休暇用レコード2:壱岐西時編「花火より団子。団子より・・・」

月明かりを雲がかき消していたある真夜中の話


横で人間を切り刻んで、手頃な大きさに・・・食べやすい大きさにした後、血が滴る「それ」を、彼は大口を開けて飲み込んだ


「うん。やはり人間の肉は美味しいね。特に子供の肉は柔らかくて美味だ」

「お前の食い方行儀悪すぎ。美食家なら食い方も拘れよな」

「生き血を吸えない吸血鬼には、言われたくないね」

「うるさい」


俺が手を組んでいるのは食人鬼カニバル。人間でありながら人間を食らう鬼


先ほど彼が述べた通り、俺は人の生き血を吸うことができない吸血鬼

そんな事情で、彼の犯行に協力する代わりに、彼が殺した人間の「おこぼれ」を貰っている言うなれば、「共犯者」だ

死体から出た夥しい血をいつもなら啜るのだが・・・今日はそういう気分にはなれなかった

それよりも、この部屋にある三つの死体よりもベッドの下にいる匂いが俺を狂わせてくるのだ


頭の中を思いっきり殴られたかのようにクラクラするほど狂わせてくるその匂い

ベッドの下に手を突っ込んで、それを引きずり出した


握られていたのは薄汚れた、小さな子供

その手に存在する出来立てのかすり傷と、滴る血液

ああ、この血だ。これが俺にとっての「特別」だ


「・・・イーラ、お前。どうしたんだ?」

「どうしたって、何がだよ」

「目が、真っ赤だぞ」

「そうだろうな」


涙でぐしゃぐしゃになった子供を安心させるように大事に抱きしめて、傷ついた手を取る

吸ったら最後。俺はもう二度と他の血を飲むことはできなくなるとわかっているのに、その血を舌の上に乗せて、唾液と共に飲み込んだ

身体中に染み渡るかのような、澄んだ味。至高の味というのが一番適している表現だ


「・・・やっと見つけた」

「・・・イーラ?」


もう何も聞こえない

聞こえるのは、困惑しているのか恐怖を覚えているか分からないほどの泣き顔を浮かべて涙を流す少女の嗚咽と・・・

俺の歓喜に満ちた溜息だけだった


彼女の両親と兄が失われた新月の夜

それが俺、後に「壱岐西時いきせいじ」と名乗る吸血鬼「ウェスタイム・イーラ」と祓い屋一族の生き残りである「吾妻芳乃あずまよしの」。その出会いの話になる


・・


さて、それから何年が経っただろうか

今、俺は芳乃を養う為に日夜労働の日々を過ごしている


昼間の仕事を終えた後

いつも通り芳乃の食事を求めて格安業務スーパーで買い込み・・・ではなく、俺は待ち合わせ場所に走っていた


今日は大食いの芳乃の為に買い込みをしなくて済む

けれど、祭りに行くなら芳乃はたくさん食べそうだし、いつものスーパーで買うより出費が激しそうだなと考えた俺は銀行からそれなりの額を引き落としてきている


今日は副業の給料日だが・・・どこまで残るだろうか

家計の不安で胃がキリキリする。こんな吸血鬼は俺以外にはいないだろう

夏祭りで賑わいを見せるいろは市商店街を歩いていく。待ち合わせ場所はもう少し

休憩場所兼食事処。そこにできた人集り。間違いなくその中心にはあいつがいる


「芳乃、いるか」

「んぐんぐ。あ、西時だ。仕事終わり?」


机の上に山のように積まれた焼きそばの容器

それをどんどん空にしている少女の頬は餌を頬張るリスのように膨れ上がっている

間違いない。彼女こそ吾妻芳乃。俺の同居人だ

同居人と言っても、高校生の彼女と恋愛関係にあるわけではない。家族でもない。他人だ


あの日拾った女の子は普通の少女らしく大きくなっている

最も、その境遇と食欲は普通ではないのだが


「いつも一緒に食ってくれるのに、どうして今日は待てなかったのかね」

「それは私から解説しよう」


向かい側に座っていた俺たちとチームを組んでいる戸町南波とまちみなみは退屈そうにあくびを出しながら、水羊羹を貪っていく

こいつがここにいるということは、後の二人もここにいるだろう


「お主が普通の会社員をしている昼の時、我々は本職である異形退治に勤しんでいた。今回は集団で群れる雑魚を叩く任務だったいうのはお主も知っているだろう。ウェスタイム」

