第45話 衝撃

「遅れてしまい申し訳ございません」


「ほんとよ。それで、調べものは済んだ?」


 雲子は頭を掻きながらシャラに問いかけた。


「はい。上司に頼まれて古い文献を漁った所、彼女の背中に生えている羽はルシファーの余力ゲージを表していることがわかりました。ですので、あの羽をもぎ取ることができれば戦局はこちらに傾くと予想されます。しかし、彼女は不老不死ですので倒すことは難しく、現状捕縛が最善手だと考え……」


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は反射的にシャラの話を遮った。


「不老不死ってどういうこと?! 初耳なんだけど!」


 私の発言に、雲子が澱んだ声で答えた。


「あなたが絶望して動けなくなるのを避けるために言わなかったの……ごめんなさい。シャラの言う通り、彼女は不老不死。撲滅はできない」


「ッ……」


 私は下を向いて黙り込んでしまった。すると、遠くから彼女の甲高い音が聞こえてきた。


「相談が終わったのなら潔く殺られなさい!」


「ッ! 危ない!」


 雲子の叫びが耳に入ってきた。次の瞬間、私は雲子に抱えられたまま宙に浮いていた。私がいたところを視てみると、そこには地面を拳で抉って少々愉悦に浸っている彼女の姿があった。


 無意識に四肢が脱力していると、後頭部から雲子が叫んできた。


「さっきの攻防であの残り香達は鋼鉄の皮膚と神の能力の一部が使えるのがわかった! だから先にあの2人から倒すわよ! サリナ聞いてる?!」


「え……うん……聞いて」


 聞いてるよと言い終わる前に残り香らが空気を圧縮してカッター状にしたものをこちらに飛ばしてきた。

 高速で飛んでくるそれは、鳥のように自由に舞えない私達の腸を鬼のような目つきで睨んでくる。


 声も発す間もなく直撃するかというところで突然カッターが残り香達の方へと反射した。カッターは彼らの足や腹などに当たっていく。


 すると下からシャラの声が聞こえてきた。


「お2人とも! そのままの軌道で着地してください! 離斥!!」


 シャラが眼光を飛ばすと、気が付けば残り香達は遥か上空へと吹き飛ばされていた。彼らはそのままなすすべなく自由落下していく。

 激しい轟音とともに異常なまでの砂埃が舞う。彼らは立ち上がりはしなかったものの、手指や頭部が僅かに動いていたのが見えた。


 門番が機能しなくなった隙に雲子は私を手から降ろすと、周りに雲を発生させながら彼女めがけて走り出す。それにシャラも追従する。


「来るがいい。木っ端微塵にしてやろう」


 彼女はこちらの行動を嘲笑ってきた。雲子達は構わず突撃する。

 最初に攻撃を繰り出したのは雲子だった。


潘乱雲はんらんうん!」


 雲子の周りに浮く無数の渦巻く雲が一斉に放たれる。弾丸のように空を滑るそれは、台風のように瓦礫を巻き込みながら突き進んでいく。

 同時に、シャラは横から能力を使って特大の瓦礫を引き寄せ、その上に乗りながら攻め込んでいく


 彼女は不適に笑っていた。


「ハハハハハ!! 石ころとは芸がない。攻撃とは……こうやるのよ!!」


 彼女がそう言い放った瞬間、突然周囲に爆発が起こった。辺り一帯は爆風に晒され、私は反射的に両腕で急所を隠す。


 が、足元を視ると既に私の身体は浮いており、次に目を開けると私は泥まみれの服装で地面に横たわっていた。尻目には、空気と同化していく小さな雲が映る。


 ……? 一体……何が起きて……!!


 重い頭を何とか持ち上げた先には、ボロボロの様相で倒れているシャラと膝をついて俯く雲子の姿があった。


「み、皆……」


 シャラは完全に動きを止めていた。そんな中、雲子は震える足を抑えながらゆっくりと立ち上がった。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


 そんな雲子に対して彼女は嘲笑の眼を向ける。


「近距離であれを喰らってもまだ立ち上がるとは、見上げた根性だわ。しかも仲間のケアも込みで。さすが組織の長ねぇ」


「フゥ、フゥ……ッ! アァァァァァ!! 還曇塊かんどんがたり!!!」


 雲子は巨大な雲塊を一つ生成すると、彼女目掛けてぶん投げる。しかし、彼女はそれを易々と回避すると刹那の間に雲子の隣へと移動していた。


「今のはさすがに危なかったわ。触れた途端にたちまち粉々にされてたかも。まぁ、当たったらの話だけどね」


 すると彼女は自身の右手を雲子の肩に乗せた。


逆竜ぎゃくりゅう


 その時、雲子の体内の血流が黄金色に変色して可視化された。と思ったのも束の間、今度はその血流が逆巻き始め、気が付けば視界から雲子の姿は消えていた。


「え……」


 何が起こったのか全くわからなかった。いや、理解はできていたが受け入れることを心が拒否したのだ。


 気が動転していると静かな足取りで彼女が近づいてきた。


「思えばあの体を乗っ取ってから初めて目を付けたのがあなただったわね。有効活用させてもらったわ。その点に関しては感謝してる。でも、ただそれだけ」


 彼女は私の目の前に到達すると、スッと手をこちらに向ける。


「じゃ、バイバ~イ」


 触れれば破裂してしまうその手が当たろうとした瞬間、突然私の身体が浮き上がった。

 そして、耳にはシャラの声が入ってきた。


「サリナ様! お逃げください! そして、これまでのことを思い出して萌してください!!」


「シャ、シャラ! 何……」


「離斥!!!」


 次の瞬間私の身体は高速で学校の敷地を脱出した。風を切る感覚が肌を伝わり、鳴り響く騒音が鼓膜の中に吸い込まれていく。


 そして、窓が割れるとともに視界に映りこんだのは、床がガラスまみれになった自分の部屋だった。

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