瑞の娘、不本意ながら旅に出る
第11話
当日。
私は慶珂を伴って、城に来ていた。
城には、家で会ったというのに、父や兄妹が勢ぞろいしていた。戴へ行く私に、口々に心配や気遣いを言ってくれる。
「いいか珠香、危なくなったら逃げるんだぞ」
「知らない人に声かけられても、ついて行ったら駄目だよ。僕たちが、見つけられるとは限らないんだから」
「そうなったら、必ず見つけ出して潰すから、安心しろ。本当に、私達がついて行けたら良かったんだが」
「今からお願いして、連れていってもらう?」
「それ良いな。言ってみようか」
「まあ。瑞兆の象徴であるお二人が、物見遊山で此処を離れられては、環姫さまがお困りになりますわ。私も、護衛が少ないと思いますけど」
大げさな、という顔をしていたのがバレたのだろう。みんな、より一層幼子にするような注意を言ってきた。私だって、子供ではない。知らない人に声かけられたりお菓子でつられてついて行ったりしないのに。
「まあまあ。お前たちが珠香を心配するのもわかるが、そう口うるさく言ってやるな」
父が兄妹たちをやんわりたしなめて、ようやくみんな黙った。
「何かあったら、黄が近くに居るハズだから、大声で助けを求めるんだぞ」
「……はい」
父よ、あなたもか。という思いでいっぱいだ。そんなに、信用無いのかな私。慶珂を見る。慶珂はなぜか神妙な面持ちでみんなの言葉を聞いていた。
「慶珂も、苦労かけるだろうが、珠香を頼むぞ」
「はい、旦那様。命にかえても」
「重い、重いよ慶珂。大丈夫よ、そんな大した事しに行くわけじゃないんだし」
慶珂には思わず突っ込んでしまったが、誰一人賛同してくれる人はいなかった。仕方なく、肩をすくめた。
「おや、お揃いですね。おお、まさに瑞兆の双子。このように間近で見れるとは、光栄です」
そうこうしていると、あの戴の使者、理智が、例の男二人をつれて入ってきた。視線は真っ先に双子に向かい、次いで玉、父、私だった。わかりやすい、と思ったけどこの人の事だから、何か深い意味があるのかもしれない。無いのかもしれない。私にはわからない。
双子は顔を見合わせると、慣れた様子で、
「「こちらこそ、お会いできて光栄です。戴の使者殿」」
そう、全く一緒の口調とスピードで言った。ぴったり合った言葉に、戴の人たちはそれぞれに驚いているようだった。
「おぉ、これは、まさに奇跡ですね」
私には、いったい何がそんなに珍しく有難いのかわからないが、そういうものらしい。感動された当の双子は、同じようなつまらなさそうな顔で突っ立っていた。見世物に慣れるというのも、少し可哀想な話しだなと、思った。
「ぜひ、いつか戴にいらしてください。歓待致しますよ。さすがに今回は、瑞のお嬢様へのお詫びに楽しんでもらうのが主たる目的ですので、お二人をお招きするのは少々趣旨に反しますね。まことに残念ですが、機会があれば是非」
丁寧な仕草でお辞儀する様子はとても優雅なのだが、どこか慇懃無礼さを感じてしまうのは、私が卑屈過ぎるせいだろうか。
双子は、微妙な顔をしている。たぶん、一緒に行けそうだと思ったのに先手を打たれて言う言葉が見つからない、状態だと思う。本当、つくづくこの人、先手打つのうまいなあと、変な所で感心してしまった。
「それでは、そろそろ出立しましょうか。伴の者を外に待たせてありますので。しばらくむさくるしい道のりになるかと思いますが、最大限、配慮させていただきますね」
理智が、私の前に一歩進み出て軽くお辞儀をし、優雅に手を出口の方に向けた。エスコートしてくれるらしい。
いや、もう、本当、この使者の一団と別れて、戴に行く事になってくれたら、途中で逃げ出せると思っていたのに、この人は本当に先手先手を打ってきて、退路と逃げ道を塞がれた。
詰んだ。
一緒に行くしかないそうだ。でも、私ごとき、いや、同盟国のそれなりに有力な貴族の四人目の娘ごときに、何をそんなに躍起になっているのだろう、と不思議に思う。まあ、殺して環を怒らせて開戦、という想像もしたけど、どっちにも得が無いと思う。先生も、やんわりそんな事はあり得ない、みたいな事言ってたし。
