視聴者数で人権が買える異世界でヤンデレ狼獣人に懐かれたので、はじめようか百合営業

寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中

第1話 はじめようか、異世界生活

「―――以上、アダム地区北部に位置する鉱石の森調査クエストでした。最後まで見てくれてありがと、ちゃんと楽しめたか?」


 カメラに向かって語り掛けると、クエスト成功を労うコメントが画面を埋め尽くす。


“アズマさん未開調査クエおつです”

“強いモンスター出なくて良かったね”

“めっちゃ綺麗な場所!行ってみたい!”


「確かに。名前の通り幻想的で綺麗な場所だったな。てっきり鉱石が森のように大量にあるから『鉱石の森』なんて呼ばれているのかと思ったけど、まさか幹や根が鉱石と一体化した木々の生い茂る場所だなんて、驚いたよね」


 のんびりとコメ返していると、ふわふわの頭が私の腕を押しのけて懐に潜り込んできた。


「セピもこの森だいすき! また来たい!」


 ボリュームある銀髪。それに埋もれない程大きな狼耳がぴこぴこと動くと私の頬がちょっとだけくすぐったくなる。


“もしかしてコメントに嫉妬した?”

“構って欲しいセピ可愛すぎ”

“無邪気過ぎてセピアちゃんウェア天使”


「セピアもずっとはしゃいでたね・・・全く、何度転びそうになった事か」

「すごく綺麗だった! セピ、あの黒くてキラキラしたやつ持って帰りたい!」

「残念だけどここは保護区域だから勝手に採取したら駄目だよ」

「えぇー・・・」


 頬を膨らませるセピア。私もあえてコメントは見ないで彼女の綺麗な瞳だけを見つめる。


「それに、黒い石よりこの辺りの青い鉱石とかの方が綺麗じゃない? 黒はちょっと地味じゃなかった?」

「そんなことない! 黒いキラキラ。アズマの瞳とおんなじ色で綺麗。持って帰ってセピの宝箱にしまいたい!」

「!?・・・・・・そ、そう」

「アズマ?」


“アズマ本気で照れてるじゃん”

“待って、青ってセピアの瞳の色じゃん。相思相愛かよ”

“《800ギル》クリティカルいただきました”

“《2000ギル》アズセピ尊い”


「って、ギルチャ来てる! なんで今!?」


 セピアの超天然ファインプレーによりピコンピコンと支援コメントが溢れる。さらに高額ギルチャで一時的にトレンド入りしたのか、放送終了間近にもかかわらず視聴者数もさらに増加だ。


「あ、ありがとう。よくわかんないけど応援してくれて嬉しいよ・・・でもなんか、さっき巨大な魔鉱石見つけた時よりコメ盛り上がってない??」


“ヒューマンとウェアアニマルの絆はどんな宝石にも勝る輝き”

“アズセピ配信でしか得られない栄養がありますので”

“《1000ギル》セピアちゃん大好き!こっちにガウガウしてください!”


 おっと、セピア指名のギルチャが来てる。当然こういった気前の良い視聴者は逃してはいけない。

「・・・あ。ほら、セピアにも来てるよ」

 銀色の毛並みを撫でながら首筋の人間部分に触れると、セピアは一瞬コメントを見てから深く喉を鳴らした。

「がるるるる・・・」

 あはは。セピアにファンサはまだ早かったみたい。

 でも大丈夫だ、こういう時に私がすべき対応は考えてある。


「せっかくコメントくれたのにごめんね、セピアはあまり人に心を開いてくれないんだ。でも優しくていい子だからこれからも応援してくれる?」


“アズマ以外には警戒心剥き出しなセピア”

“代わりに謝るのなんか家族みたい”


