第2話 はじめようか、異世界生活2

 東 都子 29歳。職業はアイドルのプロデューサー。


 アイドルPと言うと若い美男美女に囲まれ、慕われ、華やかで羨ましいと同級生に言われるが、残念ながら現実はそう甘くない。


 私の所属する丸本プロダクションは超弱小事務所で、社員も資金も不足が常。かつて伝説のアイドルを輩出した等という経歴も無く、当然大きなコネクションもない。平成後期に立ち上げられた、夢ばかりがつまった芸能事務所だ。

 二十代のうちから人手不足の芸能事務所のプロデューサーになったものだから仕事は多い。プロデュース業は当然、スカウトからレッスンの手配から担当アイドルのマネージャー業まで何もかも目を配り、時には自分で動く。正直言って激務。しんどい。


 そんな過酷な環境でもやっていけたのは、私は若くてキラキラした少女達が輝く姿を見るのが大好きだからという一点。月並みな動機だけど、結局は才能とやる気に溢れるアイドル達を誰よりも傍で応援したいと言うドルオタ気質が大事みたい。ファンとしてではなく、プロデューサーやマネージャーとして未来を担うアイドルをサポートしてあげたい。そんな強い意思を持って、私は毎日がむしゃらに働いた。


 そしてついに、担当アイドルユニット『CLOWN』がゴールデンタイムの音楽番組進出を果たした。CLOWNはネット配信を中心に活動している4人組アイドルグループで、女子中高生のファンが多く親世代にはほぼ知られてはいなかった。


 しかし、YouTubeのMV再生回数や音楽配信ダウンロード数のランキングで知名度を獲得し初め、若年層のテレビ離れを回避したい大手番組がオファーをかけてきてくれたのだ。世間的にはまだまだ無名に近いCLOWNがゴールデン番組で曲を披露できるのは新たなファンを獲得するまたとないチャンスだ。これを機にネット人気だけでは無く多くの人が知るグループとなれば、ドラマやCMとのタイアップの話だって出てくるかもしれない。

 事務所最大のビックチャンス到来に私もCLOWNメンバーも浮足立っていた。


 そんな時だ。


「は? リアが? 週刊誌? 熱愛? 不倫?」


 深夜にかかって来た事務所からの電話。それはCLOWNのリーダーが週刊誌に撮られたというものだった。愛妻家で有名な俳優が未成年のアイドルとの熱愛発覚、お泊りデート。そんな記事が明日の朝には世間には出てしまう。


「本人と連絡が取れない。担当の君が一番リアに信頼されているだろう、わかっていると思うが今のCLOWNにスキャンダルはマズい。直ぐリアに事実確認をして事務所から否定文書と動画を出すぞ」


 頭が真っ白になって。それでも私はリアに何度も連絡をしながら、彼女の家に向かった。


 スマホ片手に、自宅のカギを占めるのも忘れて、無心で走り出した私は、馬鹿なことに赤になった信号機を見逃してしまった。


 皮肉なことに、その日は29歳最後の日だった。




***

「アズマ。ついたよ」

 あの美しい湖からおよそ徒歩二時間。二つの太陽が仲良く沈みかけ、鮮やかな森の景色は段々と不穏な空気を漂わせている。

 ウェアアニマルと呼ばれる獣人少女の名前はセピア。彼女に案内されて辿り着いたのは、巨大な木の根元に彫られた狭い穴だった。


「・・・んん?」


「ここがセピの家」


 セピアは毛量こそ多いが狼に似ている。現代で人狼と言えば人間に化けて人の世界に紛れ込むイメージが強いため、てっきり彼女も人間らしい生活をおくっていると思い込んでいたのだけど、どうやら私の予想は外れてしまったみたい。


「汚くてごめんなさい。でも悪いやつ来ないから大丈夫。雨もあんまし入ってこない」


 道中ざっくり話を聞いたところ、この世界にもちゃんと町は存在するらしい。私と同じ人間、ヒューマン族は人口の7割以上を占める多数派種族だというので安心した。

 直ぐにでも街に行って同じ人間に話を聞きたいところだけど、残念ながら徒歩では半日以上かかるらしい。神様はなぜこんな人里離れた場所に私を異世界転生させたのか疑問でならない。


