第44話 踏み躙る

「え……」


 な、なんであなたがこんなとこにいるのよ。それに手と背後にある生首達は? 一体何がどうなってるのよ!


 私は震える唇で必死に言葉を紡ぎだす。


「どうして……あ……なたが……ここにい……るのよ……」


「そんなの決まってるだろう? 我が天ッ災だからだ!!」


 彼は意気揚々とした声で宣告した。

 すると次の瞬間彼の背中からは4つの羽が生え、瞳は紅、髪はダスティピンクへと変色し、一人称も我になっていた。

 体は丸みを帯びていき、身長は倍になり、煽り声を放出しながらこちらに向かって歩き始めた。


「気付くのがちょっと遅れちゃったけど、簿記からの神とか残り香とか使ってあんたらのこと調べ上げたわ。我の目的を阻害する忌まわしい壁となるのかどうか。だけど、杞憂であった!」


 彼女は徐に足を進めてくる。私が体を震えさせていると後方から肌を刺すような冷気が漂ってきた。


「サリナ!」


 雲子は、青ざめた表情とともに多量の瓦礫を含んだ巨大な氷塊を標的の方へと放った。

 氷塊は校舎を破壊しながら猛突すると、彼女の胴体に直撃した。鼓膜が破れそうになるほどの爆裂音が辺りに響き渡る。


 砂埃や礫の雨が降りしきる中、視界が一時的に霧に包まれる。


 どうしていいかわからず気が動転していると雲子が私の肩を掴んできた。


「大丈夫?!」


「え、え……何とか……ねぇ……あれって……」


「気持ちの整理ができていないでしょうがこれが真実よ。彼は……いや彼女は、わっちらが追いかけてきたルシファーそのものよ」


 そ、そんな……白谷が……ルシファーって……何かの間違いなんじゃ……。


「あのイカれた風貌もそうだけど、どうしてあんな凶悪な輩の存在を察知することができなかったのかが問題よ。一体どうして……」


「ちょっとやそっとの小細工じゃぁ我には通じないのさお嬢さん」


 なんと彼女は氷塊が瓦解すると、余裕の様相を私達に晒してきた。視たところ外傷はほとんどなく、感情の変化も一切見受けられなかった。

 彼女の進行と口元の動きを止めることはできなかったのだ。


「数か月前に現界こっちに堕ちてから天悠門を探し回ったがなかなか見つからなかった。だけど、あなた達のおかげで見つけることができたわ。まさか、黄金の血を使わずに門を擬態させていたとはね」


 彼女は額を押さえながらそう言った。


 脳の情報処理が追い付かない。感情の整理も追い付かない。現実を逸脱したこの状況に対して……私は一体何をどうすればいいんだ……それに……。


「黄金の血って……何?」


 私は錯乱する精神の中で問うた。


「知らないのぉ? 黄金の血は時代の流れに置いていかれてしまった天界の血の本当の名前。まだ我らの世界が天界と呼ばれる遥か以前の話だ。かつて世を救った稀代の英雄質が存在していた。彼らは自らの子を授かると、その後は寿命で死んでいった。人々は彼らを畏怖の念から黄金の血を宿す者として次世代へと継承していった。しかし、驕りというものは必然で、自分達のことを天界人と呼称するようになってからは徐々に名が変化していき、遂には天界の血となって今日こんにちに至るわけだ」


 彼女はとうとう私達の目の前にまで歩んできた。あまりの威圧感に私は冷汗が止まらなかった。

 隣では雲子が言葉を一つ呟いていた。


「そんなバカな……黄金の血なんて話……聞いたことが無いぞ……」


「当ったり前じゃないのよぉ。現代においてこの話を知っているのはもはや我だけ。これから先も、ね」


 彼女は不気味な笑みを浮かべると、突然両手を天に掲げた。次の瞬間、瓦礫の山の中から2体の残り香が現れた。

 そしてそいつらは朽鎖の最後の2人、山下と伊達であった。左から順にaとbは底が見えない暗い眼を宿していた。


「ハハハハハ!! 我が能力、神螺鑑操しんらがんそうの精髄は神の意志を自由自在に操る点にある。空気の残り香は手中にあり、情報は既に収集済み。もうあなた達に勝ち目はないわ!」


 彼女は上げていた両腕を降ろすと残り香を私達の方へと突撃させてきた。気が付くと私は雲子に抱きかかえられていた。


「え?!」


「サリナ! ここはマズい。広場に逃げるぞ!」


 雲子は言葉を言い終わる前には外へと向かって走り出していた。そして広場に到着するやいなや、先程まで私達がいた校舎の部分は轟音と共に崩壊していった。

 私は、さっきの氷塊で大黒柱が著しく損傷したせいだと直感で理解した。


 開けたところに逃げれたから安全というわけではない。むしろ相手の選択肢が増えてしまうから逆に危険だ。

 それに、凶悪な殺気を放つあの人がこの程度で倒れるとは思えない。


 少し経った後、案の定彼女達は崩落した校舎の中から姿を現した。残り香2人の方はどうやら瓦礫が当たったようで、所々傷ができているのが確認できる。


「お盛んだこと。やれ」


 彼女は冷酷な視線と尖った左人差し指を向けてきた。その瞬間、残り香達は手の周りに屈曲な何かを集積してきた。

 視界には折れ曲がって道のように見えるものがこちらに向かって伸びてきていた。


 気が付けば残り香らは私の眼前に移動して来ており、私の身体で2方に分散していく強風を直に感じた。


 彼らの拳が顔面に飛んでくるのが見える。


 あぁ……死ぬのかな……私……。


 不意な覚悟が心のどこかで着火された時、突然残り香達が前方へと吹き飛ばされていった。

 そして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ご無事ですかサリナ様?!!」


 虚ろな瞳を声のする方へ向けると、息を切らしたシャラが服をシワシワにさせた状態で立っているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る