 よしよし、悪印象は与えずに済んだみたい。

「それじゃ、今日はここまで。来週も調査クエ配信やるから、ちゃんと来てね?」

「ばいばいっ!」


 プツン、と画面が切れて配信終了の文字が映し出されるのを確認し、大きくため息をつく。

「ふうぅ、疲れた」


「アーズマっ!」

 ため息を吐ききる前に私の胸に飛び込んでくるもふもふの身体。大きな尻尾でばさばさと地面を掃除しながら、私の胸の中でひょこりと顔を見せる。

「ねぇ、セピうまくできてた? えらい? じょうず?」

 空色の鮮やかな瞳が今日も純粋に煌めく。手を伸ばすとセピアは撫でられやすいようにちょっとだけ俯いた。

「もちろん、今日も完璧だったよ。最後の宝石のところなんて特に喜んでもらえたね」


「うぅ? わかんないけど。本当に思ったこと言っただけだよ? でもそれでアズマの役に立てるなら嬉しい。もっとアズマの役に立ちたい。大好き」

 気持ちよさそうに私の手のひらにぐりぐりと額を押し付ける姿を見るたびに実家の犬を思い出した。


「だから・・・セピのこと嫌にならないでね?」

 でも、時々見せるこの真剣な表情が彼女は愛玩動物なんかでは無く対等なパートナーだと実感させる。セピアが異世界中に愛され、彼女が二度と迫害を受けない為にも私はこの子をサポートして、管理して、鼓舞して、異世界初のアイドルと呼ばれる冒険者に成り上がらせるんだ。


 それが私のアイドルプロデューサーとして最後の仕事。


「ねぇ、アズマ。セピは全部アズマの決めた通りにちゃんとやるから。セピ以外の冒険者と配信しちゃ嫌だよ? セピが一番アズマの言う通りに出来るからね、困る事あったら教えてね、悪いとこ全部治すからずっと一緒にいてね」


「私がセピアを嫌いになる事なんてないよ、セピアが人気者になれるまでずっと応援するから・・・約束」


 そう返事をすると、今日もセピアは健気に微笑む。






 ***

 水面に映る長くて艶のある黒髪。カラコンでは出せない自然で深みのある藍色がかった黒い瞳。その切れ長の一重を引き立たせている密かな立役者、なきぼくろ。色白い肌はシミひとつ無く、韓国系アイドルを思わせるハッキリとして完成度の高い顔付きはまさに芸術品。

 ここがオーディション会場ならば間違いなく。原宿でも新大久保でも、ド田舎の田畑の真ん中だとしても私は彼女にこう言うだろう。


「あなた、アイドルに興味ない?」


 職業柄思わず口にした言葉にあわせて、その黒髪の美女は口を開けた。


「・・・・・・私、だよなぁ」


 現実逃避をしても変わらない現実。どうやら、この女性は私のようだ。

 改めてぐるりと周囲を見回しても、やっぱり現状は変化しない。


 ついさっき目を覚ましたこの場所は、幼いころ読んだ絵本の世界みたいに美しい森の中。ひねりの無い名付け方をするならば『妖精の森』と呼びたくなる程にただひたすら自然の持つ神秘性と華やかさだけがそこにあった。

 涼やかな風が新緑の木々を撫で、名前の知らないパステルカラーの花々が自生している。超高解像度の最新ゲームだって尻尾を巻いて逃げ出す程のリアルで理想的な森が目の前に広がっているのだ。

 そして、眼前の湖が太陽の光を反射してキラキラと輝きながら、見覚えのない美しい女性を私の姿として女優ミラーみたいに映してくれている。


 こんな状況で秘境の大自然に拉致された、と考えられない理由は二つ。

 一つは、私はこんなに美人ではない。一応14歳までアイドルを目指していたし、書類選考を通った事もあったし、別段悪い見た目だとは思わないけれどまさかこんな美女ではない。

 二つ目は、水面を煌めかせる太陽が二つ出ている事だ。見間違いでもなく、同じように眩しい太陽が仲良く並んでいる。ちなみに二つあるけれど別に二倍暑いわけでも二倍眩しいわけでも無い。どうせ二つあるのに何故隣同士なのかとちょっと疑問に思うけどそんなこと今はどうでもいい。


