第34話 音
「え……」
私は上手く状況を飲み込むことができなかった。
目の前には額を切った雲子と優雅に鼻歌を唄うクラリネットの神。そして、膝枕をしてくれているシャラは体のいたるところに赤い線ができていた。
「目が覚めましたか。サリナ様」
「ど、どうなってるんですか?! 何起こってガハァ!!」
混乱に陥ったもののなんとか頭を上げようとした時、突然体中に激痛が走った。直後、口から水とは違う液体を吐き出した。不思議に思って触ってみると、それはゲロだった。
「はぁ……はぁ……何がどうなって……」
「先程、サリナ様は奴に操られていました。彼女が歌いだした途端に目から光を失ったあなたは、爪を尖らせて私達を襲ってきました。私と上司は技を駆使してどうにか傀儡を解除することに成功しましたが……結果はこの通りです」
「そんな……」
絶句した私は、目線をゆっくりと自分の指に向ける。爪先には皮と血が少量だが引っ付いていた。
「あ……あ……あぁ……」
気を失いそうになった。まさかだった。一瞬自分が人間かどうかを疑いもした。でも、現実は変わらない。
私は操られていたとはいえ、無意識のうちに彼女らを傷つけてしまったことへの深い罪悪感に圧し潰されそうになった。
人形のように固まってしまった私に、シャラは優しい目を向けてくれた。
「思い詰める必要はどこにもございません。サリナ様は、これからあなたにしかできないことをやっていただけるだけでよいのです」
「私にしかできないこと……」
「そうです。サリナ様は、彼女のお傍にいるだけで。それだけで……戦況は変わります」
シャラは頭を上げると、目線をどこかに集中させる。私は彼女の眼差しをおもむろに追う。そこには、クラの神と攻防を繰り広げている雲子の姿があった。
激しい物音が聞こえる中、ふと私は呟いた。
「雲子……」
「行ってあげてください」
シャラは柔和な口調でそう言うと、私の上半身を起こしてくれた。私は震えつつも身体を起こすと、神呪を唱えながら雲子の所に向かって歩を進めだす。
「月光より
次の瞬間、辺りが黄金色に包まれる。その後、私の両手には何も入っていない水鉄砲が現れた。
「……いらねぇぇぇぇぇ!!!」
突如として意味のわからないものが顕れて発狂していると、突然前から木材が飛んできた。
「ヒィ!!」
咄嗟に避けた私は直後に周りを見渡すとすぐそこで雲子と神が
こちらに気付いた雲子は途端に叫びだした。
「呑気にしてると危いわよ! もう平気なの?!」
「う、うん。もう平気。それなことよりも、助けに来たわよ!」
「え? そんな脆弱な武器で手伝いに来たの? さすがに相手のこと舐めすぎじゃないの?」
「違う! 舐めてない! 運が悪かっただけ!」
いたずらに弄ってくる彼女に私は頬を赤く染める。するとクラの神が喉から低音を唸らせてきた。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"舐めてますわねぇ……僕のこと本気で舐めてきてますわねぇ……いくら寛大な僕としてもそれだけは許容致しかねますわ……ッ……所詮何もできない空っぽがほざくんじゃありませんことよ!!」
途端、クラの神は唐突に歌いだした。さっき私を操った時とは違うものだったが、それでも一応私は両手で耳を塞いだ。
彼女の口から可視化された音波が空中に発せられた。それはなぜか宙を直進し、同じ場所にどんどんと折り重なっていく。
遂には8分音符となって私達の前に顕現した。
「お~ほっほっほっほっほ! 吹けば飛ぶ塵になるとよろしくてよ!!」
クラの神は満面の笑みを浮かべると、鈍く光ったそれをこちらに向けて放ってきた。
速度はまずまず。大きさはペットボトル一本分ぐらい。色は黄緑。
視た瞬間感じた。これはマズいやつだ。当たったら確実に良からぬことが起こる。
ピアノ付近にいた私と雲子は建物の奥の方へ移動しようとした時だった。
「石川? お前何やってんだよ」
何気ない顔をした白谷が慎重な足取りで中に入ってきたのだ。
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