第13話





「……さま。お嬢さま。起きてください」


 ガクッと身体が揺れて、一気に眠りの淵から覚醒した。


「な、なに?」

「起きましたか、お嬢さま。王氏がお呼びです」


 見慣れた慶珂の顔を見た後、後ろの光景を見て、ハッと我に返った。そうだった、ここは我が家でなく、旅行先の他人の家だった。外は薄暗くなっており、部屋の端々に明かりが灯り、視界を明るくしていた。


「おうしって……」

「よう。良く寝てたみたいだな。我が家を気に入ってくれたみたいで、何よりだ」


 声がかかった方をキョロキョロ見渡すと、あの短髪の男がいた。笑っても、眉を寄せてもいない普通の顔を、始めてみたかもしれない。


「どうした? まだ具合が悪いのか?」

「あ、いえ、大丈夫です。それより、申し訳ありません、寝てしまって」

「いや、疲れが出たんだろ。長旅だったし。起きれるなら、食事を用意しているが」

「そこまでしていただいては……」

「良い。もとはと言えば、俺が招いた結果だ。あいつじゃないが、まあ、楽しんでいってくれ」


 そう言った男の顔は、何故か複雑そうで。その事に気を取られていたら、食事を一緒にする流れになってしまった。慶珂の分も用意すると言われては断り切れず、一緒に餐間ダイニングに行く事になった。

 用意していた小包を持って、部屋を出た。






 おうという人の屋敷は、いくつかの建物を、渡り廊下で結んでいるような造りのようだった。

 家の真ん中に大きな池があって、渡り廊下の下にも小川を作って、水を引き入れている。屋敷の外では大きな川とも接しているのに、敷地内にも川を引くとは酔狂な事だと思うが、これがこの地域の人たちの贅沢なのだろう、となんとなく思った。

 廊下を渡り(人が居ないと迷いそうだ)、着いたのは大きめの建物だった。煌々こうこうと明かるい。

 と、ここで、慶珂に別の道を行くよう指示する男。仕方ない事とは言え、ここで離れるのは心細い。それを察したのか、慶珂は、


「お嬢様。それでは失礼いたします。何かありましたら、お呼びください」


 なんでもないようにそうお辞儀して、言われた方へ歩いて行った。ちょっとだけ、落ち着いた。


「……いくぞ」


 男から声をかけられ、振り返ると、またちょっと不機嫌そうな顔をしていた。なんだろう、こわ。とりあえず、黙って男の後ろをついていく。

 男が大きな建物に入る扉を開けると、さらに廊下があった。少し歩いて、突き当りのひと際大きな扉を開ける。


 中は、凄かった。

 環とは違い、食事は大きな卓子テーブルを使い、椅子に座って取るスタイルのようだ。

 凄く長いダイニングテーブルに、椅子が並んでいる姿はまさに、前世でみた外国の貴族の食卓。白い布はかかってないけど、磨き上げられた一枚板であろう卓子は、それだけで高いのがわかる。

 その他にも、高そうな壺や、敷物や、壁の装飾。灯る明かりの数。贅沢だなあ。

 その卓子の一番上座に、太った男性が座っていた。男の目の前には、酒の入った瓶とキレイな杯、高そうな空の皿。はげてるし太っている中年男性。彼がこの家で一番偉い人物なのだろう。上座にいるし。


「チチウエ、環より客人をお連れしました。これより幾日か、我が家に滞在される由、伝わっておりますか」


 短髪の男が、固く冷たい声で声をかける。それには、聞き間違いでなければ、嫌悪と、拒絶と、軽蔑が入っていた。

 声をかけられた男は、わざとらしく鷹揚にこちらを振り返り、


「思戯か。聞いておる。なんでも、お前が粗相をした娘さんだそうだな。しっかり歓待するように。環のお嬢さん、不肖の息子が失礼をした。ここに滞在中は、ゆっくりしていってくれ」


 そう、威厳たっぷりに言った。やっぱり、人の上に立つ人間は、言う事が上から目線だなあ、とぼんやり思った。あと、聞き間違いでなければ、声が少し震えていた。


「ご招待、ありがとうございます。少しの間、お世話になります。ささやかな物ですが、良かったらこちらをどうぞ」


 私も軽く挨拶をし、ずっと持っていた小包を渡そうと、あたりを見回した。すると、隅に控えていた胸のおっきなひらひらの衣装を着た女性が、うやうやしく近づいてきた。綺麗な人だ。

 渡していいのかなと短髪の男を見たら、冷たい目だったが頷いた。え、何か気に障る物だったかな。怖いんだけど。

 とりあえず、女性が待っているようだったので、女性に渡した。女性はそれを受け取ると、男の父親に、しなを作りながら渡した。父親は、それを受け取ると私を見て、それを掲げてお礼を言った。


「いやはや、これは気を使わせてしまい、申し訳ありません。有難く、頂戴致します。では、申し訳ありませんが、私は少し具合が悪いので、これにて失礼させていただきます。おい、手を」

「はい」


 そう言うと父親は女性の手を取って、私に一礼し、部屋を出て行った。なんか、呆気に取られてしまった。

 思わず、男を見てしまう。

 男は、王 思戯という男性はそれを、まさに虫唾が走るといった表情で見ていた。が、私が見ている事に気づくと、とたんに顔を取り繕って、


「見苦しい所を見せたな。さ、飯にしようぜ。そこに座ってくれ」


 そう、笑顔で言った。言われた私は、ちょっとビビった。さっきまでの顔との切り替えが、あんまりにも早くて。

 とりあえず、戸惑ったまま、手で示された椅子に座った。ちょっとだけ、使用人の人が椅子を引いて座らせてくれる貴族っぽい事を期待したが、そんな事は無く、普通に自分で座った。


 私の真正面の椅子に、あの男が座る。

 想像はしてたけど、対面で、二人で食事とは、これまたコミュ障が逃げ出したくなるシチュエーションだ。

 せめて斜め前とか、誰か違う人、例えばあの周とかいう人が居たら、もう少し気が楽だったんだけど。

 気が重くなりながらも、食事が運ばれてくる。

 戴は、机も大きいし大皿かなと思ったが、違うようだ。コース料理みたいに、色んな料理が何種類か出てくる。

 これは、食材が豊富な地域でないとできない事だろう。

 戴には大きな河も、山も、海もあるらしい。穀倉地帯自体は少ないそうだが、補えるぐらいの豊富な自然がある。出される料理を見て、そんな事を思った。帰ったら、先生に教えてあげよう。ちょっとだけ、得意になった。


「どうだい、こっちの料理は」

「ええと、とても、美味しいです。いろいろあって、凄いなって思います」


 聞かれたので顔を上げたが、人の目を見て話せないので喉元までで視線は止まる。なので、どんな表情をしていたかわからないが、


「そうか。口に合ったなら、良かった」


 その声は、穏やかだった。


「明日は、遊船ふなあそびの予約を入れてある。一緒に行くだろ」

「えっ、一緒に?」


 思わず、疑問が頭から口に直結して、出てしまった。思わずすぎて、男の顔まで見てしまった。

 男も驚いていた。

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