第33話 空白

「ここは……音楽室……!」


 音楽室。それは、校内の端っこにある建物で、武道場とはそう遠くない距離にある。

 中は入り口を起点に扇状に広がっており、敷居を跨いですぐのところにはピアノが置かれてある。

 そこからちょっと前に進んだ辺りにギターが複数個あり、両側には棚や椅子が身を潜めていた。

 光はカーテンによって遮られ視界はやや薄暗い。私は、そんな部屋のど真ん中で虚空を眺めていた。


 私は、周囲を見渡しながらこんがらがっている脳内の整理に必死になっていた。


「お~ほっほっほっほっほ!」


 すると突然、後方から不気味な笑い声が聞こえてきた。咄嗟に振り向くと、そこには背の高い美女がピアノの上に座っていた。

 黒と銀が交じり合った長髪にオレンジ色の瞳を輝かせている彼女は、こちらをジト目で見つめてきた。まばたきをするたびに口角を上げていく彼女に、私は一抹の恐怖を覚えていた。


「僕の名はフォルクス・グランバード。あなた達の間でクラリネットの神と呼ばれている者ですわ。そちらは石川彩莉夏であってますの?」


「え、えぇそうですが……」


 私は彼女の高い声に少々たじろぎながらもとりあえず答える。神は何やら誇らしげな顔をしていた。

 私は唾を飲み込むと、そこから間髪入れずに私は言葉を紡いでいく。


「私をここに連れてきたのはあなたの仕業ね」


「その通りよ。さすがね、褒めてあげてもいいですわよ?」


 何なのこの人。さっきから奇妙なことしか言ってないし。無視しようとしても自分で己のことを神だってほざいているからそんなことできないし。


 はぁぁぁぁぁ……。


 彼女は私を指差して高笑いしていた。


「お~ほっほっほっほっほ! さてさて。本来なら操り状態のままにしてることもできたのですが、それでは興ざめですわ。ですので、今からあなたはこの僕とりあわなければならないのです!」


 彼女は以前嗤いながら本当に意味のわからない台詞を発していた。


 どうすればいいんだ……まだ頭が完全に起きてないのに……!


 するとその時、突如として2人組の女性が扉を突き破って中へと飛び込んできた。


「サリナ、大丈夫?!」


「ご無事ですかサリナ様!」


 入ってきたのは雲子とシャラだった。彼女達は輝く陽をバックに並び立っていた。光は周囲を照らし、ピアノはその面積の半分ほどをテカらせていく。途端にクラの神は日陰の方へと移動した。


「あらあら。いつぞやの人達ですわねぇ。僕からの贈り物は気にいってくれましたの?」


「おかげさまでいい運動になったわよ。時間を使いすぎたけどね」


「それはそれは製作者冥利に尽きますのよ。誠に嬉しい限りですわ」


 雲子とクラの神はバチバチに睨み合っていた。その傍らでシャラはこちらの方に近づいてきた。

 ほどなくして彼女は私の元までたどり着く。


「大丈夫ですか? 怪我はございますか? あればすぐに手当てを」


 シャラは恐るべき速さで眼を動かしていた。


「な、なんともありませんよ。軽くめまいがするだけです」


 私は左手で額を押さえると、少しだけ天井を見上げた。ほどなくして隣からシャラの声が聞こえてきた。


「……本当に何ともないのですか?」


「何ともないですよ。今日は一体どうしたんですか? すごく過保護ですけども」


「えっと……それはですね、サリナ様が倒れてしまってはせっかくのサプライズが台無しになってしまいますから必死なんですよ。上司も私も」


 彼女はこちらに笑顔を向けてきた。私はちょびっと眉をひそめた。


 ……正直胡散臭いなと思った。何か隠しているのは見え見えだけど、雰囲気的に聞きづらい。大変もどかしい。

 というかさっきから言ってるサプライズって何よ。嫌な直感が働きまくってしょうがないんですけど。


 怖い以外の言葉が見当たらない。


 目の照準が合わず前方を視線が暴れ回っていると、拳を強く握りしめる雲子の姿が入ってきた。


「わっちと一緒に天界に戻りなさい! こっちは急いでるの!!」


「そのようなことを仰られても僕の心には何一つとして響きませんわ。所詮あなたは政府の犬というわけですわ。天界のなんたら組隊長さん」


 クラの神はウインクをしながらほくそ笑んでいた。


「はぁぁぁ!!?? 今、わっちに言ってはいけないことを口走ったなぁ……誰が政府の犬じゃぼけがぁぁぁ!!!」


 直後、彼女は高速で曇装になると纏う雲の中からひょうを神に向けてぶっ放した。

 奴は瞬時に建物の奥の方へと逃げて攻撃を避けた。氷はそのまま地面と平行に進んでいき、壁際にある棚を破壊すると姿を消していった。


 私は一連の出来事に目を見張らせていた。


「シャ、シャラさん、あれって何なんですか!?」


「あれはですね、上司の曇装の能力の一つで、周辺にある水蒸気を雲の中で急速冷凍したものを飛ばしたのです。御覧の通り岩をも粉砕する威力があり、普通の人間がまともに喰らえば原型が残ることはありません。もちろん氷は雲の中に溜めこむことができます」


「え……まじですか、それ」


「はい。事実です」


 シャラは静かに首を縦に振った。


 私の精神こころに先程とは異なる恐怖が襲い掛かってくる。

 開いた口が塞がらないでいると、耳に再びトルコ行進曲のサビが聞こえてきた。


「なんで……また……」


 不思議に思った私は音のする方に体を向ける。するとそこには、歌うことに恍惚を覚えたクラの神がいた。

 彼女はビブラートの効いた美しいアカペラを披露していた。雲子とシャラは心底呆れた顔をしていた。一方で私はだんだんと意識が遠のき始めていた。

 さっきと感覚がする。何も視えず、何も匂わず、上下左右もわからない。


 次に理性が戻った時、私はボロボロになったシャラさんの膝の上で横たわっていた。

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