第9話 はじめようか、初回配信
*
「はじめまして・・・っと、ちゃんと聞こえてるのかな? これ」
画面に映る自分達の姿に多少照れつつも手を振ると、さっそく見に来てくれた視聴者からコメントが返って来た。
“聞こえてますよ”
「あ、よかった。コメントありがとー」
視聴者数はたったの10人。無名冒険者の配信ならゼロでもおかしくないとは思ったけど、タイトルに書いておいたコンビ配信とウェアアニマルに興味惹かれてくれたのかな。
「今日が冒険者デビューだから軽く自己紹介するね。私はアズマ。見ての通りにんげ・・・ヒューマンです。荒事は苦手だけど計算とかは結構得意な方です。魔法は使えません。よろしく」
本当はもっとアイドル風の自己紹介にしたかったけどセピアが覚えきれないので却下になった。
「ほら、セピアも」
配信開始してからずっと口をパクパクさせていたセピアの肩をつつく。やる気は溢れていたけどやっぱり緊張はしてるみたい。
「え、えっと。セピアです。ウェアアニマル・・・がうがう」
ぷにぷにの両肉球を画面に向けて小さくグーパーする。華奢な身体と凶悪な爪のアンバランスな魅力がすこしでも伝わって欲しいと思って考えた自己紹介用モーションだ。
“可愛い!”
“ウェアアニマルの女の子好き”
“顔のいいウェアアニマルだ! やったー!”
よしよし。この調子でセピアの可愛さをどんどんアピールしていこう。
「私達、新米冒険者コンビでこれからやっていくのでよろしくね」
“ウェアアニマルの雌と聞いて見にきたが・・・ご主人まで美人さんだと!?”
“これはエロ期待していいやつですよね?”
「ん?」
“セピアちゃんは奴隷ですか?召使ですか?”
“ウェアアニマルの民族衣装いつみてもエロ過ぎる”
“コメント欄から命令募集するやつやる?”
「・・・んん?」
ちょっと待って、異世界コメント欄の民度ゴミ過ぎない!?
全員セピアのことエロい目で見てるだけじゃん!
不快なコメントはBANしたいところだけど無料配信虫にそんな機能は無い。あまりに行き過ぎた場合はトレサポ運営が何とかしてくれるらしいけど、このノリを見る限りこの世界ではこれくらい普通なんだろうな。
「あー、あのさ。勘違いさせたなら悪いけど・・・セピアと私に主従関係はないから」
デリカシー塵の異世界に合わせてやる気は無いし、普通に否定しておこう。セピアだってせっかく冒険者になったのにこんな扱いじゃあんまりだ。
「奴隷でも召使でもない。普通に友達だから。仲いいから一緒に冒険者はじめたの」
“まじで?”
“エロなし?”
“でも一緒にやるってことは結局搾取じゃん”
「エロなし! 良く見てよ、配信主セピアだから」
人間とウェアアニマルの組み合わせだと当然主従関係があり、『そういう内容』を期待される。多少はそんな視聴者もいるだろうと思っていたけれど、ここまで露骨なのか。なんだかショックだな。
私の発言によってコメント欄は暫くざわつき、低俗な発言は収束したものの、気が付くと視聴者数は3人にまで減ってしまった。半分以上いなくなった上にさっきからコメントしてくれていた人が殆ど退出してしまった。これは決していいスタートとは言えない。
「ご、ごめんねアズマ」
「え?」
プロデューサーとしての手腕を全く発揮できていない現状に頭を抱えていると、自己紹介以降ずっと黙りこくっていたセピアが私の背中につんつんと触れた。
「セピのこと・・・守ってくれた? ありがとう」
小さな体とうるうるの上目遣い。それは勿論私達の目の前にあるカメラにも映った。
“えっ、可愛い”
「セピ、お仕事で取り返すね!」
コメント欄もカメラも配信画面も一切気にせず、セピアは私のことだけを見ていた。その姿はやはり、何度見ても可愛いし元気が貰える。