「実名で呼ぶな。それで、その任務とあいつらがいないのはなんの関係があるんだ」

「まあ落ち着け。最近調子付いてきた北陽と東馬。そしてお主の弟子である芳乃。実力を試すのにはうってつけの任務ときたら言わずとも流れはわかるだろう」


「・・・流れは理解した。けど、一通り聞かせてくれ」

「よかろう。まあ、なんだ。こいつらは討伐数を競う遊びを始めたのだよ。実力者の遊戯だ。私はそれを黙って傍観していたから今回の罰ゲームからは逃れられている」

「罰ゲーム・・・ねぇ」


「二対一だから勝てる見込みしかなかったのだがな。お主の弟子は食欲が関われば百人力らしい。芳乃が頬張るその焼きそばは、東馬と北陽の奢りだ」

「バカが。賭けは許すが食費はベットするなって言ったのに」


芳乃の食欲は異様を通り越して異常だ

胃の中に異空間でも飼っているのかと言わんばかりに食べ続ける彼女のおかげでうちの家計は火の車

俺も異形退治が本来なら本職なのだが、それだけでは芳乃を養えないので普通の会社で副業もこなさなければならない


本来なら止めるべき話なのだろうが、残念ながら止められない

芳乃にとって食事は「生きている証明」「強くなるための糧」そして「敵を知る最大の手段」

食事にこだわる理由を知っている俺は、止めることなどできない

それは彼女の生きる理由を奪うに等しいことだから


「芳乃。合流したんだし、後は俺が買ってやるから東馬と北陽をそろそろ解放してやれ」

「給料全額賭けたのは二人だから。これは勝負で得た報酬と権利。西時であろうとも邪魔は許されない」


言い聞かせていたというのにこの愚行。あの二人を助けるべきか気持ちが揺らぎを見せた

いや、でも娘みたいな芳乃の凶行を止めるのも、保護者役である俺の仕事だよな


「芳乃」

「まだ何か?」

「祭りなのに一ヶ所に留まって食べ続けるってどうなのよ」

「これが私のお祭り。いいでしょう?」

「普通に楽しむために俺はここに来たんだから普通のお祭りをしにいくぞ。今日は日本かぶれとか、不法入国者とか好きに呼んでいいから!ほら、俺と出店回ろう?な?」

「しょうがないなあ。いいよ。西時のお願いだし」


渋々最後の焼きそばを食べ終わった後、ごちそうさまを告げる

それから空き容器をゴミ箱に持って行って、再び俺の元に戻ってきてくれた


「南波、あいつらは頼んだ」

「任せておけ。戻ったら解放を伝えておく」


南波の見送りを背に、俺たちは普通のお祭りの中に足を進めていった

人混みの中を歩くことになる。はぐれてしまっては大変だから手を繋いだ


幼少期のように、力ない手を俺が握りしめる握り方ではない

手を差し伸べたら、自然と彼女の手が伸びて俺の手を握り返してくれる


「結局焼きそばは何杯食べたんだ?」

「十五杯。まだ足りないや」

「まだ序の口か。たこ焼きとお好み焼きは食べるか?」

「食べる。熱々なのがいいな」


「あんな熱いの、よく食べられるな」

「あれがいいんだよ。逆に西時は冷めたのじゃないと食べられないよね」

「猫舌だから」

「それ、致命的じゃない?」

「わりとな」


口元に手を当てて、今は隠しているそれに触れる

この「種族」にとって、俺の猫舌は最悪の欠点なのだから


「猫舌って治せるものなの?」

「大好物に巡り会えたら治るんじゃねえの?」

「ざっつ・・・」


他愛ない話をしなければ、出店に寄っては食事を買っていく

両手にビニール袋が増えていくけれど、それでも俺たちはまだまだ進んでいく


「りんご飴と綿菓子。ベビーカステラは?」

