第7話 はじめようか、戦略会議
さて、問題はこれからどうやってセピアを売り出していくかだ。
視聴者数はクエストを受注して配信を始めた本人にしか入らないらしいので、最初はセピアを他の冒険者にコラボさせる形で顔を売っていくのがいいだろうか。何度か短めのクエストでセピアを配信馴れさせて、その間にコラボ相手を探そう。相手に利益があれば無名からのコラボも受けてくれるかもしれない。勿論、クエストの難易度も鑑みて駆け出し且つこれから伸びそうな冒険者を探して手応えがあればそのままユニットを組んで貰えば・・・。
「アズマ!」
「えっ?」
気が付くと、不格好なジャガイモっぽい野菜を両手に掴んだセピアが困った顔をしていた。
「ごはん、買った。部屋に行かないの?」
今日は配信の準備と作戦会議をして明日から冒険者デビューしようという話だった。セピアはコツコツと稼いだお金で最低限必要な道具と今日のご飯を買ってくれた。
この年になって無一文で小さな女の子にその日の食事を御馳走してもらうなんて不甲斐ないにも程がある。
私が提供できるのはギルド加入の手伝いと、人間冒険者用で借りられた部屋に泊めてあげることだけ。
「自分の力ではまだ何もしてあげられてないのよね・・・」
不甲斐ない。本当に。
昨日、ほんの少しでもセピアを警戒した私が憎い。種族差別の強い世界じゃ自分の生活だって精一杯の筈なのに、見返り無しに私を助けてくれるなんて、こんなに心優しい子現代でも見たことがない。
「私のこと何度も助けてくれてありがとうね。セピアがいなかったら湖に触れてただろうし、夜の森で何かに襲われたかもしれないし、この街にもたどり着けないし、空腹で倒れていたと思う。見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれて・・・私はセピアに何もしてあげられてないのに、本当にありがとう」
私が悪い人じゃないから良かったものの、良くない大人に騙されないか心配になるくらいだ。
「何もして無くないよ」
「部屋のことなら、私がしたことじゃなくてギルドが・・・」
「ちがう」
ゆったりと冒険者用宿舎に向かう途中。セピアは両手に持ったジャガイモもどきを苦しそうに抱きしめた。ナイーヴになる私を励まそうとしてくれているのかと思ったけど、その様子はちょっとだけ深刻だ。
「許してくれたから」
日は沈みかけ、仲良く並んだ二つの太陽が双子目玉焼きみたいに赤く輝いてセピアの悲し気な表情を照らした。大きな尻尾が手持ち無沙汰にゆらゆら揺れている。
「傷つけたのに、セピアは許してくれた・・・」
言われて思い出す程度の、痛みが引いてすっかり忘れていた肩の傷。多少は赤くなっていても大した怪我じゃない。セピアの凶悪な爪で触れられたにもかかわらず、傷の深さは猫に引っ掛かれたような程度だ。
「セピ達は、どんな理由があってもヒューマンを傷つけてはいけないの」
あの時も、そんな事を言っていた。この街で見てきた世界の常識を知った今はあの言葉が文字通りだと言う事にもなんとなく納得がいく。人間を助けようとしたという道理も理由も無視されて、その上で罰を与えるような不条理がこの世界にはあるのだろう。
私と違って「そういう世界」だと知っていて尚、人助けを優先したこの子はどれだけ心が純粋なのだろうか。現代でも異世界でも、純粋な人間は生き辛いというのに。
「セピアは駄目な子だったから。悪いことして、駄目なことして、許されるなんて初めてだったの・・・」
お母さんは厳しい人だったのかな、と真っ先に考え付いた私は平和ボケしているのかな。これだけ肩身の狭い獣人達がお互い支え合わずに生きていけるとは思えない。セピアが私と出会う前に、一体どれだけの人から責め立てられてきたのか想像すると胸が痛んだ。
「だからセピ、アズマの為に出来る事したいって思った」
私はただ価値観が違うだけで、ウェアアニマルが差別されていると知らなかっただけ。それをわかった今でも、この子は私から貰った小さな平等を大切に握りしめたままだ。
「ヒューマンなのに、セピのこと大事にしてくれる。嬉しかった」
大した事していない、別に普通の事だ。そう言い返してあげたい気持ちはあったけど、それは苦しみのなか生きているセピアにとって嫌味にしかならないだろう。そんな普通のことに喜んでしまう世界でこの子は生きているのだから。
「アズマのおかげで冒険者にもなれた、それだけですごく満足」
えへへ、と健気に笑う。
「・・・!?」
―――ギュッ
その笑顔に、胸が鷲掴みされるような刺激が走った。
うっわ、何この子、可愛い。
なんだ今のトキメキは。学生時代初めて生でアイドルパフォーマンスを見た時と同等以上の高揚感と息苦しさが急に私を襲う。
あまりの可愛さに脳がバグったのかもしれない。真面目な話、真面目な話。
「アズマのこと、大好き」
畳みかけるような純粋な愛の言葉。
尻尾がふわふわふさふさ動いて、私に抱き着きたいのをジャガもどきで我慢している。照れて耳をぱたぱたさせて、顔が真っ赤だ。
冷静になっても可愛い。これは多分、すごく可愛い。可愛い子に見慣れている筈の私でも思わずキュンとなってしまうくらいの可愛さ。なんでこんなに可愛いの!?
