第123話

 少しだけ近づいた距離で、飛燕と話しをする。

 倭都の船で北の漁村に行って、そのまま王都に向かうのはこの前言った通りだが、問題はその前。

 尹を出る時だ。

 前は、完全に不意打ちのようにして逃げたが、今回は色々と準備が整ってきている。

 色には、計画を全く伝えていないので、彼は私が環に帰ると疑っていないだろう。そこをどうにかしないといけない。

 と、そう飛燕に相談すると飛燕は事も無げに、黙って出れば良い、と言い放った。本当にもう。……色さんは、飛燕に対して怒るというより哀れんでいるからなあ。飛燕には伝わりにくいんだろうなあ。

 仕方ないが、そこは後回しだ。

 市場の茶館が、黄や珊瑚たちと落ち合う建物が、見えたからだ。





「お待たせしました」


 中に入り、三人を見つけた。飛燕を連れたまま声をかけると、三人が振り返った。


「今来た所やよ。なぁ」


 珊瑚が、いつもの調子で返す。黄さんは反応しないし、春陽はちょっとだけ頷いた。

 私は適当に飲み物を頼んで、飛燕も私の横に座ってもらった。黙ってちょこんと座る飛燕。

 黄と珊瑚は一瞬不思議そうな顔をしたが、聞いてくる事は無かった。今は、それよりも言いたい事があるんだろう。


「それで、足は確保できたそうですが、書簡は整いましたか? お嬢さん」


 黄が、お茶を飲みながらこちらを見た。品定めするような目を向けられるのは、はじめてだな。私が、ただ守るだけの女の子、じゃなくなったからだろうか。それならば。


「はい。父上、司馬宛の書状と、環公への嘆願書を用意しています。姉さん、二、三別件での書状があるから、瑞の使用人の人に渡してくれる? 家宰かさいならこの宛先知ってるハズだから、預けて欲しいの」


 私が懐からいくつか書状を取り出すと、ほぅ、と黄はちょっとだけ感心したような声をもらした。姉は、素直にわかったと言って書状を受け取ってくれた。

 黄は、私の差し出した二通の書状を見ている。


「失礼ですが、中身を確認させていただいても?」

「どうぞ。もとよりそのつもりです。何かおかしな所や、疑問に思う所があれば教えてください」


 綺麗にたたんだ書状を広げて黄に渡す。まさか見て良いと言われると思っていなかったのか、珍しく驚いたように眉を開いたが、黄は、すぐ真顔に戻って書状に目を落とした。


「なになに、気になるやん。何書いたん?」


 そんな旦那をしり目に、珊瑚が軽い感じで言ってくる。ちょっとだけ苦笑して、珊瑚を見た。


「たいした事は、書けませんでした。要点は、二つ。巴の動向がおかしい事と、双子を謁見に出す意味を、私なりに必死に書きました。伝わりそうですか? 黄さん」


 何でもない風にそう言って黄を見ると、まだ真剣に書状に目を通していた。そんなにマジマジ見られると恥ずかしいな。なんて思うような私的な事は書いてない。父上に向けた情に訴える言葉は、申し訳ないが、策略だ。なんでも使うって、決めたんだ。

 私の問いかけから十数秒程で、黄がちょっと溜息を吐いた。書状を綺麗にたたみ直し、自身の懐にしっかり入れた。どうやら合格できたようだ。


「……流石、当代随一の知識人と名高い、よう大史たいしに師事していた方、ですね。良く状況を理解し、自身の望みの伝え方を心得てらっしゃる。多少、用語がおかしい所はありますが、それはご愛嬌の範囲でしょう。これを読み、私も何を望まれているのか理解できました。……あの予言のような言葉より、よほど」


 これは、黄さんなりの最大級の賛辞、なのだと思う事にした。机の下で小さくガッツポーズをする。最後の皮肉は、聞かなかった事にする。


 それにしても、ああ、先生ありがとう。先生の箔のおかげで、虎の威を借りた狐だとしても、黄さんを納得させられて良かった。


 私は、袖をごそごそして、小さな包みを取り出した。これは、今朝出かける前に、丁香に貰った滋養の付く肝? だ。削って粉末状にして飲むらしい。それを、黄さんに渡す。


「大丈夫そうで、良かったです。黄さん、もう一つお願いがあるのですが、これを、その私の恩師の風伯先生に渡してもらえませんか? 先生は、良く根を詰めて作業されるので、滋養のつくものをとって欲しくて。ここで無理を言ってわけてもらった、肝? です。粉末にして飲むと、眼精疲労にも効くそうです。お願いできますか?」


 不思議そうに私から小包を受け取ったが、黄はわかりましたと頷いてくれた。

 姉たちは、先生を恐れている。多分、私よりよほど。だから、姉に持って行ってもらうのは気が引けて、黄に頼むことにしたのだ。頷いてもらえて良かった良かった。姉も、ホッとした顔をしている。


「黄さん、姉さん、二人の働きに今後がかかっているの。どうか、どうかお願いね」


 祈るような気持ちを言葉にすると、姉はニカッと笑い、黄は静かに頷いた。珊瑚は薄笑いのままで、飛燕はぼんやりした顔だった。みんな個性強いな。


「ああ、任せろ。私を誰だと思っている、お前の姉だぞ。何も心配するな。まあ、私はお前が心配だがな。王都で、必ず無事に落ち合うと約束してくれ」

「もちろんよ、姉さん。姉さんを、家族のみんなを信じているわ。約束する、絶対無事に王都で会いましょう」


 どこまでも明るい春陽は、太陽のように皆を照らす。今はその事が本当に、有難い。

 姉に笑いかけたあと、黄を見る。


「黄さんも気を付けてください。巴の望みが、環への攻撃なのか、その先の天下統一なのかこの段階では微妙だと思います。ですが、証拠を見つけ、会盟の場でそれを指摘し、企みを暴けば必ず止められる筈です。この一連の騒動の裏には、必ず巍がいる」


 強い決意で黄を見て言うと、また黄の顔が青ざめてちょっと眉が下がっていた。えっ、今の所でなんか怖い所あった?

 珊瑚がおかしそうに笑いだす。


「責任重大ってやっちゃなあ。あなたなら簡単な事やし、気ぃつけておきばりや。巍の書状、とか出てきたら楽しそうやなぁ」

「珊瑚、お前他人事と思って……。まあ良い、この、次なにするか全く予想できないお嬢さん、ちゃんとお守りしろよ」

「わかってるってぇ」


 夫婦の会話の中に私へのトゲがあった気がするが、気にしないぞ。


「それでは、そろそろ約束の時間ですし、船に案内しますね」


 私がそう言って立ち上がると、みんなもほぼ同時に立ち上がった。身体鍛えている人達が、ズラッて立ち上がると、壮観だなあ。

 みんなの事を頼もしく思いながら、私達はその茶館を後にした。





 お金は春陽が払ってくれた。

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