第130話


 色邸に戻り、さっそくタコの処理を開始する。

 料理長たちも、蛸を三匹も(実際に言われた)買ってきた私に奇異の目を向けてきた。ここではあまり食べられていないというのは、本当らしい。


 貴重な塩をこれでもかと使い、蛸のぬめりをとっていく。

 ある程度とれたら頭を切り離し、内臓と口をとり、沸かしてもらった湯の中に投入していく。

 綺麗に真っ赤になって丸まるのは前世と一緒。だからこれは蛸。このビジュアルは間違えようがない。


 サッと茹でて美味しそうになったら取り出し、足を細かく切っていく。倭都たちが、好んで食べるというなら大きなぶつ切りでも良いのだろうが、料理長たちにも試食して欲しいので、細かくすることにした。あと、かさましの意味も大きい。

 全て切れたら、小麦粉や卵片栗粉や調味料を混ぜ合わせ、タネを作る。そこに、蛸とネギと適当な野菜を入れて、油で熱した平たい鍋に流し込んでいく。

 そう、私はいまチジミっぽい物を作っているのだ。

 本当はたこ焼きか、無理ならお好み焼きを作りたかったんだけど、蛸買っちゃったし。お好み焼きはいつか作りたいし、たこ焼き器も良い職人探して作ってもらおう。


 今後の野望を考えているうちに、チジミっぽいやつは出来上がった。

 うわあ、これはソースをかけたい。……作るか、ソース!

 オイスターソースみたいな、カキの出汁から作ったトロリとした魚醤みたいなのは料理長が使っているのを見た。味が全く同じとは限らないが、砂糖とか醤とかゴマ油とかでなんとかなるのでは?


 私は、チジミを焼くのを別の人にお願いして(蛸の見た目がだめだったぽい)、ソース作りにうつった。

 トマトケチャップとか、そのものずばりウスターソースとかあればよかったんだけど、難しい。タコ入りチジミだしオイスターソース風の魚醤ベースで良いか。



 ……いくつかの試行錯誤の末、良いのか悪いのかも曖昧になったころ、もうチジミが全て焼きあがったというので完成にしたソースが、出来た。

 試しに塗ってみると、わりと悪くなかった。

 でももうちょっと時間かければ改良できると思うな。これも、いつかやりたいリストに入れておこうと思った。忘れるかもしれないけど、それはそれでいいだろう。覚えているのも忘れるのも、生きているからできるのだから。


 蛸入りチジミは、料理人たちにおおむね良好な評判を得た。

 やっぱり蛸の食感が受け入れがたいようだが、小さいし、慣れれば大丈夫そうだ。味は美味しいと言っていたから、あとで飛燕にも食べさせてあげよう。

 焼きあがったチジミを、桶の中に何枚も重ね、間にソースを塗っていく。ミルフィーユみたいに。こうしておけば、冷めてもソースの味で食べれるだろう。籠に入れて準備完了だ。


 ある程度思っていた物ができて満足した私は、色の屋敷の中で待っていた飛燕にも試食させてあげた。ら、微妙な顔になった。まるで、わざわざ臭いものを嗅いだ後の猫のような顔だった。……可愛い。



 差し入れも出来たので、飛燕と一緒に再び倭都のもとを訪れた。

 籠を差し出し、八帯たこを使った料理だと伝えると、驚いた表情の中に少しだけ嬉しさが見えた。美味しいよね、蛸。


「ふぅん、大陸人にしては、気の利いた料理もってくるじゃない、アンタ」


 そういう倭都の顔は、まんざらではなかった。

 こちらを大陸人、と呼んだという事は、やっぱり倭都たちの国は島国なのだろう。前世の日本のようにまとまってるのか、それともバラバラなのかわからないけれど。


「倭都ちゃんたちには無理させてるからね。気に入ってもらえたら嬉しいな」


 私の言葉に少しだけ驚いたような顔をした後、倭都はちょっとはにかんだように見えたのは、私の自惚れだろうか。

 倭都は素っ気なく、あっそ、と言うとくるりと踵を返した。どうやら受け取ったチジミを、みんなに食べて良いと持って行ったようだった。あのおじいさんに籠を渡すと、今度は何かを受け取って、倭都が戻ってきた。

