第129話
食事と話しが終わり、飛燕を見送って私も自分の部屋に戻った。
さて。
荷物は問題ない。だが、色に料理を作る、という名目で市場に出かけていたから、それが禁止されると少し困る。連絡が取れない……事は無いと思うが、やりにくくなる。
それに、私がいつここを出ようと思っているかなんて、あの会話では推察できないだろうから(早めにと予測はできるだろうがまさか明後日とは思うまい)具体的には、私を閉じ込めておくぐらいしか出来ないだろう。
……よし、問題無しだ。
今日も少しだけ書状を書いて、眠りについた。
長い、一日だった。
朝。
柔らかな日差しで目が覚めた。
こんな快適な寝床は、今日明日で終わりかもしれないと思うと、少しだけ惜しくなり、もう一度目を閉じた。ら。
「お嬢様。おはようございます。お目覚めでしょうか」
扉の外から、
外で私の返事を待っているようだったので、
「おはようございます。すみません、今日は卓子の上に置いておいてください」
もぞもぞしながら、そう声をかけた。
少しもしないうちに扉が開き、中に人が入ってきた気配。そして、静かに皿を置いたようだった。
私は被っていた寝具から顔を出さずに微睡を堪能していると、こっちに近づいてくる気配。……はっ。丁香の事だからバッてめくられてしまうかも。
慌てて顔を出すと、バチっと、丁香と目が合った。その顔は、驚き、と心配?
「おはようございます。お嬢様、もしやどちらか具合が悪いのでしょうか」
「えっ、あ、い、いいえ。大丈夫です。ちょっと、微睡んでましたっ」
「さようですか」
私が言い訳をしても、丁香は心配そうな顔のまま。仕方ない。心配かけたいわけじゃない。
私はむくりと上体を起こし、寝具から降りた。
「ほらね、大丈夫でしょう。朝餉、いただきますね」
「あ、はい。それでは、失礼いたします」
手を緩く広げて、健康体だという事を見せると、丁香は若干ホッとした顔をしつつ、いつものメイドさんの顔で出て行った。良かった。いらない動きはしない方が良いね。変に疑われても、面倒だし。
さて。
今日も禁止されなければ、市場に行って、倭都ちゃんたちに差し入れしたいな。
柔らかな朝日の中、一つ伸びをして私は朝餉をとりはじめた。
支度を済ませ、丁香に色の予定を聞くと、今日は夜遅くまで帰ってこないそうだ。さては、私の言葉に疑心暗鬼になり会議でも開くつもりだろうか。色個人の妨害ならなんとでもなるが、尹国、としてされたらちょっとまずいかな。……いや大丈夫だろう。多分、おそらく。きっと。
と、いうわけで、今日は色への賄いの必要は無くなったのだが、(驚いた事に)特に外出も制限されなかったので、飛燕を呼んでもらって、今日も市場へとおでかけする事にした。……色々手を打ってると言った筈なんだけど、甘く見られているのか、監禁した方が面倒だと判断したのか定かじゃないなあ。もしかしたら、今日の出方を見てるのかもしれないし、普段通りにしていよう。計画通りね。
「珠香さん? どうしたの」
一人で考えこんでしまったようだ。飛燕がこてんと首を傾げた。きゃわ。
「えっとね、今日、どうせ色さんのご飯作らないから、また倭都ちゃんたちに差し入れ作ってあげたいなあって思って」
傾げた首をもとに戻し、飛燕は呆れたように息を吐いた。
「倭都さまや海寇のみんなに作るの? 大変じゃない?」
「料理作るの好きだから、大変じゃないけど……どんなのが良いんだろう。いきなり持っていったら、迷惑かな?」
歩きながら、キョロキョロと市場の食材を見回す。すっかり見慣れてしまったが見慣れてしまったが故に、何が珍しいのかわからな……あっ、別に珍しくなくて良いんだったっ。
私の心の動きが分かったようで、飛燕は苦笑した。
「迷惑じゃないと思うよ。あの人達、決まった時間にご飯食べるとかじゃないから、適当な時にあったら食べると思う。やきおにぎり? も、みんな喜んで食べてたって」
「本当? 良かった。でもまたおにぎりっていうのもねえ、何作ろうかなぁ。何が好きとか知ってる?」
顎に手を当てながら飛燕に聞くと、飛燕はふるふると首を横に振った。
まあ、そうよね。そもそも飛燕、あんまり食に関して興味なさそうだもんね。私の食材チートで何とかするしかないか。
でも、考えれば考える程、おにぎり程ぴったりの差し入れが無いのよね。
お酒をよく飲み、食事時間はまちまちだが、手軽に食べられるもの……。うーん。サンドイッチとか良さそうだけど、こっちのパンがパンって感じじゃなくて、小麦の皮に餡を包んだ、饅頭なのよね。まあ、これでも良いか。いやでも、冷めたら美味しくないか。それはそれとして、いつかパンも作りたい。
私が一人でうんうん悩みながら歩いていると、飛燕がクイッと裾を引っ張った。
考え事からハッと我に帰る。
「どうしたの、飛燕」
「珠香さん、あれ。僕らはあんまり食べないけど、倭都さま達が良く食べてる」
飛燕が指さしたのは、なんと、
びっくりした。何度も何度も市場には来たが、蛸がいるのは、今はじめて気づいた。見逃していた自分にもびっくりしたし、蛸がいたのにも、びっくりした。
「蛸? 食べるの?」
蛸は、その見た目からわりと食文化が無い所では嫌われがちな食材だ。売られるということは、それなりに食文化があるのだろうか。
「たこ? じゃないよ。八帯だよ。なんか、食感が変だから僕らはあんまり食べないけど、倭都さまのところはお酒のつまみに食べるんだって」
なるほど、これは僥倖かもしれない。
いま私の頭の中では、たこ焼きが大フィーバーしていた……がっ、ふと我にかえった。
たこ焼き機、ないわ。
どうしよう。タコって、他には酢だことか天ぷらとかしか思いつかないけど、大人数分作るのは時間がかかりすぎる気がする。食感があまり好きではないなら、飛燕に出すのも申し訳ないし。
さて。大量に作るなら、かさましするしかない。かさましの定番といえば、卵と小麦粉だ。
あっ、思い付いちゃったかも。
「飛燕、あれは高い?」
急に考え込んでしまったかと思えば、いきなり値段を言い出した私に驚いたようだったが、飛燕は首を振った。
「ううん。たまにしか見ないけど、昨日買った魚よりよっぽど安いよ」
「そうなの。よかった。五匹ぐらい買ってきてくれない?」
「五匹も売ってるかなあ。とりあえず、聞いてくるね」
私の奇行に慣れはじめた飛燕は、すたすたと屋台のおじさんの方に向かっていった。
しかし、蛸がいるとは。
前世ではできなかった、憧れのたこパなるものも、もし出来るならやってみたいなあ。飛燕や倭都ちゃんとか、うちの家族うぃず先生とか……思戯や燎さんとか。
結構、関わった人多くなったんだなあ。
しみじみと私が呼びたい人を考えていると、飛燕がトコトコと帰ってきた。手には、三匹の蛸。
「珠香さん、ごめんね、三匹しか今日は無いんだって」
ちょっと申し訳なさそうに帰ってくる飛燕に、にっこりと微笑みかける。
「大丈夫、なんとでもなるわ。いつか、飛燕にも蛸が入ってても食べれそうな料理、作ってあげるね」
飛燕は、何とも言えない顔をしていた。
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