七時間目 楽しい授業

 リディアが、ジョーンズ家にやって来て一カ月の月日が経った。


「ではブラッド、今日は我がサンフォード国の王室についてです」


 リディアは、この国で暮らすのならば最低限知っておかなければならない王室についての授業を行っていた。


「現在、サンフォード国の王には三人の子供がいます。王子様が二人に王女様が一人です。末っ子の王女様とブラッドは同じ年齢ですね」


 ブラッドは、ふーんと言った感じであまり興味はないらしい。


「現国王は、人柄もよく政治手腕も高いことから国民からの人気が高いです」


 リディアは、淡々と講義を進めていく。初めて教壇に立った日とは違って、ブラッドは毎日熱心に授業を聞くようになった。

 文字も一カ月で覚え、今は読むことを中心に授業を行っていた。それまで一日中遊んでいたのに、いきなり毎日授業ばかりではストレスが溜まって良くないと思ったリディアは、午後の一時間は外で体を動かすことにしている。


 その一時間も、体を動かしながら簡単な計算をしたり隣国の言葉で物の名前を言い当てたりして工夫している。

 案外、体を動かすことはリディアの心身の健康にも良い。ブラッドの気分転換にもなるし、良い相乗効果を生んでいる。


「リディア先生、質問なんだけど……」


 ブラッドが、黒板を見ながら聞いてくる。


「はい。どうぞ」


 リディアが促すと、ブラッドはちょっと面白くなさそうに言った。


「王様が良い人なのはわかったけどさ、その家族のことまで覚える必要あんの? どうせ、俺が関り合いになることないよな?」


 リディアは、先ほどから王や王妃、その子供たちについて詳しい説明を重ねていた。第一王子には、既に婚約者がいて二年後に結婚予定であることなど。

 そんな情報、自分には必要ないとブラッドは言っている。


「そうとも言い切れないわ。だってブラッドは、ジョーンズ商会の跡取りなのよ。国の動向を知っておくのは大切だし、商売は主に貴族とは切っても切れないものだもの。今はまだお客さんは平民ばかりでも、今後はどうなるかわからないわ。しかもブラッドは、王女様と同じ年なのよ? どこかでお会いすることだって絶対に無いなんて言えないわ」


 リディアは、できるだけブラッドがわかりやすいように説明した。ブラッドの顔を見るとまだ不服そうだ。


「あら、まだ何か納得がいかないって顔よ?」


「だってさ、そうは言っても王女様と会うことはないだろー。ないない」


 ブラッドは、完全にそれはないと言い切る。


「まあ普通に生活してたらないわね。でも、人生って何があるかわからないものなのよ。その為の、知識と知恵なのだから」


 リディアは、尚もブラッドに言い聞かせる。何事も絶対なんて言い切れないのだ。それにブラッドは、王都でもそこそこの地位を持つ商会の息子で顔立ちも悪くない。

 このまま素直に成長すれば間違いなく女性にモテるはず。


「俺、別に普通に生活できればいいよ……」


 ブラッドは最近、礼儀やマナーなどの授業も少しづつ始めている。それがブラッドには面倒臭くできれば使いたくないらしい。


「大丈夫よ。まだ礼儀もマナーも始めたばかりだもの。ブラッドだったらすぐに使いこなせるようになるわ」


 リディアは、嫌そうに顔をそむけるブラッドを見ても可愛いとしか思わない。まだ付き合いは一カ月だけだけれど、一緒にいる時間が長いからだいぶブラッドのことがわかってきた。