「待てよ・・・これ、客観的に見ても、可愛いんじゃない?」
純粋な感謝と好意を向けてくれる少女を目の前に、私は可愛さに目がくらんで一つの卑劣な感情が沸き上がった。
「えっ、なに?」
セピアは美少女だ。だけどそれだけで直ぐ人気が出る程甘くない。珍しい種族と言えば聞こえがいいが、需要が少ない種族でもある。
その分ユニットで活動する事によって個性を出そうと考えていたし、セピアのプロデューサー(自称)として真剣にコラボ相手探しをするつもりでいた。
「最初は個人配信で自信をつけさせて、途中で相手を見つけるつもりでいたけれど」
「何の話?」
いや、でもダメでしょ。だって私はあくまでプロデューサーでマネージャーで、サポート役なわけだし。そんな考えは間違ってる。私なんかが表舞台に出るなんておこがましいにも程がある。
「あっ。待って、でも今私美少女じゃん」
「???」
この世界鏡なさ過ぎて忘れかけていたけど、転生して目力強いクールビューティになったんだ。昨晩動画で見た美男美女に並んでも引けを取らないくらいにはイケる見た目をしている。現代で出会っていたら即スカウトしたいくらいには魅力的で目を引くビジュアル。
「いやいやいやいやいや、だからって裏方の存在であるべき私が・・・」
脳内に住む冷静で合理的な私が言う。
『途中からユニット組むより最初からセットでデビューした方が当然印象は強いしコンビとして推しやすい。それに、ウェアアニマルと組んでくれる子を探すのって難しいのかもしれないよね』
脳内に住む破天荒で行動的な私も続く。
『アズマミヤコは元々アイドルに憧れていたわけだし、若くて美人な身体とそのチャンスを手に入れたのなら自分が表に立つのは当然じゃない? それに、知らない人と組まされるよりも既に心を許している私と一緒の方がセピアもやりやすいと思う』
えぇ・・・でも、喋りとか出来ないし素人だし?
というか脳内の私に否定派がいない時点で私の中で結論が出ている気もする。
現代の配信者だって最初はみんな素人なわけだし、こっちの世界でもそれでいい?
さっきみたいなセピアの一番可愛い顔を見せれば一気に人気出るかも?
無理に仲良しのフリさせずに済むならそれが一番いいのでは?
新たにコラボ相手探す手間が省けてその分たくさん配信できる?
考えれば考える程メリットが湧いて出てくる。
「いやでも、相性があるからね。誰でもいいってわけじゃないし。そうそう、セピアに一番相性いいケミってなんだろ」
「けみ?」
天真爛漫な女の子には、しっかり者なクール系が似合う。
ふわふわ天然おバカ系とかだったら難しいけど、しっかり者キャラなら出来るかもしれない。私の見た目にも合う?
プロデューサー時代も新人アイドル相手には多少厳しいキャラを演じたりしたし、その延長だと思えばいける?
「いや、でも懐いてくれているのを利用するみたいで―――」
セピアの純粋な信頼を人気取りの餌にするというのは酷い・・・いや、一人の人気アイドルを生み出すのにそんな綺麗ごと言うなんてプロデューサーとして失格だ。何も嘘をつかせるわけじゃない、ありのままの一番魅力的な姿を見せるだけ。
本当に懐いているからこそ、視聴者に伝わるものがあるかもしれない?
利用して、それでセピアが人気者になれるならそれも悪くないんじゃない?
―――それでセピアの夢が叶うなら
「・・・・・・」
「ねぇ、アズマ。さっきから変だよ。おなかいたいの?」
「セピア、私と『仲良く』冒険者やってみない?」
私との百合営業配信。それがセピアを輝かせる最善策かもしれない。
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