第120話
「選ばせます。私が彼にできるのは、選択肢があるという事を教えてあげるだけ。そこから選ぶのは、彼の意思です。大丈夫、飛燕もちゃんと、好きな事とかやりたい事とか、出てきます。ただ、表に出し方がわからない、そういう印象を受けます」
そう。あの、一緒に死んだ子たちに向けた感情は、確かに飛燕のものだった。誰に言われたわけでもなく、自分から、そうしたいと思ったから、した行動。
ちゃんと、飛燕ならできる。私にはその確信がある。
でも、色にはない。
「ほんまかいな、あの
「大丈夫ですって。今でもちゃんと、棒術はやりたいからやってるし、付き合いたい人達も自分で決めて付き合ってるじゃないですか」
朗らかに私がそう言うと、それはそうかもしれないけども、と微妙な顔をする色。
まあ、自分の甥っ子が海賊と仲良しなんて心配なんだよね。逆に言うと、それだけなんだよね。
この人にもちゃんと情が流れてる。あの丁香が、長年付き添ってるぐらいだもの。冷めた後の行動はどうかと思うけど、それは二人の問題だし下手に首は突っ込めない。
と、別な事に気をとられていると、視線を感じた。ふと見ると、色が顔を隠した手を取って、頬杖をついてこちらを見ていた。
その顔は、諦めと好奇心が入り混じったような、不思議な表情。
「なんや、珠香ちゃん、えらい飛燕に入れ込んでくれてるけど、やっぱり惚れたん?」
本気でそうとは思ってないだろう。ちょっとだけ笑って、ふるふると首を横に振った。
「いいえ。私には、既に心に決めた一人がいます。飛燕には……同胞のような感情を抱いています。だから、彼が幸せになってくれたら、私も幸せになって良いんじゃないかなって、勝手に、一方的に思っているだけです。飛燕は知りません」
最後は苦笑しながらそう言うと、色は頬杖をついたまま、驚いた事に、飛燕に見せたあの少し悲しそうな表情を、私に向けた。
な、なんでだ。
「なぁんや、君も複雑なもん背負うてんねやな。かぁいそうになぁ。そんな可哀想な若者に、おっさんが手ぇ貸さんわけには、いかへんなあ。……しゃあない。飛燕は、見分を深めさすために、外に出したるかぁ。それでええか?」
色が自分の事をおっさんと言った事にも驚いたが、こんなに穏やかな顔もできるのか、と驚いてしまった。
それよりなにより、許可、を出してもらったという事で良いのよね?
色はちゃんと飛燕の事を想っていた。その事実が、じんわり胸にひろがって泣きそうになる。泣かないけど。
「はいっ。ありがとうございます、色さん。その配慮に、最大限感謝いたします」
「ええよ。俺も、飛燕はどうしたらええか考えあぐねてた所やし、あいつがいつか、でっかくなって俺に礼言いにくるん、楽しみにしとるわ」
苦笑する色の顔は、今だ穏やかだ。
飛燕にとってこの叔父は、父親にはなりえなかったけれど、お兄ちゃんではあった筈だ。色も飛燕を、弟のように想っているのを感じる。
今、色も覚悟を決めたのだろう。飛燕を信じる、覚悟を。
「そうですね。海寇になってなければ、御礼参りに来るんじゃないですか」
わざと間違った言葉を選んで言うと、色は、苦笑しながらも声をたてて笑ったのだった。
無事、飛燕の同行許可を得て(詳しい事はまた後日)、安堵しながら部屋に戻る廊下を歩く。
はじめてここに来た夜に、飛燕を見たあの廊下だ。
まさか、ここまで彼に関わる事になるとは、あの時は露ほども思っていなかった。運命の不思議さを思うが、もしかしたら強制力も働いているのかな。人である私には何一つわからないけれど。
と、飛燕のようにぼんやり考え事をしながら歩いていたら、ぼふんと何か柔らかいものにぶつかった。
「わっ」
「えっ、あ、申し訳ありませんお嬢様っ。お怪我はございませんか」
目の前から聞こえたのは、丁香の声。既に廊下が薄暗く、私の前方不注意でぶつかってしまったようだった。向こうも驚いている。
「だ、大丈夫です。丁香さんは大丈夫ですか?」
「私は何ともありません、お気遣いありがとうございます」
しかし、はて。
この完璧なメイドさんが、廊下で、私や飛燕みたいにぼんやりする事があるんだろうか。しかも、私や色の部屋が近い、この場所で。……ここでハッとする。
「丁香さん。もしお時間あったら、ちょっと私の相談に付き合ってもらえませんか?」
何か、私や色に聞きたいことや言いたい事があってここまで来たけど、躊躇している間に私に衝突されたのではないか、と。
予感は見事的中したようだ。
丁香は少し迷っていたようだったが、やがて頷いた。
「かしこまりました。私でわかる事であれば、なんなりと」
「良かった。じゃあ、立ち話もなんですし、私の部屋にどうぞ」
丁香はまだ戸惑っているようだったが、私が先導して部屋に入ると、大人しくついてきた。
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