「朝までここに隠れてて、セピがちゃんと守るから。明るくなったら街に行く」

「セピアはどうするの?」

「危険なやつが来ないか、木の上で見てる」

「えっ、まさか一晩中!?」


 実年齢はどうか知らないけど女の子を森の中で見張りに着けてスヤスヤ眠りこけるのは流石に良心が痛む。とはいえ私が外にいても何の役にも立たない気がする。何が危険なのかわからないけど何が来ても気付かないで瞬殺だ、それは怖い。


「それなら・・・」

 身をかがめて穴の中に入る。入口はかなり狭いが、所々巨樹の根っこが邪魔をする空間は漫画喫茶のペアフラットシートくらいの広さだ。中央に置かれた萎んだ藁の山がベッド代わりだろう。


「充分二人で寝られる広さだし、一緒に寝ちゃダメかな?」


 私もセピアを完全に信用しているわけではないけど、街の方角すらわからない状態で彼女から逃げるのは悪手だし、そもそも走って逃げられる相手ではなさそう。ここは警戒心が無い事をアピールして少しでもセピアと仲良くなっておきたい。


 まぁ、仲良くなりたい一番の理由はセピアの外見の可愛さとちょっと不器用で頑張り屋な感じが元ドルオタの血とプロデューサーの血をざわつかせてしまうからなのだけど。

 なんか推したくなる健気さがあるんだよなぁ、この子。


「・・・って、あれ?」


 私の誘いに対してかたまるセピア。初対面で一緒に寝るなんて普通はありえないけど、今は緊急事態だし同性同士だし、一晩中外にいるのは可哀そうだし、そもそもこの寝床はセピアのものだから・・・という理由がある。だから別にそこまで変な提案ではないと思ったのだけど。

 もしかして、私やらかした? セクハラ?


「ご、ごめん! 急にこんなこと言われたら怖いね、今のナシナシ!」


「ひぁ!? い、いや」


「やっぱ嫌だよね、本当にごめん! わわ、私外にいるからセピアはいつも通り寝てていいよ!」


「いやっ、その、嫌じゃなくって」


 セピアはくったりと耳と尻尾を垂らして、おずおずと私に触れる。

「えと・・・セピなんかと一緒に寝ていいの?」


 さっきと一緒だ、ふるふると怯えて小さな体がより一層小さく見える。あれだけの身体能力と愛らしい容姿を持っていながらも彼女は「自分なんか」と繰り返す。まだ出会って間もないし、ウェアアニマルがどんな種族なのかは知らないけれど、少しだけ彼女のことがわかって来た。


 少しだけわかると、心のどこかで彼女を警戒していた自分を戒めたくなると同時にこの子を抱きしめてあげたいと思った。

「あのね、セピア」

 そっと手を伸ばし、セピアのふわふわの手首に触れる。

「・・・私、この世界の事知らなくて怖いの。セピアが一緒に寝てくれたら安心できるんだけど、駄目?」


「あんしんする?」


「強くて優しいセピアが隣にいてくれれば、私安心して眠れるかも」

 空色の瞳がほんの少し揺れて、私の気持ちに応えるようにセピアはそっとこちらに身を預けた。そのまま二人で横になったフラットシート分の狭い寝床でセピアはずっと心配そうに私の顔色を伺っている。

「セピアはふわふわしてあったかいね」

「・・・えへへ」


 狭い空間で身を寄せ合うようにすると、セピアの強張った身体がだんだんと柔らかくなる。警戒していたのはこの子も同じだったのだろう、私の隣で少しでも緊張がほどけてくれるといいけど。


「アズマ、くるしくない? 狭くてごめんなさい」

「大丈夫だよ、寧ろこれくらいが丁度いい」


 何度も私のご機嫌を伺う様子を見ていると、この子は今まで色々なモノから否定されて育ってきたのだと嫌でも察してしまう。普通の安寧や愛情を味わっていない子供とよく似た顔をしているのだ。


 現世で私は多くの少女達と出会ってきた。他人と違う道を歩むアイドルの卵達は様々な方向で他人と違う人生や価値観を持っている事が多かったように思える。中には正しい愛情を受け取らずに大人になろうとしている子や、自己肯定感と承認欲求のバランスがぐちゃぐちゃになっている子もいた。その歪さが我武者羅な努力に繋がり、時には周囲を惹き付ける輝きの種となるときもある。


 大抵の場合、夢を掴む前に壊れてしまうけれど。


「あのさ」

 セピアの眼もまた、不安定で歪で、何か惹き付けられる魅力があった。

 この子を輝かせたい。多くの人に愛され、誰にでも認められる存在にしたい。推したい、推し上げたい。世界中の人々を笑顔にして、その笑顔に本人も支えられるような最高のアイドルにしたい。職業病か性癖か、どうしてもそう考えてしまう。