「食べる」

「ヨーヨー釣りは?」

「食べられないものに興味はない」

「・・・左様で」


どこまでも優先するのは食欲。ここまできたら流石としか言いようがない


「西時」

「なんだ?」

「こんなに買ったはいいものの、食べる場所がない」


通った出店、食べ物関係は全て購入して行っていたのでこうなることは予想できていた

気がつけば、俺も芳乃も手なんて繋いでいる余裕すら失うほどの量を両手に抱えていた


「人通りの少ないところに行こう。ここだと・・・こっちだ」


道から外れて、舗装されていない山道を歩いていく

芳乃も俺もこういう道には慣れているから大荷物でも問題はない

難なく歩いた先の見晴らしのいい高台公園


ここには色々な思い出がある

俺と喧嘩した芳乃が家出した後、ここで必ず泣いていた

一時間ぐらいしたら芳乃を迎えに行って、仲直りをする

そして泣き疲れた芳乃をおんぶして帰っていくのだが、流石にもうそんなことはない


刹那の如く流れ去った日々だが、それでも鮮明に覚えている

そんな思い出のあるこの場所、今日は絶好の見晴らしだろう

花火というものが上がるらしいし


「ほら、ここなら誰にも邪魔されずに食べられるぞ」

「ありがと。では早速。いただきます」


テーブルの上に早速買ったばかりのお好み焼きを広げ、芳乃はそれを頬張り始める

見ているだけでも美味しさが伝わってくる

芳乃が食べることに嬉しさを覚えて頰が緩んだら、俺もつられて頰が緩む

そんな様子を眺めながら、俺は鞄の中に入れていた生理食塩水のボトルを取り出した

「食べられない」俺にとって、生命線とも言える食事だ


「今日も飲まないの?」

「飲まねえよ。お前の保護者になった日から、俺は本性を抑えるって決めてるんだ」

「・・・誰もいないし擬態は解除していいんじゃないの?」

「そうだな。こっちは抑えるの怠いし、お言葉に甘えて」


擬態を解いて、俺は本来の姿を月下に晒す

黒髪黒目から金髪に真紅の瞳。そして歯に鋭利な牙が生える感覚を覚える

これで、いつもの・・・本来の俺になる


「そっちの方が西時らしい」

「まあ。本来の姿はこっちだし」

「でもさ、西時。本当に大丈夫なの?」

「何が?」

「もう十年も血を吸ってない吸血鬼なんて初めて見たよ?実は隠れて吸ってましたとか言われた方が安心だよ?人間と同じ食事もしないし」

「平気。そういう化物だから」


生理用食塩水で渇いた喉を潤す。血液には程遠いが、代用品というだけあって渇望は抑えられる


「化物ね。そう言えば西時は「あいつ」と一緒にいた時代があったんだよね」

「食事の都合でな。あいつと組んでいた時は無差別に、楽に飲めたから」

「生き血が吸えない吸血鬼ってどうなのさ。まあ、あいつのせいでこうなったけど、あいつのおかげで西時に会えたのはいいことなのかな」


珍しく箸を置いて、俺の目をまっすぐ見つめる


「食事よりも優先させることがある」そう告げるように海のように深い青が俺の視界に飛び込んだ


「・・・その時、親と兄貴を人食いの化け物に食われてるじゃねえか」

「それでも。私が今も生きられているのは、お人好しの吸血鬼がいたおかげ」


周囲が無音になって、音がよく響く感覚を覚えたと同時に、空に何かが瞬く


「ありがとうね、西時・・・・」


轟音にほんのり風に乗る火薬の匂い。爆弾ではない。夜空に眩い光を放つそれは噂に聞いていた花火だ。こんなにも綺麗で、うるさいものだったとは。想像以上の迫力がそこにはある

