第22話 最上級の脱獄

 天津纏頭あまつまとめがしらとは、天界の内閣を統べる者のことで、現界でいうところの総理大臣である。

 国民からは天頭あまがしらと呼ばれているが、今代の評判はほとんど地に落ちかけている。

 雲子は彼のことを心底嫌っていた。邸宅の使用人に部屋を案内されている途中、彼女は隣で並列歩行していたシャラに問いかけた。

 雲子の声はしゃがれていて、口角は苦笑いを表していた。


「はぁ……憂鬱だ。帰っていい?」


「駄目です。ここは耐えてください。ほら、着きましたよ」


 赤い絨毯が敷かれた道を歩いた先に現れたのは、煌びやかな装飾をされた扉だった。

 扉は使用人の手によっておもむろに開くと、雲子達は税金で造られた部屋へと入っていく。

 中は床も天井も壁も何もかもが大理石でできており、至る所に希少動物の剝製が飾られている。もちろん面積は広く、とても人ひとりの個室とは思えない程である。

 奥の方では天頭のおっさんが頬杖をつきながら王座に座っていた。直後、雲子の眉が何度か上に動く。室内には、雲子とシャラとおっさんしかいなかった。


 おっさんは雲子の姿を視界に入れた途端、王座を両拳で叩きつけると、いきなり怒鳴り声を上げた。


「どこのどいつじゃ!! 2時間も遅刻しよったのはぁ!!」


「さぁ誰なんでしょう。その椅子で居眠りしてたあなたなんじゃないですか?」


 雲子は瞼を幾度も開閉させながら言った。シャラは真顔で真正面の景色を見続けていた。

 おっさんは怒りのギアを上げていく。


「横着も大概にせいや!! お前意外おらんじゃろうが!!!」


「勝手に決めつけるのは良くないと思いますよ~。それよりも、何でここにはわっちら3人しかおらんのですか? 秘書らはどうされたんですか?」


 雲子は少し面倒臭そうな顔をするのと同時に、会話の流れを変えた。おっさんはそれにブチ切れそうになったが、彼も一応は大人。ひとまず怒りに歯止めをかけた。


「あぁ?! それは極秘の話をするからだ! わかったら反省しろ!!」


「はいはいわかりました。それで、極秘の話とは何なんですか」


 雲子は、理不尽な文言に苛立ちを覚えつつもとりあえず我慢すると、吐き捨てるように言葉を発した。

 同時に、予想とは違った内容が来たことに内心驚きが暴れ回っていた。


 おっさんは、数秒前とは打って変わって物静かな口調で話し始めた。


「……極秘の情報とは、5人の神達が現界に降りてしまったということだ」


 それを聞いた瞬間雲子の顔が強張り、彼女は思わず叫ぶ。


「はぁぁぁ?!! 大事件じゃないですか!! 神が人里に降りるなんて言語道断ですよ!!」


「その通りだ。これまで神が現界に降りようとしたことは何度もあったが、我々はその度に寸での所で食い止めてきた。がしかし。今回はそうはいかなかった。しくじりの理由は調査中だが、第三者の介入があったということははっきりしている。証拠もある」


 おっさんはただ淡々と内容を述べていった。汗のひとつも掻かず、まるで他人事かのような面をしながら情報を彼女らに渡していく。

 雲子は終始茫然と立ち尽くしていた。事前情報無しでこんな話をされた彼女の脳内は疑問符で埋まっていた。

 彼の話が一区切りついた辺りで我に返ると、雲子は隣で畏まっているシャラに問い詰めた。シャラは実に落ち着いている。


「シャラ!! わっちはそんなこと一言も聞いていないぞ!! わっち一応偉いんだけど!!」


「いやあなた寝てたじゃないですか。それはもう幸せそうに。起きた後もボケててこちらの言葉をまるで聞こうとしなかった。一体どこに間隙があったのでしょうか? 是非教えてください」


 静かな怒りを爆発させるシャラに気圧された雲子は、彼女の噴火がある程度落ち着くまで口を閉ざしていた。

 しばらくした後、雲子は息を思いっきり吸い込んだ。


「ッ……フゥゥ……なんかすみません。わっちが悪かった。悪かったから次に進もう。ね?」


 これ以上は本当に面倒臭くなると察した雲子は、声と眼を使って必死に訴えかけた。何がとは言わないが必死に訴えかけた。

 思いが通じたのか、シャラは少し溜め息をつくと、溢れ出る溶岩をせき止めた。それに安心を覚えた雲子は、なるべく丁寧になるように言葉を紡ぎだした。


 シャラは真顔である。


「と、とりあえず、現界に降りた神達の詳細はわかったりする?」


「……わかりません。なにせ通行記録が改ざんされてしまっていたので。ですが、映写機に武器らしきものが映っていたことから全員が戦闘狂だということは検討がついています」


「尚更ヤバいじゃないか。てか部下共は何してんだよ。仕事してなさすぎだろ」


 雲子が吐き出すように悪態をついていると、前方からおっさんが彼女を指差した。


「というわけだ天界守護組総組隊長。そこら辺はお前の管轄内だ。よって最高責任者である貴様にはしっかりと尻拭いをしてもらう。もちろんひとりでな」


 彼は不適な笑みを浮かべながらそう発した。当然雲子は猛反発した。


「いやいやいやいや。ちょっと待ってくださいよ! なぜわっちがそんな面倒臭いことをしなければならないんですか! 意味がわかりません!!」


「やかましい!! 部下の不始末はお前の不始末。わかったらさっさと準備せんかい!!」


「意味がわからないと言っているじゃないですか!! だいたいですねぇ」


「はぁ……はぁ……報告です!!」


「「「!!!」」」


 雲子がおっさんに対して爆弾を投下させようとしたその時、突然部屋の扉が開くと男がひとり入ってきた。3人は一斉に彼の方を向く。

 彼は息を切らせながら一気に口を滑らせた。


「先程、ルシファーが脱獄したとの情報が入ってきました!!! 彼女は監獄に大損壊を与えた後、現界に降りていったとのことです!!!」


「「「何だとぉぉぉ!!!」」」

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