第8話 はじめようか、配信準備
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●百合営業とは
女性同士の同性愛を装う、業界の戦略 【byピクシブ百科事典】
実際、芸能界等で多く見受けられるのは女性芸能人同士がプライベートでも親友であることを公言するような程度だ。同性愛と言う程に露骨なものでなくとも、推しが同性と親しくしている姿を好むファンは多い。なんとなくイチャイチャしてる、なんとなくわかりあってる、なんとなく特別な二人。そんな尊い日常が「推したい」気持ちをより濃くさせる。
メンバー同士で遊んだら絶対SNSに上げた方がいいしトークでネタにするとファンに喜ばれる。同性愛を受け入れられない層に嫌悪されないくらいの程よい仲良し感さえ演出できれば多くの人から「この子友達多くてプライベートも性格良さそう」と思わせられる。
メンバー不仲とかいじめ説なんて一気に炎上する火種になるのだから、日ごろから仲良しアピールをするに越したことはない。
・・・なんて話を昔担当アイドルに散々した。親しさの無理強いはしなかったものの、場合によってはプライベートすら打算に還元する覚悟が必要だと教えてきた。
「まさか、自分がやることになるとは・・・!」
受注したクエストの現場に到着して冒険者用機材の配信虫のセットを終え、あとはいつでも配信を始められるというところに来て私は未だに頭を抱えていた。
小さな箱の舞台袖で何人ものアイドルを励まし、送り出してきた私がまさか自ら進んでユーチューバーのような事をする羽目になるとは思ってもいなかった。しかも異世界で。
「き、き、緊張するっ!」
昨夜、二人で配信をしようと誘ったら大喜びしてくれたセピアも緊張で小さな体を震わせている。尻尾が逆立っては戻りを繰り返し、よくわからないけれど落ち着きがないのは伝わった。
「セピアなら大丈夫。やっと冒険者になったんだから、全力で楽しもう」
そんなセピアの世話しない姿が私の脳内に刻み込まれた仕事スイッチを押してくれて、私は逆にちょっと落ち着いた。そうだ、私がしっかりサポートしてあげなくてはいけないんだ。緊張して震えている場合じゃない。
「クエストも簡単な奴を受注したし、セピアは落ち着いていつも通りにしていればいいんだよ」
「そ、そうだよね、うんっ」
討伐クエストの方が視聴者を稼げることはわかっているけど、セピアはともかく私に戦闘は不可能。それに初めての配信で緊張するのに危険のあるクエストは避けておきたい。過激なことをして注目を集めるという手段もあるけど、私達がとる路線はそういうのではないので、今回は初心者冒険者にも簡単な採取クエストで配信を行う事にした。
命の危険が無いというだけでなく、短時間で終わる・現場までの移動距離が短い・落ち着いてトークする余裕が生まれる等、メリットも多い筈だ。多分。
「うぅう。でも、誰も来てくれなかったらどうしよう。流石に悲しいかも」
さっきからこんな感じで、励ましても励ましてもセピアは沈んでしまう。
「同じクエストでもっと面白い人いっぱいいる。セピのことなんて見ててもぜんぜん楽しくない・・・もっと強い人も綺麗な人もいるのにわざわざセピを見に来る人なんているのかなぁ。アズマの足引っ張らない? 一緒にやってくれるのすごく嬉しいけど、セピが邪魔になっちゃわない?」
この調子じゃ配信を始めてもうまく喋る事なんて出来ないかもしれない。
オープニングだけでもと思って台本を用意したけどセピアは物を覚えるのが苦手で事前に流れを決めておくのは無理そうだった。素人がいきなり台本無しで配信するのは簡単ではない。せめて私がもっと玄人でフォローしてあげられたら良かったのだけど。
「うーん。確かに既にファンが多い冒険者に勝つのは難しい。でも世の中にはいろんな「好き」があるわけだから、セピアの事を気に入ってくれる人が必ず現れるよ」
ヒカキン以外にも面白くて人気があるユーチューバーは山ほどいたからね。誰より人気が無いとか誰の二番煎じだとか、あの人気動画に比べたら面白くないとか、そんな事を気に病んでいたら配信なんてやっていけないでしょう。それはアイドルと同じ。
どんな道でも個性を貫けばおのずとファンは着く。私達は異種族百合配信の個性で頂点を目指せばいい。
「それに、私の方からセピアにお願いして一緒に冒険者デビューするんだよ? 邪魔なわけないでしょ?」
「でも、アズマは優しいから・・・」
うるうると純粋な瞳でこちらを見詰めてくるセピア。
私はただ利益の為に一緒に配信するわけで、優しさとかじゃなくてプロデューサーとしての最適解選んでいるだけなのに。本当の事を言ったらセピアは混乱してしまうだろうから黙っているけど、騙しているようで辛いな。
「私は別に優しいからセピアと組んで「あげてる」わけじゃないの。セピアと一緒なら楽しく冒険者やれるだろうな、って思ったから誘ったの」
「で、でも・・・」
ぺたりと萎んだ耳ごと、フワフワの頭を撫でて、準備万端の配信虫を指さす。無料で支給される一番安いカメラは赤ちゃんの手のひらくらいの画面の身体と小さなカメラの頭が付いた羽虫みたいなヘンテコなデザイン。小さな羽でブンブン浮いている。
「いい? セピア、配信が始まったらそんな顔しちゃダメ。私に見せてくれるいつもの元気いっぱいなセピアになるの。私の知ってるセピアなら、きっといろんな人が可愛いって思ってくれるし、好きになってくれる・・・私は絶対そうなるって信じてるよ」
「うん。わかった、セピいつも通りにする」
「あと、一つだけずっと覚えていて欲しい事があるのだけど」
「なぁに?」
「セピアのファン1号は私だから。この先何があってもそれは変わりない。だからあなたのことを好きな人は誰もいない・・・なんて思わないでね」
「・・・すき?」
セピアはぎゅっと眼を瞑ってから、大きく眼を見開いて青空を輝かせた。
「わかった、セピ。アズマの為に頑張ればいい!」
「えっ」
私は担当アイドルの一番のファンであるべきだ。というのはマネージャー時代からの私の持論で、言ってしまえば今の台詞は使いまわしだったのだけど・・・なんだか、ちょっと違う方向にやる気が出ている気がするのは気のせい?
「セピが頑張ればアズマはもっとセピのファンになってくれる! 好きになってくれる!それなら頑張る!」
そうじゃなくてもっとファンを増やす方向にプロデュースさせて欲しいのだけど、まぁ初配信の緊張もほぐれたみたいだし、良しとしましょうか。
「暗くなったらキノコ採れない! クエスト始めよう、アズマ!」
私の言葉のどの部分でそうなったのかイマイチ掴めないけど、元気いっぱいのセピアとなら私も落ち着いて配信を始められそう。
「それじゃ、始めましょうか」
「うん!」
「
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