そうだ、ファンにキラキラの笑顔を振りまくアイドルもいれば、夢に向かってがむしゃらになる姿で惚れさせるアイドルもいる。どちらも極めれば美しいし、セピアの純粋さは配信画面外で発揮される。コメント対応は私が頑張って、セピアはセピアの魅力を発揮することに集中させてあげよう。
「そうだね、一緒に頑張ろう。セピア」
今やるべきことは『マズイダケ採取クエスト』。コメントばかり気にして調子を崩すようじゃ駄目だ。
「・・・ところで。キノコの採取ってどうやればいいの?」
「アズマ、知らないでここ来たの!?」
あら、セピアに驚かれちゃった。
採取アイテムの情報はギルドで貰ったから場所はわかるけど、キノコ狩りなんて日本でもやったことない。現代人は木々が生い茂る野山に放り出されても目当てのキノコなんて採取出来ないよ。
“アズマさんもしやポンコツ美人?ww”
「ポンコツ!?」
し、しまった。セピアを見守るクールビューティで行きたかったけど既に無理そう。せめてこのビジュに相応しい綺麗系世話焼きお姉さんキャラだけは保ちたい。
「し、仕方ないじゃない。私の故郷ではこういうの無かったんだから・・・初めてなの、セピアが教えてくれる?」
「もちろん! セピア得意だよ!」
そう言うとセピアはくるりと振り返ってカメラにお尻を向け、両手を地面について四足歩行の体勢になった。目の前の大きな尻尾で視界が埋め尽くされると、低い唸り声と共に四つん這いの前傾姿勢を取る。
その姿はまるで、獲物を狙う獣のようだ。
「・・・すんすん」
勇ましいポーズかと思いきや、そのまま散歩中の犬みたいに鼻をひく付かせてウロウロし出した。
「すんすん」
「いや、トリュフ豚じゃないんだからキノコの匂いなんてわからないんじゃ・・・」
「あった!」
「あったの!?」
ここほれワンワンじゃないけれど、背の低い草木をかき分けると5~6個に群生した毒々しい色のキノコが見つかった。
「黄緑色に紫の縞模様・・・ギルドで貰ったイラスト通り。これがマズイダケ?」
「そうだよ!」
「す、すごいじゃん! こんなに沢山、直ぐに見つけちゃうんだ!」
えへへー、とご機嫌なセピア。
「で、でも。セピア爪で傷付けちゃうと思うから、取るのはアズマやってくれる?」
ウェアアニマルは進化した前脚が不器用な種族だと言っていた。引っ込めた短い爪でも植物の収穫には向いていないのだろう。
「もちろん! じゃあセピアはどんどんマズイダケを見つけて来て、私が収穫しておくから」
収穫の仕事が無かったらこのクエスト中セピアに任せっきりになるところだったし、私にできることがあって良かった。
支給された皮手袋をつけて、ゆっくりとキノコの周りの土を掘ってみる。
「こんな感じで・・・よし、収穫一本目!」
いちご狩りくらいしか経験がないからこういうのはちょっと楽しい。思わずカメラに収穫したキノコを見せつけた。
「・・・・・・」
まぁ、異世界人にとっては珍しい事じゃないので別段コメントすら沸かない。
「アズマ! こっちこっち」
「え、もう見つけたの!?」
セピアはカメラそっちのけで順調にキノコ探しを続けてくれている。ちなみに配信虫は低予算品だからか、セピアの素早さに追いつけずに私の周りをウロウロしている。
“キノコ発見した時のセピアちゃんの顔がキラキラで好き”
“わかる”
まぁ、キノコを見つける度に遠くからわざわざ私の方に駆け寄って来るセピアはめちゃくちゃに可愛いから私視点でそれを見せつけられて結果的に良かったかも。
“仲良いの微笑ましいな”
“共同作業がんばれー”
ちらほらだけど視聴者も増え始め、最初以降静まり返っていたコメント欄もぽつぽつ盛り上がって来た。
“ウェアアニマルって嗅覚いいんだ。うちの無能でも試してみるわ”
時々嫌な感じのするコメントもあるけど、それは適当にスルーして、私はセピアに従い次々とキノコを掘り起こしまくることにした。
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