「ねぇセピア。あなたの事が知りたいな、言いたくない話はしなくていいから。今までどんなことをしてきたのかとか、少しだけ教えてくれる?」

「・・・・・・ごめんなさい」


 小さな謝罪の言葉で「この子を輝かせたい」なんて、私のエゴだと思い出す。彼女が望むわけがないのに、ここには芸能事務所もないのに。親でもなんでもない私がいくら夢を見ても意味がない。

 そうだった。頭が混乱して変な夢を見ようとしていたけど、ここは異世界。私はもうプロデューサーじゃない。勝手な夢を見ていないで自分がここで生きていく方法を考えないと。


「昔の話はできないけど、これからしたいことの話。できる」

「いいね、これからの話。聞かせて」

「セピ、冒険者になりたいの」

「冒険者?」

 現代日本ではあまりにも馴染みのない職業だけど、ここが異世界だというならしっくりくる。

「やっぱり、魔王とか倒すの?」

「まおう? っていうのは、わかんない」

 昔やった有名RPGのイメージで聞いてみたけど、どうやら魔王はいないみたい。


「冒険者になって、たくさんクエストをやって、ギルドで有名になって」

「うんうん」


「探索とか討伐とか頑張って、視聴者をたくさん集めて、それで、コメントもたくさん貰うの」

「うんうん・・・・・・ん?」


「ファンがいっぱいで、それでギルチャもいっぱい貰えて、強くなってお金持ちになって、ちゃんとしたお店のお肉が毎日食べられるの!」

「・・・・・・・んん?」


 なんかRPG的世界観に滅茶苦茶なノイズ入ってなかった?


「でもセピ、面白い話できないし、すごい特技とかもないから難しい・・・」

 ちょっと、なんでこの子はユーチューバー目指したいけど自信ない子みたいな事言ってるの?


 さっきまでクエストとかギルドみたいな話してたじゃん!


「ちょ、ちょっと待って。なんか途中で冒険者じゃなくて配信者の話してなかった?」

「ハイシンシャ?」

「冒険者って、クエスト依頼を受けて悪いモンスターを倒したりする人のことよね?」

「うん」


 あぁ、よかった。やっぱりノイズは私の聞き間違いか。突然転生なんてさせられて疲れているから仕方ないよね。


「そうだよ。それで、視聴者さんにたくさん応援してもらって偉くなってお金持ちになる」


 視聴者。


「・・・もしかしてアズマ。冒険者知らない?」

「うーん、多分」

 言っても理解されないだろうから転生の事は話すつもりないけど、おかげで凄い常識知らずだと思われてしまった気がする。


「ちょっと待って! 見せる」

 というとセピアはゆっくりと身を動かして寝床の隅にある麻袋から・・・スマホを取り出した。

「って、えっ! 何故スマホ!?」

「すま? なに?」

 液晶画面にサイズ感。誰が見てもスマホだった。


「これはね。えーと、ぼうけんしゃしえんたんまつ。って言うの」

 冒険者支援端末。いかにもな正式名称って感じ。

「でもみんなトレサポ見るやつって呼んでる」


 そう言いながらセピアが背面にカメラレンズが無いスマホの電源を入れると、そこには大体見慣れたオススメ動画一覧みたいな画面が表示された。右上には『トレサポ』の文字。これはサイトかアプリの名前かな。


「これとか、とっても人気があるヒューマンの冒険者・・・あ、今いいとこみたい」


 スマホ・・・ではなく冒険者支援端末でトレサポの配信画面を見せられると急に異世界感がなくなる。かと思いきや、画面の中央を横断していく真っ赤な鱗のドラゴンによって私の意識は異世界に引き戻された。


「でぇやあああああああああああっっ!」

 ガキイィィン、という激しい金属音と同時に巨大なドラゴンの鎧となっていた硬い鱗が剥がれ落ちる。けたたましいドラゴンの悲鳴が暫し鳴り響いたと思うと、建物が一つ倒壊したかのような轟音を立ててドラゴンは崩れ落ちた。

「おっし、レッドドラゴン討伐クエスト、これにて完了だぜ!」

 遠くに溶岩が流れる火山地帯、画面に映ったのは背丈と同じくらいの大剣を片手で軽々と振るう女性だった。赤茶色のベリーショートが良く似合うアジア系美人は立派な筋肉を見せつけながら慣れた様子でこちらに向かってウィンクする。

「今回も・・・」

 と、頬に付いた血をぬぐう。

「今回のクエストも楽勝だったな! お前等、しっかり応援してたか?」

 彼女がそう問いかけるとコメント欄が激流の様に暴れ出す。


“うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!”

