第12話



 ガタガタ揺れる。

 ごとごと石を踏み、土を踏む。

 半分の眠りと、それを阻害する揺れ。頭痛。

 本当に最悪だったが、幸いにも誰も、慶珂ですらも私の邪魔をしなかった。

 夜になったら起こされ、宿に泊まり。早朝に起こされて、また馬車に詰め込まれる。

 それを、五回繰り返した気がする。

 しかし、とうとう、


「瑞のお嬢さん、戴の領地に入りましたよ。ここから、一日かけて戴都に向かいます.]


 理智が、扉の向こうからそう声をかけた。私は返事するのもおっくうだったので、慶珂が変わりに返事した。


「ただいま、お嬢様は体調が思わしくなく返答できません。お伝えしておきます」

「そうですか、後少しで着きますので、着いたら医者にみせましょう」

「お気遣いありがとうございます。お伝えしておきます」

「では」


 使者の人はそれだけ言うと、離れて行った。


「二姐お嬢さん、外見てみろよ、凄いぜ」


 珍しく、慶珂が話しかけて来た。

 ここ数日でさらになまった身体を、おっくうながら持ち上げる。

 景色が見えるように窓を開けてくれたようで、起き上がる毎に、青い空が見え、切っ先がとがった山のてっぺんが見え、そして、


「うわぁ!すごい」


 広大な、山と、河と、道の土が織りなす、壮大な景色が、見えた。

 何もかも、スケールが大きい!

 山は高いし、河も広いし、湿地も向こうに見える。色とりどりの鳥が方々を飛び、木々の緑が鮮やかだ。環も、自然豊かだと思っていたが、せいぜい里山レベルだったのだろう、と思わせるスケールの大きな景色だった。

 ここしばらくの最悪な気分と体調が、ちょっとだけマシになった気がした。


「よう、お目覚めかい、睡美人ねむりひめ


 軽い声が聞こえた。ちょっとマシになっていた気分が、またどん底まで落ちた。


「……申し訳ありません。体調がすぐれずに、お返事できなくて」

「良いって事よ。しかし、ずいぶんやつれたなあ。滋養のある魚でも喰わせてやるから、もう少し我慢してな」


 長髪の男、しゅう りょうという人は、見た目のニヤニヤ顔とは裏腹に、かなり気遣いの出来る人のようだ。ちょくちょく、こちらの様子を聞いてきては、気遣うような言葉をかけたり、ちょっとした親切をしてくれる。


「なあ、思戯、お前の家に泊めるんだろ? チチウエにお願いしてみたらあ?」

「はァ?」


 長髪の彼が、からかうように短髪の男に言うと、男は一言、不機嫌な声を発したと思ったら、みるみる機嫌が悪くなっていった。


「怒るなよー。ほら、珠香ちゃんビビッてんぞ」


 さらに楽しそうな声で、私の方を見る。だから、いきなりこっちに話をふるのは止めてって。

 無視するか、睨まれると思って、身構えた。

 が、反応は思っていたのと全然違った。

 なんと彼は、ハッとしたような顔をした後、バツが悪そうに、すまん、と何故か小さな声で謝ってきたのだ。その様子を見て大爆笑した周 燎には、無言で肩パンをしていたが。まるで男子高校生のようなやり取りに、少しだけ、クスっときた。


「少しは元気が出ましたか、お嬢さん」

「うん、だいぶね。もうすぐ終わると思ったら、なんか気が楽になってきた」


 本当は、まだ胃がムカムカするし、頭も重い石がのっているような頭痛がしているが、本当にもうすぐ馬車を降りられるというのと、未知の光景への好奇心で、ちょっとだけ気分がまた上がった。


「思戯、まぁた眉寄ってんぞ」

「うるさい」

「いやん、思戯ちゃんこわーい」

「うるさいっつてんだろ、きめえ」

「きもいって言った方がきもいしー」


 外では、二人がまだ男子高校生のようなやり取りをしている。

 水の匂いが、濃くなってきた。

 嫌だった戴行きだったが、ちょとだけ、楽しみになっていた。









------



「わぁ、すてき!」


 キラキラ光る川の水面を、柳の葉のような細長い舟がゆったり行きかう。

 川岸には、川床ゆかのように柱から水面に突き出した家々が立ち並び、川に降りる階段がほうぼうに見える。橋は石組で作られて蔦の装飾がされ、自在にうねる川の上にいくつも作られていた。

 ここはまさに、水の都! 興奮するなという方が無理だ。


「ねえ、見て慶珂! 屋台舟よ、何か色々売ってる! あっちのお家は、テラスみたいになってて、夕涼みができるようになってるのねっ。提灯が色とりどりに下がってるけど、夜になったらさぞ綺麗でしょうねえ!」


 私のテンションが最高潮に達した事に、慶珂が苦笑していた。


「お嬢さん。あんなに嫌がってたわりに、はしゃぎすぎじゃないか。でも、豪勢な屋敷だよな。本当に、有力な貴族の家の人間だったんだな、あの男」


 慶珂は、私の荷物を部屋に置きながら、あたりを見回していた。

 そう、ここは、あのおう 思戯しぎとかいう男の屋敷。一室を客房きゃくしつとして貸してもらっている。さんざん渋って、宿をとるという私の意見は、あの使者殿にことごとく却下され、今に至る。

 その使者殿とあの二人の男たちは、報告があるとかで、さっさと戴の城に行ってしまった。つまり、ようやく自由時間というわけだ。

 私は、あてがわれた部屋のテラスというか、川床のようになっている所から、部屋の中に戻った。

 部屋の中も、調度品は良いものばかりのようだ。環では、細く真っすぐな線の家具や飾りが多いが、こちらは曲線が多様されている。蔦のような植物で作られた籠は、前世でも見たような洗練されたものだった。間違いなく、金持ちの邸宅だ。


「こんな良い部屋、貸してもらっていいのかな。帰る日に、まとめてお金請求されたりしないかな……」

「しないだろ、普通。お嬢さんは客人だろ? しかも、向こうはもてなすって言ってるんだし、素直に受け取って良いんじゃないか」

「……慶珂、無料ただより高いものは無い、ってことわざがあってね」

「なんだそりゃ?」

「こっちの話。まあ、考えてもわからないし、とりあえずゆっくりしよう。ここの景色、気に入ったわ」


 ようやく、酔い止めの効果が薄れてきたようで、不調が少なくなってきた。

 蔦を編んでできた、ゆったりした椅子にゆっくり沈み込むように座る。

 落ち着く。

 この部屋は、わざわざこしらえさせたのだろうか。使ってない部屋だったのだろうか。もしここを使っていた人がいたとしたら、それはとってもセンスの良い女性だったに違いない。それぐらい、綺麗で、落ち着く空間だった。見慣れない家具や景色も、優しく見えるぐらいには。

 ふーっと息を吐くと、身体から緊張や疲れが抜け落ちていくようだ。

 川面はキラキラして、木々は優しく風にそよいでいる。まるで、春と初夏の間のような、爽やかな気温と風。


「お嬢さん。お茶……って、寝ちまったのか? 仕方ねえなあ」


 いつの間にか落ちていた瞼と、何か毛布のようなものがかけられた感覚。その優しい時間に、私はいつの間にか眠りについていたのだった。

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