第13話 考査デスマッチ開始!!
テスト当日。私は自分の机に座って簿記の勉強をしていた。本当はもう1つ教科があり、いつもならそれも勉強するのだが今回ばかりはできない。なんせ私の命がかかっているからだ。
あぁ……考えるだけで気分が悪くなってきた……。
私は無意識に机の上に伏せた。机上にはシャーペンと消しゴムが2つずつと問題集があり、一呼吸すると、紙とインクの匂いが鼻を通って体内に入ってくる。
「はぁ……」
私は大きなため息をついた。すると隣から白谷の声が聞こえてきた。
「サリナ~。テスト最終日だね。調子はどう?」
「す、すこぶる良いわ。今なら一級の問題も解けそう。そっちは?」
「俺はもちろん絶好調さ。なんせテンサイだからね!」
白谷は両腕を高々と上げて叫んだ。まるで、何も考えていない白鳥のよう。
彼はいつもこんな感じである。本人は「これが自分だ! 誰にも侵すことはできん!!」とは言っているが、周りからの評判はあまり芳しくない。私は気にしてないが。
私も、彼のように自由な心を持てれば……。
「おっと。時間になるな。んじゃ、俺自分の所に戻るわ」
「うん。じゃ」
白谷は小さく手を振ると、自分の席まで帰っていった。私は彼を視ながら手を振り返す。
よし、勝つぞ!!
と思いながら黒板の方を向くと、真正面に簿記のおじさんが立っていた。隣には雲子もいる。
「うわ!!」
「おぉどうしたどうしたそんなに驚いて。テスト前じゃぞぉ」
あんたが急に現れるからでしょうが!!
そう心の中で私は叫んだ。間隔の短い呼吸音が耳から絶え間なく入ってくる。驚き固まっている私を余所に、おじさんは口を動かし始めた。
「まぁいい。では、ルールの全容を説明をするぞぉ? まず、勝敗の基準はお主が満点を取るか取らないかじゃ。採点は、教卓に座っとるテストの監督が終了と言ったのと同時に馬鹿がする」
「了解です」
「ちょっと、わっちの名前は馬鹿じゃない!!」
雲子が両腕を振り上げて怒鳴った。彼女の左手には円柱状に丸められた答案用紙が握られていた。
おじさんは構わず話を続ける。私は問題集を片付けながら聞く。
「勝者の報酬はこの前話した通りじゃ。それと、ここからの会話は波無語で統一する。理解したかの?」
「はい。完全に」
私がそう言ったのと同時に、テスト開始のチャイムが鳴った。
「では、考査デスマッチ開始!!」
おじさんの一言と同時に私は利き手でシャーペンを滑らせ始めた。年組番号名前を書き終え、いざ問題に入ろうとした直後、私は筆が止まった。
窓から入ってくる風を吸い込み、高速で眼球を上下左右に動かしていく。
な、なによこれぇ! 全部の問題が捻くれてるじゃないのよぉぉ!!
いくら視ても変わらぬ事実を前に絶句していると、横からおじさんが話しかけてきた。私は、目だけそちらの方に向ける。
「どうしたのじゃサリナ殿。もしかして……解けなかったりする?」
おじさんは、満面の笑みをしながら私を嘲笑ってきた。
こいつ、狡猾で大人げないの塊ね……あの顔を視るに、テストを弄ったのは間違いない。でも、すべて問題集に載ってあったものだわ。これなら何とかなりそう。
まったく、何が公平を重んじるだ。
私はシャーペンを握りしめると、勢いよく筆を動かし始める。時が進む度に解く速度が上がっていき、完全なるゾーンに入っていた。
簿記以外のことが脳内から排除された最良の環境になった時、突然傍から金属音が響いてきた。
思わず体が飛び跳ねる。
今度は何よ!!
沸々と湧き出てくる怒りを必死に堪えながら目だけ横に向けると、そこには鉦鼓を一定の間隔で打ち続けるおじさんがいた。
その音はどうやら私にしか聞こえていないようで、前の席の人は一切反応していない。
「あそ~れよっと。ほいじゃらぽんぽん」
「何してんのよあんた! 妨害なんて不公平じゃない!!」
「う~ん? 何のことじゃ? 戦という基盤の上では、お主は東軍。儂は西軍。儂は、鉦鼓を打つことで敵からの攻撃を防ぎつつ、同時に攻めているんじゃよ。それは、お主もテストをすることで同じことをしておる。どうみても公平じゃぞ?」
「そんなの出鱈目じゃないのよ! いいからさっさと打つのを止め……」
おじさんは、私の言葉を遮るように口を開いた。
「いいか若造。公平というのは、モノを視る角度を変えるだけでいくらでも生み出すことができるのじゃよ。例えそれが間違っていたとしても、所詮世の中は言ったもん勝ちじゃ。後ろから追いかけてきた者達に対しては一寸の慈悲もない。まるでドブの中で呼吸をしているかのような気分に陥ってしまう。生物はそれを拒絶する。じゃから争いは起こる。理解したかのうサリナ殿。お主は潔くドブの中に住むミズバチの幼虫になれということじゃよ」
ド低音の声を発した後、おじさんは更に強い力で鉦鼓を打ち鳴らしてきた。持続的に鼓膜を破壊しにくる金属音は、私の感覚神経を伝って脳にまで侵入してきた。
私の脳内を盛んな頭痛が暴れ回る。それは、シャーペンを握れないほどの痛さ具合であった。
あまりの激痛に、思わず私は頭を抱え込む。
「あ”……ぁ”ぁ”ぁ”……」
マ、マズい。このままじゃテストどころか病院行きだ。常に象に踏み潰されているような感覚がする……どうにかしてこの状況を打破しないと……!!
今の私に、深く思考を張り巡らませるような芸当はできなかった。だけど、目だけは必死に動かしていた。だからこそ一瞬で気が付いた。
私は既に半分以上の問題を解き終わっており、残り時間は、20分を切っていた。今更テスト用紙に干渉してこないだろう。そう私は踏んでいた。だが、それは甘党中の甘党の考え方だと、すぐさま思い知らされることとなった。
気付いた時には、まだ解き終わっていない問題達。その総てがまったくの別問へと変えられていたのだ。
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