第10話


 結局、出立は一週間後、となってしまった。


 あの後、玉が必死に断ろうとしてくれたのだが、いかんせん、相手との経験値が違い過ぎた。

 上手い事言いくるめられてしまった玉は、あろうことか、自分を連れていけと言い出した。それだけはダメだと、必死に玉を説得し、玉が説得できたと思ったら、悠陽がじゃあ自分が行くと咳払いで主張をしはじめ、もう、なんか、疲れた。 


 正直、美人の玉雲を連れて歩いたらトラブルが増えそうだと思ったし、双子のどっちかなら護衛によさそうと、ちらりと思った事は否定できない。だが、双子は多分、どちらかが行くとなったら、もう一人もついてくる。絶対、だだをこねる。

 双子こそ、この世界では目立つ。パンダを連れて街中を歩いたらどうなるか、想像して欲しい。私の言いたい事、わかるね? 双子には悪いが、それだけは嫌だった。本当に。

 どうにか、独りで遠くに行くのは嫌だ。でも、兄妹をつれていくのも嫌だ。と、何とかだだをこねたら、使用人を一人連れていける事になった。

 それで、その日は何とかお開きになった。


「それでは、一週間後。楽しみにお待ちください」


 絶望している顔の私に、にこやかにそれだけの事を言ってのけるこの使者は、本当に凄い(嫌な)人間だと思った。







 使者の滞在している部屋を出た私達兄妹は、とりあえず無言で、父の執務室に向かって歩いていた。

 これまでの事を報告し、これからの事を相談しなくてはならない。

 私は城の中枢部まで入る事は無いから、ただ物珍し気に歩いていたが、兄と妹は難しい顔をして何か話し込んでいた。戴の目的とか、裏の意味だとか。だが、二人とも答えは見つからなかったようだ。

 くるっと妹が振り返った。ヒラヒラのスカートはいてそれやってくれたらとっても可愛いと思った。


「姉さま。そもそも、どういういきさつで、あの方たちに出会ったのです?」


 ふと思い付いたように、玉が話を振ってきた。私は肩をすくめて、


「城下町に、行ったのよ。環木を買いたくて。でも、本当に、なんてことない事だったのよ。戴の人だったなんて知らなかったし」


 できるだけ、なんでもない事のように言った。悠陽はあきれた顔をして、玉雲は困ったような顔をした。困った顔も可愛い困る。


「父上から、あまり城下町には行くなって言われてただろ」

「だから、我慢してたのよ。母様の法要もあったし。本当に、我慢して我慢して、久しぶりの外出だったのに。それを邪魔されて、こんな事になるなんて……」

「何がありましたの? あの人達が、あのように謝るような事がありましたの?」

「そんな、大した事じゃないわ。あの後ろにいた二人が、酒に酔ってたのに、物珍しいからって環木を買おうとしてたの。だから、価値がわからない人の手に渡るより、私が全部買った方が良いと思って。そこでちょっと言い合いになってね。それだけよ」


 玉はころころ笑い、悠陽は疑わしそうな目で私を見ていた。春陽ならころっと騙されてくれるのに、本当に性格は似てない双子だ。

 泣いたのは、私の勝手だ。こんな良い家族を持ちながら一人で劣等感をこじらせている、私の勝手。そんな事、言う必要は無い。


「姉さまはたまに、とても勇敢になられますね」


 少しおかしそうに言う玉の言葉に、疑わしそうな顔をしてた悠陽も、うんうん頷いた。どういう意味だろう。ビビりが逆切れしただけなんだけど……。


「もうちょっと気を付けなよ。珠香は剣持てないのに、どこか気が抜けてるんだから」


 剣を持てるイコール身を守れる。と考えている瑞の家の考えは、私にはまだちょっと馴染めない。だって、二十数年、平和の中で生きてきた記憶があるのだ。ここも、そんなに危険な国や街ではない。そんなに、過敏になる必要があるのだろうか、とか考えてしまう私は充分平和ボケしている、のだろうか。

 もちろん、悠陽や父や、その他の人達が頑張ってくれて、この平和があるのは頭では理解している。だが、いかんせん、日常生活が平和すぎて身を守るとかあんまり考える必要がなかったのだ。あ、勿論、営利目的の誘拐とかは気をつけてるよ!


