休暇用レコード7:水知鏡夜編「雫先輩の監禁から始める理想計画」

小さい頃に親を失い、施設で暮らしている彼は「優等生」の言葉が似合うしっかり者

人一倍努力家で、誰隔てなく優しくて、何事に対しても真面目な鏡夜君


それは彼の長所で私の好きな部分

だけどそれは私の野望を叶える為には凄く邪魔な部分


卒業前のある日。学校近くの喫茶店で同じ目的を持つ雪霧拓斗ゆきぎりたくとと共に、部活に勤しむ恋人を待っていた

私はテストのやり直しをする宿題をしつつ。二、三問解き直すだけで終わる、が

目の前の男はそんな面倒な宿題をそもそも与えられていない

宿題がある私は「敗北感」を珈琲と共に味わいつつノートへ最後の一文を書き込んだ。これで宿題は終わり


「ねえ、拓斗」

「何かな、雫」


二人の部活が終わる時間は同じ。それまでの間、暇潰し相手である彼に相談を持ちかけてみる


「鏡夜君さ、卒業と同時に専業主夫にする方法があると思う?」

「えっ、雫は「鏡夜君とキャンパスライフを過ごせるの最高。毎日私服姿の鏡夜君拝めるのご褒美」だと思っていたんだけど」

「無理無理。鏡夜君変な女引っ掛ける事に定評あるし。外出したくない」

「ふっ・・・それ、新手の自己評価かな?」


怒りを抑えつつ、笑みを浮かべていつも通り

話の軌道を戻して行く


「まあ、例え話だよ。どうしたらいいと思う?」

「んー・・・それなら彼の性格を読んだ上の行動をしたらいいんじゃない?真面目な彼が、専業主夫をしなければいけない状況に、とか」

「つまり既成事実」

「まあ、それも一つの手段だね」


彼の言葉でいい計画を思いついた。自分もそれなりの代償を払わないといけないけど

ふとその光景を想像してみる


『おかえり、雫』

『ご飯?お風呂?それとも肩揉み?』


鏡夜君が毎日家にいて、おかえりを言ってくれる

今、私だけが暮らす誰もいない静かな家に、彼の声が響く光景は容易に想像できた

なんて理想的な生活か

これこそ理想の楽園。実現したら幸せすぎて死ねる


それに、これなら彼の「過去」も楽しい思い出で上書きできるかもしれない


「こりゃあ気合入れないとだ」

「?」


あの日、私の計画は動き出した


「待ってろよ、鏡夜君。君は私が絶対に養ってみせる!」

「えぇ・・・」


これが、半年後に始まるある計画の序章であり

雨雲雫あまぐもしずくが過ごす、最後の夏の始まりとなる


・・


半年前の他愛ない話は前提問題だと、一年半後の雫はそう言った


事の始まりは、彼女の甘言

受験生だった俺は勉強に集中できる環境が欲しかった

夏休み一週間前、俺は彼女からある提案をされた


「鏡夜君、勉強に集中できる環境が欲しいんだって?」

「ええ、まあ。施設じゃ騒がしいので」

「進路、一応私と同じ大学なんでしょう?私が教えられる事もあるだろうし、うちに来て勉強しない?私、一人暮らしだからさ」


その後ろに隠された計画なんて露知らず。能天気に、望んだ環境を得られることに喜び・・・


こうして、まんまと罠にハマったわけである


「あの、雫先輩」

「雫。名前で呼びなよ、鏡夜君」

「雫、さん」

「何かな。あ、そこスペル間違ってる」

「え、あ・・・本当だ。ありがとうございます。ってそうじゃなくて」


指摘された部分を訂正しつつ、抗議の一声を出す


「何か変なことでもあるかな?」

「大有りでしょう。これとか」


足に繋がれたそれを揺らしながら、目の前で笑い続ける雫に何に対して怒っているのかを示してみるが、俺が欲しい反応はない

雫は首を傾げて不思議そうにするだけだ


「何か変なところある?」

「勉強部屋を提供してくれたのは嬉しいんですけど、足に鎖を繋がれて、トイレとお風呂は許可制。それ以外は部屋から全く出られない仕様は完全におかしい」

「改善要望があるなら聞くよ?」


「この鎖を外してください。初日からの要望をそろそろ聞いてください」

「夏休み最終日になるか「宿題」に正解するまで外しませーん」

「改善要望は聞くって言ったじゃないですか」

「聞くだけね。叶えるとは言ってないよ」

「ぐぬぬ・・・」


悔しそうに顔を顰める俺を背に、彼女は近くにあった椅子に腰掛けた

こうなれば話は聞いてもらえない。大人しく宿題に戻るしかない

しかしなぜいつもつまらないミスをしてしまうのだろう。この癖さえ治せれば


「鏡夜君。少し焦ってる?失敗、嫌い?」

「そりゃあそうですよ。失敗したい人間なんて・・・」

「失敗をする不完全さが人間らしいというのに。もったいないね」

「それ、絶対南雲先輩のお言葉ですよね」

「あ、わかった?そうそう。南雲ならこういうと思ってね!」


雫とよく一緒にいる南雲先輩がいいそうな台詞

言葉は雫らしくないけれど、少しだけ心が軽くなった感覚を覚えた


「完璧になる必要はない。なんだって失敗していい。それに気がついて修正をかけられるのが人間だってさ」

「いいそうですね、あの先輩なら」

「絶対に言うよ、南雲なら。あの子にもそう言う」


「あの子」で頭に浮かんだのは普通が似合う赤毛の後輩


「鴻上か。あいつも変な人に捕まりましたね」

「「も」とはなんだい鏡夜君。返答次第ではお仕置きだよ」


雫の手がくすぐる構えをとる。脇のくすぐりだけは本当にダメ

俺はとっさにシャープペンシルから手を離して両脇腹を守った


「それは嫌です!しっし!」

「反応が素直すぎて色々と心配になって来たよ・・・」


若干哀れみの目を浮かべるあたり、少しだけ冷静さを取り戻したのだろう

今なら、話の続きができそうだ


「変な人に捕まったのは俺じゃなくて黄金の方。拓斗先輩に相当振り回されているようで」

「あ。そっちか・・・あ、黄金といえば、鏡夜君は知ってる?あの子毎晩凄いらしいね」


急に何を言い出すんだ雫は。何も知らない人が聞いたら勘違いさせるような言い方して

もしや状況を知らない俺をからかって遊ぼうと言う魂胆か?


