電気編

第20話 部下登場

 もし本当に天命があるのだとしたら、私は喜んで投げ捨てるだろう。鳥籠から脱するための手段を模索する私にとって、それはただの障害にしかならないからだ。

 人は夢を叶えることよりも、途中で挫折してしまうことの方が多い。ならば私は夢の外を歩いていきたい。常識を打ち破った先にある、希望を目指して。


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 雲子と会わなくなって一週間強が経過した。あれ以来特に大きな騒ぎは起きず、ただただ平穏な学校生活を送っていた。

 今日も今日とて放課後となり、秒単位で廊下が騒がしくなっていく。


「また会おう」


 白谷は私の顔の前で指を鳴らすと、扉の向こう側へと爆速で駆け抜けていった。

 皆も続々と教室を出ていく中、私は目線を机に下げながら、ひとり、荷支度をしていた。荷支度といっても、鞄に筆箱や貰ったプリントなどを入れるだけである。


 何も変わらないいつもの教室。薄いチョークの線が残る黒板。だけど、今日だけは景色が違っていた。

 なぜなら、私が出ていこうとした扉の前に、見知らぬ女性が立っていたのだ。


 彼女はパッと見そこらの背の大きい男子と同じくらいの身長で、確実に私よりも高い。髪は薄茶色で長髪。目は濃い黄色で、俗に言うモデル体型であった。

 彼女は体の前で両手を組みながら私の方を凝視していた。


 こんな、私のクラスに居たっけ?


 とか思っていると、向こうがおしとやかな口調で話しかけてきた。


「……石川 小百合さゆり 様ご本人でいらっしゃいますか?」


「あ、違います。私は石川 彩莉夏さりな です」


「!! し、失礼致しましたッ」


 彼女は頬を赤らめながら勢いよく頭を下げてきた。その様子に思わず口を手で覆いながら心中で叫ぶ。


 むっちゃ可愛えぇぇぇぇぇ!!! え、ここって教室であってる? 桃源郷の間違いじゃないの?!!


 体内に存在するすべての細胞が可愛いで埋め尽くされていた時、彼女はゆっくりと頭を上げると、頬の赤らみを残しながら再びを口を開いた。


「あ、改めまして、わたくしの名はアルマロ・シャラベータ。どうぞシャラとお呼びください」


 彼女は優雅な姿勢で一礼をしてきた。それを見た私は、反射的にお辞儀をした。下した頭を元の位置に戻すと、シャラと目が合った。

 するとシャラは、少し乱れていた服を整えると、咳払いをひとつした。


「ンッ! 気を取り直して……あなたは石川 彩莉夏さりな 様ご本人でいらっしゃいますか?」


「えっと、はい。私です」


 そう答えると、シャラは一瞬安堵の表情を見せた。


「お答えいただきありがとうございます。本日彩莉夏様の前に現れたのは挨拶をするためです」


「挨拶?」


「はい。私は先週の上司の応援要請に応じて現界に参った彼女の部下です。この世界に来た際、上司の定期報告内に書かれておりましたグラウディング・バルサーナ天界守護組総組隊長のパートナーであるサリナ様に一度ご挨拶を、と思った次第です」


「???」


 うん??? え、何? 今の何? グラ何とかは確か雲子のことよね。んで、シャラさんは彼女の部下。ここまでわかった。でも、天界守護なんたらが意味わからない。

 急にそんな単語出されても困るんですけどぉ!!


 私は必死に頭を駆け巡らせたが当然答えが出るはずもなく、すぐに行き詰ってしまった。

 いくら考えても無理。そう思った私は、ひとつひとつ確かめるように慎重に口を開いた。


「……えぇっと、そのぉ天界守護なんたらっていうのは何なんですか?」


「天界守護組総組隊長のことですね。これは役職の名前で、この世界でいうところの警視総監にあたります。上司から何か聞いていらっしゃらないのですか?」


「え、えぇこれっぽっちも。ていうかそれのせいで今絶交状態なんですけどね。はぁ……」


 私は大きな溜め息をひとつつく。それを視て何となく状況を理解できたのか、シャラは微笑んだ後優しい口調で語りかけてきた。


「あの方は少し不器用なところがありますからねぇ。では、私が上司の代わりにお答えします。あなたが疑問に思っているすべてのこと。そして、彼女が現界降り立つまでの過程について……」


 シャラは、鈴の音のような声で言葉を紡ぎ始めた。

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