古小屋編

第16話 気持ちの真意

 自分がされて嫌なことは他人にするなとお母さんに言われたことがある。それは正しいことだし、素晴らしい考え方だと思う。

 そんな考え方に私は1つの疑問を提示したい。もし自分という部分に悪人を、他人という部分に警察を当てはめたら、一体どうなるのでしょうか……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 雲子を探す過程で部室の裏手に回ってみると、そこには何故か立ち尽くしている彼女がいた。


 彼女がいる場所は学校の敷地の端であり、すぐそばには落ちたら即死の崖がある。

 私は雲子の元に駆け寄りながら話しかけた。


「もう。突然出ていったと思ったら今度は立ち尽くしてるし。どうしちゃったのよ」


 すると、雲子は声を少し震わせた。


「サリナ。わっちの目線の先を凝視してみて」


「え? う、うん。わかった」


 私は、言われたとおりに目を凝らしてみた。最初こそは何も視えはしなかったが、視ていくうちにだんだんと輪郭が浮き上がってきた。


 しばらく経った後、私の瞳の中に侵入してきたのは小さな小屋だった。外見はなんてことない古小屋で、蔓が巻き付いていたり一部が抜けていたりはしてなかったが、窓らしき部分は一切なかった。


「えっと……何これ」


 私は隣いる雲子に聞いてみた。彼女は、終始真顔を貫いていた。


「知らないわよ。わっちだって驚いてるんだから」


「じゃぁ何でそんなに驚いたり真剣な顔になったりしてるのよ」


 私が溜め息のように言葉を吐くと、雲子は少しの沈黙の後、小屋から一歩分離れた場所まで歩いた。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「…………この音が聞こえる?」


 すると雲子は、何もない建物の前をノックした。本来ならば手が空を切るのでこれといったことは起こらないはずだ。がしかし、彼女が手首をしならせると、私の耳の中に木の乾いた音が入ってきた。


「き、聞こえるわ。何よこれ。なぜ小屋に触ってないのに音が鳴るわけ? おかしくない?」


「えぇ、普通ならおかしいわ。ただし、現界のものであったなら、だけどね」


「え……」


 私は思わず唾を飲み込んだ。汗が少し浮き立つ感覚もする。おそらく私は直感では彼女の発言の真意を理解できていたんだと思う。

 だけど、頭の方は理解していなかった。いや、恐ろしすぎる事実から身を護るための防衛本能が発動したのかもしれない。私はただただ絶句していた。


「あなたは天界と現界の混血体だから視えていないと思うけど一応説明しておくわ。この材木の名は木霊返し。標高1000メートルの所に生えている苙汽おろぎの木というのが原木で、天界にしか生えていないわ。苙汽の木を加工して作られた木霊返しは、基本的に縦長い板の形をしているのだけれど、実はとても応用が効く素材で、漆状に加工して物に塗ったり、液状に加工して服などに染み込ませたりすることなんかができるわ。これは、天界人わっちらが現界のやつらには視えないようにする絡繰りにも使われてるの。能力は風景に擬態することで、発動方法は簡単に言うと天界の血を流し込むことよ」


 彼女は建物を舐めまわすように視ながら説明をしてくれた。私は、普段からもそれしろよという思いを抱きつつも、その場に茫然と立ち尽くしながら話を聞いていた。


 雲子は小屋を観察する場所をコロコロと変えながら話を続けた。


「んで、何が一番問題なのかって言うと」


「一体誰がこれを建てたのか。だよね」


 私は反射的にそう答えていた。自分でも理由はわからない。でも、何となくそうはではないのかとは思った。

 彼女は少し驚いた表情をみせた。


「ええその通りよ。どうしたのサリナ。たまにはやるじゃない」


 あなたがそれを言う? 一番言っちゃいけない人だと思うんだけど。


「サリナの言う通り、現状で一番の問題はこの建物を誰が建てたのかというところ。わっちは絶対に建ててないわ。天界の名の下に誓ってね。となると現界に降りてきた5体の神だけど、彼らがこんなものを造るとは思えないわ。だってあいつら戦い以外にはまるで興味がないから、たぶんわっちみたいに人気のないどこかで寝泊まりしている筈よ。となると……」


 雲子は振り返ると、私を見つめてきた。一瞬、こいつ頭バグってんじゃないの? と思った。


「いやいやいや、私なわけがないでしょ。あなたが一番知ってるくせに」


 私は大げさに首を振りながら、彼女の無言の質問に答えた。雲子は「やっぱそうかぁ……」と言わんばかりの溜め息をつくと、再び建物の方に体を向ける。

 彼女からは、背中越しでも伝わるほどの決意の表れを感じ取ることができた。


「よし! じゃぁ行きますかぁ」


 と言うと、雲子は瞬時に私の方に振り返り、まばたき1つする間に右手で私の左手を掴んできた。かと思うと、今度は常人離れした力で私を引きずり始めた。

 地面に土と共に広がる凹凸の激しい砂利が、私の痛覚を著しく刺激してくる。鼻の中には砂のようなものが次々と入ってきており、胴体の右半分と左手首に激痛が走り続けた。


「痛い痛い痛い痛い!! もう少し加減とか説明とかしてよ!!!」


「いいからいいから。さっさと中に入るわよ~」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 こうして私は、絶叫と自然の音色との調和によるオーケストラを奏でながら古小屋の中へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る