休暇用レコード5:海祇修輔編「タコスの沈没漁船」

夏休み。海が近くにある爺ちゃんの家に遊びに来た俺は早速海に繰り出した


もちろん泳ぐ為ではない。カナヅチだから土下座されても泳ぎたくない

それに婆ちゃんたちは爺ちゃんが亡くなった海を酷く嫌って、海に入ることを許してくれないので、俺としては好都合。泳いでこいと言われないから


俺の目的地は田舎の砂浜で誰もいないベスト遊び場

しかもこの田舎・・・衝撃的なことに俺と同年代である小学生ぐらいの子供がいない

まあ、つまりだ。ここの砂浜は俺が毎日占領できるのである


「今年は熊本城にしようかな。それとも姫路城?それともサクラダファミリア?でもあれ未完成だしな・・・」


右手はバケツ。中にはスコップと爪楊枝と割り箸、そして水筒を入れて

左手にはシャベル。基礎を作り上げるには欠かせない

誰もいない、舗装されてすらいない道を駆けて目的地まで走っていくと、今年は少し変わった光景が広がっていた


去年までは殺風景なよくある砂浜だったのだが、今年は何ということでしょう

漁船が漂流しているではありませんか


「すっげ」


その漁船をマジマジと観察してみる

その漁船の名前は既に塗装が剥げているのでわからない

操縦室のガラスは割れているし、錆びついている

それから、うっ・・・至るところにフジツボと海藻が纏わりついている上に磯臭いから色々な意味で気持ち悪い


「おえっ・・・」


覚えた吐き気を抑える為に少し距離を取ろうとすると、漁船の影に何かが隠れているのを見つけた


「何だろあれ」


何かあった時の為にシャベルを構え、好奇心のままに「それ」に近づいてみる

半透明な三角帽子。遠目ではあまりわからなかったが、白というか乳白色の体を持つようだ

アザラシの子供みたいに楕円型でなんかタプタプしてる感じがする。水風船的な


何よりも特徴的なの触手。目視では何本あるか把握することは難しいほど生えている

見た事ない生き物だけど、アザラシにイカとクラゲとタコを合成させたような生き物かな。ミックスモンスター的な


とりあえず横たわるそれをシャベルで突いてみる。反応はない。気絶しているのだろうか


「もしもーし」

「・・・」


声をかけてみる。返事はない。ただの遺骸のようだ

しかしまだまだ声をかけてみる。もしかしたら反応があるかもしれない


「生きてますか。食べられますか。食べられる状態ですか」

「・・・お前は未知のものを食べたいんか」

「うわ喋った」


しかも日本語。共通言語で話せるなんてまるでアニメだ

しかし、なんだろう。この口調。凄くおっさんだな


「攻撃を直ちに中止せえ。さっきっから腹を狙って痛いんやで?こんな柔らかボディでも、痛いもんは痛いんや」

「なんでそんな癖の強い口調なんだよ・・・突くのやめるから、君が何者か教えろ」

「人にもの尋ねる時はまず自分からっていうやろ?」

「俺の名前は海祇修輔わだつみしゅうすけ。ここから少し離れた場所にある環凪市に住んでる。所属は環凪小学校六年三組。ごく普通の小学生だ。今は爺ちゃんの家に一時滞在してる。好きなものはスイカ。特技は砂遊びだ。運動も好きだぞ。ちなみに身長は・・・」

「そこまで細かい情報いらんわ!」


なんと、これから身体測定で出した情報と五十メートル走のタイムを公開しようとしたのにストップされてしまった。非常に遺憾である


「・・・じゃあ次、お前」

「なんか若干キレとる上にワシの評価がグレードダウンしとるような気がするが、まあええやろ。ワシの名前はタゴロベンタムゲステラオクデワムワムリエファデルルルコスや。よろしくな、修輔」

「え、今なんて?」


長すぎる上に早口だから全然聞き取れなかった。何これ文字数稼ぎ?


「タゴロベンタムゲステラオクデワムワムリエファデルルルコスや。今度はゆっくり言ったし聞き取れたよな?」

「長いよ。覚えきれないよ。長いから略してタコスね。よろしく、タコス」

「・・・」


さりげなく友好の証として手を差し伸べてみたが、反応はない

ふと、前を見るとそこにはワナワナと無言で震えているタコス

あ、やべ、怒らせたかな・・・初っ端から略とか失礼すぎるよな・・・

これで一匹の生物により世界が滅亡したり、とかありえないよな


「愛称つけられるなんて初めてやぞ!タコス、気に入った!」

「あ、うん・・・喜んでくれてよかったよ」


まさかの好印象。世界の平和はこうして守られた

しかしタコスは宇宙人なのだろうか。それとも深海人?


