休暇用レコード3:二ノ宮紅葉編「感謝祭のマジック・アソート:ステラマイン 」
去年の八月七日のこと
薄明かりの部屋の片隅で今年もまた、二人でアルバムを眺めていた
「外は相変わらず騒がしいね」
「今日は鈴海の感謝祭、その最終日です。騒がしいのも致し方ないかと」
「・・・こんな日ぐらい静かにして欲しいんだけどね」
今日は僕の誕生日
まあ、そんな歳を重ねるだけのイベントなんてどうでもいいのだ
「ねえ、ピニャ」
「なんですか、主」
「ピニャは、父さんと母さんのこと、どこまで覚えているの?」
「愁一様と久遠様のことですか?」
小さく頷いて肯定すると、ピニャは首を傾げながら僕の問いに答えてくれた
「そうですね・・・主のことをいつも一番に考えて、愛しんでいた方達ですよ。私の片割れ達のことも救ってくださいましたし・・・主に巡り合わせてくれた方でもありますから、私にとっては巡り会えて良かったと思える人たちです」
「そっか」
ピニャの羽毛に顔を埋めながら、彼の頬を撫でる
「・・・もっと一緒にいたかったなぁ」
「・・・主」
絶対に叶えることができない願い。会いたくても、もう両親はどこにもいない
子供の時のように涙を流す
少しだけ覚えている両親と、ピニャの兄弟に当たる九十九のピニャのことを思いながら、今日もまた、二人きりで過ごす
外の喧騒なんて、一生無縁だろう
去年の僕は確かにそう思っていたんだ
・・
俺たちが住んでいる特殊能力者だらけの人工島「鈴海」は八月一日から七日までの一週間、感謝祭と呼ばれる催しが行われている
鈴海ができてから何百年、長い歴史の中で鈴海を大きく変える出来事が八月一日から七日の間に多く存在している
その出来事に携わり、鈴海の発展の為に奮起してくれた人々に感謝する・・・それがこの感謝祭が行われる理由
まあ、そんな堅苦しい理由を覚えている人なんてほとんどおらず・・・ただのお祭りみたいな認識の方が多い
そんな感謝祭の最終日は特に盛り上がりを見せる事になる
俺たちが参加する「マジック・アソート」もそんな最終日に開催される催しの一つ
五人以下のチームを組んで、特殊能力を使用した芸を披露する催しだ
「
「なんだよ、夜雲」
控室という名の舞台裏で順番を待つ間、俺は緊張で少しそわそわしていた
一方、俺と十年連続でマジック・アソートに参戦してくれている微風から台風まで他種多用な風を生む能力者こと
「毎年言ってるけどさ、用は済ませておけって。ほら、そこの茂みとかちょうどいいじゃん?行ってこいよ。耳は塞いどいてやるから。大きい方なら鼻も塞いでいおいてやるぞ?」
「誰が便所に行きたいなんて言ったー?」
「まあまあ、紅葉。僕らの順番は次なんだからさ。大きいのは我慢しなさい」
「なんで大きい方前提なんだよ!?」
マジック・アソートに参加をし続けて早十年。俺と夜雲は毎年入賞を逃している
いいところまで行くのだが、なかなかその壁を超えられない
その壁を乗り越えるために、今回は新メンバーを加入させた
いつもなら「予定があるから」と参加拒否を表明してきた彼が遂に首を縦に振ったのだ
この鈴海で魔法に於いては他者の追随を許さない魔法使いこと
「まあその話は置いておいて。譲。本当にいいのか?」
「いいって、何が?」
「いつもこの日はご両親の命日だって予定開けないのに、今年は遂に予定開けたなって思ってさ」
「両親もそろそろ前を向く事を願っているだろうからね。たまには、頑張ろうかなって」
感謝祭の最終日は譲の誕生日でもある
そして同時に、譲の両親の命日でもある
