第126話
夕ご飯の仕込みも少し進め、結構な量のおにぎりを包んでもらった。
私だけでは絶対に運べないので、大人しく飛燕が来るのを待ちながら、馬車の用意もしてもらった。桟橋からは歩かないといけないけれど、そこはまあ、頑張る。
飛燕が再び色邸を訪れたのは、それから少し経ってからだった。飛燕の家を知らないけれど、結構近い所にあるのかな。
飛燕は嫌な顔一つせず、私の、倭都の所に行きたいという言葉に、うんと頷いた。そして、私の後ろにある大きな包み(包みきれずに結局三つに分かれた)を見て、きょとんと首を傾げた。
「これ、なに?」
「焼きおにぎり」
「やきおにぎり」
飛燕は私の言葉を繰り返したが、今度はなんとなく語感で察したようで、料理については何も聞いては来なかった。
「それにしても、沢山用意したね。あの人達が
「ううん、知らなかったよ、今知った。でも、それなら無駄にならなさそうね。良かった」
飛燕と使用人の人達がテキパキと馬車に荷物を積み込み、私と飛燕はその隙間に座った。色が日のある内には帰って来ない事を丁香に確認して、私達は出発したのだった。
馬車の移動中は気持ち悪くなるので、ほとんど会話しなかった。飛燕もなんとなく察してくれて、馬車は無言で進み、私達は市場の近く、桟橋のすぐそばで馬車を降りた。
飛燕が包みを三つとも持つと言ってくれたが、流石に申し訳ないので私も一つ包みを持ち、桟橋を歩き出した。
結構、重い。お米って、こんなに重いんだなと思い知る。それを軽々と持つ飛燕に羨望さえ抱く。
「……それで、なんで倭都さま達に差し入れしようと思ったの?」
そういえば、春陽達が乗っていった起宣の船は、白じゃなかった。けれど、いつもの白い目立つ起宣の船が無くなっていた。彼らもまた別の動きをしているのだろうか。
いつもの起宣の船が無い事を確認して、飛燕が話しかけてきた。一応気を張っていたのがわかる。
「う~ん、前も言ったけど進捗の確認と……約束、かな」
「やくそく?」
思わず口にした言葉を聞き返され、私は苦笑しか返せなかった。
今回も、倭都たちには迷惑をかけるだろうし、その迷惑料も含まれているのだが、どうしても、前回の時に彼らに振る舞えなかった私の料理を、差し入れたかったのだ。料理を気に入ってくれた倭都にも、今回も何か美味しいものを食べさせてあげたいなと思った。ただの後悔だ。
だけど、すぐ大量につくれるものが思い付かなくて、何種類かのおにぎりしか作れなかった。悔いはあるが、しないよりまし。なんなら、明日もあるしね。
飛燕の不思議そうな表情に、苦笑しながらいったいどう答えようか迷っている内に、倭都の船が見えた。
相変わらず忙しそうに人々が動いているが……あれ? 私の見間違いかな。
「ねえ、飛燕。あそこに居るの、珊瑚さんじゃない?」
私の言葉に、飛燕も素直に倭都の船の方を見た。少しだけ目を細めて確認する。
「多分。あの背丈の女性は乗組員には居ないハズだから、珠香さんがそう言うなら、そうかも」
声をかけるかどうか一瞬悩んだが、あの珊瑚がこの距離まで来ている私達に気づかないハズがない、と思う。だからまだ居る、もしくは声をかけてこないという事は、こちらから声をかけて問題ないのだろう。
そう判断して私は珊瑚と、珊瑚と向かい合い彼女を見上げている倭都ちゃんに向かって声をかけた。
「こんにちは。珍しい組み合わせね、倭都ちゃん、珊瑚さん。お知り合いですか?」
世間話程度の会話をしながら普通に近づいたつもりだったのだが、倭都が困惑したように私を振り返った。珊瑚はいつも通りのニヤニヤ顔だが。しかし、倭都の困惑した顔を見る事になろうとは、こっちが驚いた。飛燕もおそらく後ろでやや驚いているだろう。
「あら、さっきぶりやねえ」
「いや、知り合いじゃないけど……あんた、どこでこんな人見つけてくんのよ」
倭都ちゃんが、困惑顔からさらに眉を寄せ、私を見る。えっ、確かに変な人だけど、倭都ちゃんは少しの時間でその辺を見抜いたという事だろうか。……どうやら違うようだ。
私がきょとんとしていると、珊瑚がニヤニヤとしながら頬に手を当てていた。倭都がちらりと珊瑚を振り返り、何かアイコンタクトをとっていた。珊瑚はどうやら頷いたようだ。
「アタシ、昔、この辺でこの子のお父上に助けて頂いたんよ。だからちょっとお話ししたいなって、ここに来たんやわ」
「本当に、父上はお人好しよ……」
少しだけ、倭都の顔が寂しそうに陰った。それをちらりと見た珊瑚が、少しだけ表情をやわらげた。
「いやぁ、あれだけ義侠心に厚いお人は、なかなかおらんやろなあ。倭都ちゃん言うたっけ。苦労したなあ」
そして、倭都を労わるような優しい言葉。
この人の事、まだ実はあんまりわかってないけれど、その優しさが偽りでないのは、わかる。珊瑚は前回も優しかった。それが、歯がゆくもあったけれど。
倭都はちょっと驚いたような顔をして珊瑚を振り返り、それが恥ずかしかったのかぷいっとそっぽを向いた。
「ふんっ、アタシの父上なんだから、当たり前でしょ」
そして、偉そうにそう言い放った。それは強がりだとここに居る誰もが思ったが、それを言う人は居なかった。全員の気持ちが、今一つになった気がした。
「そうなんだ。凄いんだね、倭都ちゃんのお父さん。飛燕を助けてくれたのも、倭都ちゃんのお父さんなんでしょう?」
ただ、ここまで他人の厄介事に首を突っ込む人が、果たして無事に生きられたのだろうか。……いや、だからこそ倭都はこの年で苦労をしているんだろう。
だけど、その事に対して恨み言一つ言わず父を誇れる倭都は、本当に凄い子だと思った。前回も大きくなった後に、大きな事をやり遂げた事だし、本当にこの子は大器なのだろう。
「そうよ。まっ、飛燕はそのまま居残った変わり種だけどね。……で、あんた達は何の用だったの」
ふっと鼻で笑って、倭都が本題を切り出してくれた。
良かった、そろそろ米の重みに、腕が限界を迎えそうだったのだ。
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