第125話
姉が、船が見えなくなるまで三人で見送って、私は、くるりと残った二人を振り返った。
「……さて。珊瑚さん、荷物を盗むの、明日の朝までちょっと待っててもらって良いですか? もしかしたら、説得できるかもしれないんです。飛燕、今日、色さんの屋敷に来てくれない?」
見送った二人の事は、もう、話題にしない。
信じているから。再び考えるのは、王都についてからだ。
自分にそう言い聞かせながら二人を見ると、珊瑚はニヤニヤ顔でええよと言い、飛燕も不思議な顔をしながらも、頷いてくれた。
「飛燕は、このまま市場について来て。珊瑚さんは、どうされますか?」
私の問いに、珊瑚はうーんと顎に人差し指をあて考えるそぶりを見せた。そしてちょっとだけ間を開けて、ニコッと微笑んだ。
「あたし、ちょっと寄りたい所あるから、ここで一旦お別れしよか。荷物の件は、また明日の昼に話し合お。いつもの茶館でええ?」
「はい。じゃあ、また明日ですね。……ちなみに、どこへ?」
ニコッと笑っているので、聞いても教えてくれないだろうと思いながらも、好奇心が勝って聞いてしまった。
珊瑚はちょっとだけ眉を開いて迷ったようだが、ふと、微笑んだ。
この、いつも薄笑いの珊瑚が、素の表情を出した事に驚きが隠せない。この人も不思議な人だ。倭都を海寇の頭と知っていたり、この辺にしかない船酔い止めを知っていたりと、とかく謎が多い。
「んーとな、ないしょ」
「えっ、あ、えっと、はい。じゃあ、また明日」
いや、今の教えてくれる流れじゃなかった?!
と、思ったが、ここは素直に引いておく。隠密系の用事なら、私は邪魔だもんね。
ただ、ふと見せた素の微笑みが気になるはなるが、まあ、永遠に解けることはないのだろう、と諦めた。
「じゃあ、行こうか、飛燕」
飛燕を振り返ると、いつものぼんやりした顔で頷いた。私も同じような顔で珊瑚に頷いたかもしれないな、とふと思った。
私達に手を振る珊瑚を後にして、飛燕と市場へと向かった。
「そういえば、せっかく近くまで行ったんだから、倭都ちゃんに進捗聞いても良かったね」
一緒に市場を見て周りながら、ふと思い立ち飛燕に話しかけた。
飛燕は、私が適当に見繕った食材を買って籠にしまいながら、私を見た。
「今は、止めた方が良いと思う。荷物の積み下ろししてる時は、あの人達殺気立ってるし」
「そ、そうなんだ。じゃあ、邪魔しちゃ悪いよね。準備完了するまで、大人しくしておこうか。……あ、でも、差し入れとかどうだろう」
私の思いつきに、飛燕はこてんと首を傾げた。
「差し入れ? なんの? お酒?」
飛燕の言葉で、どんな人達がちょっとだけ察した。ああ、でも、お酒飲むなら、味濃い方が好きかな。ちょっと閃いたかも。
「ううん、料理。さっと食べれるもの、持っていってみようかな。そうと決まれば、色々買い足そう。飛燕、こう、お米にかけて食べるような、味の濃いおかずというか、調味料ないかな」
色んな食材を見ながら話しかけると、不思議そうにはしていたが、飛燕は答えてくれた。
「食べた事あるような気がするけど、料理長に聞いた方が早いんじゃないかなぁ」
「そうね、そうしてみる……飛燕は、今日、夕飯食べて行くでしょう?」
まるでお母さんみたいな事を言ってしまったが、飛燕は少し考えて、頷いた。
もちろん、飛燕に料理を出すときは、色が居る。色が居るとなると、私は例の話を切り出す。そこに、居て欲しいというのを、少しだけ考えて頷いてくれたのだ、とわかる。彼も、ちゃんと覚悟をしているのがわかって、嬉しい。
「良かった。じゃあ、夕飯までの間にささっと作って、持って行ってみようかな。そうと決まれば、さくっと買って、さくっと帰ろう」
「わかった」