「気を付けてるつもりなんだけどねぇ。私なんか利用しても、そんなに価値はないのに」

「出た。珠香の、私なんか。珠香は僕たちの妹なんだから、なんかじゃないだろ」

「そうですわ、姉さま。そんな悲しい事、言わないでくださいまし」


 だから、家族には私の心の内は、絶対言えないのだ。誰が、自分にこんなに良くしてくれる家族を、人達を、悲しませる事ができるだろうか。自分の卑屈さと、顔の平凡さは、変えられない。ならば、隠すしかないのだ。

 ごめんごめん、と軽く謝り、なんとなく会話を別の方向に誘導する。二人とも優しいから、気づいていながらそれに乗ってくれる。気を使わせてしまっているのがまた申し訳なくて、自分が情けない。

 ちょうどよく、父の執務室が見えた。二人はとりあえず私に構うのをやめ、父に意識を向けたようだ。


 父の執務室は、軍の司令部でもある為、広い。あと、色んな物でごちゃごちゃしてる。汚いわけではないし、床が見えないわけでもないのだが、物が多すぎて片づけきれてない、そんな部屋だ。

 悠陽の職場でもあるので、彼は勝手知ったるなんとやらでノックをし、引き戸を開けて入った。


「ちちう、瑞司馬ずいしば。失礼します。今よろしいですか」


 父上、と呼ぼうとしたが、中に人がいたので言い直す悠陽。

 父も、私達に気づいたようで、片手でその人を下がらせた。こういうのを見ると、父は本当に偉い人なんだなあと、職場体験に来た気分である。


「おお。待っていたぞ。どうだった、うまくやれたか?」


 父は、ことさら明るく聞いてきた。

 私達は三人して、お互い顔を見合わせ、誰が言う? みたいな雰囲気になっていた。結局無言の押し付け合いの結果、末っ子の玉が折れた。


「申し訳ありません、お父様。戴の方が、非礼のお詫びに戴に遊びに来てくださいというのを、断り切れませんでした。私の力不足です」


 眉を下げ、上目使いで困ったように父を見る玉。その可愛さに許したわけでは無いだろうが、父は深い溜息を吐いただけで、玉を咎めるような事はしなかった。ちなみに私は、玉にそれをされたら何でも許す。何でもだ!


「そうか。……いや、こちらにも打診が来ていてな。恐ろしく手際が良すぎて、俺も困っていた所だ。なに、玉が断れなくても仕方ない。あの使者殿、切れ者だな」


 父はそういうと、傍らに下がらせていた、男性を見た。おぉ、親近感。どこにでもいそうな、普通の男性だ。特徴が無い、ともいえる。よくもわるくも、普通。落ち着く。普通、万歳。


「先ほどの、報告の続きを聞こうか、こう


 父から呼びかけられた男性は、おや? という風な顔をしたが、素直に父の言葉に従った。武将には見えないけど、兵士の人だろうか。というか、私達ここに居ていいのだろうか。

 私の戸惑いなどおかまいなく、男性が口を開いた。


「では。戴の使者に同行している二名は、戴の武将ですね。王氏おうしは有力な貴族の子息ですが、素行があまり良くありません。もう一人は、王氏の部下ですね。同じく素行はあまり良くありません。なので、彼らの率いる隊は遊軍のような扱いを受けています」


 やっぱり、素行は良くないんだ。それは想像通りだったが、武将だったのはわからなかった。どこかの放蕩息子だとは思っていたが、悠陽や春陽と同じ武将だったとは。というか、もしかしなくても、私危なかったのかな? いくら自国内で、私が貴族の娘だとしても、剣を持った人間には何にもならない。気を付けるというのはこういう所か、と思った。

 しかし、そんな事を知っているこの人は、なんなんだろう。私、本当にこのまま聞いていていいのかな?


