傘ありますか?

「圭介さん、相合傘ってどんな感じなんですかねぇ」


 関山さんは俺に相合傘をした事があるかと訊ねてきた。その意図は分からないが、俺は手に持つ折り畳み傘と関山さんを見ながらこの後の展開を予想してみた。


 見た所、関山さんは傘を持っていない。

 外は雨が降っており、傘は俺だけしか持っていない。

 先程から関山さんは俺の傘をチラチラと見ており、極めつけに相合傘の話題。

 間違いない。関山さんは俺と相合傘をして駅まで行くつもりなんだ。俺も関山さん程では無いが、それなりに背も高く体格も良い方だ。

 そんな大男二人が小さな折り畳み傘一つで帰る姿は誰が見てもちょっと想像したくなかった。


「それでね圭介さん。僕は同級生の女の子に相合傘で良ければ送っていこうかって言ったんです。そしたら彼女、それなら濡れて帰ります!って結局雨の中、一人、走って帰っていっちゃって。って聞いてますか?」

「あっ。あぁ、聞いていたよ」

 本当は全く聞いていなかった。

 しかしこのままでは良くない。話の流れで何時いつとなってもおかしくない。別に関山さんが嫌と言うわけではないが、それでも相合傘は流石にちょっと。

 もう随分話し込んでしまっている。どこかのタイミングで話を止め、帰ることを伝えなければ。


 関山さんの話に適当に相槌を打ちながらタイミングを探していた丁度その時だった。

 チンとエレベーターの鐘が鳴り中から降りてきた人。同期の香山かやま さきに俺たちの視線が向いた。

 その時だった。

「あっ、圭介さん。その折り畳み傘、チョッと壊れていますよ?」

 そう言うや否や、関山さんは俺の手からスッと折り畳み傘を取り上げ、傘を広げたり閉じたりとし始めた。

 あぁ、しまった。あまりに自然な流れで一瞬の隙を突かれたように思った。

 俺が関山さんに「ちょっと」とかけようとした声は香山さんのフワッとした声に先を越された。


「あれぇ、関山くん。それに圭介くんもまだ残ってたの?随分前に退社したからもう帰ったと思ってたよぅ」

 小さい体でピョンピョンと跳ねながら香山さんが俺達の所に近づいてきた。

「いやぁ、丁度ここで圭介さんと会ってね。ちょっと立ち話をしていたんです」

「香山さん、お疲れ様です。俺達もそろそろ帰ろうかとしてた所です」

 自然な流れで今からを告げる事の出来た俺は、そのまま関山さんの持つ折り畳み傘を返して貰おうと視線を戻したのだが、香山さんの一言で状況はおかしな方向に向かっていく。

「あれぇ、圭介くん。傘持ってないの?もしかして関山さんの傘で二人で帰ろうとしてたぁ?」

 香山さんはキラッとした視線を向けてきた。確かに端から見れば傘を持っていないのは俺で、傘を持つ関山さんに俺が頼んでいるように見える。

「いや違うよ。あの傘は俺の傘で」そう言おうとした言葉は関山さんの一言で制された。

「いやぁ、流石にこの小さな折り畳み傘で男二人で帰るのは無理があるよ。圭介さん、傘持ってないみたいだし香山さん。良かったら駅まで圭介さんを入れていってくれませんか?」

「えっ?全然良いですよ!圭介さん一緒に行きましょうか?」

「良かったですね圭介さん。男同士で相合傘をしなくて良さそうです。それでは私はここで」

 一瞬の出来事に理解が追い付かない俺を置いて、関山さんはそれじゃぁと、俺の傘を差し駅とは反対の方へと歩いていった。

「それじゃあ圭介くん。一緒に帰りましょうか!」

「では、宜しくお願いします」

 香山さんは少しハニカミながら自分よりも随分と大きな傘を差し二人で外に出た。

 俺は香山さんからその大きな傘を受け取り、香山さんが濡れないように少し傾けて歩きだした。



 駅までの帰り道、気になっていた同期の香山さんとひょんな事から相合傘で帰る事になった俺は少し緊張していた。

 それは香山さんも同じだったのかもしれない。歩き始めてちょっとの間、仕事の話ならいくらでも出来るのにこんな時、何を話して良いかと考えていた。


「圭介くんはこの先の【燻し屋】って燻製料理屋って知っていますかぁ?」


 沈黙は香山さんの質問によって終わりを告げた。


「あぁ、行ったことはないけど知ってるよ。何でも燻製だけじゃなくてお肉やお魚の創作料理もあるんだって」

「そうなの?何だか入りにくくってさぁ。ホームページもなくてどんな店か分からないし、高かったらどうしようとか思っちゃって」

「意外と敷居は低くってお値段もお手軽なんだって。なんなら、香山さんが良ければこの後どうですか?」

 先程、関山さんと話していた話題だからだろうか。自分でも驚くほど自然と香山さんを誘うことが出来た。

「やったぁ!良いんですか?ずっと気になってたから嬉しいですぅ。それに圭介くんの事も。。。」

 香山さんは腕をフリフリと回しながら喜びを表していた。

 最後は口ごもっていて俺には少し聞き取れなかった。


 降りしきる雨が傘に当たり、ポツポツと音を立てる。そんな傘を見ていると持ち手に名前が書いてあるのに気がついた。


【関山 亨】


「香山さん、この傘って関山さんの?」

「そうなのぅ。丁度、関山くんが帰る時に外は雨が降ってるからどうぞって。自分は折り畳み傘もあるから大丈夫だって。そうそう、その時少し燻製の話もしてて、それで今日凄く気になっていたんだぁ」

「そうなんだぁ、関山さんって気が利くんだね」

「あっ、圭介くん知ってる?関山くんそう言えば今日も営業で新規の契約取ってきたんだって。今月も契約件数一番になりそうよ」

「そっかぁ。関山さん凄いなぁ」

「ねぇっ!関山くん凄いね!」


 二人で他愛もない話をしながら【燻し屋】に向かう中、俺は香山さんの思う以上に関山さんの凄さを知った。

 いつからこの状況になる事を予想していたのだろうか。

 香山さんに傘を渡した時から?

 香山さんに燻製の話をした時から?

 俺の折り畳み傘を見た時?

 俺に燻し屋の話をした時?

 相合傘の話をした時?

 それとも今朝の天気予報が降水確率十パーセントの時から?



 今月も営業契約一番の関山さん。

 降りしきる雨の中、俺の小さな折り畳み傘を差し帰る道で何を思うのだろうか。


 意中の人と相合傘をして歩く中、関山さんの手の中にいる気がして俺は早く雨が止めば良いのにと思った。





 了


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雨降れば隣いいですか? ろくろわ @sakiyomiroku

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