例年、譲は両親の死を偲ぶ為に一日休みをとり、のんびり過ごすのがお決まりだった
しかしやっと新しい八月七日を過ごしてくれるらしい
その変化を生んだのはきっとあの子たちだろう
長年付き合いがある俺としてもとても嬉しい事だ
「しかし、紅葉。譲が参加するって聞きつけた伊奈帆から聞いたんだが、今回は個人じゃなくて大社の代表として出るんだろう?」
「ああ。青鳥と風見鳥の復帰を知らせるのも兼ねている。お前らも大変だな」
譲は脇腹、夜雲は首元に無言で手を当てる。それぞれ怪我を負った部分だ
「まあ、僕らの復帰仕事と言えば・・・まともな方か」
「今すぐ魔獣討伐してこいとかじゃないし、気楽にやれるな」
「お前ら慣れちゃいけないところに慣れんなー?」
子供の時みたいに、出番まで気兼ねない会話を続けていく
俺たちは昔のように、ただの子供ではない。もう自分の立場がある大人だ
昔に戻りたいとは思わないけれど、この時間がもっと続いて欲しいなと思ったりはする
しかしそんな楽しい時間はおしまい。スタッフの人が俺たちの出番を知らせに来た
「エントリーナンバー八十七番の組。準備をお願いします」
「「「はい!」」」
スタッフに声をかけられて、俺たちは三人揃って椅子から立ち上がった
それぞれ大社が仕立ててくれた衣装の最終チェックをしていく
雰囲気はお揃いだけど、それぞれらしい衣装
全員夜空色の服。所々に黄色と白のラインが入っているのと、どこかに八星のブローチが付けられているのが共通項だ
夜雲は和風、譲は洋風。俺はその真ん中ぐらいのイメージ
最後にイヤーマイクを装着し・・・司会の案内で舞台に上がる
スポットライトが輝く舞台。一瞬、光で目が眩むが俺が進まないと後ろの二人も進めない
手を振りながら舞台の真ん中の方へ歩いていく
「皆さんこんばんは!鈴海大社の二ノ宮紅葉と!」
「椎名譲です。そして!」
「地井夜雲です。今夜はいつもの三人でお送りしますよー」
観客たちの視線も歓声も総じて俺たち三人に向けられていた
後は打ち合わせ通りに
「さて、本日は感謝祭最終日。日頃からお世話になっている鈴海の皆さんに、俺たちから感謝を込めて!」
「演目名は「マジックアソート・ステラマイン」星で描く花火を打ち上げましょう」
「一瞬たりとも目を離さないでくださいね。約束ですよ?」
譲が口元に指を乗せた瞬間、舞台周辺を照らしていた光が一瞬で消える
俺たちのマジック・アソートはその瞬間から始まっていく
まずは譲が魔法で周囲をほのかに照らす光を生む
スポットライトのギラギラとした光の中では生み出せない雰囲気を生み出す為だ
周囲に柔らかい光が飛び回り、蛍が周囲に飛んでいるかのような光景が出来上がってから、俺と夜雲が行動に移る
夜雲は扇子を開き、俺は矢を指先に出現させる
それぞれ手に持つそれが、俺たちの能力「
願いを具現化させた特殊能力の一つだ
「夜雲、良い風頼むぜ」
「おうよ。しっかり上に飛ばせよ?」
弓を構えて、空に向かって矢を放つ
しかしそれだけでは意味はない。何もしなければはるか上空に矢を飛ばす事ができない
そこで夜雲が生み出す風というわけだ
俺が矢を放ち、それを夜雲の風でさらに上空へ飛ばしていく
夜雲が生み出した風は通りすぎた後、その存在を主張するように薄黄色の粒子を飛ばす
それは風の動きだけではなく、矢の軌道も描く
そろそろか、という頃に夜雲が指を鳴らした
夜雲の風は矢を上空に向かわせるだけのものではない
俺の放った矢の先に、あの矢を構成している力が込められている
では、それを決まった動きで破壊することができたなら?