 時には気が乗らず、授業を受けていても上の空な時もある。そんな時は、授業は諦めて体を動かせてあげるとスッキリすることに気が付いた。

 今日も、そろそろ授業に飽きて来たらしい。


「では、今日はもう終わりにして外に行きましょうか?」


 リディアは、持っていた本をパタンと閉じてブラッドに訊ねる。そう言った途端、つまらなそうにしていた顔に輝きが戻る。


「いいの? じゃー今日はボールで遊ぼうぜ」


 ブラッドは、勉強部屋に置いてあるボールを掴むと一目散に窓に走って行った。


「待ってブラッド! ちゃんと玄関から行きなさい!」


 リディアは、大きな声でそう叫んだがブラッドがひらりと窓を乗り越えたのと同時だった。


「時間が勿体ない、先に行ってるから!」


 ブラッドは、振り返ってそれだけいうと芝生の広場に駆けていった。


「全く! やんちゃなのに変わりないんだから!」


 リディアは、呆れながらブラッドが開けた窓を閉める。窓から見えるブラッドは、もうすでに楽しそうにボールを蹴って遊んでいた。

 そんな光景を見ると、ブラッドなりに我慢して授業を受けているのだろうと伺える。そう思ったら、あまり強く叱れないリディアなのだった。


 その日も楽しく遊んだ後、リディアはブラッドと一緒に夕食を食べていた。最近は、ブラッドのテーブルマナーを教えるのに昼食と夕食を一緒に摂るようにしている。

 ブラッドに聞いたら、昼食も夕食もずっと一人で食べていると言ったのだ。それを聞いたリディアはとても驚いてしまった。

 確かに、貴族の家庭では子供は大人と一緒に食卓を囲まない。主に乳母にご飯を食べさせてもらうから。

 でも、リディアの家では子供も大人も関係なく家族みんなで食事を摂っていた。だから一人でご飯を食べるブラッドを思うと、何とも言えない気持ちが押し寄せる。

 一緒に食べないのが当たり前だと、何も思わないのだろうが……。何だか寂しいなと思ってしまったのだ。


 別に毎日一緒に食べる必要はないのだが……。リディアは、できるだけブラッドと一緒に食事を摂るようにしている。

 一緒に食べるようになったブラッドも、一人で食べるよりもやはり嬉しいのか楽しそうにしてくれる。

 リディアも、あの狭い自分の部屋で一人寂しく食べるのはつまらなかったので丁度良かった。


「ブラッド、だいぶナイフの使い方が上手になってきたわね」


 リディアは、粗方食べ終わったブラッドを見て言った。


「俺、貴族何かになりたくない……」


 ブラッドは、うんざりした顔で言った。


「あら? そうなの? でも、大人になったらきっとブラッドも貴族との付き合いをするようになるわよ」


 リディアは、ふふふと可笑しそうに返事する。ブラッドは、今までスプーンとフォークだけで食事を食べていたようでナイフの扱い方に苦戦していた。

 大人でもナイフの使い方は難しい場合があるので、六歳のブラッドには仕方のないことなのだが……。


「はぁー。なんで俺、商会の息子なんだよ……。サムもボブも学校なんて行かないし、今もずっと遊んでるだけなのにさ……」


 ブラッドが、不貞腐れている。どうやら仲良くしていたお友達は、そこまで裕福な家ではないようだ。

 この国の平民の子供は、大きくなったら自分の親の手伝いをするかどこか店に働きに出るかだ。教育面では、教会に無償の学び舎があり親が必要だと思えば行かせる程度。

 無償で行われているので、文字を覚えて書けるようにするくらい。計算までは教えないから、働きに出たとしても責任ある立場になれることは少ない。

 やる気があれば、仕事先で面倒見のいい先輩に色々教えてもらえるかもしれないが……。それは、運とその子の持って生まれた能力次第なのだ。


「今は羨ましいかもしれないけど、大きくなったらきっと今学んどいて良かったってきっと思うわよ。それは、先生が保障してあげる」


 リディアは、自信を持って胸を張る。


「本当かよ?」


 ブラッドは、いまいち信用できないといった風だ。


「本当よ。ブラッドにいつかその時がきたら、先生に教えてね。楽しみにしているから!」


 リディアは、ニコリとブラッドに微笑む。どんな風にブラッドが教えてくれるのか楽しみだ。


「いつまでも思わなかったら、先生に愚痴言いに行くからな」


 ブラッドが、ニヤッと笑ってそう言った。


「ええ。それはそれで楽しみよ」


 リディアがそう言って、顔を見合わせた二人は笑いあった。


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