第9話

「おや、お探しの人が居たようで、何よりですね。とりあえず、思戯しぎ、座りなさい。りょう、笑うのを止めなさい。瑞のご息女方、本日は急なお申し出を受けていただき、ありがとうございました。どうぞ、こちらへ」


 私と、あの短髪の男が同時に声をあげ、立ち上がった。のを、中にいた見た事ない男性が、たしなめた。あの酔っ払いよりは年上だが、まだ若い。聡明そうな、目鼻立ちのあっさりした男性だ。塩顔と呼ばれる類の顔だと思う。あの三人の中では、一番偉いのだろう。あの短髪と長髪の男が、黙って従った。


 とりあえず、私達は彼の言葉に従い中に入り、用意されていた椅子に座った。

 三人の若い男たちも、それぞれ座る。


「本日は、お招きいただきありがとうございます。私は、瑞の末席におります、玉雲と申します。本来なら大姐たいしである、春陽がご挨拶申し上げるべきなのですが、あいにく、喉をやられておりまして声が出ません。二姐にしである珠香ですが、公の場に出る事がありません。何か失礼があっては申し訳がたちませんので、誠に恐縮なのですが、私お答えさせていただきとう存じます」


 玉雲が、最初にことわりをいれるため口を開き、私達を紹介した。それぞれ、軽くお辞儀をする。私といえば、お辞儀をしたついでに、そのまま俯いて床と挨拶した。


「そうでしたか。こちらとしては、全く構いませんよ。申し遅れました。わたくし、戴より使者として参りました、 理智りちと申します。こちらの二人は今回、戴公たいこうより見分を深める為に同行するよう仰せつかった、おう 思戯しぎと、しゅう りょうの二人です。以後、お見知りおきいただきますと、幸いです」


 一通り挨拶をかわす、妹と戴の使者。


「さて、本日こちらにお越しいただいた件なのですが……」


 不自然に戴の使者、理智とかいったか、が言葉を止めた。何だろうと思いつい視線を上げる。すると理智が、笑みを作りながら、それでも怒っている事がわかる表情をして、あの短髪の男を見ていた。私が顔を上げたのがわかったのか、ハッと私を見た。ビックリしてしまった。なんだろう。


「まずは、私から謝罪をさせていただきます。この馬鹿が! 大変申し訳ありませんでした。不快な思いを、よりにもよって瑞氏の愛娘様まなむすめさまにさせてしまうなど、その場で処刑されても文句は言えない所でした。お許しいただきましたその深い慈悲に、謝意と感謝をお伝えしようと思い、本日は失礼を承知でお招きいたしました。ほら、思戯、燎」

「え、思戯だけじゃなくて俺も?」

「当たり前でしょう。さあ、あなた達がご迷惑をおかけした方に、謝罪を」


 え?え?


「へーへー。思戯、お前から謝れよ」

「……」


 え? ちょっと待って。なんで、あの酔っ払いたちが、私の前に二人して立ちはだかってるの?!

 びっくりしすぎると、人は、反応ができないようになるらしい。


「……すまん」

「違うでしょう、思戯。も、う、し、わ、け、あ、り、ま、せ、ん」


 立ちふさがる男たちの向こうで、優雅に座り指示を飛ばす、理智。それ通りに言葉を紡ごうと口を開く、目の前の男。目が、泳いでいる。私は逆に、視線すら動かせず固まったまま。


「もうしわけ、ありません、でした」

「もーしわけ、ありませんでしたー」


 もう一人の、長髪の男は明らかにやる気が無いように言う。

 本当に、何が起こっているのか、わからない。


「姉さま、この方たちが仰っているような、何か困った事態が起こってらしたのですか?」


 横の、心配そうな声も鈴のように華憐な、妹の言葉でハッと我に返った。


「あ、な、な、なにも。とくに、なにもない」


 首を横に振るだけで、精いっぱいだった。だって、あの香木店であった事だって、別に、客同士のなんて事無いいざこざだ。しかも、結局買えたのは、私だ。確かに泣いてしまったが、アレは私が勝手に泣いたのだし、こんな、こんな大ごとになるような事では、ない。

 私の言葉と、今起こっている事態との乖離に、玉は対応に困ったような顔をしていた。妹に心労をかけてしまい、申し訳なく思うが、私にはこの事態をうやむやにして無かった事にする事しか、思い付かない。

 困って、再び床の板目に視線を落とす。


「瑞氏のご息女は、大変心優しくていらっしゃる。こちらの非を、無かった事にしようとしてくださるのですね。良かったですね、思戯、燎」


 理智が、うまく話しをまとめたようとしている。何とかこれで、話が終わりそうだ。よかった。もう、一刻も早くこの場所から逃れたい。それだけしか思えない。

 ふと、自分に落ちる影がどかない事に気づいて、うかつにもまた顔を上げてしまった。

 目が、合った。

 思戯、といっただろうか。短髪の男が、整った顔のまま、何とも言えない目で、私を見ていた。

 困った、とも、どうして良いかわからない、ともとれる途方にくれた顔。私と、一緒だと、ふと思った。


「どーしたよ、思戯。これで気はすんだだろー」


 長髪の男の声で、ハッと我に返ったように、男は視線を外した。そして、何事も無かったかのように、自分の座っていた椅子に座る。

 なんだか、意外な反応だった。私も、今のこの感情に、何と名付けていいのか、わからない。


「なんですか、思戯。まだ謝罪が足りないと考えているのですか? 良い心がけですね。それならどうでしょう、戴にご招待しては」

「「「は?」」」


 三人の、声が、見事にハモった。それは、


「なんで?」

「い、いえ、そんな悪いです、いいです」

「そこまでして頂いては、逆にこちらが申し訳ありませんわ。ね、姉さま。先ほどの謝罪で、もう充分お許しになられたのでしょう?」


 瑞の、三人だった。悠陽なんか、喋った後慌てて口を覆っていたが、もう遅いと思う。そういう所、双子だなあ、とちょっと和んだ。和んでる場合じゃなかった。


「玉、末妹まつまいの言う通りです。私は、もう、いいです、大丈夫です」


 首を一生懸命横に振る。コミュ障にできる最大限の拒否。だが、


「なんと心優しいのでしょう。そんな風に、お心をかけて頂いては、こちらとしても引き下がれません。どうでしょう。戴都たいとを第二の故郷と思って頂けるよう、心ばかりですが、最大限もてなさせていただきます。思戯、燎。お前たちが、責任を持ってご案内しなさい」


 理智の方が、上手うわてだった。

 だめだ。私、この人の強引さに勝てる気がしない。

 そういえば父は、私の拒絶を全部論破した人って、使者って言ってたよね? という事はつまり、この目の前で微笑みながらも腹の底を全く見せない、この人が、その人物……? 勝てない。私には、勝てない。

 一縷の望みをかけて左右を見るが、二人も戸惑っている様子。穏便にできる拒否は、した。それで相手が引き下がらないとなるとこれ以上は、お前が胡散臭いからそんな話には乗れない、と伝えるしかない。

 無理。

 私には、とうてい無理。

 戴と環の関係性を考えると、こんな事で波風を立てるのは得策ではない。つまり私は、この提案に、乗るしか、ない。

 嫌だー!

 マジで嫌だーーー!!

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