「しかしその手はなんだ?」

「握手っていう挨拶文化があるんだよ。友好の証」

「ワシらの星で言うところの尻尾結びか。なるほど。これが地球の挨拶。郷に入っては郷に従え。ワシもそれに倣わんとな」


タコスは無数の触手を束ねて、人間のような手を形成する

ウネウネと動く俺と同じ大きさの手は、こちらにゆっくりと差し伸べられた


「・・・すげえ。これ、本物みたいだ」

「修輔の手を真似したからな。大きさもちょうどええやろ」

「うん。タコスは凄いね。その触手で色々なものが作れるんだ」

「これでも惑星タゴロの異文化交流官やからな。これぐらいお茶の子さいさいや。ワシ、エリートやし」


惑星タゴロ。聞いたことないワードだ

しかも言い方的に宇宙人で確定らしい。まさかこの漁船って・・・


「異文化交流官?そういう仕事があるの?」

「ああ。数多の宇宙に住まう存在の情報を集める為に、その惑星の文化を学ぶ仕事や。ワシはその地球担当」

「なるほど。あの漁船が宇宙船?」

「いや。あれは三十年ワシが行動を共にした漁師が使っていた船や。ここにはテレポートでやってきたから、宇宙船は存在せんよ」


「なるほど。最近は宇宙船なんてコスパ高いものを持つ必要はないと。時代はテレポートというわけだね」

「知ったような感じで言うけど、地球ではまだ宇宙船は開発されとらんやろ」

「何おう、ロケットは宇宙船みたいな物じゃないか」

「月までしか行けんような宇宙船は宇宙船とは言わんな。せめて銀河系は超えてもらわないと」


宇宙船のハードル高いなぁ。地球が太陽系のハードルを超えられるのはいつになるのやら。俺が生きてる間は絶対に無理だな。うん


「それから、ええっと・・・タコスは三十年前にここにきたんだ。その漁師さんは?」

「・・・事故で亡くなった。船と一緒に沈んでしまってな」

「そっか・・・じゃあこの漁船はその漁師さんのものなんだね」

「その通り」

「結構昔の話みたいだけど、なんで打ち上げようと思ったの?」


打ち上げられた廃漁船。去年は船が沈んで誰かが死んだなんて話は聞かないし、婆ちゃんの話だとこの地域で最後に沈没事故が起きたのは十年前に沈んだ爺ちゃんの船になるそうだ