「素行が悪い? よく環に使わせたな。見くびられているのか?」

「いえ。今回の同行は、いわば彼らへの褒美のようなものらしいです。彼らはこの間、との戦で手柄を立てていましたので、その時なにか約束が交わされたものと思われます」

「環へ来るのが、か?」

「環だけでは無いようですね。使者は環の前にそうにも行っていますが、そこへもついて行ってます」

「ほう、綜へ。ご機嫌取りか?」

「ええ。からの指示もあるようですが、とりあえず事を構える気はない、という意思表示でしょう。今の巍は、綜には勝てませんから」


 ええと、綜が、今の環の親分?みたいなもので、巍が、戴の親分?みたいなもの、だったはず。盟主めいしゅ、というらしい。

 で、その二つが今、大国と呼ばれる国なんだけど、今は綜が強いからみんな綜に従っている、らしい。巍が強い時は、巍についてた国も、今は綜についている。

 ただ、環はずっと綜と同盟を組んでいるし、戴はずっと巍と同盟を組んでいる。だから、環と戴もずっと対立していたけど、最近同盟をする事になった。なんでかは知らない。

 環自体は、前に言ったようにあんまり強くないけど、後ろ盾で綜という大国がいるから、戴とも同等に同盟を組めている状態だ。だから、みんな戴の使者の人に、ピリピリしている。ああ、関わりたくなかったなあ。


「で、珠香。今までの話を聞いた上で、戴に行ってもらわねばならん」

「へ、あ、はい」


 いきなり、父に話を振られて、ビックリして間抜けた返事しかできなかった。父は、真剣そうな、申し訳なさそうな顔で私を見ていた。

 内心、やっぱり行かなくていい、ってならないかなって思ってたけど、ならないみたいだ。マジで嫌だ。


「向こうは、使用人を一人連れて良いと言ったそうだな。それは、お前が好きに選んでいい。それとは別に、お前に護衛をつける。この、黄だ。だが、これは非公式だ。お前も、黄がどこにいるか、何をしているかは、知らなくていい。ただ、お前を守ってくれる味方だというは、覚えておきなさい」


 頭に、疑問符しか浮かんでこない。

 なんで、非公式で、私に護衛を? しかも、何も知らなくていいなんて、まるで、


「まあ。まるで、隠密みたいですわね」


 私が思った事を、玉が感嘆混じりに呟いた。

 隠密。日本でいう、忍者みたいな人達の事だ。影に隠れ、情報を調べ、自身が危なくなったら戦闘もこなすという。表にでることは決してない人達だ。


「まさに、そうだ。だから、黄の事は秘密にしていなさい。秘密にしている限り、彼らは恩恵をもたらしてくれる。だが、秘密が漏れれば最後、彼らは居なくなるだろう」


 父が脅すように私達にそう言い、実際私はビビッてしまったのだが、当の黄と呼ばれた普通顔の男性は、朗らかに笑った。


「司馬、面白いからとお子さん達を脅すのはほどほどになさってください。はじめまして、瑞のお嬢さん方。私は、黄と申します。しがない隠密の一人です。私が隠密とバレた所で変わりはいますので、ご安心下さい」


 なんの気負いも感じさせず、さらりと、怖いこと言ったよこの人。


「今回、戴に行かれるのは、真ん中のお嬢さんですね? 私は姿を見せる事はありませんが、よろしくお願い致します」

「よ、よろしくお願いします」


 男性が頭を下げたので、私も頭を下げた。その様子を、変わらない朗らかな笑顔で男性は見ていた。


「まあ、黄は、ただの保険だ。向こうは、非礼の謝罪と言っていたのだろう? なら適当に旅行して、さっさと帰っておいで」


 こういう時、父の威厳と優しさは、私に安心感を生む。

 意外と、何とかなるかもしれない。父の笑顔を見て、何となく楽観的になった自分を感じた。

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