クラリネット編

第32話 真剣

 好きとは何なのだろう。私は辞書を引いた時に出てくる言葉しか知らない。ネットで”好き”と検索しても明確な答えは見つからない。


 どんなに探しても辿り着けない。それが……恋なのか……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 電気の神との戦いから2週間が経過した。あの後、雲子とシャラは用事があると言って一旦天界へと帰っていった。

 何がどうしたのだろうか。私はこの疑問を頭の片隅に置きながら昼休みを告げるチャイムの音を聞いていた。


 チャイムが鳴り終わり、手を洗うために部屋の外へ出ると、ちょっと離れたところに2人が並んで立っていた。

 私と彼女らの視線が合致する。


「あ、久しぶり。元気だった?」


 私は何も視えていないかのような素振りをしながら廊下を歩き始めた。同時に波無語を使って雲子に話しかける。


「えぇ元気だったわ。早速だけどサリナ。あなたに見せたいものがあるの。ついてきて」


「嫌だよ。私これから食事という絶対に外せない予定があるんですけど」


「そこをどうか変更してはいただけないでしょうか?」


 私の言葉にシャラはとても真剣な声色で返答してきた。突然のことに、一瞬口の動きが止まる。


「……わかったわよ。行けばいいんでしょ行けばぁ。まったく……で、どこに向かうの?」


 私は雲子に荒っぽく問いかける。


「それは……武道場の裏手よ」


「はぁ……なるほど」


 私が溜息を一つ吐くと、彼女達は目的の所に向かって歩き出した。そして私は彼女らの後をついていった。



 武道場とは、剣道部が放課後に利用したり、学校行事の一環で作ったポスターなどが貼られてあったりする建物である。

 武道場は講堂の背面にあり、私がいつもいる教室からは少し遠い距離にある。


 私は道中にある自販機によると、お金を入れ始めた。それを雲子とシャラはジト目で視てくる。

 特に雲子は何やら怒りに似た感情を放っていた。


「あなた……一体何してるのよ」


「え? ただ単にこれでカルピスを買ってるだけだけど?」


 そう言いながら私は目的の物の下で輝くボタンを押した。効果音が鳴った後、取り出し口にカルピスが落ちてきた。私は屈んでそれを掴むとキャップを回した。

 そのまま飲み口を唇まで運ぶと、キンキンに冷えた液体を食道へと流しこんでいく。


 うーーーーーん! 体に染み渡るぅぅぅ!!


 爽やかな気分で眼を細めていると、雲子が呆れたような声を出した。


「はぁ……早くしてくれる? 急がないと間に合わなくなるわよ」


 私はその台詞に雲子を凝視しながら返答する。


「……さっきから思ってたんだけどさ。あなた達私になにを見せようとしてるの? いい加減教えてくれないかしら」


「申し訳ありません。こればっかりは明言するわけにはいきません。俗にいうサプライズというものですね」


 シャラは落ち着いた口調でこちらに鋭くて穏やかな目線を刺してきた。一瞬唾が管を閉ざしかける。

 余りの鬼気迫る雰囲気に呑まれた私は、仕方なく彼女らの言うことを聞くことにした。


「はぁ……わかったわよ。わかったからその強面を止め……?」


 直後、私の耳に聴き覚えのある曲が入ってきた。周りをキョロキョロしても特に何も見当たらない。

 一つの不安を感じた私は、とりあえず何か知ってそうな彼女らに話しかけた。


「ねぇ。今音がしなかった? テンポがトルコ行進曲みたいだったんだけど」


「? わっちには鳥の鳴き声しか聞こえないけど?」


「私もです」


 雲子とシャラは頭の上に疑問符を浮かべていた。かくゆう私も2人以上の大きな疑問符を脳内に掲げていた。


 一体どういうこと? ……私の空耳なのかなぁ……。


「そんなことは今はどうでもいいの。それより、一刻でも早く目的地に着くことが先決よ。ほら行くわよサリナ」


 雲子達は小走りで駆けだした。それを視た私は、カルピス片手に大慌てで2人の後を追った。


 武道場の目の前に来た時、裏手に行くために建物を回り込もうとした瞬間だった。突如としてさっき聴こえてきた音楽が耳に入ってきたのだ。


 今回はちゃんと聴こえる。これは……トルコ行進曲のサビだ! 間違いない。でも、何でそれが私だけに……雲子らはまったく気にもしていないのに……!!」


 と思った直後、急に私の足が止まった。否、動かなくなったという方が正しい。すると同時に、意識が段々と遠のき始めた。そして、気が付けばふらつきながら体が勝手に歩きだした。


 何も視えない。何も聞こえない。何も匂いがしない。何も感じない。


 次に理性が戻った時、目の前に楽器のだらけの空間が広がっていた。そう、私は音楽室の床を踏んでいたのだ。

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