もしかしたら爺ちゃんの船かもしれないが、あまりにも劣化が酷い

それ以前の話の可能性だってある


いつからこれは、海の中に?どうしてここに?疑問はたくさんあるが、それをタコスは一つ一つ答えてくれる


「この船が沈んだのは十年前。漁師の死体はきちんと引き上げられて弔われたが、船だけは海に沈んだままだった」

「・・・っ!」

「ワシもその事故で海に一緒に沈んでな、目覚めたのはつい最近のことなんだ」

「タコスも一緒に事故に・・・」

「そうだな。九年ぐらい廃船の中で眠っていた。目覚めたワシは一度海上に上がり情報を集めた。ここ九年で進んだことを集めなければ適応できないからな」


ほうほう。これができる宇宙人。情報戦略を制する者の姿か

でも、ある重要な情報を得ていないようだ


「それから、事故で漁師が死んだことを知った。それが去年の話」

「・・・」

「最期には立ち会えなかった。もちろん、地球の死人を弔う文化・・・葬式と言うのも参加できなかった」


タコスは酷く落ち込みながら、塗装が剥げた船を見上げる

モーターも錆びつき、フジツボが周囲を覆う船

タコスが眠り続けた、海の中の揺籠

そしてタコスが行動を共にしていた漁師さんが最期を迎えた棺でもある

この船は、俺にとっても凄く大事な物だ


「一年前に、この船を引き上げた。しかし、帰り道がわからなくなって海を漂流していた」


破損部分はワシの触手で補って、目的地につけるよう祈りながら海を流れていたんだ。と彼は付け加える

穏やかな波の日も、嵐の日もたくさんあり、一年の旅路は過酷なものだったらしい

しかし彼は帰ることを諦めてくれなかった。だから今、こうしてこれがここに帰ってきた


「そして気がつけばここに。なあ、ここは伊坐波いざなみの町で間違いないか」

「うん。間違いない。ここは伊坐波町だよ」

「じゃあ、ワシは目的地に辿り着いたのだな。ああ、よかった」


安堵したようなタコスの息。それは心の底からでた物だろう

ここまで誰かを思いやれる宇宙人。タコスがいなければ、あの人の願いも叶えられなかっただろう


「これを引き上げたのは、ワシのエゴと言うやつだ。誰かに頼まれたわけでもない。ましてや漁師の遺言でもない」


触手を動かして、船を持ち上げる

斜めに座礁していた船は、まるで海に浮いているかのように真っ直ぐ立った


「これは、漁師の・・・魚島亮輔うおしまりょうすけの宝なんだ。どんなに錆びていても、壊れていても、あいつが大事にし、愛情を込めていた船なんだ」

「凄いね、タコスは」

「ワシは、自分のエゴでも、これを綺麗にして沈む前に補修して家族の元に届けたかった。あいつの宝物を、届けたかった」


まんまるの黒目が夢を語る時、キラキラと輝いていた

陽に照らされた海のように輝くそれは、述べた言葉の数が嘘偽りない物だと証明していた


「もう届いているよ。まさかこんなことがあるなんて思ってなかったけど」

「へ?」

「やっぱり気付いてなかったんだ」


そろそろネタバラシ。もう彼の夢は叶っていることを伝える時が来た


「魚島亮輔は俺の十年前に亡くなったらしい爺ちゃんだよ。三十年も一緒にいたなら母さんのことだって知ってるだろう?魚島奈美うおしまなみ

「ああ。亮輔の娘のことは知っている。今は結婚して苗字が・・・ああ!?」


やっと思い出してくれたらしい。今の奈美さんの・・・俺のお母さんの名前は!


「今の苗字は、海祇!俺が爺ちゃんの孫だ」

「じゃあ!」

「俺の前にあるから届けたことにしていいんじゃない?」

「夢が一つ叶ったなぁ!ありがとうな、修輔!」

「こちらこそ、爺ちゃんの思い出の品を引き上げてくれてありがとう!」


触手を俺に絡めて胴上げするように持ち上げて喜ぶタコス

俺も少し嬉しい。爺ちゃんのことは何も知らないけれど、タコスが爺ちゃんのことを思って引き上げてくれたのは通じたから


「ねえタコス」

「なんだ?」

「これからどうするの?」

「そうだな、船の修理に、目的の異文化交流。百年の任期の内十年を無駄にしてしまったし、これからは根を詰めていかないと・・・」


任期百年なんだ・・・じゃあ、後六十年ぐらい任期がある?

爺ちゃんの為に船を引き上げてくれたタコスに何か恩返しをしたいけど・・・


「そうだ」

「?」


俺にできることが一つある

俺にとっても、タコスにとってもいいことな提案だ


「ねえタコス。うちにこない?」

「修輔の元にか?」

「うん。街中だからここより騒がしいけど、文化って面だったら沢山人がいるし、タコスが知りたいこと知れると思うよ。船のお礼。俺が死ぬまで付き合っていいよ」

「いいのか?」

「いいって言ってるじゃん」

「じゃあ、頼むよ」


タコスの触手がおそるおそる伸ばされる

俺はその触手を掴んで、再び握手するように握りしめた


「もちろん」

「まるで亮輔と同じように家に招くんだなぁ」

「そうなの?」

「ああ。少し懐かしさを覚えたさ」


表情は変わらないけれど、少しだけ目元が笑っているような気がした

ゆるふわボディの触手だらけな宇宙人「タコス」と当時小学六年生の俺はこうして出会った


この出会いは、俺にとって一生大事にしないと行けない宝物になる

これから六十年。俺が死ぬまでこの異文化交流は続いていく

絶対にできないような体験から、何気ない普通の体験まで・・・様々なことをしていく

これたただ、始まりの一ページにしか過ぎない話だ


「修輔?」

「ううん。なんでもない。ねえ、タコス。君は何をしたい?」

「そうだな。まずはーーーーーーー!」


タコスの提案から、始まりは告げられる

シャベルを砂浜に差し込んで、タコスの言葉を聞く体勢を取る

今日の予定は、大きく変わりそうだ

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