 聞いたことも無い神秘的で美しい森の中、そして身に覚えのない私の身体。


「これらの状況を無理矢理説明するとしたら。滅茶苦茶凄いVRか、異世界かの二択かな・・・」


 慌てていても仕方が無いので、現状を口にしてみる。馬鹿馬鹿しい話だけど、ここは私の知る地球ではない可能性が高い気がする。だってこんな凄いVRドッキリを一般人である私にやるメリットがないもの。


「ま、まぁ、夢のパターンもあるよね。私、夢は絶対白黒でみるタイプだけど」

 水面を眺めながら何度目かわからない独り言を呟いていると、


「だ、だ、だめぇーーーーーーっ!!!」


「ぎゃあっ!!??」

 ぐわっ、と突然私の肩と腹部に強い衝撃。そして湖から引き離されるように勢いよく背後へと引っ張られる。

「痛っ!?」

 大袈裟に私を掴んだ何かが刃物の様に私の肩に浅く食い込み、鋭い痛みがはしる。


「いいいいぃっ!? 何!? 離して!」


 慌てて大声を出すと私の身体をしっかりと捕まえていた何かは直ぐに力を抜き、ゆっくりと離れる。とさっ、と軽やかな音を立てて。


「何?! な、何があったの今!?」


 ジンジン痛む右肩を抑えながら振り返るとそこには、


「・・・女の子?」

 身長140センチくらいの、小柄な少女が遠慮気に立っていた。

「の、獣!!?」


 ただの少女ではない。無造作に広がった長い銀髪と少し黒い肌。幼いながらもくっきりとして将来の美が確立された目鼻立ち・・・なんて一切目に入らない。彼女の頭には大きな獣の耳が生えているのだ。

 耳だけではない。長い髪と同色の大きくてふさふさの尻尾、腕や胴体は人間の少女のそれなのに、途中から毛深くなり先には鋭い爪を持つ手足。職業柄、特殊メイクには詳しいけれど彼女の乱れた呼吸に合わせて微かに震える獣の部位は、とても造り物には見えない。


 つまり、目の前にいるのは人間ではない何か?


「あ、あのっ」

「ひぃぃっ!!」


 少女の声と入り雑じったグルル、という喉を鳴らす音。威嚇した野犬のような音に反射的に私の身体はビクつき、尻餅をついたまま後退る。

 此方に伸ばした手の平には大きな肉球。犬や猫の肉球なら可愛い物だけど人間サイズならば訳が違う。さっき身体を掴まれた時だって物凄い圧を感じたし、彼女に襲われたら多分ひとたまりもない。

 ここは刺激しないように逃げないと。熊と対峙した時って死んだふりじゃなくて目を合わせたまま後退るのがいいって聞いたことがある。よし、一か八かそれを試すしか・・・。


「・・・・・・」

 対熊用の避難方法を試す為に、初めて彼女の瞳をしっかりと捉えた私。


「あれ?」

 太陽二つ分に爽やかな青空をそのまま映したような綺麗な瞳が、細かに震えて涙ぐんでいるように見えた。目を合わせる為に彼女の顔に集中し、獣の部分が視界から外れたことで初めて気付く。


 何この子、推したい。可愛い。


「ち、違う! そうじゃなくって」


 個性的だけど人形のような愛らしさを持つ彼女から感じ取った感情は、狩りをする獣のそれではなくって、

「もしかして、怯えてるの?」

 いたずらがバレた子供みたいに、怯えているように見えた。


「ひやっ?」


 私が話しかけると、彼女は再び獣の唸りが混じった声で驚く。

「私を襲おうとしたわけじゃ・・・ない?」

 突然強い力で掴まれて、おまけに肩に傷を負った。ほんの一瞬の対峙でわかるのは目の前の少女が私より数倍強い事。野生の獣の如く私を喰い殺す事なんて簡単なのだろう。

 それなのに彼女は私が離してと叫んでからは一切飛び掛かる様子無く、寧ろ私に対して恐怖しているようにすら見えた。


 楽観的過ぎるだろうか、訳の分からない場所で訳の分からない生き物と対峙しているのに都合がよすぎる考えかもしれない。だけど、私が今まで見てきた少女と目の前の彼女の姿がどうにも被って、ただの敵として認識し辛い。


