第17話 暗闇の中で輝く赤星

 中に入った時、まず視界に映ったのは一寸先も視えやしない暗闇だった。

 入り口から差し込んでくる太陽光を以ってしても照らすことはできず、ただただ続く闇の世界がそこにはあった。

 広さはまさに異次元で、高級住宅街にある豪邸にも引けを取らぬほどの面積だった。


 私の心臓は、高心拍数で高止まりしていた。いくら深呼吸しても収まる気配は一切しない。吸い込むすべての息が冷たく感じる。

 そんな私の気も知らずに、雲子は淡々と状況分析をし始めた。


「外観はそこら辺にある小屋の大きさだったのに中がこれって……狂ってるわ」


「狂ってるのはあなたの頭でしょうが!! おかしいでしょ!! 何一つ事情を聞かされてないのに無理やり小屋の中に連れ込むし体のあちこちが痛いし!! 私帰るからね!!!」


 私は扉に向かって歩き始めた。が、すぐに雲子に右腕を掴まれて止められてしまう。


「離して!!」


「待って。ごめんけど事情は話せないわ。でも、危ないのに変わりはない。おそらく、ここら周囲一帯は敵の領域の中だわ。今回ばかりはわっちも動くから行かないで」


 彼女は真剣な表情で訴えかけてきた。その鬼気迫る眼差しはまるで警察官のようで、容赦なく私の精神の核を貫いていった。


 だからといって折れたわけじゃない。


「ふざけないで!! 散々私に仕事を押し付けておいて今回ばかりはわっちも動く?  冗談じゃない! どうせまた天界絡みなんでしょ? あなたさっき言ったわよねぇ、ここに神はいないだろうって。じゃぁ私いらなくない? 私の存在いらなくない?」


「いや、そんなことは」


 雲子は言葉を詰まらせた。しかし、私の口は止まらない。


「あるね! 第一、私はこういう場所大嫌いなの。閉鎖的で気持ちが沈むような所は特にね!! もう一回言うわ。帰る!!」


 私は止めていた足を動かし始めた。が、彼女の異常なまでの握力のせいでなかなか前に進まない。足を動かそうとすれば右腕に激痛が走る。振りほどこうとしても岩のように硬くて外れる気配がしない。

 それでも私は挑戦した。


「離してってば!!」


「だから待ってってば!」


 お互いの手を組み合って争っていると、突如として開けっぱにしていた入り口が音をたてて閉じてしまった。一瞬にして場が暗黒に落ち、部屋中に無音の空間が展開されていく。


「キャァァァァァァァ!!!!!」


 え? 誰が閉めたの?!! もぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 叫ぶ私を余所に、雲子は平静さを保っていた。


「これは……攻撃とみて間違いなさそうね。サリナ、迎撃態勢に入って!」


「迎撃態勢って何よ! 真っ暗で上下左右もわからないのにどうやってやるのよ!!」


 私の怒声が、だだっ広い部屋に霧散していく。そして、音が跳ね返ってくることはなかった。

 だんだんと目が慣れてきからと言って、一寸先が視えないことに変わりはない。雲子は、不愉快度マックスの声で唸ってきた。


「さっきから捻くれたことばかり言ってぇ……いいから早く! やられるわよ!」


「いやだから、ッ!!」


 彼女の言葉に反論しようとした直後、私の右耳を突風が通過していくのを感じた。強風が耳の中で竜巻を起こし、遥か彼方からは爆発音らしきものが響いてきた。


 近くで足と床が擦れる音がすると、突然空中に赤い点が浮き上がってきた。赤い点は2つあり、暗闇に適応しかけていた目には酷な光であった。

 赤い目達は、私の方を視てきた。


「オマエタチ、シンニュウシャ。ハイジョ、カイシ」


 次の瞬間、2つの目が極光を帯びた。辺り一面が赤く染まっていくのと同時に、その光で敵の正体を視ることができた。

 片言で喋ったやつは、人間の姿に近いところどころ角が目立つロボットだった。


「!! アッガッ、イ、痛い、焼ける……ゥゥ……ァァ……」


 赤光が目の中に入った瞬間、目玉が焼けるような感覚が私を襲った。思わず私は両手で目周りを押さえ、膝から崩れ落ちていく。


「サリナ!!」


 近くから雲子の声がする。でも、それに答えられるほどの余力を、今の私は持ち合わせていなかった。

 あまりの重苦に悶えていると、付近からロボットの電子音が聞こえてきた。


「シカイ、ウバッタ。ショウブ、アリ」

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