第6話 使い物にならない

「こ、こいつ!」


 奴は腕を思いっきり振り回してきた。その瞬間、私は右手に持っていた廃ガラスをこいつの顔に向ける。

 廃グラスは太陽の光を反射させて、自販機の眼、目掛けて直進していく。


「アァァァァァァ!!!!!」


 光は目に当たり、奴は両手で目を押さえながら悶えていた。私は、ハンマーを握りしめる。


黄金こがねの輝きで、その浅ましい魂胆を消し炭にしてもらいなさい!!!」


 ビリィィィィィ!!!


 ハンマーが御紋の中心部にぶち当たり、朱色あけいろに煌めく神の印を破壊していった。

 紋が破れた直後、自販機の神様はどんどんとしぼんでいき、買い物籠ほどの大きさまで小さくなった。そして彼は気を失っていた。


「や、やったぁぁぁぁぁ!!!!!」


 私は叫んだ。内に潜んでいた何かを解放するかのように叫んだ。閉ざされた窓が開かれていくような感覚だった。


 歓声を上げていると、後ろから雲子がお茶を飲みながらやってきた。


「いやぁお疲れさん。よく頑張ってくれたねぇ。お姉さん嬉しい。仕事が減って嬉し……いぃぃぃ!!」


 瞬間、私は悠長に浮いている彼女の顔面を鷲掴みにすると、そのまま地面へと叩きつけていく。


「あらあら雲子さぁん? あなた一体何してるんですかぁ? あなた一体何してたんですかぁ?」


「何って、さっき言ったじゃん。あなたが頑張ってる間に近くのコンビニまで綾鷹を盗りに行ってたのよ。ここの自販機使えないから……ねぇぇぇ!!」


 彼女の戯言たわごとを聞いた直後、私は両手を使って雲子の体を引き千切ろうと試みた。


「痛い痛い痛い痛いぃぃ!!! ちょ、何するの!!!」


「それはこっちの台詞よ!! 私、死にかけてたのに何であんたは優雅にお茶ぁたしなんでるのよ!! しかも1人分しかないし!!」


「あ、当たり前でしょ? 飲料水の種類が多すぎて選ぶのに時間が掛かったか……らぁぁぁ!!!」


 私は、引っ張る力を更に強めていく。


「ギャァァァァァァァ!!! 待ってマジで!! ホンマ、引き千切れるぅぅぅあぁぁぁぁ!!!!!!!」


「当……たり前よぉ……本気で引き千切ろうとしてるから……ね!!!」


 語尾の言葉を発すると同時に、全筋力を引き千切るためのエネルギーへと変換していく。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


「待ってマジで、待ってぇぇぇ!!! 後ろ見てぇぇぇぇぇ!!!!!」


いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「アビャァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 あともう少しで千切れるかというところまで来た時、突然地面が発光し始めた。敵かと思った私は、すぐさま後ろを振り返る。

 がしかし、そこにあったのは、破壊された至る所の壁や地面などが黄金こがね色の煌めきに包み込まれている様子であった。


 私はその光景に唖然としていた。そこに雲子が這いずりながらやってきた。


「はぁ……はぁ……ガチで千切れ死ぬかと思った……」


「雲子……一体これって……」


「説明するのが面倒くさい」


 その発言を聞いた時、反射的に両手が彼女の頭と足に吸い寄せられていった。私の迫りくる両手を見た雲子は、大慌てで説明をし始めた。


「えええええとね、これは神の残り香といって、天界の神達きゃつらが現界で一定以上の活動をした場合に起こる現象。簡単に言えば、わっちらの存在を公にさせないための隠蔽いんぺい工作よ。ほら、壁や窓がどんどん直っていくでしょ?」


 そう言いながら彼女は校舎に向かって指を差した。雲子が示す方向を視ると、黄金色の煌めきが、中で壊れた壁を修復していた。それは、窓や地面などでも同様であった。


 本当に直していってる……すごい……どういう仕組みなの、これ……?


 神秘的? な光景に感嘆していると、私の脳内に1つの願いが生まれていることに気が付いた。同時に、その願望が口から洩れていることにも気が付いた。


「ねぇ雲子。この力があったら、人と人との間にある忌まわしい朽鎖くさを断ち切ることができちゃったりする?」


「ん? そうねぇ……やり方次第ではできるわ。いえ、できるわ。5人の神達を倒すことができたらね」


 彼女の確信に満ちた声色を聞いた時、私の心中は歓喜で溢れた。私は、これで自由になることができるだと思った。自分でも、顔がにやけているのが分かった。

 そんな調子でいると、隣にいた雲子が両手を後頭部に組みながらボヤいてきた。


「それはそうと、もうちょっと早く倒せなかったのかなぁ。そしたらもっと楽できたのになぁ」


 雲子の発言に、私の興奮は冷めた。


「は? 今何て言った? 早く倒せなかったのかな、ですってぇぇぇ?! そう思うなら自分がやれば良かったじゃないのよ!!」


「聞こえてたの?! ま、まぁまぁ落ち着いて。ここは冷静になろう。ほら、私の綾鷹あげるから。ね?」


 雲子は、手に持っていた綾鷹をシャカシャカ振りながらそう言った。


「ね? じゃないわよ!! ちゃっかり買収しようとしてるじゃないのよ!! しかもそれ半分も残ってないし!!」


 すると彼女は、腕を降ろすと、突然口角を上げた。


「バレちゃったかぁ……なら仕方ない。ここは……全力で逃走だぁぁぁぁぁ!!!」


 彼女は呼び止める間もなく全速力で走り始めた。必死になって腕と足を回転させている。


「って、待てやごらぁぁぁぁぁ!!!」


 逃げる彼女を、私は死に物狂いで追いかけていく。夕陽は、そんな私達を微笑みながら見守ってくれていた。


 ここに、私の動乱の放課後が終了した。

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