「言葉は通じている、よね。どうしていきなり私に襲い掛かって来たのか、教えてくれる?」

 可能な限り目線を合わせ、子供に話しかけるみたいに問いかけると、彼女は『人間の声』で応えた。


「そ、その湖・・・ヒューマンが触れるの。危ない」

 彼女は毛むくじゃらの肉球で私がさっきまでのぞき込んでいた湖を指さした。


「え?」

 もちろん、触れる事すら危ない毒沼には見えない。


「看板。見て」

 私が覗き込んでいた位置から少し離れた木製の看板。そこには非常口や男子トイレでよく見る人間のシルエットに×マークがしてあり、羽の生えた人間に〇がついている。

「この森の水。マナが濃い。エルフ族以外が触れるのは危険。ヒューマンは特に」


 エルフ。

 ゲームや漫画で聞き馴染んだ種族名が当たり前のように登場した事に一瞬動揺しつつも、今は目の前の事に集中する。

「つまり、あなたは私が水に触れないように助けてくれたの?」


「・・・ぐるる」

 こくり、と頷く。


「なるほど」

 ビクビクしながら私の顔色を伺っている。立派な耳と尻尾が萎んでいる所を見るときっと彼女の言葉に嘘はないのだろう。


「そっか、急に大きな声出してごめんなさい」

 太陽が二つあって、私の姿が別人で、獣のような少女がいて、多分エルフがいて。

 そんな世界でも、頭ごなしに罪のない女の子を怒ったりしてはいけない。助けてもらったのなら感謝しなくてはいけない。


「助けてくれて、ありがとう」


 少女のボリュームある銀髪や自然に動く獣耳に触れたかったからだろうか、私は自然と彼女の頭に向けて手を伸ばした。


「・・・こ、殺さない? セピのこと、殺さないでくれますか?」


 犬を褒めるみたいに頭を撫でようと思ったら、彼女は殴られる寸前の様な涙目で私を見ていた。

「え?」


「理由が、あっても、ウェアアニマルがヒューマンを傷つけるの。犯罪。セピ。殺される」


 彼女の怯え用に強い既視感を覚えた。私がかつて仕事で関わった中学生の少女と、震えた姿が重なったからだ。私の知る女の子は出会った当時、家庭内暴力を受け、自己肯定感をボロボロにされ、誰に何を言われても自分が悪いと責めてしまう程に追い詰められていた。

 今はキラキラと輝くあの女の子と、目の前の少女の姿はよく似ていた。


「傷つけられてないよ」

「・・・うぅ?」

 私は肩をゆっくり撫でて、精一杯に笑って見せた。

「この世界の服って、デザイン謎だけど丈夫だったみたい。肌には全然届いてないもの」

 正直結構痛かった。けど彼女の鋭い爪で本気で抉られていたらこんなものじゃ澄まない筈。きっと、咄嗟の判断でも爪を引っ込めて痛くないよう気を付けてくれていて、私が驚いて暴れたから食い込んでしまっただけ。この子に罪はない。


「ほんと?」


「私が大丈夫って言ってるのだから、あなたが心配する必要ないよ。えーと、セピ?」


「がううぅっ!!」

 安心したのか、セピは子犬のように私に抱き着いてきた。ふわっふわの身体に実家のハスキー犬を思い出す匂い。人間の口にはちょっと収まりが悪い犬歯。私が撫でるとぴこぴこと反応する耳。


「あはは・・・やっぱこれ、異世界っぽいなぁ」


 ウェアアニマル。獣人と呼ばれる少女に触れることで、私も流石に観念する。


 地球に残した仕事は気になるけど、とりあえず今は自分のことだけ考えよう。




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