「拓斗先輩が毎晩襲ってくるので暗喩抜きのプロレスやって気絶させてる話ですか」

「知ってたか。引っ掛かったらからかってやろうと思ったのに」

「あー、はいはい。宿題再開するので、邪魔しないでくださいねー」


こんな監禁生活を送ってなんだかんだで八月下旬。夏休みももう少しで終わる

俺はまだ、もう一つの宿題を終えられていない


「私が鏡夜君をここに監禁する理由を答えよ」


監禁初日に出された雫から出された宿題。俺の足を自由にする鍵

未だに、不正解を重ね続けている


「俺をここに置いておきたい。擬似同棲。絶対同じ大学に進学して欲しい」

「全問不正解。でも一つだけ惜しいのあるよ」


独り言だったのに、それは全部雫に聞かれていて無慈悲に合否判定が下された


「惜しい、か」

「うん。でも一つ一つ聞き直すのはなしね」

「では、俺が個人的にこうであって欲しいのを一つ」

「うんうん」

「俺をここに置いておきたい。惜しいと言うのなら、今だけじゃなくて、これからも。どうです?」


「正解、かな・・・」

「へ?」


その反応はあまりにも予想外

予想外に呆然とするしかない俺たちは互いに視線を交わすことしかできなかった


「いや、待って。その前に俺が個人的にこうであって欲しいって・・・」

「そうですよ」

「そっ、か・・・」


雫はポケットから鍵を取り出して、俺の足に繋がれた鎖の錠を開けてくれた

久々に自由になった足に触れながら、俺は宿題に正解してしまったことを理解する

嬉しいのに、どこか物寂しい


「・・・足が軽くなって嬉しいです。あ、勉強の続きしても?」

「いいけど・・・もう自由なんだよ?」

「帰れと」

「そうは言ってないけど、あれだけ外してって」

「先ほどの回答。前置きしましたよね。個人的にこうであって欲しい。それは雫だけじゃなくて俺もじゃないと出てこないでしょう?」

「え・・・あっ!?」


なぜそこに気がつかない。ちゃんと前置きしたのに


「俺は、鎖を外して欲しいと毎日頼みましたが、一度でも帰りたいなんて言いました?」

「・・・言ってない」

「でしょう?」


今日はこれ以上進めることはできないだろう。なんとなくそう思って、学校から提示されている夏休みの宿題用のノートを閉じる

今日進められなかった分は、明日にでもしたらいい。まだ余裕はある


「つまり?」

「言われなくても、一緒にいてやりますよ。貴方が望み続けてくれるのなら」

「な、なるほど。それは素直に嬉しいね。これは第二段階に進んでいいかも」


雫がいつも悪戯する前に浮かべる笑みがその顔の上に現れる

その瞬間、俺の背筋を凍らせた。とてつもなく嫌な予感がする


「私は、これからも君をここに置いておきたい」

「なるほど。これからの意味は理解しました。しかし第二段階って?なんで俺の上に跨るんです?」


「第二段階で鏡夜君の進路、決めちゃおうかなって」

「確かに大学進学も卒業しておけば選択肢広がるかなぁ程度で決めたんですけど、雫に進路を決められるのは違う気が・・・」

「あーだこーだうるさいよ。絶対に成し遂げたい目的がないならうちに永久就職しろ、鏡夜。はいかイエスか、不束者ですがよろしくお願いしますの三択で答えな」

「拒否権はなしですか。そうですか」


足の拘束はもうないはずなのに、身動きすらできない

それに、彼女はこれを冗談ではなく本心で言っている

雫が少し荒い口調で話す時、彼女から完全に取り繕う余裕が消えた証拠だと言うのは俺しか知らない話だ

彼女ですら、自覚していない