「頼むよ夜雲。まずは君から」
「あいよ。紅葉、全員の視線がこっちに向いたら譲で力補充しろ」
「了解!」
扇子を閉じて、矢に照準を合わせていく
「まずはささやかに」
矢を飛ばす為に纏わせた風を操作して、勢いよく鏃を破壊する
その中に込められていた力の粒子が破裂する前に夜雲が風で粒子を集め、それを一気に舞い散らせる
小さな破裂音と共に粒子で作り上げた真紅の花火が上がる
まずは一つ。これから徐々に本格的な魔法花火を打ち上げる
夜雲があげた花火に視線が向いている最中に、追加の矢を打ち上げる
今度は夜雲の代わりに譲が魔法で矢を上空に飛ばし、同じように花火を打ち上げた
今度は青と赤の混合。先ほどの真紅の花火ではないのは・・・俺の能力の関係だ
鏃に込められる魔力は俺だけのものじゃない。他者の力を借りて込めることもできる
先ほど回復させてもらった譲の力を乗せて矢を放った
その為、今回の花火には青が追加されている
「魔法使いは俺たちと違って応用効きまくりだよな・・・」
「夜雲はもちろん、紅葉も凄いでしょう?さあ、しばらく僕が気を引くから、夜雲の回復を手伝っておいで」
その後、譲は杖を構え、連続で魔法花火を打ち上げる
俺にはできない色の変化も自由自在。薄明かりの夜空をさらに輝かせる
俺たちが役割分担していることを一人でやってのけるからこいつ一人でいいんじゃないかと思われるかもしれないが、譲にだってできないことがある
「・・・夜雲。まだ動けるか?」
「ギリギリ。能力値お化けのお前らについていくのは大変だよ。ほら、残した分持っていけ」
俺は夜雲から力を受け取った後、十本の矢に夜雲と譲と俺の力を込めていく
流石の譲も、力の受け渡しとその混合はできない
俺だけにしかできないことだ
「さて、もう一仕事頑張りますかね。夜雲、気合い入れろよ?」
「言われなくても」
もちろん、夜雲にしかできないこともある
俺たちは三人ともそれなりの能力者だ。それぞれできることも多いし、同じことができても互いの方がうまくできることだって少なくはない
けれど、俺にしか、夜雲にしか、譲にしかできないことがある
準備が出来たことを知らせる合図として、俺と夜雲は譲の隣に並ぶ
かつては絶対に追いつけないと思っていた背中に俺と夜雲は追いついた
俺を真ん中にして、譲と夜雲がそれを支えるように立つ
最後の一発をしっかり放つ為に
「最後の一発!ここまでご覧いただきありがとうございました!」
ここまで来るのにたくさんの時間をかけた
譲と夜雲は両親を失ってここに流れ着いた
俺は・・・子供の頃、何度も自分のこの力を恨んでいた
俺の家は、非能力者の家系。唐突に生まれた能力者の俺を兄以外は化物として扱った
それが嫌で、家出して、赤城白露に拾われて・・・鈴海大社に行き着いた
「皆さんと、鈴海の発展に尽力してくれた方々に感謝を込めて」
まずは夜雲に出会った。今に比べたらだいぶ大人しい容姿だった頃の夜雲と俺はコンビを組んだ
最初の極貧生活を乗り越えながら、一緒に強くなった。色々な仕事を果たして強くなっていく内に、上官からある仕事を紹介された
「・・・見ていてくださいね。父さん、母さん」
仕事の中で出会ったのが譲。今は元気だが幼少期は病弱で誰かの介助が必要なほどだった
そんな譲の護衛として、俺と夜雲は隣に立った
譲には護衛なんて必要ないほど彼は強かった。そして俺たちは彼に現実を突きつけられた
才能も、努力も、強くなる理由も・・・俺たちは遠く及ばない
・・・はず、だった
「夜雲、紅葉」と譲が声をかける
「紅葉、譲」と夜雲も同時に声を出した
「譲、夜雲」と俺も続いて名前を呼ぶ
