第8話
割と早く、着付けは終わったと思う。
女性三人がかりで、髪を結いあげ、飾りを付け、派手ではないが上等のひらひらした服を着る。ひらひらした服って着付けるの面倒なのよね。一人が髪を結い、二人で着付けしてもらった。この世界は、化粧はあまり発達していないようで、眉を書くのと、口紅を塗っただけにした。おしろいみたいなのは、匂いきつくて苦手だな。
正式なものでは無いといえ、城でよその国の使者の人と会うなら、このぐらいで大丈夫、なハズ。
この国では髪形は自由だと言ったが、それなりにルールはあるし、人の美意識による流行廃りもある。諸侯や、城で働く貴族などは髪を結っているので、城へ行く時や公な場では、髪は結っているのが好ましいとされている。だから、髪結いが得意な使用人の一人にやってもらった。さすが、貴族の家の使用人。心得ている。私はいつもハーフアップのような髪形にしているので、こういったのには、とても疎い。あと、不器用だからできない。玉や春は、それぞれお団子にしたり、そこからアレンジしたりして、対応できているというのに……。
きちんとした格好、をして、父の前に戻る。
父は私の姿を見て、満足そうに頷いた、父。たぶん、馬子にも衣裳という言葉を飲み込んでおられることだろう。
「それでは、城へ向かおう。春と玉には既に伝えてあるから、城で待っているだろう」
ここまできて、もう後には引けないが素直に返事もできず、こくりと頷くだけにした。いつもなら怒られる態度だが、今は私もやさぐれているし、父も私には悪いと思っているのか、今日は何も言われなかった。
黙って、屋敷の外に準備してあった馬車に乗る。知ってた? 馬車ってね、めっちゃ揺れる。整地された道とはいえ、めっちゃ揺れる。黙ってないと酔いそうだから、いつも馬車の中では黙ってしまう。
ガタゴトと揺れながら、馬車はすぐ城に着いた。
正直、歩いてもそんなに時間はかからない気がするが、淑女はあまり出歩かないのだそうだ。……のわりには、祖母はよく出歩いていたようだが、なにが違うのだろうか。美人だから? 時代?
そんなどうでも良い事を考えていると、馬車はそのまま城壁の門をくぐり、城の裏手へ回った。
城の裏にある通用口付近に馬車を止め、そこから入るようだ。私が、目立つのが嫌いなので、その配慮をしてくれたのだろう。
とりあえず、黙って父の後ろについて歩く。
城に来た事もあるが、通用口は始めてだ。城の使用人の人たちが、たくさん働いている。城は、勤め先の職場であると共に、諸侯というこの国で一番偉い人の住居でもある。なので、色んな事をしてくれる使用人の人たちがたくさん必要なのだそうだ。
いくつか廊下の角を曲がって扉を開けたら、今までの素朴で飾り気のない壁から、一気に、煌びやかな雰囲気になった。
朱色と白、そして金銀をアクセントにした模様が、壁や柱、衝立、色んなものに施されている。この雰囲気は、凄く好きだ。とても綺麗で、生命力にあふれてて、なんだかワクワクする。
「あと少しで着くぞ、珠香。ああ、玉。来ていたな」
ふくらみかけていた気分が、一瞬でしぼんだ。そうだった、私はこれから、トラウマを増やしにいくんだった。一気に、顔がどんよりする。鮮やかに見えていた模様が、なんだかくすんで見えだした。
私の美しくて可愛い妹が、いつもの女官服で、ある部屋の扉の前で立っていた。父の言葉に玉も気づいたようで、こっちを見た。だが、いつものような天真爛漫な笑顔ではなく、玉も戸惑っているという事が伝わる表情をしていた。珍しい。
「お父様、姉さま。お客様はすでに中でお待ちです。が」
私達の方へ、とことこ近づいてくる妹。かわいいなあ(諦め)
「どうした?」
「あの、姉さまが……春姉さまが」
そう言って、不安そうな顔で玉は後ろを振り返った。気がついていなかったが、玉雲の後方に、壁にもたれかかるようにして立っている人物がいた。あの、髪を完全にお団子にせず垂らしている方は、春陽のはずだ。はずだが、
「全く。僕に押し付けて逃げやがったんだけど、あいつ」
こちらを向いて、不機嫌そうに言うのは、悠陽だった。声、でもまあわかるのだが、双子とはいえ顔に多少の違いがあるので、家族ならわかる。あれは、悠陽だ。父上もわかったようだ。
「何をしてるんだ、お前たち」
「春に言ってやってくださいよ! 一人だけ逃げて。珠香も、来たくなかったのに、無理やり連れてこられたんだろ? 可哀想に。なのにあいつときたら」
悠陽が声を荒げるので、慌てて、玉雲がしーっというジェスチャーをした。それで、悠陽もハッとして、押し黙る。
……え? つまり、春陽、逃げたの?! 双子ズルい! 私も逃げたかったのに!
というのは口に出さず、押し黙っておく。今度帰ってきたら、おかず抜きの刑に処そうと思う。
「とりあえず、使者に失礼があったらいけないから替え玉にはなるけど、僕、絶対喋らないから。玉、後は頼んだぞ」
「はあ、それは構いませんが、末娘の私がしゃしゃり出ても良いものなのでしょうか?」
「良いよ。僕は風邪で声が出ないし、珠香はそういう人に会う事が無いから僭越ながら、みたいな感じでやってくれたら」
「わかりましたわ。お任せください、悠兄さま、珠香姉さま」
悠陽と玉雲は、私を安心させるように、にっこり笑った。ああ、姿形だけでなく、心根も美しい家族。卑屈なのは、私一人。
ともあれ、とても有難い気づかいなので、思いっきり首を縦に振った。
「お願いね、玉。私も、黙ってるから」
「はぁい。とりあえず、あたりさわりのない挨拶でお開きになるよう、頑張ってみますね」
私の言葉に力強く頷く、頼れる妹(可愛い)おめめがクリっと大きくて、瞳も星が出る頃の澄んだ空の色をしていて、まさに可憐な美少女。そんな美少女が、私のために頑張ってくれるというのだ。嬉しくない人などいるだろうか、いやいない。
「まあ、お前たち失礼の無いようにな。すでに春陽は失礼をしてるわけだがな」
父も、春陽の行動にはご立腹のようだ。後で、大きい雷が落ちる事だろう。
「とりあえず、客人がお待ちだろうから、入りなさい」
父が、私達三人を見る。悠陽と私は渋々頷き、玉雲は気合を入れて頷いた。
扉に向かって、ノックをする。
すると、中から若い男の声で、どうぞ、と聞こえた。
父が、引き戸になっている扉を開ける。
中には、
「「あっ!」」
昨日の、短髪と長髪の、酔っ払いが、居た。
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