第12話 やべぇおじさん
おじさんは、髭を弄りながらこちらを凝視してくる。
「ふむ……」
「あのぉ……どちら様ですか?」
私は恐る恐る聞いてみた。彼はTHE・老人という恰好をしていて、身長は黒板の縦の長さと同じくらい。髪は茶色と白色が入り混じっていて、目の色は二重緑だ。
とても怪しい。
「ん? 儂か? 儂はハンドブル・ブックキーピング。簿記の神じゃ。黄金の気配がしたから来てみたらお主らがおった。どうじゃ? 完璧な説明じゃろ?」
彼は誇らしげに胸を張った。私達との間に冷たい風が吹き抜けていく。私は困った。どうしたらこの状況を打破することができるのか。倦ねた私は咄嗟に後ろを向いた。
「雲子! この人、簿記の神様って自称してるけど本当なの?!」
「ええ本当よ。白髪交じりの髭を弄ってる老人っていう情報だけで確定だわ」
判定基準怪しすぎやしないか? いまいち信用できない。まぁでも、黄金の気配とか言っている時点で神であるのは確かなのだろう。
何の神なのかは……体中にラブ簿記って書いてあるから簿記の神様……なのかな? 名前のブックキーピングも簿記の英語訳だし。
少し考え込んでいると、おじさんがゆっくりと口を開いた。
「早速じゃが、お主、名は何と言う?」
「あ、えっと、サリナです。後ろの馬鹿は……」
「あぁ後ろの馬鹿のことは知っとるから大丈夫じゃ。して、サリナ殿に話があるのじゃが……」
「ちょっとちょっとちょっとぉ! 馬鹿とはなんだ君達! わっちを誰だと思っておる!!」
「面倒臭がり屋の怠慢野郎でしょ? 当たり前のことじゃん。
面倒臭がり屋の怠慢野郎じゃろ? 当たり前のことじゃろうて」
「あ、あなた達ぃぃぃ!!!」
雲子は地団駄を踏み、机を叩きながら喚いている。
その姿、まさに幼児。
叫ぶ幼児を余所に、おじさんは咳払いをひとつした。
「話を軌道に戻そう。話というのは、戦のことじゃ」
「!!!」
来たか……その話題が。正直言ってやりたくない。どうしてまたあんな酷い目に遭わないといけないんだ! って思ってる。
でも、やらないと、私を束縛する朽鎖が解かれることは一生ないと思う。そんな予感がする。薄い確証がある。
「戦と言っても大外たことはせん。実に単純な内容じゃ。サリナ殿よ。再来週、お主はテストがあろう? その中に簿記のテストもあったはずじゃ」
「え、どうして知ってるんですか?」
「職員室と書かれておった部屋から情報を盗んだ」
「えぇぇ……」
天界のやつらって皆こうなのか……? だとしたらもう手遅れじゃん。色んな意味で。
「して、肝心の内容についてじゃ。それは、満点を取ったらお主の勝ち。満点を取れなかったら儂の勝ち。というものじゃ。満点は絶対に100になるように調整しておるから安心せい」
……もうツッコまないぞ。てか、勝利条件がそれぐらいだったら死ぬ気で頑張ればいけるじゃん。よかったぁ……今回は酷い目に遭わずに済みそう……。
と思ったのも束の間。おじさんはとんでもないことを言い出した。
「ルールの詳細について話していこう。まず、お主が勝ったら御紋を著しく傷つけた後、時期の到来とともに天界へと帰ろう。もしお主が敗けたら、……首斬りじゃ」
おじさんは笑顔でそう言った。私は一瞬にして青ざめる。
「いや何で何で何で何で何で?!! おかしいでしょ! 敗けた時のリスクがデカすぎるでしょ! 不公平すぎる!!」
「何を言うか。儂は簿記の神様じゃ。公平を一番に重んじておる。故に敗北時の将来的リスクは等しくしておる。じゃから安心せい」
「いやいやいやいや。何よそのこじつけ! 飲み会で口が滑ったおじさんが言い訳しているのと変わらないじゃないのよ!!」
「サリナ殿よ……興奮するのはわかる。儂も戦が楽しみ過ぎて絶賛興奮中じゃ。より詳細なルールは当日話す。お互い、それまでこの興奮を保持し続けていこうではないか。じゃ、儂帰るね」
と言って、おじさんは老人とは思えない速度で教室を後にしていった。私は、閑散とした教室で、視線を扉に釘付けたまま固まっていた。
1秒が1時間にも感じられた中絶望していると、隣から雲子が肩を叩いてきた。
「ま、頑張れ」
「……ッ!! お前もやれぇぇぇぇぇ!!!!!」
私の声は、遥か彼方まで木霊していった。2人とも声が尋常じゃないほど掠れている。心は憂鬱の渦に囚われていた。
そして、2週間が経過した。
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