第127話

「えっとね、私の都合でみんなを急かしているでしょう。忙しそうだから、せめてサッと食べられる物でも差し入れられたらなあ、と思って。特に珍しいものじゃないんだけど、いっぱいあるから、食べてくれると嬉しいな」


 そう言って、ぷるぷるする腕で倭都に持っていた包みを掲げて見せる。倭都は首を傾げていたが、私の後ろ、飛燕に目をやって小さく頷いた。そうよね、良く知らない人から物を貰っちゃいけないよね。しっかりしてる。でも、飛燕は私を信じて頷いてくれたようで、ちょっとだけ嬉しくなった。


「ふぅん、ま、受け取ってあげなくもないけど。って、あんたどんだけ持ってきたのよっ」

「何個かは数え忘れちゃった。余ったら、伸して日干ししたら長持ちするから、やってみて」


 不審げだが、倭都は船から三人男性を呼び寄せ、私達の包みを受け取ってくれた。そして、私にはわからない言語で彼らに話しかけた。食べて良いと言ったようだった。


「じゃあ、倭都ちゃんに差し入れも渡せたし、私たちは戻るね」


 倭都におにぎりを渡したし帰ろうと思い声をかけると、倭都が眉を寄せて呆れたような顔をしていた。


「あんた、本当にそれ持ってきただけなの? また無理難題を言われるもんだと身構えてたのに」

「えっ、そんな事しないよ。あとは、強いて言えば、北の漁村には途中の小島で一泊せずに、そのまま行って欲しいってぐらい……」

「はあ?! なに無茶な事言ってんの!」


 倭都が私の言葉を遮るように大声を上げた。船員さん達が、なんだなんだとこちらを見た。珊瑚も、おやまあみたいな顔で私を見てくる。


「私、少し先の未来が見えたんだけど、夜に出る獣を避ける為に一泊するよね? 私ね、獣避けの札を持ってるの。必要でしょう。それを無償で倭都ちゃんに提供するわ。それでどう?」


 私の言葉で、怒った倭都の顔がどんどん変わっていく。どうやら頭の中で色々と計算しているようだ。前は、最初から倭都にあげるつもりだったが、今回は少しだけ恩着せがましく言ってみた。少しでも倭都を動かす理由が欲しかったから。私が出せる手札は、本当に少ない。

 腕を組んで少しだけ考えていたが、倭都がくっと私を見上げた。

 はて、このきりっとした感じは、船の上で見たような船長としての表情だが。


「船の運賃に、オマジナイサマを私達に提供するってわけね。良いわ。その契約、乗ってあげる。契約符(けいやくふ)はいる? 口約束だけで不安なら……」


 倭都が、何かを正式に結ぼうとしている事だけは、わかった。

 驚いたのは私の方だった。

 獣避けの札、はもちろん私達にとっても高価なものだが、金持ちなら買える、ぐらいの価値だ。

 倭都達にとっては、もっと価値が高いものらしい。正直、先生から盗……貰ったものだから、そこまでしてもらう方が申し訳ない。だが、この状況は私に利している。今回は提供できる労働力もないし。せいぜい、余裕そうな表情を作り倭都に応えた。


