休暇用レコード4:久守楓編「ガラス瓶のタイムマシン」

幼少期から一緒の友達がいる

その友達は私の好きな人。けれど彼には好きな人がいた

年上の女の子。とても優しくて、綺麗で、私も大好きな人


「楓」

「何、宗司」


私が中二、彼が中一の時

いつも通り、彼の家で宿題をしていた時に唐突に声をかけられたのを覚えている


「俺、春姉に告白するよ」

「そう。頑張って」


素っ気なく返事を返して、表面上だけ応援する言葉を述べたことを今でも覚えている

宿題を終えた後、彼は急ぎ足で彼女・・・咲宮春さきみやはるの元へ向かった

いつもは方向音痴で迷う癖に、その日だけは迷わなかった


そんな彼を見送った後、私は彼への想いを断ち切る為にある場所へと向かった

この町の外れにある小さな浜辺

手紙の中に書き殴ったこれまでの想い。忘れた方が幸せな想いの数々


「好きだったよ、宗司」


瓶の中へ忘れるべきことを押し込んで、私はそれを海に放り投げた

それはちゃんと波に呑まれて海の中に沈んでいく


それを見届けた後、私は浜辺を後にする

これでいい。その時は、そう思っていた

宗司の口から、告白の結果を聞くまでは・・・


・・


少し時間が経って、私が高三、彼が高二の夏休みの事

あの日から関係は変わらず、私たちは友人のまま時を重ねた


そんな私たちは森を経由した先の浜辺までやってきていた

ここに来るのは久しぶり。宗司が春姉に告白しに行った日以来だ

もちろんだがそこには私たち以外誰もいない。その代わり・・・


「ふむ、想像以上に多いな」

「あのさ、宗司」

「なんだ、楓。今日は生徒会の仕事で来たから無関係のお前は帰っていいんだぞ?」


今日、ここに来たのは生徒会が主導のボランティア活動。生徒会メンバーがそれぞれ決まった日に奉仕活動に勤しむ一般生徒には関係のない行事だ

うちの高校の生徒会副会長である雪森宗司ゆきもりそうしはこんな真夏に浜辺のゴミ拾いというある意味苦行の案件を引き当てたそうで、ここまでやってきた


「ここに来るまで何回も道を外れようとした人間の台詞じゃなければ笑顔で帰ったんだけどね。方向音痴の宗司を置いて帰るほど鬼じゃないよ」

「ぬ・・・最近はスマホのG P Sがあるから平気だぞ。楓は過保護すぎる」

「ドヤ顔でスマホ構えるけど、ここ、電波の入りが異様に悪いこと知ってるよね?」

「・・・」


不服そうに顔をしかめるが関係ない。それが事実なのだから

一人にしてはいけない彼にこうして付き合うのは、少しでも一緒にいたいから


あの日、ここで海に投げ入れたはずの想いを捨てきれずに、ずっと同じ、いやそれ以上の想いを抱き続けていた私は、少しでもチャンスを狙うために、彼の方向音痴を利用して、こうして行動を共にしている

・・・みっともないことは自覚しているけれど、それでも、諦めきれないから


「私も手伝うからさ、二人でやれば早く終わるだろうし?」

「まあ、そうだが・・・」

「軍手とゴミ袋貸して。持ってきてるよね?」

「あ、ああ・・・」

「後でアイス」

「・・・助かる、楓。頼んでもいいか?」

「もちろん。ほら、さっさと終わらせよ」


宗司から軍手とゴミ袋を受け取り、それぞれ小さな浜辺のゴミ拾いに勤しんでいった

真夏らしいギラつく日差しが照りつける

目の前に海があるというのにダイブできないとは何たるか


「ホイホイ」


うわ、背負籠の中に超速でゴミ投げ入れてるよ・・・しかも百発百中

無駄に高スペック。どうしてこうなった


「おーこの瓶。なんか入ってる」

「・・・」

「どうしたんだ、楓。手が止まってるぞ」

「別に、なんでもない」

「なるほど。俺の手捌きに見惚れていたのか」

「違うし」

「はいはい。相変わらず素直じゃないんだから。やり方教えてやろうか?」

「結構!」


変なところで得意げになる彼に文句を言いつつ作業を進めていく

しかし、よくもここまでゴミを放置したものだ

汚した人物は良心が痛まないのだろうか


「・・・暑い」


滴る汗を拭いながら空き缶を拾い上げて袋の中に入れ込んだ

今年の夏は、こんなにも暑かったっけ

そんな思いを抱きながら集中してゴミ拾いに取り組んで行った


「さっき拾ったこの瓶。手紙が入ってる。面白いものを拾った」

「後で楓と読んでみるか・・・」


・・


夕方。作業を終えた私たちは帰る前に少し休憩をしていた

来る前に買ったペットボトルは既に温いけど、乾いた喉を潤すには十分すぎる


「はあ、疲れた」

「ありがとう、楓。助かった」

「いいってば。ま、大方綺麗になったけど・・・」

「明日には元通りになっているかもな」


冗談めかしていうけれど、その可能性は否定できない

拾ったゴミを分別している時にどんなゴミが多いのか、その傾向を調べてみたのだが、海からの漂流物ではなく・・・ここで遊んで、片付けずに置いて行ったゴミだと思うものが多かった


