第30話 直球の言葉

 誇りやプライドというのは持っておいた方がもちろんいい。でも同時に、それらをすぐに捨てることができる勇気も持ち合わせた方がいいと、私は考える。


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「え?」


 私は思わず呆けた声を出してしまった。一方でシャラはというと、至極冷静な眼差しを窓の外に向けていた。


「あれは……電気の神の残り香ですね。それも稀有な」


「け、稀有? 残り香にも分類があるんですか?!」


 初耳なんですけど!


「それも聞いていないんですか? まったくあの人は……」


 彼女は深い溜息をつくと、腹部辺りで両手を組んだ。


「最初に、神の残り香についてきちんとお話します。残り香とは、現界で神が一定以上の活動をした際に発生する黄金色の霧です。発生した後何が起こるのかはお分かりだと思います。そして、この霧が同じ場所に積もって形を成し、天界の血を持っていない人や物に取り憑いたモノのことを神残こうざんの塊と言います。一般的には総称して残り香と呼ばれ、放って置くと塊を中心に現界に多大な影響を及ぼしてしまいます」


「そ、それって自販機の料金の値段が爆上がりするみたいなことですか?」


「そういうことになりますね。発生させた神には自動的に処理義務が課され、残り香は個数に応じて順番にアルファベットで呼ばれます。そして、残り香が現れるまでの時間には出所だる神の意志や感情が大きく関わっています。感情が大きいほど発生するまでの期間は短くなり、珍しい型が生まれる確率は高くなります逆もまた然りです」


「な、なるほどぅ……奥が深いですねぇ……」


「私としては、深すぎて頭が酔っちゃいます。そして類別ですが、まず、残り香には大きく分けて2部類が存在します。一つ目は通常種。2つ目は稀種といいます。前者はつつけば倒れるほどに弱いのですが、後者はそうはいきません。生起の張本人の能力を引き継いでいたり体が金属のように硬くなっていることが殆どだからです。今回は電気を纏った稀種のようですね」


「ほ、ほへぇ……」


 知らなかった。8、9割は確実に知らなかった。何か、やっとまともな説明を聞けたような気がする。


 と思っていた時、ふと私の中で疑問が一つ浮かんだ。


「そういえばシャラは雲子の応援以外でなんのために現界ここに降りてきたんですか?」


「なんで、ですか……一番の理由はやはり、あの人の進捗状況が芳しくなかったからですかね。最近の成果といえば簿記の神の時ぐらいですし。要するに助太刀ですね」


「あ~」


 納得だわ。すごく。恐ろしいほどにすっぽりと納得してしまった。


 シャラは長台詞を喋った後、窓の外側を見つめた。


「サリナ様。そろそろあちらに行きませんか?」


「え? あ、はい。その通りですね。すぐに向かいましょう」


 私は深呼吸を一つすると、対象目掛けて走り出した。

 残り香がいるのは棟と棟の間にある広場。以前自販機の神と戦った所だ。私達は校舎から別の建物に繋がっている渡り廊下に出ると、残り香がいる場所まで一直戦に駆け抜けていく。


 広場に着くと、そこには私の朽鎖のうちの一人がいた。その者は電気の鎧を纏い、冷酷な目線でこちらを睨んできていた。


 彼女の名はマナ。私が最も苦手な人間だ。私が近くにいたらわざとぶつかってくるし、遠くにいたとしてもこっちをちらちらと視ながら友達と大声で話してくる。

 人型サイズの害虫だ。


 というか……。


「シャラ。残り香が取り憑く先ってあらかじめ決まっているものなの?」


 ふと浮かんだ疑問を隣にいるシャラにぶつけた。すると彼女は数回首を横に振りながら返答してきた。


「いいえ。そんなことはありえません。彼らの取り憑き先は完全なるランダムです。例え感覚で発生する場所がわかったとしても、どれが何になるのかは誰にもわかりません」


「あ、そうなんですね……」


 私はマナを視ながら黙り込んでしまった。


 偶然なのか必然なのか。正直どっちだっていいが、こうも連続して過去の黒歴史が目の前に現れたらさすがに精神が持たなくなってしまう。ただでさえ今不安定なのに。


 視界に映る地面に生えた雑草達が揺れた時、マナがこちらを指差してきた。


「ん? 何あれ」


 彼女は左人差し指を脱力させながら向けてくる。そして言葉を紡いだ。


「早く消えてほしい。あなたなんて生まれてこなければよかった」


「え……」


 次の瞬間、辺りに轟音が響き渡るとともに私のつま先より前の部分が抉られていた。


「え……」


 シャラさんは目を見張らせていた。おそらく、これほどまでに威力があるとは思わなかったのだろう。

 周りに鉄がほとんど存在しないのもあり、攻撃がまさに光線だった。もちろん、視ることさえできていない。


 再びマナの方を視ると、彼女は私の方に銃口を向けていた。


「死ね」


 マナの銃口が光る直前に聞こえたのは、そんな言葉だった。

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