しかし、先ほどうっすらと芳乃の声がしたような・・・

芳乃の方に視線を戻すと、ひょいひょい口の中にたこ焼きを不機嫌そうに運んでいた


「もう食事かよ」

「いいでしょ、別に」

「・・・さっき何か言ってなかったか?」

「言ってないよ。不法入国かぶれ吸血鬼」

「お前、実は何か言っただろ。聞いてなかったのは謝るから、何を言ったのか教えてくれ」

「西時のバーカ」

「なっ・・・」


流石にバカと言われたのは初めてで。とてつもない重い感情が俺の中に入ってくる

項垂れる俺を楽しそうに見ながら、芳乃は花火が上がると同時に告げていた言葉を述べてくれる


「ありがとうね、西時」

「お礼を言っていたのか。まあ、当然の義務よ。なんせ俺は保護者な」

「・・・私を生かしてくれて。私に、復讐の機会を与えてくれて」


そう言いながら、さらに食事を口の中に掻き込んでいく

生きていることを実感するために、力をつけるために、

そして、食べることに執着する食人鬼を理解し、適切な復讐を行うために

その心を持っている時の芳乃の食事はあまり美味しそうに思えない


「・・・芳乃。こういうのは最初の言葉だけでいいんだ」

「知ってる。でも、これだけは伝えたいから」


やっと、音のする方へ視線を向けてくれる


「・・・花火か」


しんみりとした芳乃の表情は、昔のことを思い出したのかとても暗い

そんな意識を切り替えさせるために、彼女の背後に回って、勢いよく頭を撫でる


「んな、何さ。急に頭撫でて」

「花火、興味あるみたいでよかった」

「そ」


「芳乃」

「何?」

「花火、凄いな」

「そうだね」

「俺は花火見るの初めてなんだが、こんなにうるさいものなのか?」

「騒がしいっていうところでしょ。こういうのはさ」

「そうかもな」


やっと、普通に花火を楽しめる。普通の人間のように・・・素直に夏を楽しめる


「あ、一番大きいの始まったかも」

「たくさん打ち上げるんだな・・・最後だからか?」

「そうかも」


花火は、先ほどよりも大きな大輪を夜空に咲かせる

さらに盛り上がりを見せた後、夜空はいつもの静けさを取り戻していく

残るのは、雲のように薄い煙だけだ


「・・・終わった?」

「多分な。結局最後まで見ちゃったな」

「そうだね、あ」


ふと、空気を震わせる轟音が鳴り響く

まだ終わっていなかったのかと思い、空に視線を向けるが・・・そこには何もない


「あ、ごめん。私のお腹の音」

「なんだその音はよ。お前はどれだけ食べれば満足するんだ」

「さあ?」


首を傾げて、悪戯心が混ざる笑顔を浮かべる

俺はその笑顔を崩すように、頭を強く撫でて、体勢を崩した芳乃の肩を抱いて歩く


「なんなのさ」

「このままいつものスーパー寄るぞ。お前の腹は出店程度じゃ満足させられないらしいからな」

「なっ!それなら西時スペシャル大盛り炒飯を所望する!」

「かなり量あるけど、まだ入るのか?」

「あれはウォーミングアップ。まだまだ入るよ」

「ドヤ顔で言うな」


横腹を突いて、決めた表情を崩す

修羅を生き抜いた割には少しだけ情けない、普通で年相応なその表情の方が芳乃らしい


「あー・・・やっぱりここにいた」


ふと、聞き覚えのある声がする

そこには東馬と北陽。そして留守番を頼んだ南波がいた


「芳乃。ほら、追加のはし巻き二十個だ」

「先輩。これがラストです!ほら!焼きとうもろこし!二十五個です!」

「私をパシるとは・・・。焼き鳥、各十本ずつだ。十種類あるからトータル百本」

「わーい」


三人から袋を受け取る芳乃の背後で、俺は馬鹿二人を睨み付ける

対象の二人はその視線に気がついて息を飲むが、逃しはしない

ここで会ったんだ。説教の一つでもしないと

そんな俺の方を向いて、芳乃は俺の意識を自分に向かせるために服の裾を引っ張る


「西時、長くなるようだったら明日にして。早く炒飯食べたい」

「芳乃は黙ってなさい」


それから俺は、東馬と北陽の二人に賭けの件でお説教を入れ始める


「お前らはあれほど言っても食費を・・・」

「うるさいぞ、ウェスタイム」

「すみません、イーラさん」

「だから実名で呼ぶなって言ってんだろうが!」

「「ぎゃあああああああ!」」


血を飲んでいなくても、護身程度の能力は発揮できる

二人の馬鹿を追い回す俺を、芳乃と南波が焼き鳥を食べながら見守っていた


「うまいか、芳乃?」

「うん。でも早く西時の炒飯食べたい」

「むう」


芳乃の腹の音がコングのように鳴り響く。それと同時に俺のお説教は始まりを告げる

まだまだ夜は、俺が一番元気でいられる時間は始まったばかり

そして・・・


「・・・お腹空いたな」

「本当に、お前はいつ如何なる時も腹を空かせているな、芳乃。しかし私は思うのだ」

「何を思うの、南波」

「食べながら腹を空かせるのは、どうなのだ?」

「さあ・・・」


芳乃の腹が満たされるまでの戦いも、始まったばかりだったりする

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