第124話
私達は並んで例の桟橋を歩き、呉の船の前に着いた。
忙しそうに呉の船に荷物を積んだり行き来している人達の中に、あの乱暴者たちはいないようだ。ちゃんと人を選んでいるようだ。まあ、環の国の至宝を(片割れ)運ぶし、これからの商機に必要だからね。
私達が船の前に着いたのを見たのか、船の持ち主がいつものように優雅に団扇を仰ぎながら船から降りてきた。
「おや、遅かったですねぇ、お嬢さん」
昨日あれだけ急かしたからだろうか、ちょっと嫌味ったらしく呉 起宣が声をかけてきた。今日は一人のようだ。
「別れを惜しんでいました。肉親との別れですから」
それにいけしゃあしゃあと返す私も私で、性格が悪いのかもしれない。ふっと鼻で笑い、起宣は私の横の人達を見た。
「その方々は? お見送りですか」
あ、そうだ。言ってなかった。危ない危ない。
「一人は姉の同行者です。環の至宝ですもの、護衛ぐらい必要。そうでしょう?」
誤魔化して、さも当然のように言うと、起宣はちょっと苛っとしたようだったが、態度には出さなかった。そういうのは商人だなあ。
「ええ、ええ、うちの船はその辺の船より最新型で速度も出ますからね、一人二人、乗員の数がかわるぐらいでは、着く速さは変わりませんよ。ご安心ください」
ただ、口調には苛っとしたのが出てた。この人、今の方が面白いな。
でもやっぱり生まれついての商人、という感じはしない。もっと、身分が上の方の生まれで、侮られたり下に見られたりする機会が少なかったんじゃないかな。
商人の身分は、低い。いくら大金を稼ごうとも、だ。じゃあなんで、もしかしたら貴族出身かもしれない人が商人してるんだろう、と好奇心はわいたが、今はそれどころじゃないんだった。
「良かったです。姉さん、黄さん。この船の持ち主の、呉さんです。明日には着くようお願いしていますので、その後の事、よろしくお願いします」
二人に起宣を紹介し、船に乗るように促す。黄は頷いて、起宣に近付きと何やら話をし始めた。珊瑚もそれについていく。
春陽は。
「飛燕殿」
私ではなく、私の横でぼんやりしている風の飛燕に、声をかけた。
飛燕はハッとした顔をして、しっかり春陽を見返した。おお、飛燕は春陽を敬っているのね。
「はい」
「妹を、よろしく頼みます。この子は、剣が振れない。私達家族は、その、武門の出ゆえに剣を振れない珠香を、酷く弱い守らねばならぬ子だと思っていた。だが、その考えは間違っていたようだ。強くなったこの妹を、必ずほかの家族にも会わせてやりたいんだ」
軽く頭を下げた真剣な春陽の言葉に、飛燕もちょっと顔をキリッとさせて頷いた。
姉が、家族が私をそういう風に考えていた事を、私は知っていた。だけど、剣なんて野蛮だし守られる側で良いと思っていたのは、ほかならぬ私自身だ。
それを、今は強くなったと、姉が言ってくれた事が何より嬉しい。
胸をジーンとさせていたら、
「それと、心配はないと思うが……もし妹に手をだしたら、今度は真剣での試合を申し込むから、そのつもりでいてくれ」
急に声のトーンが変わった春陽が、マジ顔で飛燕にそう言っていた。飛燕はちょっと引いていた。私は胸の余韻が消えた。
「肝に、めいじて、おきます」
「姉さん! 大丈夫よ。逆に、助けてくれるの飛燕か珊瑚さんしかいないんだから、変な事言わないでっ」
全く。さっき飛燕とした会話を聞かせてやりた……あ、駄目だ。聞かれなくてよかった。
「うぅむ」
「僕頑張るね、珠香さん」
まだ納得いっていない表情の春陽に聞かせるように、飛燕が私に言う。可愛い。こんな可愛い子が恐ろしく強いんだから、世の中わからないわ。
「ありがとう、飛燕。でも、自分を犠牲にしてまで私を守ろうとはしないでね。約束」
「珠香さんもね。約束」
「ううっ」
飛燕に釘をさすつもりが、特大のブーメランが反ってきて、胸を射通された私は、何も言えなくなってしまった。
そんな私達のそのやり取りを見て、春陽が、笑っていた。
それぞれの別れが済み、春陽と黄は船上の人となっていた。
起宣は流石にここを動くわけにいかないので、信用している副船長とやらが乗り込んでいるそうだ。環木のやりとりも、この人を通じて行うらしい。
春陽が無事、環にある瑞の屋敷に帰りつけば、商談の話が進む事は言っておいた。
私のその説明に、起宣は少しホッとした顔をしていた。
物がないから不安なのだろう。そう慮りながらも、私は起宣にも書状を渡した。不思議そうな顔をする起宣。
「昨日言っていた、売って欲しい情報の内容です。お返事は、王都に来る筈の環の使者に宛てて送ってください。無理でも、あなたがわかる範囲で良いので答えが欲しいです。よろしくお願いします」
ニヤァと笑うと、起宣は少しだけ書状を呼んで、また嫌そうな顔をした。が、それについては何も言わず、無言で書状を懐の中に入れたので、調べてはくれるのだろう。そう、期待する。
私からの言質もとりつけ、起宣はもう絡まれたくないとでも思ったのか、さっさと出航の合図を出した。
動力は人と風なので、出航の汽笛などもあるわけもなく、船は、滑らかに長栄江に滑り出して行った。
「またな、珠香!」
「またね、姉さん!」
私達姉妹は、お互いに、お互いの姿が見えなくなるまで手を振った。
船は、ゆっくりとゆっくりと見えなくなった。
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