・・僕が勉強ってなると、皆にとって天変地異の前触れみたいな感じなんだね」

「・・・こんな初等教育すらまともにできていないお恥ずかしい上官に従うふみ君と私たちって」

「ウグゥ!?」


トドメは珍しく八千代さん。哀れみと侮蔑を込めた視線は正宗さんに効果は抜群だった


「・・・まあ、上官の恥を払拭するのも俺たちの役割だろ。初等教育だけでいいんだな?俺たちでも、できるよな」

「ああ。正宗の停職を解除するため、しばらく空いた時間は正宗に勉強を教えてやってくれー。しばらく正宗は執務机に縛り付けておくからすぐに見つけられると思うから」


「了解でーす」と霧乃お姉ちゃん

「は、はい!」と歌子ちゃん

「初等教育なんてちょろいのに・・・まあ、面白そうだし、了解っと」と文哉さん

「・・・ふみ君の上官ですからね。猿でもわかる様に手ほどきいたします」と八千代さん

「お前そこまで・・・いや、今回ばかりは逃げられないよな」と蓮さん


軽い感じの指示は全員、聞き入れて、それぞれ正宗さんの方を向く


「ま、そんな感じだ。正宗、第四課は全員、お前の停職が明けるのを待っている。だから頑張れ」

「僕らも頑張りますから!気兼ねなく聞いてください!」

「うん。皆、ありがとう。これから、よろしくね」


こうして、僕と夜人さんだけの仕事から第四課全員の仕事へと変化を遂げる

これから始まるのは第四課全員で取り掛かる、霜村正宗の停職明けを目指した勉強会

少し不思議で、どこかおかしい・・・僕らの日常はまた、こうして始まっていく

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