第35話 白谷

「ど、どうしてあなたがここに!」


 私は目が飛び出るほど驚いた。なぜここに彼がいるのか。私の脳内がこんがらがるのにそれほど時間はかからなかった。


「なんかさぁさっきお前が吹部でもないのにここに入ったのを見かけて不思議に思ってさぁ。で、わざわざ俺の貴重な時間を割いてここに来たってわけよ。ありごたく思うえ」


 白谷はなぜか胸を反り上げて誇った。


 あのぉ意味がわからないんだけども。どうしてそんなに威張るんだ? たぶん私のこと心配? してくれてたのを隠してるんだろうけど。

 にしても日本語がおかしい。特に最後の部分。噛み噛みじゃないのよ。ほんっとかっこ悪いんだから。


 私は不覚にも口角を上げてしまった。宙を漂う音符が彼に向かっていっているという事実がありながら。

 気が付く頃にはそれは彼の眼前に存在していた。


「!! 避けて!!」


 私は咄嗟に手を伸ばす。だが、もう遅かった。音符は白谷の頭に直撃し、鼓膜が破れるそうなほどの爆発を辺りに響かせた。煙が立ちこみ、床が少しばかり抉れている。

 景色が晴れていくと、そこには顔面を歪ませた彼の姿があった。


「キャァァァ!!!」


 私の叫びが建物中に轟き回る。


「お~ほっほっほっほっほ!! どこぞの誰とは存じませんが、僕にはこの上ない幸運ですわ! 予定とは異なりますがあなたを使って楽に勝たせていただきますわ。”眠りの調べ”!」


 クラの神は再びトルコ行進曲のサビを歌い始めた。私は反射的に両手で耳を塞ぐ。すると今回は操られずに済むことができた。だがしかし、彼は違った。


「あぁ……あ、あぁ……」


 白谷は虚ろな目をして私達の方へと近づいてきた。


「し、白谷。白谷! 白谷!!」


 何度呼び掛けても彼は答える素振りすら見せない。倦ねていると隣から雲子が話しかけてきた。


「さっきもあんなんだったんだぞサリナ。いくら叫んでも返事すらしてこない。こっちも大変だったんだよ?」


「あ、えっと……ごめんなさい」


「ほんとよまったく。後でカルピス奢ってちょうだいね。それより前から気になってたんだけど、白滝とはどういう関係なの?」


「白谷ね! 彼とは1年の時から同じクラスで、当時はたまに話すぐらいの関係だった。そんなある日。苛められているところを見かけた彼が咄嗟に私を助けてくれたの。今でも鮮明に思い出せる。それからというもの、いつも私の近くにいてくれるようになった。おかげで陰湿な苛めは無くなっていき、安心した学校生活を送れるようになった。教室では毎回厨二発言をして周りを呆れさせているけど、誰が何と感じようと我を貫いている。たぶん私は、そんな姿に惹かれているんだと思う」


「ふ~ん。だから白谷と話す度に照れ隠しで顔を下に向けているわけか……ほほう」


 雲子はニヤニヤと笑っていた。私は瞬間的に頬を赤らめると、彼女のほっぺを両手でつねる。


「ひゃ、ひゃひほふふんふぁ」


「予防よ予防。あなた、絶対にからかおうとしてたでしょ」


「ひひゃ、ひょんはほほはふぁいふぉ。ふぉへふぉひ、はひふふぁふへはいほ」


 彼女は滑舌のフル活動させながらクラの神の方を指差した。私は雲子の顔から手を離すと、欠伸をする彼女の元に歩き始めた。


「ふぁ~~。ん? なぜこちらにやって来るのですの? さっさとあの子に引き裂かれてくればいいですのに」


「そういうわけにはいかないわ。あなたのような畜生をここから追い出さないと私の目的が達成されないの。それに、精神いのちの恩人である彼を助けないと後生の悔いになるわ。だからあなたを倒す」


「あら、そうですの」


 彼女は妖し気に瞳を黒く光らせた。


 私は右手にある水鉄砲を強く握りしめた。

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