“カッコ良すぎヤバい”

“ヒューマン最強”

“注:S級クエストです”

“腹筋チラ見せ助かる

“討伐乙”


 読み切れない程の大量のコメント。リアルなドラゴンの戦闘シーンへの驚きと見慣れた配信画面の安心感というギャップで頭が可笑しくなりそう。CGを疑うくらいの巨大なドラゴンをゲームキャラみたいな腹筋美女が倒して、ゲーム実況の最終回みたいなコメントが流れているのだから脳みそが混乱しても仕方ない。


 主に『すげえ』と『おめでとう』で埋め尽くされたコメント欄を見て大剣の女性は満足そうに「応援ありがとな!」「次回はもっと強いやつと戦いたい」なんて言っている。

 そして、時々ピコンという音と共に他より長時間表示される色付きのコメントがある事に気付いた。


“《3000ギル》お疲れ様です!いつも応援してます、これからも頑張って!”

“《10000ギル》おめでとう”

“《500ギル》かっこよかったです!途中高台が壊れた時は本当にドキドキしましたが、いつも通り圧倒的な強さで倒されたので本当に感動しました!”

“《1000ギル》次回は氷山系お願いします“


 通常のコメントと異なり赤とか青とか、金とか様々な色で囲われた特別なコメントもあるようだ。

「・・・これは、スパチャ的な?」

「ん?」

 隣で興奮した様子で画面を注視するセピアに話しかける。


「えっとね、『ギルチャ』はね。特別な応援。普通のコメントはタダなんだけど。応援したい冒険者にギルを贈って応援できるの」

 ギルっていうのはこの世界のお金の単位だと先ほどセピアに聞いた。

「つまり冒険者はこのギルチャを貰って生計を立てる仕事ってこと?」

「うん。あとね、ここみて」


 画面の左下。カウントがぐるぐると回転して今は二万五千を超えている。

「これは、コメント数と視聴者数?」

 その隣にある8639は視聴者数だろう。此方の世界ではどうか知らないけれど同接だとしたら相当な人気だ。

「でも、視聴者数の単位がEx・・・って、経験値?」

「うんっ。視聴者がいっぱいでクエストをクリアすると、たくさん経験値が貰えるの。そしたら偉い冒険者になって、いろんな事ができるようになる」

「いろんなこと?」

「うーんと、珍しいクエストを教えてもらったり、普通は入っちゃいけないお店に入れたりするようになるっ」


 なるほど、RPGみたいに経験値を入手したら急に筋肉増量するとか魔法が使えるようになるとかじゃないのね、流石にそれは怖いだろうし、まともで良かった。肉体的な強さでは無く冒険者としての経験量や実績を現わす数値って感じかな。


「ギルチャ=給料、視聴者数=経験値・・・ってことね」

「そう! 立派な冒険者はお金持ちだし、種族関係なくいろんなお店に入れてもらえるの」

「ふむ・・・そういうことか」

 何このあべこべな異世界。という冷静なツッコミもしたいけれど、それ以上に私はついさっきまで考えていた無謀で身勝手な理想を思い出す。

 ここに映る配信者がセピアのなりたい冒険者の姿なら、事務所も名刺も担当アイドルもいなくなった私でも、この異世界でプロデューサー業をやっていけるんじゃないだろうか。

 私の血だか脳だか第六感だかわからないものがギャンギャンに叫ぶ、この少女は愛される素質がある・・・と。そして私は、一人のドルオタとしてこの子が画面の向こうで輝く姿を応援してみたいとも思う。


「ねぇセピア。他の動画も見ていい?」

「もちろん!」

「ありがとう。私もう少し見ていたいからセピアは寝てていいよ」


 まだ、浮かれてはいけない。セピアの話だけではこの世界の全貌はまだ見えていないからだ。

 丁度明日街に行くまでに少しでも情報収集をしておきたいと思っていた。メディアのある異世界で良かった、これなら生活レベルや価値観の常識がある程度わかるかもしれない。


 私は手慣れた手つきでオススメ動画一覧をタップした。

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