俺たちは全員違う。立場も力も、背負ったものの大きさも
それでも、側に立って一緒に戦い続けた
それはなんというのだろうか。俺たちにとって、足りないもの、どうやっても手に入れられないものを互いが持って、与えることが出来たからだろうか
俺は夜雲に「一緒に戦う仲間」をもらった
夜雲は譲に「戦う理由」をもらった
譲は俺に「普通に過ごす時間」をもらった
「最後の一つは全員でね」
「ああ。俺たちの二十三歳の集大成をあげようぜ」
「譲はもう二十四歳だけどな」
「それ言わない約束でしょ・・・?」
何もかも違う俺たちは、互いのことをこう表現するだろう
「絶対に欠けてはいけない存在」だと
「「「最後は三人一緒に!」」」
俺が作った三人の力が込められた矢をまず十本放つ
それを譲と夜雲が五本ずつ、空へ押し出していく
譲は複数媒体の同時操作が苦手だが、夜雲はそれが得意
譲が操る五本は同じ速さで、決まった着地点に向かっていく
しかし夜雲は時間差をつける為、矢を夜空で泳がせて譲が操作した矢が全て破裂したタイミングで上空に向かわせる
そして夜雲の操る矢が破裂する前に、さらに追加で俺は矢を放つ
最後は豪勢に
色とりどりの光が、鈴海の夜空を彩っていく
破裂音と共に幻想的な粒子の輝きが舞った
全ての魔法花火を打ち上げた後、周囲に静寂が訪れる
スタッフが打ち合わせ通りに目を慣らす為に明かりを段階的に灯していく
それで観客も終わったことを悟ったのだろう
今まで緊張で聞こえていなかった周囲の歓声が、終わったと同時に俺たちの耳に届いた
スポットライトに照らされた譲と夜雲は額から大粒の汗を浮かばせている
先ほどまで暗くてわからなかったけど、それはきっと俺も同じ
熱に浮かされた状態で、俺たちは観客の皆さんに挨拶をして舞台を降りる
俺たちのマジック・アソートはこれで終わりだけれども、まだまだ舞台は続いていく
舞台裏に戻った後、俺たちはやっと一息つくはずだったのだが、どうやら彼女たちは許してくれないらしい
「やっくもー!」
「ゲェ!?有紗ぁ!?なぜここに!?」
夜雲の相方である
性別は男だ。俺たちと同い年。完全に女子なの凄いなって常々思う
「お疲れ様です、譲さん。汗、これで拭いてください!」
「お疲れ、譲。ほら、水分補給。夏場だし、しっかり摂ってくれ」
それぞれタオルと水筒を持って現れるのは
譲を甲斐甲斐しく世話する双子は従者というわけではないが、まあ、ちょっと特殊な関係だ
三人がこうしてここにいるってことはきっと、彼女も来てくれているだろう
「紅葉、お疲れ」
「千早!」
やっぱり来てくれていた俺の高校時代からの彼女さんこと
「ほら、譲よりは丈夫だから心配してないけど。これ」
「ありがとう。助かるよ」
「今年はふざけなかったね」
「本人たちは真面目だって毎年言ってんだろう?」
「知ってる・・・でも。これだけは言っとくよ。今年は、カッコ良かった」
「・・・ありがと」
いつもは少し素直じゃない彼女からかっこいいとお言葉を頂き、疲労が飛んで上機嫌になる
「終わったときの写真、後で送るね。それと今から写真撮ろう?」
「ああ。全員で撮った後二人で」
「うん」
千早の提案を逃げ回る夜雲と双子にもみくちゃにされている譲に共有する為に少し波乱気味の二人の元へ向かっていく
俺たちのマジック・アソートはこれでおしまいだが、感謝祭はまだ始まったばかり
残った時間は短いが、少しでも楽しい時間を過ごしていければいいと思いながら、一時の日常へ足を踏み入れた
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