「・・・わかりましたよ。優しくしてくださいね」

「そういうのは私の台詞じゃね?」


会話の後、俺は雫の思うままに身を委ね・・・


「た、というのが一年半前の話だ」

「中々壮絶ですね、鏡夜先輩」

「そうだろうか」


部活の後輩だった「中海黄金なかうみこがね」に、彼女が留学中に起きた身の上話をしていく。原点の振り返りみたいで楽しかった


「この子もその時に。高校卒業と同時に籍を入れた」

鏡花きょうかちゃんでしたっけ」

「ああ。それから俺は雫から「子育ては頼んだ」と言われて専業主夫。大変だぞ、主夫。年中無休だ」

「でしょうね。しかし、収入はどうしてるんです?」

「雫曰く内緒。ただ一定収入はあるらしい。そんなこんなで今の俺は雫に養われている状態だ。主夫だからヒモじゃない。大学生の雫を支えつつ育児に奮闘中だ」


他愛ない話をしていると、ドアの鍵が開く音がした

合鍵で帰ってくる人物なんて、一人だけだ


「出迎えてくる」

「はい」


断りを入れてからリビングから玄関へ

帰宅した彼女に、いつもの言葉をかけた


「おかえり、雫」

「ただいま、鏡夜!鏡花!」


相変わらず謎にハイテンションな雫の帰りを出迎える

この光景が欲しいがために彼女があの夏の出来事を起こしたと俺が知るのは、もう少し後の話


「ぬはー。最近は水知雫って呼ばれるのもだいぶ慣れてきたよ」

「今ここで話すこと?」

「大事なことなので!」


リビングの扉に手をかけようとする雫の動きが止まる


「鏡夜」

「なんだ?」

「今、幸せ?」

「唐突になんだよ」

「なんか、さ。急に聞きたくなっちゃって」


「んー・・・雫には俺の親が事故で死んだ話はしたよな」


俺が両親に我儘を言って喧嘩して留守番をしていた日

俺の機嫌を治そうとケーキを買って帰ろうとした両親に起きた不幸な事故

あの時、ケーキを買いに店に寄らなければ

根本的な部分を言えば、俺が我儘を言わなければ両親はきっと今も生きていただろう


「あの時さ、両親にちゃんとおかえりなさいを言って、仲直りしたかったんだ」

「うん」

「でも、両親は帰ってこなかった。我儘だった俺は言いたかったことを言えずに、待っていても誰も帰ってこない日々を過ごすことになった」


七歳の子供らしい我儘を始まりに起きてしまった不幸な事故

ずっと気に病み続けた。俺が優等生をしていた理由も、辿ればそこから始まってしまう

けれど、今は・・・


「それは、去年終わった話だ」

「・・・」

「俺は雫の望み通り、これからもここで雫の帰りを待つ」

「うん」

「だから雫は、俺と鏡花を不幸にしないで欲しい。雫が帰ってきてくれるなら、俺は一生幸せだから」


上手く笑えているかわからないが、目の前にいる雫が嬉しそうなのだ

だからきっと、笑えている


「絶対に、帰ってこないとだ」

「絶対に、帰ってきてくれ」


二人で一緒にドアノブに手をかけて、客人が待つリビングへ入る

今は無理だけど、鏡花が大きくなったら俺も「おかえりなさい」が欲しいと。家の為に、働きに出たいと相談してみたいと思う


その相談を実際に俺が彼女に投げかけるのは、ここからまた数年後の話

それまでは、彼女の帰りを迎え続ける

無事に帰ってきてくれた安堵と、最近はちゃんと言葉にするのが照れくさい愛しさを込めた「おかえりなさい」を伝える日々は、まだまだ続くことになる

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