第128話


 部屋の中では、相変わらずの距離感の叔父甥が、一緒に黙々とご飯を食べていた。ここにあの子が居ないのが、寂しい。

 そんな事おくびにも出さず、二人と一緒の大机につく。私が入ってきた事に気づいた、色が顔を上げた。その顔は、やや満足かな。


「珠香ちゃん、先いただいてるえ。今日も、なんやえらい珍しい料理やな。この汁も美味いわ」

「良かったです。一旦魚を焼いて、他の具材と一緒に煮込んでいるので、色んな出汁が出て美味しいですよ」


 味見した感じ、出汁は良く出てて美味しかった。が、調味料があともう一押しって感じなのよねえ。何味が足りなかったのかな、まだまだ修行がたりない。

 私の言葉に、色はせやなあ、と相づちを打って再び手を動かした。

 飛燕を見ると、飛燕は無言だが一生懸命料理を食べていた。リスみたい。可愛い。もっとお腹いっぱい食べさせてあげたい。

 二人の間には微妙な緊張感があって、会話が無い。いつもの事だけれど。

 お腹いっぱいになれば、少しはリラックスして話せるだろう。そう読んで、私から二人に切り出した。


「お口に合ったようで、良かったです。さて、二人とも、食べながらで良いから聞いて下さい」


 一瞬、同じようにピタッと止まった二人だが、再び手を動かし始めた。こういう所に血縁を感じるなぁ。


「色さん。飛燕にも了承を貰ったので、一緒に尹から出ようと思います。でもその時期は、私に決めさせてください」


 一旦言葉を区切ると、はっ? という表情を浮かべて色が顔を上げた。


「そら困るで珠香ちゃん。こっちにも事情っちゅーもんが」

「それは私も同じです。でもこれは、尹にとっても悪い話ではありませんよ」


 大机の上に肘をつき、手を組んで顎をのせてニヤァと色を見る。色はそんな私の表情と行動を、気味悪そうに見ていた。失礼な。


「私が、尹を出て行きたい理由は、一つです。この尹と、戴の戦を止めたい。あなたになら、わかりますよね。今がどんな状況か。私を使ってまで止めているこの状況を、私が逆に利用したいと思っています」


 ここで一旦言葉を区切り、続きを聞く? という風な目線を色に送る。

 この人はまあまあ話が通じる方だと思うし、あの宰相より怖くない。だから、話す事にした。飛燕、を預かる以上私たちに不利になる事はしないと思うし、飛燕おいすら切り捨てるのは、最悪になってからだろう。そんな最悪には絶対させないけれど。


「……は?」


 おっと、尹の宰相しきなら戦止めたいって言ったら、儲けたなぐらいの受け止め方されると思ってたんだけど、甘かったかな。仕方ない。


「私はこれから尹を出て舜都に向かい、今上陛下に戦を止める為の会盟を促す、玉璽をもらいに行くつもりです。いいえ、つもりではないですね、貰います。で、綜も、尹も、戴も、巍も巴も巻き込んで会盟を開かせます。どうです、私の話に乗りたくなりませんか?」


 自信満々に色に言うと、無言で、引いてた。無言で。いやぁ……なんていうか、饒舌な人の無言で引いた表情、心にくるよね。あと、ドン引きする顔が飛燕と似てた。やっぱり血縁だわ。


「……はぁ?」


 色はまだドン引いて固まっていたが、ギギギと飛燕を見やると、もちろん飛燕は知ってるし何なら多分覚悟を決めているから、涼しい顔をしていた。ぼんやりではない、涼しい顔だ。

 ここでようやく頭が回りだしたらしい。口の端をひくつかせながら何とか笑い顔を作る、色。


「……い、いややなぁ、珠香ちゃん、そんな夢物語。珠香ちゃんが想像力豊かなんはわかったわ。ごめんな、お兄さんちょっと体調が……」

「信じないのは自由ですが、私は、やりますよ。その為に既に動いてますから」


 立ち上がろうと腰を浮かせた色を、まっすぐ見据える。

 この人が何と言おうと、もはや決定事項なので何ら関係はない。が、飛燕には関係あるだろうから、ここまで言った。

 信じずに無視するなら良い方で、私を捕えようとするなら、珊瑚の力を借りなければならないだろう。あと、丁香もおそらく今なら、私の味方についてくれる。

 そう。私には下地がある。もちろんここで色家の坊ちゃんや当主としてやってきた彼よりはよほど限られているが、それでも、ネズミ二匹ぐらいなら逃げられる下地が。

 前回巻き込まれた騒動やみんなの最期を見た事によって、私にも度胸というものがついたらしい。これぐらい、大した事ないなって、度胸が。


 やけに確信に満ちた私の言葉に、色は少しだけ眉をひそめて私を見た。その表情は、厄介、面倒事、あたりだろうか。

 まあ良いよ。ヤバい占い師扱いはもう慣れたから。信じない人は、信じなくていい。私が進む障害にさえならなければ。


 とりつくろう表情も言葉も忘れたように、立ち上がった色は無言で、ふらふらと部屋を出て行った。


「……ごめんね、珠香さん。あのおっさん、割と突発的な事に弱いんだよ」


 それは、何となくそうだろうなと思っていた。


「いいよ、飛燕が謝る事じゃないし。それより、こっちこそごめんね。もっと上手く言えたら、禍根を残さずに出れたかもしれないのに」


 私が申し訳なくそう言うと、飛燕は、ふっと笑った。なかなか見ない美少年のその表情を、つい凝視してしまった。いや、やましい意味じゃなくてね!


「良いんだよ。あんなおっさん、とことん迷惑かけてやれば」


 そう言って、涼しい顔でお茶を飲んだ。やっぱり飛燕は色に辛辣だ。ただ言葉にして、不満でも何でも出せるようになるのは、良い傾向だと思う。彼は、内側を自分でも見ないといけない。


「相変わらずね、飛燕。まあ、色さんは最悪なんらかの手段で阻んでくるかもしれない、という事を念頭に置いて行動しましょうか」

「わかった」


 素直に、何も思ってなさそうに頷く飛燕を見て思う。

 私達が無断で出て行っても、いつか叔父甥のわだかまりは解けるだろう。それこそ、綜が王朝の代理人として会盟を行う時にでも。

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