「元通りになってたら怒る。遊んだら片付けるのが普通だし」

「明日、確認しに来てみるか?」

「冗談じゃない」


飲み終えたペットボトルを、ゴミ袋の中にいれる

もう入れるゴミもないだろうから、ゴミ袋の口を縛ろうとすると宗司は慌ててそれを止めた


「待て、楓。もう一つあるんだ」

「もう一つ?」


宗司はその後、背負い籠の中から瓶を取り出す

透明なガラス瓶。夕日に照らされてキラキラと煌くその中にはどうやら手紙が入っているらしい


「もしかして、ボトルメール?」

「ああ。さっき拾ったんだ。確認だけでもと思ってさ。読めなかったら申し訳ないけど捨てないといけないし」

「あー、なるほど。じゃあ、開封お願いします」

「了解」


慣れた手つきで瓶を割らずに手紙を出し、手紙の封を切った

それから封筒から手紙を取り出す


「ふむ。これは・・・」

「何が書いてあるのさ?」


神妙な顔つきで少し目を通し、少し悪戯心の込められた目を向ける

嫌な予感しかしない


「俺が朗読してみるよ」

「おーけー。大声で頼むよ」


ついでにポケットに忍ばせたスマホの録音アプリを立ち上げて録音を開始する

何となく、面白そうだし


「じゃあ始めるぞ」

「うん」


私が返事を返すと、宗司は手紙の朗読を初めていく


「私には好きな人がいました」


小さい頃から一緒に育った彼には好きな人がいます

今日、彼は自分の好きな人へ告白に行きました

結果なんて聞かずともわかります

きっと、この手紙を海に流して家に帰ったら「付き合うことになった」なんて報告を貰うのです


喜ぶべきなのに、全然素直に喜べない

むしろ彼女が羨ましいと思う。私だって彼の側に立ちたかった

今だって、この手紙を書いている私は醜い嫉妬心に飲まれてしまっています

私の方が長い時間一緒にいたのに、私の方が、彼が好きなのに、と


彼も彼女も私にとって大事な人だから、こんな心は抱きたくないのです

この手紙を書いたのは、いつも通りの私に戻るため

いつも通りの私で、彼らの前に立てるように、私が彼への思いを断ち切るために、心の中を書き殴った手紙です


ここまで付き合ってくれてありがとうございます

この手紙は読んでいる貴方に処分をお願いしたいです

私はもう、この手紙に再び巡り合うことはないでしょうから

それでは、手紙を読んでいる貴方の今後が良きものでありますようにお祈りしています


久守楓くもりかえでより。だってさ」

「ふぇ」


一瞬、宗司が何を言ったか理解が追いつかなくて、素っ頓狂な声をあげてしまう

彼の手に握られているのは、かつて私が書いて、海に放り投げた手紙で間違いなくて、それを今さっき朗読された


しかもよりによって手紙の中の「彼」である宗司に


「ぬあぁ!?か、返せバカァ!」


その事実がやっと私の中に落とし込まれる

考えられる可能性の中で、最悪な形で手紙が戻ってきた事を理解する


「処分は任せるんだろう?俺がどうしようが勝手じゃないか」

「せめて処分して!」

「この時の楓は後で安心したんだろうなぁ、俺が春姉にフラれたって報告もらったから」

「ああ!そうだよ!めっちゃ喜んだよ!部屋の中でガッツポーズしたよ!?」

「お、おお・・・」


宗司ですら少し引くような反応だったらしい

しかしもう頭に血が上る私には関係ない。動揺しきった思考ではもう何も考えきれない


「手紙捨てて」

「嫌だ。これを捨てたら俺は一生後悔するだろうから」

「はい?」


手紙を大事そうに折り曲げて、それを胸ポケットの中に入れ込む。返すつもりは一切ないらしい

しかし、後悔するって?