私は渋々前に踏み出し、後ろの家族を振り返った。
「……では、行ってまいりますね」
「ああ、気を付けてな」
「戴の使者殿、妹をお頼み申し上げる」
「「行ってらっしゃい、珠香」」
「姉さまのお土産話、楽しみにしておりますね」
みなそれぞれに、手を振って見送ってくれた。繕ってはいるが、心配そうな顔が隠しきれてない。使者殿は先刻承知だろうと伺ってみたが、微笑みの表情を少しも崩していなかった。強い。
「では、瑞のお嬢さん。ああ、失礼致しました。なんとお呼びしたらよろしいですか?」
「え? なんでも構いませんが……」
「そうですか。それでは、年若いお嬢さんの名前をぶしつけにもお呼びしないよう、瑞のお嬢さん、のままでもよろしいですか?」
「はい」
部屋を出て、外に出る途中。理智が話しかけてきた。言外に、お前の名前を覚える気は無い、と言いたいのか、そうでないのかわからない微笑みで言われたので、とりあえず承諾しておいた。
「おいおい、それじゃー素っ気ねーだろー。俺達は珠香ちゃんって呼んでいい?」
理智と話していたら、急に、後ろにいた長髪の男が馴れ馴れしく話しかけてきた。確か、
「え、え、あの」
「いいよな? ありがとー。ほら、思戯も良かったな」
にやにや楽しそうに笑う長髪の男とは対照的に、短髪の男は眉を寄せていた。お、こっちは少しは話がわかるのだろうか。ほぼ初対面で、あんまりにも馴れ馴れしいよね。あ、でも前の事はあんまり許してないけど。
「俺は、別に」
「なんだよ辛気臭せーな。いいじゃん、楽しくやろうぜ〜。って事で、よろしくな、珠香ちゃん」
「えっと」
「あなた達。あまり、客人を困らせないようにするんですよ」
理智が口をはさんで、ようやく絡まれなくなった。良かった。
だけど、理智という人は私の名前を覚えようとすらしなかったのに対して、彼らの言動はなんだか人間味を感じた。色んな人がいるなと、どこか遠い所で思った。
理智のエスコートで、城の外、広場に出ると、確かにそこには十人ぐらいの使用人の人たちがいた。戴の人達だろうか。環の役人っぽい人たちもいる。
私を加えるために、相当裏に手回ししていたらしいというのを小耳にはさんだが、一体、本当になんでそこまでするのだろう。もはや、恐怖しかないんだけど……。
「それでは、瑞のお嬢さんにはご不便をおかけするかと思いますが、どうぞ馬車へ」
「わかりました。使用人と乗ってもよろしいですか。乗り物に不慣れで、色々対応できなくなると思いますので、用事や連絡は彼にかわりに言っていただきたいのですが」
「ええ、もちろん構いませんよ。思戯、馬車に案内して差し上げなさい」
「わかったよ。こっちだ」
短髪の男が、私と慶珂を見比べて、何も言わずに一台しかない馬車に案内した。戴の国の馬車だろうか。環の国のとはちょっと違う気がするが、衝撃を吸収するものが無いのは一緒だろう。
慶珂に目配せして、馬車の中の座る所中に、クッションを敷き詰めさせた。
慶珂の大荷物を、私の旅行用の荷物と思っていた人はさぞびっくりするだろうが、これが必要なのだ。ちらりと後ろを振り返ると、ビックリしている顔の短髪の男がいた。ちょっとだけ、してやった、気がした。
慶珂の準備が終わり、私も乗り込んだ。うむ、狭い。だけど、この狭さとクッションが、私の尻腰と気分と体調を守ってくれるだろう。
短髪の男は、扉を閉めながら呆れた顔をしていたが、何も言わなかった。賢明だと思う。私はすでに、酔い止めの薬草を煎じた丸薬を飲んで、気分が最悪だ。これ、気持ち悪さには効くけど、頭痛がするよのね。眉が寄っているのがわかる。
完全に扉を閉め、男が離れて馬に乗るのを見て、私はためらいなく横になった。
「慶珂、なんかあったら、起こして」
「わかったよ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……」
慶珂があきれたようにため息を吐くのを聞きながら、私は目を閉じた。
「戴の使者、出立!」
馬車が、動き出した。
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