第38話 変化

 彼らは脚に力をこめ始めていた。さっきと同じ攻撃が三倍になって襲ってくると考えると自然と息が荒くなる。

 私は震える唇をなんとかして動かす。


「く、雲子……これ、どうするの?」


「そうねぇ……わっちだけならなんとかなるけど、あなたがいるし……」


 雲子が腕を組んで倦んでいると、シャラが地面を叩きながらこちらを視てきた。


「私に考えがあります。実行してもよろしいでしょうか。上司」


「……任せたわよ」


「もちろんです」


 彼女達は息ぴったりに相槌を交わすと、目を泳がしている私の方へと集まってきた。


「え? え? ど、どうしたの急に。私何かした?」


「いや別に。ただ、これからシャラが面白いことするって」


 雲子の言葉に、シャラは静かに頷いていた。


 待って。本当に何。先程とは違う恐ろしさがあるんですけど。怖すぎて足がすくみそうなんだけどぉぉぉ。


 汗が服に次々と染み込んでいく中、残り香が突如として体を輝かせ始めた。

 私は奴らを指差しながら彼女らに訴える。


「ちょ、ちょっと! マジでどうやって避けるのよあれぇ!!」


 その時、雲子が両手から雲を大量に放出しだした。それらは徐々に集結していくと、ビニール傘のようになって私達の頭上を覆った。


「大丈夫よ。何とかなるわ」


 彼女は深呼吸を一つした。


 いやいやいやいや。深呼吸してる暇とかないんですけども。私に死ねって言ってるようなものぉぉぉぉぉ!!


 私が心に火種を起こしている最中、何と突然体が急上昇していったのだ。まばたきをすればすでに私は宙を舞っており、残り香達は豆粒ような大きさであった。


「な、ちょ! どういうこと?!!」


 困惑していると隣からシャラがゆっくりと話し始めた。


「私が離斥を使って私達みずからを吹き飛ばしました。現在、屋上の高さとほとんど同じ位置にいます。これから引碧で奴らをここまで引き寄せた後、地面へと急降下します。舌を噛まないよう、お気をつけください」


「え? え? えぇぇぇ!!!」


 そしてシャラは奴らを視界に入れると、引碧と呟いた。次の瞬間、残り香達はまばたきする間に私の頭上に到達していた。

 それを確認したシャラは、知らない言葉を発した。


「それではいきます。合いの玉鋼」


 気が付けば、私は地面より数ミリほど高い宙を浮いていた。脳内処理が追い付かない状態で空を視ると、そこには墜落してくる残り香がいた。


「ふ、2人とも! ここ危ないんじゃ!!」


 咄嗟に彼女らの方を向いた時、周囲一帯から轟音が鳴り響いた。砂埃が立ち込め、辺りを茶色の世界へと誘う。


「ゲフッ! ゴホッ! こんどは何よぉぉ!!」


 と放った次の瞬間、彼らはフラつきながら立ち上がり始めた。外装がこれっぽっちも傷ついていないのを視るなり私はまたもや叫ぶ。


「ま、まだ倒れてないんですけど! ねぇこれどうすんのよ!!」


「落ち着いて。確かに見た目は何ともないわ。でも、あれだけの高さから落ちたのだから振動がないなんてことは絶対にありえないわ」


 雲子がそう言った直後、残り香3体は電池が切れたロボットのように気を失うとそのまま地面にうつ伏せで倒れていった。


 私はそれを認識するなり疲れがどっと押し寄せてきた。


「はぁ……やっと終わった……ねぇ雲子~もう私帰ってもいいわよねぇぇぇやぁぁぁ!!」


 ほぐれた気持ちで彼女の方を向こうとした時、唐突にシャラに襟を掴まれた。私が抗議する間もなく彼女は走り出すと、一瞬にして武道場の裏側に到着した。

 そこには雲子が仁王立ちで佇んでおり、私はシャラに服装を正されながら茫然と立ち尽くしていた。


 少し経って我に返ると、私は雲子に詰めかけた。


「ねぇちょっと! さっきから何なのよ! 日光浴する植物みたいに動かないけどさぁ。そろそろあなた達の目的を教えてくれたってよくない?!」


 私は雲子の顔すれすれまで近づいて言葉を吐いた。がしかし、どうやっても彼女はその場から動こうともしなかった。


 彼女の姿に困惑していると、突如として視界が黄金色に輝き始めた。


「今度はなによ!!」


 私は内に潜む虎をちょびっと解放しながら光の方を向く。するとそこには一般的な一軒家と同じぐらいの高さの巨大な門がそびえ立っていた。


「ギリギリ間に合ったわね」


 不意に雲子はそう呟いた。


「え、え、こ、これって何なの?」


 私は門のあまりの神々しさに、本能的に畏怖を感じながらシャラに尋ねる。


「サリナ様。あれをご説明する前に、これからお話しする内容を口外しないと誓ってはいただけないでしょうか」


 彼女はあまりにも真面目な表情を私に突き付けてきた。とてつもない空気を感じ取った私は、静かに首を縦に振った。


「ありがとうございます。これの名前は天悠門といって、天界と現界を繋ぐ役割を持っています。私達はいつもここを通ってあなたの元へと来ています」


「あ……そうなの?」


 私は絶句していた。普段は絶壁の崖であるこの場所を、彼女らはいつも透けてくるのかと。


 今更だけど、彼女らは人間じゃないんだなぁって……天界人なんだなって……思った次第……。


 シャラは話を続けた。


「ちなみに人間が初めて天悠門を潜ると、その人の存在が現界から消えてしまいますのでご注意を」


「ええ??!!」


 私は思わず声を張り上げた。すると隣から雲子の疲れ交じりの愚痴が聞こえてきた。


「ほんとさぁ、天悠門って一応わっちらの機密情報だから許可取るのに相当苦労したんだからねぇ~条件付きだけどさ。ほんっと、労ってほしいわぁ」


「といっても、ほとんど強引でしたけどね」


 お互いの目線を合わせた途端彼女らは笑いだした。その時、私は今までの2人の行動に合点がいった。

 そりゃ機密情報を誰かに話すのだから厳戒態勢を敷くのは当然のこと。天界から戻ってくるのに数週間かかるのも頷ける。どんな方法で許可を取ったのかは……考えないようにしておこう。


 気が付けば私は彼女らにつられて笑ってしまっていた。辺りに声が響き渡り、太陽の光に負けないぐらいの輝きが一帯を覆っていた。


 私はなんだか幸せな気分になった。同じくして不安な気持ちにもなった。残る神はあと一体。それが過ぎれば彼女らは帰ってしまう。

 これまでの私では決して起こらなかった感情が……今、生まれた瞬間でもあったのだ。

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