「楓。アイスはまた今度。返事を書いてくるから少し時間をくれると助かる」

「え」

「さあ、そろそろ帰ろうか」

「え、あ・・・うん」


まさか返事なんて思ってもいなかった

少しだけ冷静さを取り戻した思考で、かつての私を、手紙の中にいる私のことを思う

中学生の私。何を思って、思いを込めた手紙を瓶に入れて海に流したか、私はもう覚えていないけど

・・・返事、貰えるのは素直に嬉しいかもな


・・


その日の夜

俺は空白の手紙を机の上に広げて、楓の手紙を改めて読んでいた

彼女の前では言わなかったし、反応すら出さずにいたけれど


「バカだなぁ、俺。こんなに想ってくれている人が側にいたのに気がつかないなんて」


恋は盲目というべきか。当時の俺は春姉に恋をしていたこともあって、隣の彼女の想いには気がつかなかったらしい

春姉から「ごめんね、付き合ってる彼氏がいるんだ」と言われた時

振られて落ち込んだ記憶は今でも鮮明に思い出せる


「楓も同じだったんだろうな」


そんな楓の好意に気がついたのは、高校進学後

楓は振られた俺をいつも通りにからかいつつ、ここまで支えてくれた

いつも通りがとても暖かくて、気がつけば気持ちに変化があったことはここだけの話にしておこう


「しかし・・・」


手紙に書きたいことは決まっているのに、それを言葉にするのが少しだけ照れくさくて、もどかしい

ちゃんと受け入れてもらえるのだろうかという不安さえ抱く。書いて渡すのに恐れさえ覚えてしまう


「中学生の楓は凄いな。好きな想いをきちんと手紙に書くことができたんだから」


それはガラス瓶の中で時を越えて、読まなければいけない俺の元へ辿り着いた

奇跡のような、あった話。このチャンスを無駄にはしたくない


「さあ、そろそろ書かないと」


シャーペンを握りしめて、気持ちを乗せて文字を綴る

時間が経過して、変わったものもたくさんあるだろう

俺の想いがそうだったように、楓だって変化があったかもしれない

もう、ガラス瓶に入っていた想いはないかもしれない


それでも、願いたいことがある


どうか、楓の想いがこのガラス瓶に込められた手紙のままでありますように

どうか、俺の今の想いが、楓に届きますように


そんな願いと想いを込めた手紙を俺は書いていく

ありのままの想いを、楓は受け取ってくれるだろうか

そんな未来への期待を込めながら・・・


・・


数年後のとある家


ある夫婦の寝室の壁には、結婚式の写真と、家族写真と共にあるものが飾られている

橙色と白色のメールボックス、その中には夫婦間でやりとりした手紙を、思い出を読み返せるように置いてある


その中でも異色を放っているのは、二つのガラス瓶

透明なガラス瓶には、それぞれ少し古びた手紙が入っている

しかしかつてのように、その蓋はもう開くことはない

二つとも、もうガラス瓶自体を割らなければ取り出せないように、夫婦が手を加えたから


「お父さんとお母さんは、最初に送った手紙を瓶の中に入れ直したの?他の手紙みたいに、何で読み返せないように、瓶の蓋を接着剤で閉じちゃったの?」

「ああ。それは・・・」

「あの瓶の中に入っているのは、実はラブレターなの。お父さんもお母さんも、互いが大好きだって想いがこれからも変わらないって誓って、その手紙を瓶の中に入れて蓋をした」


録音データがあるからいつでもその手紙を読めるということは、まだ幼い娘には内緒にしておく。聞いてみたいと言われたら、二人揃って羞恥のあまり気を失うかもしれないから


「何でガラス瓶なの?」

「それは、母さんの手紙がガラス瓶で時を越えて、四年後に父さんの元に届いたから」

「届いた?」

「お母さんが昔、海に流したものが時を経てお父さんの元に辿り着いたの。言うなれば、そうね。ガラス瓶のタイムマシン。郵便屋さんかも」

「なるほど」


「それに加えてもう一つ。知っているか?ガラスは割れない限り、時が経っても壊れたりしないんだぞ」

「そうなの?」

「ああ。だからこそ、割れない限り、この中の想いは一生のものだって父さんと母さんは約束しあったんだ」


父親の方が娘の頭を優しく撫でながら、いつかの約束を述べる


「いつかお前の分も作るよ、父さんと母さんがたくさん愛情を込めた手紙を送るからな」

「本当!?嬉しい!絶対だからね!」


少女は自分の両親である夫婦からあの二つの瓶の意味を聞いて、少しだけ胸を弾ませた


両親が想いを綴った手紙を、少女が貰うのはもうしばらくした後

ガラス瓶は、これからも想いを乗せて時を越えていく


あの日から様々な形に変わったけれど、これだけは変わらない

「互いが側にいて欲しい。これからも側で生きてほしい」

その思いだけは一生、そのままだ

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