「私は、倭都ちゃんを信用しているから、口約束だけで充分よ。それに今、現物を持っていないの。乗船前には見せるから、それでも良い?」


 私の言葉に、倭都はハッとした顔をして止まった。私が嘘ついてるかもしれないもんね。まあ、嘘ついたら海の獣に襲われて、もろとも死ぬからそんな阿呆な事はしないけれど。

 ちょっとだけホッとした顔をして、倭都が頷いた。


「わかった。それじゃあ、また明後日に見せてちょうだい」

「うん。じゃあ、私は帰るね。珊瑚さんは、もう少し話をしていかれますか?」


 私が話を振ると、今まで黙って成り行きを見守っていた珊瑚は、ニンマリ笑って、


「そうしよかな」


 と言った。この不審な来訪者に、倭都は少しだけ眉を寄せたが、拒んだりはしなかった。こういう所、優しいよね倭都ちゃん。

 くるりと飛燕を振り返ると、いつものぼんやりした顔で、私を見ていた。


「帰るの?」

「うん。飛燕も、もう少し話していく?」


 飛燕は私の言葉に、今度はハッキリと首を横に振った。


「僕は今、珠香さんの護衛もかねてるから。一緒に帰るよ。で、そのままおっさんを待ってたらいいんだよね?」

「そうそう。覚えてくれていて、ありがとう。じゃあ、一緒に帰ろうか」


 飛燕の、自分に関する事に対する少しだけ前向きになった返答に、少し嬉しくなった。にこっと笑うと、飛燕もにこっと笑い返してくれた。う~ん、美少年かわいい。美少年って凄い。


「それじゃあ、お邪魔しました。またね」

「はいはい。気を付けて帰んなさいよ」

「ほな、明日なぁ」


 二人にも見送られ、私達は色邸への帰路についた。





 馬車の中では再び無言で過ごし、色の屋敷に着いた。

 ちょっとフラッとすると、既に慣れ始めている飛燕が手を伸ばし、私を支えてくれた。うう、ごめんね、うちの子みたいな事させて……。いやあの子、うちの子じゃないや、友達だった、言葉の綾がでてしまった。


「大丈夫、珠香さん。これからご飯、作るんでしょう」

「ええ。いつもの事だから大丈夫よ。少し休めば元に戻るし」


 心配そうな飛燕に、つい苦笑で返してしまった。飛燕はなお、呆れた顔で私を見る。


「……そんな調子で、船、大丈夫? 僕ですら、あの時は大変だったよ」


 そういえば、飛燕は船酔い止めの薬の事、知ってるんだっけ。今のうちに、あの惨状の説明をしておいた方が良いかな。うう、あの副作用、完全に足手まといになるんだよね。


「船はね、秘策があるのよ。珊瑚さんが、船酔い止めの薬、買ってきてくれる手筈になってるの。でも私、その酔い止めの副作用で、寝込んで動けなくなっちゃうの。だから飛燕、もしもの時は、助けてね」


 私がお願いすると、飛燕はこてんと首を傾げた。


「その薬、飲んだ事あるの? 副作用、出るの?」

「今は、飲んだ事ないよ。でも、なるのよ。本当に身体が動かせなくなるの。薬が抜けたら普通になったから、副作用で合ってると思う」

「……ふぅん」


 飛燕は、何も言いはしなかったが、すこし薄気味悪そうに相づちを打たれてしまった。仕方ない。




 一緒に中に入り、飛燕には部屋で待っててもらうようにお願いし、私は出迎えてくれた丁香と一緒に厨房に向かった。仕込みはして出かけたが、急がなければ間に合わないだろう。


 今晩は、アクアパッツァを作ってみようと思っている。ない物ばかりだが、何とか代用できる、と思う。

 そもそも、魚を焼いて煮込むのが珍しいので、もう珍しいはクリアという事で、あとはどれだけある調味料で食べれるものを作るか、だ。

 もうすっかりおなじみになった料理長と、あーでもないこーでもないと相談しながら、高級白身魚を焼いて、それっぽい貝と野菜をぽいぽいと鍋に突っ込んで行く。酢とか水とか精製されてないお酒とか、色々味をみながらつっこんでいくと、何とかそれっぽいものができた。

 ただ、彩りがすごく地味だった。しょうがないね。パプリカみたいな黄色とか赤とか鮮やかな野菜が少ないからね。


 今回も、料理長たちは料理の珍しさを褒めてくれたが、つみれのようには自分たちも作りたいとは言わなかった。いや逆に、つみれが成功例すぎたのだろうか。それはそれで、嬉しいやら悔しいやら。

 とにもかくにも主菜が出来たので、他にも、同時に作ってもらっていた副菜たちとともに、丁香たちに運んでもらう。

 もし次があるなら、何としても彩りの良い野菜と、調味料を探そうと決意しながら、私も色たちがいる部屋に向かった。

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