第37話 鋼

 床や天井はいたるところが凸凹になり、クラの神にはそこら中に穴が空いている。少しの間沈黙が続いた後、彼女はゆっくりと萎んでいった。

 私は大きく深呼吸をした。


「……疲れた」


 口からは率直な言葉が出てきた。周囲を見渡すと白谷が千鳥足で建物から出ていこうとする姿が視界に入ってきた。


 どうしたんだろう。クラの神は倒したから技の効果は切れているはずなのに……!! まさか……いや、もしそうだとしたらあまりにも不憫すぎる。でも、確かめてみないと。


 私は髪の毛を整えると、隣にいる雲子の方を向いた。


「雲子。彼を追いかけて」


「嫌だ」


「何でよ!」


「いやだって、早よあなたとの用事を済ませないといけないし、第一面倒臭い。そうゆうのはあいつに任せておけばいいのよ。おーいシャラー」


 するとシャラは瞬きをする間に私の横にやってきた。


「どうしましたか上司」


「フラつく彼のことつけといてくれない? ありえないだろうけど、残り香になってる可能性もあるから」


「承知しました」


 シャラは文句も言わずに部屋の敷居を超えた白谷を追いかけていった。雲子は息を吐く。


「さて、それじゃぁ行きましょうかね」


 と言って歩き出そうとした時、突然向こうからシャラの声が聞こえてきた。


「上司! 彼ら残り香になってます!」


「え? なんで? ……まぁいいや。じゃぁ適当に処理しといて~」


 雲子は最初こそ驚いたが特に、すぐに冷静になると右手をひらつかせながらシャラに行動を指示した。だがしかし、そこから返ってきた言葉によって雲子の表情が一変する。


「ただの残り香ではないです! 稀種です!」


「!!」


 瞬間、彼女は真剣な面持ちになった。彼女はシャラに話しかけながらゆっくりと歩を進み始めた。私もそれに倣う。


「シャラ。そいつらの特徴は?」


「おそらく鋼肌系だと思われます。体が鋼のように硬くてなかなか攻撃が通りませんので」


「ふ~ん」


 シャラの元まで辿り着いた私達は、共に入口から建物の外に出る。まず目に飛び込んできたのは白谷と2人の女子だった。

 彼女らの名は村實むらざねと藤本。こいつらも朽鎖の一部だ。


 またかと思っていると、隣で雲子が何か言葉を呟いていた。


「電気の時はたまたまかなって思って受け流そうとしてたけど……こうも立て続けに出てきたらさすがに看過できないわ。なんで稀種が連続で、しかも神が倒れた直後に発生するのよ! こんなこと、前例がないわ!」


 荒ぶる彼女に、私は一つ疑問を投げた。


「これってそんなに異常なの? そりゃぁ簿記の時からずっとこんな感じだけど」


 すると雲子は、若干顔を赤くしながら発狂した。


「当たり前でしょ?! だいたいねぇ、起こること自体が珍しいから稀種って名がついてるのに頻繁に出てきたらさぁ……どう考えてもおかしいでしょうが!!」


 ……ごもっともだ。なんて正論パンチ。芯の奥まで深く刺さる。確かにそれもおかしいが、私個人としては村實と藤本が出てきたこともおかしい。

 なんでこんなピンポイントで残り香になるのよ。変過ぎて恐ろしいわ畜生。


 思い詰めて視界が限定されていると、突然近くからシャラの声が聞こえてきた。


「サリナ様危ない!!」


 彼女の言葉に私はすぐに我に返った。その瞬間、目の前に白谷が高速でこちらに体当たりしてきているのが入ってきた。

 私は咄嗟に足を横方向に移動させる。彼は止まることなく突き進み、音楽室の壁を破壊したところでなんとか勢いが収まった。


 し、死ぬかと思ったぁぁぁ!!


 私は視線だけシャラの方に向ける。


「あ、ありがとうシャラ。三途の川を見れずに済んだわ」


「それはよかったです。しかし、今はそう悠長なことも言ってられませんよ」


 彼女は私に周囲を視るよう促す。私は彼女の誘導通りに辺りを見回すと、なんと残り香達が私達を等間隔に囲っていた。よく観察すると、彼らの鋼の肌は鈍くテカっている。


「……どうしよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る