頷く飛燕に微笑みかけて、見ていた魚を買ってもらった。
その後も、いくつか適当に食材を買い込み、私達は市場を後にした。
市場を離れる際に、姉達が去って行った河を振り返ってしまったのは、仕方ないと思う。河は、変わらず流れ、いくつもの船が行き来していた。
色の屋敷に戻ってきた。
お昼前に帰りついたが、丁香は変わらず完璧なメイドさんの態度で出迎えてくれた。
お昼ご飯は作ってもらいたい事を伝えると、かしこまりました、とすぐに返事が帰ってきた。直前になって申し訳ない。
飛燕は、一旦自分の邸宅の方に帰ると言ったので、夕方前にもう一度来て貰いたいとお願いすると、頷いた。
飛燕、お母さんに出て行く事を言うのだろうか……わからない。前回の記憶でも、飛燕の母は全く出てこなかった。飛燕の幼少期を少しだけ見せてもらったが、その時だけだ。彼女は飛燕の幼少期に絶大な影響を及ぼしたが、今の飛燕の決断には影響ない、と思いたい。
そんな気持ちで帰る飛燕を見送り、私も色の屋敷に入った。
お昼は、一人で食べた。
一人、というのは、慣れない。この旅に出てからは、誰かしらと、ううん、あの子と一緒に食べていたから。
寂しい、という感情は次に怒りをもたらした。
こうなってしまった原因を、必ず止める。
そう決意を新たにして、私は作ってもらった美味しい魚料理を平らげた。
昼ごはんを済ませ、厨房に向かう。買った食材は、既に運んでもらっている。
私が厨房に入ると、昼と夕の仕込みの間という事で、料理人の人達が一服していた。
休憩中にごめんなさい、と私が声をかけると、料理長をはじめ料理人の人たちは嫌な顔一つせず、私を迎え入れてくれた。
嬉しい。今この瞬間に、嬉しい、と感じられた事がもう幸せだと思った。
前回、最後の方の、心が壊れた私のままであれば、おそらくこの状況も嬉しいと思えなかっただろうから。これも、彼が望んだことだろうか。だとしたら、嬉しい。
自然に微笑み、彼らの好奇心と共にかけられる言葉に応えた。
海寇の倭都達への差し入れは、焼きおにぎりのような物を沢山作ろうと思っていた。味噌、があれば良いのだが、おそらくまだ発明されていない。魚醤のようなものがあるので、もう少ししたらいけそうな気がする。料理長たちにも聞いてみたが、首を傾げていた。
なので、中に具を詰めるのと、焼きながら魚醤を塗り香ばしくしたのと、二種類作る事にした。
おにぎり、はもうこの時代に普通にある。
保存食にする為に良く使われる方法だが、まとまって食べやすいので、色んな所で良く食べられていた。
問題は量だが、それは料理人のひとたちが助けてくれた。
休憩中に申し訳ないと再度謝ると、みんな快く大丈夫だと言ってくれた。本当に、料理が好きな人達が集まっている事を感じる。だから、私も彼らに自分の知識を惜しげもなく伝えるし、彼らも私を信頼して敬ってくれる。
主従、よりもやっぱりこういう距離感が、心地いい。……全部が終わったら料理人になる、というのもやっぱり良いなあと思えるようになってきた。……まあ、生きていたらの話だけれど。
そんな事を考えている内に、焼きおにぎりたちはどんどん完成していき、倭都達だけで食べられるのだろうか、という量が出来上がった。
米、をこんなに使っても嫌な顔一つしないので、本当にここの家は貴族の家だし、尹にも食料が沢山あるという証明のように思える。
環は少し寒冷地に入っているので、米もこんなに贅沢には使えない。が、穀物は良く育つ。
地理の違い、を擦り合わせていけば、もっと沢山国同士が交流していけば、きっとこの地全体が良くなる。そう、確信した。
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