第119話


 厨房を出ていつものように饗間ダイニングに向かうと、既に色が居り、つみれ汁を食べていた。私が入ってきた事に気付いて、にこりと笑う。


「おお、珠香ちゃん。今日も美味しいもん作ってくれて、ありがとうな」


 どういたしまして、と平然と言いながら自分も椅子に座る。いつものごとく、味見でお腹いっぱいだ。

 色の様子を見る。

 普段と変わらないように見える。特段ご機嫌だったり不機嫌だったりもしない。この時期はまだ、尹は戴の動向を伺うだけで良いから、のんきなものだ。問題があるとするなら、私の処遇ぐらいか。


 この人に言っても、信じてもらえるかなあ。

 ぼんやり考え事をしながら、色を見つめてしまっていたらしい。ふと目が合うと、にっこりと微笑まれた。ビクッとした。


「なんやぁ、珠香ちゃん今日は、やけに熱い視線送ってくれるやん。なに? ようやくお兄さんの魅力に気づいた?」


 ここに飛燕が居たら、お兄さんじゃなくておっさんだろ、と突っ込んだ気がする。

 ちょっとだけ苦笑して、咳払いをする。色は結構早食いなので、料理もほぼ食べ終わりだ。良い頃合いだろう。


「さあ、それはどうですかね……あの、色さん。飛燕の事でちょっとご相談したい事が」


 そう言って、私は部屋の中に待機するメイドさんたち(丁香含む)をチラリと見た。

 色は、何か勘付いただろうか。微笑んでいた筈の目が、笑っていなかった。女性の扱いを知ってる人は苦手だが、頑張るぞ。


「飛燕、なあ。なに、なんか失礼な事でしてしもうたん? ごめんなあ。後で俺が怒っとくから、今日の所は許してやってくれへんかなあ」


 ふんふん、私が飛燕を外してくれと言い出すと不都合がある、だけではない感じだな。良いぞ。


「いいえ。飛燕はとても仲良くしてくれてますし、これからも、仲良くしていきたいと思ってます。そのご相談なんです」


 なるほど、という顔を作って色はようやく、メイドさんたちをいったん外に出した。別に丁香に聞かれても困らないのだが、他の人はわからないので用心するにこした事は無いよね。


「ふぅん。やけに仲良くなんたんやね。あいつにとっても良い傾向やわ。無頼者かいこうたちとようつるんでるって聞くから、心配しててん。側に置いておきたいなら、環に帰る時に連れてく?」


 色からその話題を切り出してもらえると、有難い。幾分、勘違いしているような気もするけど、まあそこは置いておく。

 色は半笑いで、たぶん冗談めかしているつもりなんだろう。私が、そんなの悪いですよ、と答えそうな小娘だから。

 ニンマリ、と満面に笑う。


「本当ですかぁ、嬉しいですぅ。飛燕に着いてきてもらえると、何かと助かるのでぇ。彼、強いし無駄なお喋りはしないし、おまけに顔も良いしで、ぜひずっと仲良くしていたいなあって」


 テンション高めの猫なで声で、畳みかけてみる。と、色は驚いたような顔で、私を見た。キャラじゃないのは、私が一番わかってるから!やめて!

 困惑しているのだろう。色は、


「珠香ちゃん、それ、ほんまに言うてる?」


 ひくひくと頬を引きつらせながらも、はははと、なんとか半笑いで聞いてくるのが精一杯のようだった。更に言葉を重ねる。


「もちろん! 大真面目です。飛燕を連れて帰るには、どうしたら良いですか? 何か手続きがいりますか? 彼も貴族だから、従者として連れていく事はできないでしょうけど、外遊という態なら連れて行けますか?」


 最後の方は、テンション高いキャラを止めて、真摯に色を見る。もう、相手の目を見れないとか泣き言は言わない。

 色は困惑した顔のまま固まり、何かを探るように私を見返してきた。真意を探っているようにも見える。

 ならば。

 私はひとつ咳払いした。


「色さん。私は今まで、何かを成す時に自分が犠牲になる事でおさまるなら、それで良いと思っていました。でもそれは、周りの事を何も考えていない行動だったと、思い知ったんです。

大切な人が、自身を犠牲にするのを止められない悲しさ、というのを嫌という程味わいました。……飛燕も、一緒に見えます。自分を殺す事し知らない子。そのせいで、色さんも、悲しかった事があるんじゃないですか」


 記憶で見た色は、いつも辛そうな顔をしていた。それは、飛燕には伝わらなかったけれど、私は。

 きっと、この人もこの人なりに飛燕が好きな筈なんだ。じゃなきゃ、あんな顔は、できない。そう信じる。

 祈るような気持ちで色を見ていると、やがて、ふーっと息を吐いて椅子に深くもたれかかった。この溜息は、まだ軽いな。


「……それを知って、どないするん」


 力ない言葉が漏れ聞こえる。どうしようもない、と彼自身も思っているのだろう。


「彼はここに居ると、自分を殺し続けます。それは、はっきりしてます。だから、連れ出したいんです。外に、もっと広い世界に。自分の幸せというのを、みつけて欲しいから」


 言いたい事は、全部言い切った。

 色は額に手を当て、表情を隠した。

 重い沈黙が流れる。

 飛燕は、情と恩で、恩を取った。色は、どうでるだろう。無理なら、攫ってくけど。それはもう決定事項だから。

 今しているのは、なるべく飛燕にとって気持ち良く尹を出る可能性を探しているにすぎない。


 やがて。


「……飛燕はな、姉さんにずっと、女であれと育てられ続けた可哀想な子なんや。自分で考えんでいい、母の言う事だけ聞いていなさい、ってな。そんなん、可哀想やん。

でも、そういう教育を受けて育ってしもたから、あいつは自分のやりたい、がわからへん。色々させたら、なにがしかは言うてくるかと思うたけど、それもない。唯々諾々と俺の言葉に従うだけ。そんなん、何も変わってへんやん。

珠香ちゃんは連れ出す言うけど、今度は、珠香ちゃんの言いなりになるだけちゃうん」


 色は、今まで見た事もないぐらい、鋭い眼光で此方わたしをみた。

 はじめて、彼と対等になれた気がする。

 私は、ハッキリと首を横に振った。

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