 そして私に、ごちそうさま、と布と桶を差し出してきた。それは、昨日倭都たちに持ってきた焼きおにぎりの入れ物だった。綺麗に洗って返してくれた。


「ありがとう」


 それについてお礼を言うと、ふんとそっぽを向いたけど、まんざらでもないようだった。


「まぁ、美味しかったわ。でも、えらく良い容れ物でもってきたわね」

「色さんのお家で借りたの。なんでも使って良いって言ってから」


 私が色の名前を出すと、今まで比較的ご機嫌だった倭都の表情が、ぴくっと険しくなった。


「なるほど。これも昨日のも、あいつの使用人と作ったのね。ハッ、どうりで海寇に渡すようなものじゃなく上等だと思った」

「え?」


 そして吐き出された言葉は、冷淡。 


「あいつの所の使用人も、まさか海寇わたしたちに渡すとは思ってなかったでしょうね。そうだったら、協力したかどうか」

「そ、そんなこと、ないよっ」


 私の反論に倭都はキロリと私を見た。


「私、ここの事情を本当はわかって無いのかもしれないけれど、少なくとも、彼らは料理が好きで、私が友達に持って行くって言ったら、好意で協力してくれた。友達が海寇でも海寇じゃなくても、手伝ってくれた、と思うっ」


 一生懸命反論したが、倭都は肩を竦めただけだった。

 倭都たち海寇への尹の人々の心境。そして、それを受け入れざるをえない海寇たちの心を、覗いた気分だった。

 こんなに、頑張っているのに。

 私の情報がせめて倭都の幸せに繋がればいいのだけど……倭都はいったい何をしようとしているのだろう。私に何かしてあげられることはないだろうか。

 でも、それを言ったら倭都に怒られる気がした。

 施しは、当人が望まなければ、ただの大きなお世話だ。身に沁みて知っているからこそ、言い出せなかった。


 黙ってしまった私をどう思ったのかわからないが、倭都は少しだけ溜息を吐いただけで、それについては何も言わなかった。


「とにかく、それ持って帰って。準備は順調よ。明日の昼には必ず出航できるから、遅れないでよ」

「うん。明日はよろしくね、倭都ちゃん」


 倭都はそれ以上はこちらを振り返ることなく、背を向けたまま船に乗り込んだ。

 何とも言えない気持ちで見送っていると、今まで静かにやりとりを聞いていた飛燕に、帰ろうと促され、私はそこを後にした。





 帰り道の途中で、飛燕に案内してもらい珊瑚が宿泊している場所に行き、説得は失敗したので荷物の回収をお願いしたいと伝えると、珊瑚はいつも通りニヤニヤした顔で、何でもないように、ええよ、と言ってくれた。

 ちょっとだけホッとしたら、なんや元気無いな、大丈夫? と聞かれてしまった。ドキッとしたが、先ほど倭都とした会話でちょっと、と素直に言うと何かしら察してくれたようで、深くは聞かれなかった。

 明日の簡単な打ち合わせをして、私達は珊瑚と別れた。





 倭都たちと別れ、珊瑚にお願いをし、飛燕に送られて何とも言えない気持ちで再び屋敷に戻った。

 飛燕とも簡単に明日の打ち合わせをして、解散した。

 明日は、絶対にへまをしないようにしないとと、決意しながら、玄関の扉を開けた。


 色は、いまだに帰ってきていなかった。

 出迎えてくれた丁香にそれとなく聞いてみると、これだけ遅いと遊郭にでも行っているのではないか、朝には帰ってくるかもしれないが、そのまま帰ってこないかもしれない、と言われた。

 淡々と告げる丁香の表情は、変わらなかった。

 色には、ちゃんとお休みの事を言えたのだろうか。聞きたかったが、忙しいメイドさんはさっさと行ってしまった。


 二人の事も気にはなるが、もっと気になる事があった。

 ――色、もしかして、これからしばらく帰ってこないつもりなんじゃないかな。

 ただの勘だし、明日にはしれっといるかもしれないけれど、何となくそう感じた。し、もっと言えば、これは色からの無言のメッセージなんじゃなかろうか、と思った。

 好きにしろ、というメッセージ。

 そう、勝手にそう解釈しているだけだけれど。丁香にとってはしんどいだろうが。


 直接会ってしまえば、私が切り出した事の真偽を問いたださないといけないし、場合によっては飛燕も拘束の対象になってしまう。

 あのおっさん……叔父さんは、飛燕を連れ出したいという話をした時に、私に手を貸すと言ってくれた。その事を覚えていて、果たそうとしてくれているのではないだろうか。

 全て私の好き勝手な解釈だけれども、その線もあるかもしれない。そうであれば良いなと、勝手に思う。




 私は、私の計画を全力で進めよう。

 どちらになっても良いように、心構えをしておこう。

 そう決意して、私は眠りについた。

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