第2話 告白



薄いピンクの花びらがまだ満開の日に、わたしは高校生になった。


高校入学という一大イベントということもあり、その日のわたしはいつもよりも気分が高揚していた。


高校の入学式が終わり、自宅に帰って早々父に何度目かわからない、質問にも似た愚痴をこぼした。


周りの同級生は高校の入学式に母親が来ているのに、どうしてわたしにはお母さんがいないのか。


言ってしまってしまった、と思った。


母の話題を出すと、父はいつも口を閉ざして目を赤くするのだ。


だが、この日の父は違っていた。


「…琴音も高校生になったし、そろそろ話してもいいかもな。」


意外な答えに心臓がどきりと重い鼓動を打った。


コップに水をそそぎ、緊張をごまかすようにごくごくと一気に飲み干す。


そして父を見つめ、言葉の続きを静かに待った。




 綾音との出会いは、友達の紹介だったな。


可愛い人だったよ。


明るくて、よく笑って、とても素敵な人だった。


会ったその日のうちにこの人と付き合おうって決めた。


幸いなことにお互いに気が合ったみたいで、トントン拍子に結婚までいったなあ。


結婚してからは綾音に仕事を辞めてもらって、一緒に住んだよ。


最初はすごく楽しかった。


毎日美味しい料理が出てくるし、仕事から帰ってきたら大好きな奥さんが待っていてくれるからね。


でも、一緒に住んでから、ある問題が出てきたんだ。




 父はソファに浅く座り、考え込むように膝に肘を乗せてため息をついた。


わたしは冷たい水をそっと父に差し出す。


ありがとう、と力なく言う父の様子をみながら、わたしは嫌な予感がしていた。




 お母さん、ずっと元彼に盗聴されてたみたいなんだ。


父さんは信じてなくて、お母さんの周りのみんな誰も信じてなかった。




 思わず、え、と声が出てしまった。


「お母さん盗聴されてたの?」


予想を上回る事態に、頭がついていかなかった。


父は力なく首を横に振る。




 一緒に生活してしばらくして、家で話していることが職場の人にも漏れていたと、話すようになったんだ。


他にも、ネットに自分の言動が載っていると。


そんなのおかしいと思うだろ?


…俺は病院に連れて行った。


そうしたら病名がついて、俺も納得した。


妻は病気なんだって受け入れたよ。


綾音を支えるためになんでもしようと思った。


綾音のためなら転職しても良いと思った。


でも、病院から処方された薬を飲んでも綾音の言うことは変わらないし、前よりひどくなっていくようだった。


一緒に住んでる今でも盗聴されていると言って、盗聴器を探すと言い出した。


でも、俺はそれを許さなかった。


平穏な結婚生活が壊れるのは嫌だったし、何よりも病気だと診断されているのに、妻の言うことを信じることができなかったから。


それからお父さんの会社の都合で引っ越しをすることになって物を整理して、綾音の気持ちは落ち着いたのか、盗聴のことも昔のことも何も言わなくなったよ。


そしてしばらくして琴音が産まれたんだ。




 お父さんが盗聴の話題を許さなかったんじゃないの?―


という言葉を飲み込んだ。


今言い合いをしてしまったら、話が先に進まない気がした。


「それから?」


イライラを抑えるように先を促す。


わたしから目をそらし、組んだ両手をあごの下にやり、父は言った。




 …ある日突然、綾音は自殺したんだ。




 そう言うと立ち上がり、どこかへ向かう。


しばらくして戻ってきた父の手には、白い封筒が握られていた。


「お母さんからの最後の手紙。」


父はその封筒を丁寧に開け、中を一読する。


「わたしも見ていい?」


右の目から大きな涙を流す父から手紙を受け取る。


小学校の先生のような、きれいな文字が並んでいた。




―人を想うこと、恋をするということは、こんなにも現実を忘れさせてくれるものなんだね。


わたしの選択は、間違っていないはず。―




父へのあたたかい想い、わたしへのあふれる愛情が綴られた後、手紙はこう締めくくられていた。




―わたしの貯金か死亡保険金を使って、盗聴犯がいたと証明してください。そして彼らに制裁を与えてほしい。―

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